人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
茶色のキノコは、いつでもうっすら光を放っているらしい。だから茶色のキノコを効率的に収集するなら、月の光がない闇夜がいいらしい。
というわけで、今俺は1人で村の外に出て、茶色のキノコを採集していた。
「お、あったあった」
本とヘイリグさんからの情報通り、茶色のキノコは木が鬱蒼と生い茂る森の中でほのかに光って、存在を主張していた。ポーションを作りたい俺はそれを1つひとつ、なるべく傷が付かないように丁寧に手折って、インベントリにしまっていった。
やー、透明化のポーションってメッチャ便利ー!
これがあると、
現場を見た人、話を聞いた人皆から“狂気の沙汰”と言われた、かの悪名高いデバフポーションの試し飲み会。あの後、ヘイリグさんのお誘いを受けて教会に滞在させてもらうことになった。狙いはやっぱりポーション開発と、カヌプとパーデが俺のとこに来やすくする為。
ポーション開発の方は言わずもがな。どうせここでしか作業できないならお誘いを受けた方がずっと効率的だ。そしてカヌプとパーデの方だけど、師弟ってやっぱり距離が近い方がいいと思うんだよね。俺もそうだったけど気軽に質問しに行けるし、見ててもらえるだけで頑張れるもんな。俺ももうこの村で強烈に興味が惹かれるものとかも無くなってきたし。多分、移住するならこのタイミングが丁度良かったんだと思う。
それに、教会を拠点にするだけで、これからも夜に村の外に出ても何も言われないんだぜ? 気楽なもんだぜ。
しかも、1人だと、こういうことまで出来ちゃうからな。
輝きを落としてくれている雪玉ちゃんへ手を翳し、木の上にテレポートする。突然頭上に現れた気配に驚いたらしいクモだったが、反応が鈍い。見えないエンダーマンとでも思ってくれたか? 残念、魔女でした。おかげで簡単に体から頭を切り落とせた。よーし、クモの目6個ゲットだぜ!
村の外に出ちゃえば、こうして雪玉ちゃんといっしょに活躍出来る。まぁ、雪玉ちゃん光ってるから、村から見えないようにテレポートの時だけ出てきてもらうっていう、なんとも都合のいい存在になってもらってるんだけど。はあ。
後でまとめて焼こうと、クモの死骸をインベントリに突っ込んで木から飛び降りたら、不意に気配を感じた。
背中に刺さる気配は敵意じゃない。でも、人のものでもない。透明になってる俺を、じっと見つめてきてる。騒いだせいで俺の存在がバレたか。剣を構えて視線の主を見遣ったら、そこには人間と同じ背格好のナニカが居た。
「ふぅん、剣を持つ魔女なんて、珍しいねぇ」
「!!」
しょ、しょっぱな、俺を魔女だと見抜いただとっ!? 今まで誰にも見抜かれた事ないってのに、何モンだコイツ!!
「よぉく覚えときな、坊主。透明化のポーションは衣服まではまとめて透明にしてくれるが、防具や武器なんかは一々浴びせなきゃ透明にならないんだよ」
「あ」
しまったなぁ。知ってたのに、忘れてた。もう見られてんだからどうでもいいか。
森の暗闇の中でも“暗視”のポーションは俺の目に景色を見せてくれる。だからちゃんと対話相手の姿が見えた。そいつは黒のとんがり帽子に少しだけ白い肌、暗い紫のローブを羽織った、女性らしい。見える手も顔も年齢からくるシワがあったが、背筋をピンと伸ばした姿勢のおかげで、老いを前面に感じることは無かった。それどころか神々しくて、どっしりしてて、逞しくて、なんていうか──
「神木、みたい……」
「え?」
「え?」
ラベンダー色の瞳の彼女が不思議そうに首を傾げたからなんだと思ったら、突然高笑いした彼女が言った。
「なんだい、神木って! 口説き文句のつもりかい! こんなババァに向かって! 相手を間違う上に、下手だねぇ!」
「えっ。……ハァッ!? ク、クチニデテタッ!?」
「ハッハッハ! しかも無意識かい? こりゃ傑作だ! アタシも武器を構えられながら口説かれたのは人生初めてだよ! ──いや、魔女生、かな?」
