人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
魔女に素材を渡す日まで、あと1日。届けに行くのは夜だから実質2日あるかもだけど、ファントムの皮膜について知ってることが少ないから実験しないといけない。だから日が昇りたての早い内から、教会の作業場でファントムを捌いてた。
干す分は昨日捌いて既に外に干してある。昔やったことがあったから手順に迷いはなかった。今やってる分は生のまんまポーションにするやつだ。
羽を落として、胴体も開いた。力強く滑空できるようにか翼は広くてデカいけど、アンデッド故に中身は殆どない。機能してない内臓と骨と皮。しかも腐ってる。うーん、これからなんか有用な効果のあるポーションは煮出せなさそう。だからこっちは指定されてないんだろうけど。でもあるなら一度は使わないとな。
夜中ずっと外で干されてカチカチになったやつも回収してきて、羽1枚づつと胴体を3分の1づつ切り分けた。1つはそのままブロックに、1つは羽の方は剥がして皮膜の状態にして胴体はざく切りに、1つはあら微塵に。コレを1セットとして4セット切り終わったら、あらかじめ用意しておいた奇妙なポーションと一緒に醸造台にかけた。4つも醸造台を一気に使うなんて、久しぶりだわ。
土台にふりかけたパウダーに反応した中央のブレイズロッドが熱を持ち始めたところで、「ひと段落、ですかね」と背後から声をかけられた。振り向いた先には椅子に腰掛ける3つの影。のんびりしているヘイリグさんに、少し眠たそうなスタークさん、そしてワクワクが抑えきれてないニコニコなドゥンさんだ。声をかけてきたのはそのドゥンさん。レッドストーンに続いてポーションにも興味を持ってくれるなんて、ヘイリグさんが喜ぶぞ~!
昨日、いる人たちにだけでも挨拶しようと夕食の後で詰所に行ったら、夜担当の人たちに混じってこの2人もいた。待ち伏せてたらしいよ、この人たち。怖い。その時に俺がポーションを作ってるところを見たいってドゥンさんが言い出して、それにスタークさんが乗っかった。ポーション職人を目指すことにしたってのは聞いてたけど、わざわざ俺が作るところじゃなくてもいいだろうに。心変わりしたタイミングが俺にとってちょっと悪かった。だって俺、ポーション作ってる途中で話しかけられるの苦手だからさ。手順飛ばしかねない。そこまで複雑じゃないのに邪魔されるの弱いとか雑魚じゃん。
橙色の上着のドゥンさんが「質問いいですか」って言って手をあげた。
「どうぞ」
「なぜ、切り方をそれぞれ変えているんですか? 大抵の素材は細かく刻んで煮出しやすくしていますよね?」
「いい質問っすね! これはどこまで刻めばいいか、あるいは刻まなくてもいいのか確かめる為っすよ。あと必要量を確かめる為でもあります」
「腐った体から良い効果が出るとは、思えんがなぁ」
「気になったんならやるしかないっしょ!」
俺の行動にまだ懐疑的なスタークさんはあくびを堪えてた。朝早くてまだちょっと眠いみたいだ。それでもしっかり見届けようとしているから真面目よな。
「そんで、これからの作業は手早くやらないとなんで、お喋り出来ませんけどいいですか?」
「ああ、分かりました。後ろで黙って見てますね」
「お願いします」
醸造しているところをあまり見られたくない俺が見学の許可を出したのは、ドゥンさんの熱意に押されて。危険な橋を渡って新しいポーションを開発する、故に失敗が付きものの俺の作業が見たかったんだってさ。
喋ってる内に奇妙なポーションがふつふつ湧いてきた。気合いを入れ直して3つの漏斗に素材をセットした。まずは生の胴体からやってくか。
右は3分の1のブロックのまま。真ん中はざく切り。左は粗みじん。入れて用意して少し経てば、ボコボコ沸いた奇妙なポーションが瓶から上の漏斗に逃げて、自分の熱で素材を煮出してくれる。抽出に偏りが出ないように3つの漏斗の中を木べらでかき混ぜる。……この時点で色が出てなくて怪しさ満点なんだけど。それでも気にせず混ぜ続ける。
やがて下の瓶が冷めてきて、漏斗に上がってた液体が重力に従ってトプトプ戻っていく。しかしその色はうっすいうっすい赤黄色。奇妙なポーションのまんまってことだ。
「胴体は失敗、かぁ」
「えっ、どうして失敗だと直ぐに分かるんですか? 色は着かなくても、効果はあるかもしれないじゃないですか」
「うわっ、いつの間に背後に」
「黙って見てましたよ」
「いやそうだけどそうじゃねぇ」
仮にポーションが爆発しても、見学してる人達は大丈夫なようにって、壁に向かって醸造してたのに。不用意に近づいてきていたドゥンさんにも、その気配に一切気が付かなかった間抜けな自分にも呆れつつ、質問にどう答えるか考えを巡らせた。
「この奇妙なポーションって、名前の通り奇妙でさ。本当に有効なポーションにならないと色が変化しないんだよ。素材があまりにも自分から色を出してるってわけじゃない限り、ね」
「そんな……初めて作るんだから決めつけは良くないとは思います、けど……。経験則からなんですもんね」
「そうっすね。それでも試し飲みしますけど」
「「飲むんかい」」
ドゥンさんとスタークさんが揃って俺に指摘した後、ヘイリグさんがジト目で「見守る立場も考えてくださいよ」って言った。スンマセン。でもやる。
醸造したばかりのポーションは持てない程熱いから、次の検証は出してある2つ目の醸造台でやる。いっぱい持ってるとこういうことが出来るからいいよね。しかし生に続いて干した胴体も、成果は出なかった。3台目は生の羽を使う。本命はここからだ。
沸いたポーションが漏斗へ昇ると、左から順に色が出てきた。薄い空色のような、風に色をつけたらこんな感じって雰囲気の色に、奇妙なポーションが素材に触れた部分から染まっていく。
「こ、これは……」
「今回は成功っぽいすわ!」
「へぇ」
「どれどれ」
俺が勝利宣言したら、椅子に座ってたスタークさんとヘイリグさんも俺の背中から醸造台を覗き込んできた。その間にも刻んだ皮膜を入れた左の漏斗の中身はどんどん色を濃くしていって、皮膜の形そのままの真ん中もゆっくりと色が出てきた。しかし羽のままの右はほんのりとしか色が出ないまま、ポーション瓶の中に戻っていった。見事に差が出たな。
「とりあえず、羽から毟り取って皮膜の状態にしないと煮出せないってのは分かった。あとは煮出す量だな。今までの良い効果の方のポーションの透き通り方から考えて、きっと真ん中の濃度くらいが飲みやすく、かつ効果も最大限出てるだろうな。左のはよく抽出出来すぎて、色がいっそ暗いくらいだ。でも効果はあまり増幅しないだろうから、無駄になる。となると、刻めば消費する皮膜の量が少なくできるってことか。うん、取り扱いは他の素材と同じでいいんだろう。次の生皮膜はそこらへんの検証だな。よし、次は干した皮膜だな」
ぶつくさ呟きながら考えをまとめて、次に行こうとしたら右後ろに立ってたヘイリグさんにぶつかった。まーた気配感じ取れなかったよ。
「すみません」
「いえ。君はポーション作りになるとそれに集中しちゃいますからね。避けなかった私が悪いです」
「ほ、ホントにスミマセン……」
神父さんにもよく注意されてたなぁ。「醸造中も周りに気を配りなさい」って。集中しすぎて夕食の時間忘れたり神父さん達の声が聞こえなかったりしてたから。サータちゃんの声も聞こえなかった時は自分が怖かった。お前サータちゃんのこと好きじゃねぇのか。
反省ついでに左の方に目をやる。最早俺の左隣に立ってた危機感の無いドゥンさんは色にバラつきのあるポーションを興味深げに見てて、しっかり俺の左斜め後ろにいたスタークさんは顎に手を添えて首を捻っていた。
「スタークさん、何か気になることが?」
「ん? ああ、なんか思っていたのと違う色の出方だなと思ってな……」
「え?」
色の出方に疑問? なんか珍しい視点来たな。
「スタークさんにはどう見えたんですか?」
「なんというか……。煮出すというから素材からエキスが出るもんだと思っていたんだが、そうではなく、液体が素材に触れた部分から色が変わっていくように見えたんだ」
「……?」
「とは言ったものの、見間違いかも知れないし、続けてくれ」
「あ、はい」
すぐさま色を出したのはやっぱり粗みじんの皮膜。ぶわわ~っと薄い空色が液に広がった。触れたそばから色が出てるし、やっぱ変わんないと思うんだけどなぁ。
「あれ?」
「おお」
「やっぱりそうだ」
変化が見やすかったのは真ん中の漏斗。改めてじっくり見てみると、うっすい赤黄色の奇妙ポの色が皮膜に触れてる部分からスーッと、こう、境目が分からない感じに淡い空色になっていくようにも見えた。……あっ、かき混ぜなきゃ!