マジョセイ? 人生をわざわざ言い直したってことは、魔女生、か? ははーん、なるほど。
「魔女生の先輩でしたか」
「フンッ。赤ん坊がいっちょ前にアタシを先輩呼びするんじゃないよ」
「これでも、魔女になって4年経つんすけど」
「ポーションの効能を把握してない魔女なんて、赤ん坊で十分さ」
「うーわ、クリティカル」
それ言われたら俺、自分が魔女としてまだまだなのを認めざるをえなくなりますわ。
しっかし、どうしようこのエンカウント。俺、茶色のキノコを採るっていう目的があるから森に来たワケで。でも魔女生の大先輩の話とか、メッチャ興味あるんだけどー。あ、じゃあこれだけ聞いとくか。
こっちにフッフッフって笑いながら寄ってくる魔女に、剣をインベントリにしまって尋ねる。
「それじゃあ、その赤ちゃんに教えてください。先輩は、“人間をゾンビから元に戻す方法”をご存知ですか?」
「……なんだい、随分ワケ有りみたいだねぇ」
魔女は透明になっているはずの俺の正面に経つと、首を横に振った。
「そんな方法は知らないねぇ。そもそも戻そうと考えたことすら無いよ」
「……そうですか」
そりゃそうか。きっかけが無いなら調べもしねぇし研究もしねぇ。そもそも人間目掛けてデバフポーション飛ばして高笑いするって噂の魔女だ。モンスターが知ってるワケ無いわな。ダメ元だったから別にいいけど。
目の前の魔女がフッフッフと意地悪そうに笑った。
「アタシの縄張りに同業者の気配を感じたから追い出してやろうと駆けつけてみたけど、まさか現れたのが、こんな異端も異端な同業者だとはねぇ。面白いよ。……お前さん、いったい何モンだい? どうしてそんな、人間に寄ってるんだい?」
「それは……」
魔女が面白いもんでも見るように(実際言われたな)、興味深げに俺をじろじろ見てくる。先輩には俺の姿、見えてんのか……? スッゲー居心地悪いな。でも、人間相手ならまだしも、縄張りを持ってて単独で行動してるだろう魔女になら、誰かに言いふらしたりしない(その相手も居ない)だろうから、いっか。
流石にいつまでも透明化のままでいるのは失礼だろう。牛乳を飲んで解除して、深呼吸なんかして緊張も解けるように努めた。魔女の笑みは深まっていた。
「人間に寄ってるんではなく、雷に撃たれるまで俺は、人間だったんです」
まだ誰にも打ち明けたことが無かった事実を告げると、笑っていた魔女のラベンダー色の目が見開かれた。
「はぁん、驚いた。人間はゾンビやスケルトンだけじゃなく、雷に撃たれると魔女にもなるんだねぇ」
変幻自在で面白いって? うっせ! 一方通行ならいらねぇっつーの! 静かに寝かせろ!
「どうして自分が魔女であると自覚したのさ。同じモンスターに狙われなくなった、ってだけなら、“魔女”とは思わんだろう?」
「それは、俺の師匠が昔話で言ってたんです。『雨が降る日に外に出てはいけないよ。雷に撃たれると魔女になるからね』と。脅しは本当だったみたいです」
「はー! 嘘から出た実ってか! 傑作だね、こりゃ!」
……ことわざ繋がりで言えば、火のないところに煙は立たない。って言うよなぁ。
一頻り笑った魔女が深呼吸して俺を見る。
「でもそれとどう、ゾンビのあの話が繋がるんだい?」
「ゾンビから人間に戻せる方法を探しているのは、俺が雷に打たれた直後にやってきたゾンビの襲撃で、村が全滅したからです。そして、まだ息のあった師匠から、『その方法を探して欲しい』と、願われたんです。なので、魔女として赤ん坊だったとしても、知識不足だとしても、俺は旅をしてるってワケです」
俺の話を聞いた魔女は腕を組み直し、溜め息をついた。多かった情報を頭の中で整理してんのかな。
「ふぅん。アタシなんかは生まれた瞬間にポーションの全ての知識を授けられたけどねぇ。雷で後天的に魔女になると、そういうことも無いのかい」
「痛かったのに……。てか、全てっすか」
やっぱり純正はそれらしく生きられるように出来てんだな。羨ましいけど、俺は人間であったことを誇りに思っているし、知識は後からいくらでも身につけられる。あ、そうだ! たしか、前例があったよな!
「魔女生の先輩。俺、貴女から教わりたいことがあります! 1年後、貴女の弟子になってもいいですか!」
「ほぉん」
俺の突然のお願いに、魔女は胸を張って仰け反った。なんだよ、俺の要求がそんなにへん……まぁ、変か。
「魔女が魔女に教えを請う、ねぇ。それも1年後だとか、よく分からない期限もつけて」
「1年後にお願いしたい理由は、今お世話になってる村から離れられないからです。クリーパーから助けたそこの村の少年2人に師匠にされちゃって、最低でも1年は村に居るって宣言しちゃってるんすよ」
「なるほど、それで1年後ってことか。タイミングが悪い男だねぇ」
「うーわ、クリティカル」
うちの村がゾンビの襲撃があったタイミングも、馬がたくさんいる村で雪玉ちゃんたちが村人に見られたタイミングも、俺がサータちゃんに告白したタイミングも、全部悪かった。良かったのって、俺が砂漠に上陸したタイミングじゃない? 早くても遅くても、アエデちゃんたちを助けられなかっただろうから。あと、カヌプとパーデを発見したタイミングも、良かった方だよな?
そんな話を知らない魔女は虚ろな目をする俺に対して首を傾げていたけど、肩を竦ませてから「まあいいさ」と気を取り直した。
「丁度、刺激が足りない毎日に辟易していたところさ。魔女として異端なお前さんのその頼み、聞き届けてやろう」
「!! ありがとうございます!」
「ただし」
あっさり弟子入りを受け入れてくれたことに感謝したら、勢いを遮られた。あ、明らかに交換条件突きつけられるやつ! だって魔女、メッチャ笑ってるもん! そりゃタダで教えられるとは思ってないけど! だってヘイリグさんとは違って、まだ恩売れてない、それどころか縄張り荒らしてんだもん!!
「これから1年間、満月の夜にアタシが指定したポーションの素材を集めて届けてもらうよ。そのくらい、楽勝だろう?」
「えっ、あ、まぁ、頑張ります!」
「随分と安請け合いだねぇ。よっぽど自信があるのか、考えない馬鹿なのか。これからが楽しみだねぇ?」
「……俺、貴女がちょっと嫌いになりました」
「ハッ! 利用されるだけか、互いに利用し合うのかを決めるのは、お前さん次第さ」
そんなこと言われたって、俺が弟子入りするのも既に魔女を利用する事にならないのか? だから見返りを要求されるのは妥当だと思うんだけど……。
「まだまだ未熟だねぇ」と笑う魔女を不愉快と同時に不思議に思っていると、彼女はインベントリからノートを取り出し、何やら書き込んでからページを破って、俺に手渡した。
「次の満月は、6日後だね。夜、それに書いたものを数を揃えて、ちゃんと持ってくるんだよ」
「分かりました。直接受け取りに──は?」
納品は直接魔女が受け取るのか、それともチェストに入れておくのかを聞こうとして、ふと見たメモにあった素材の名に、言葉を失った。
「ふぁ、ファントムの、皮膜……!?」
こ、コイツは、俺が魔女になるキッカケになった、あの素材かっ!? いや間違いなくそうだ!! ……つまり、あの時の俺は、良い勘してた? その後とんでもない事になったけど。
「ああ、そいつは不思議な生態をしていてねぇ。
「う、うわぁ……!」
た、ただでさえ! ただでさえ、クモの目を集めるのにわざわざ人里に降りなきゃいけなかったのに! こんな平和な村で、寝不足の人間なんて、そうそう現れねぇぞ!? だってすることそんなに無いし! 皆夜になったら家に帰っちゃうし! かと言って俺が何か騒いでかき回して彼らを囮にするなんて、今以上にそんなことは出来ないし!
ど、どうしたらいいんだーーっ!?
いきなり降って沸いた難問に頭を抱えていた俺は、魔女が呟いていた言葉の意味を理解することは出来なかった。
「ヒッヒッヒ……。悩みな、人間と魔女の狭間の子。一方に傾くか、架け橋になるか。じっくり考えて決めな」
「どういう意味っすか、それ」
「なんで聞いてるんだい」
え、何、理不尽。なんか怒られた。
でもその後に透明化のポーションくれたから、悪い魔女では無さそう。良かった。