慌てて木べらで3つの漏斗の中をかき混ぜてたら、背後から「な、そうだっただろ?」って自慢げなスタークさんの声がかかった。あ゛んだコイツ。
「確かに、出汁が取れてるというより、影響が出ているって感じでしたね。気付きませんでした」
「おっ、じゃあ俺の方が観察眼が鋭いってことか」
「負けねぇぞぉ」
「さっきまでの動きを見ていたら、この違いに気付かないのも頷けますね。かき混ぜるのをモタモタしてたら不完全なポーションになりかねませんし」
「そうなんすよドゥンさん!」
「なんで助け舟出してやるんだよ……」
違和感を見つけたスタークさんの目も凄かったけど、俺の節穴は仕方なかったってフォローされたから、これは引き分けだな! あっ、そうだ。
「ヘイリグさんはこの違いに気付いてました?」
「ん? ええ。恐らくネザーウォートの成分と各種素材の成分が結びついて、色を変えるのだと考察しています。出汁が出ているというだけなら、ポーションもそれに沿った色にならねばならないでしょうに、砂糖を使う俊敏のポーションもブレイズパウダーを使う力のポーションも、今見ているファントムの皮膜から出来上がるポーションも、全て素材から連想する色では無いでしょう?」
「ああ、そういえばそんな風に神父さんから教わりました!」
「忘れてたのかよ」
「かわいそうに」
「別に忘れてたワケじゃない!」
白い砂糖から空色が、黄色いブレイズパウダーから赤色が出来上がるなんて、俺が気にならないワケ無いだろ。勿論なんでか聞いたわ。俺が知らなかったのは変化の仕方! 大体、こんな小さな違いとか、気にしなくてもいいじゃん! ……き、気にするべき、かなぁ?
深呼吸して気持ちを切り替えて、目の前のポーション瓶の中身を見る。隣の醸造台にあるのと比べても、大きく変化はなさそうだ。
「ということは、わざわざ乾燥させる必要は無い。生のまま、刻んで、量を今の3分の1にすればいい。手間がかからないのはいいな。──さて、3時間程冷ましたら、試し飲み会だな」
その前に、まだある生の皮膜でもう1セット作るか。そのくらいの在庫は、まだある。……そういや、1匹のファントムから最大6枚皮膜が取れるけど、魔女からのお遣いの“ファントムの皮膜×3”って、片翼分ってことでいいの? それともファントム3匹分ってこと? 片翼分でもポーション9個分になるわけだけど……。ど、どっち? 誤魔化す難易度が違いすぎるんだけど!
出来上がった均一の濃度のポーションを醸造台に放置して、次はスプラッシュ瓶を作る為に砂からガラスを作る作業に入った。
場所は防具鍛冶屋の裏。作業場は壁も床も天井もレンガに囲まれている。って言っても壁は通気と排気の為に壁はL字に2箇所しかないんだけどね。ここは主に火を使う作業をする時に使う場所で、ヘイリグさんが防具鍛冶屋さんに話を付けてくれた。俺1人でやるんならまた別の場所でかまどで作ってたけど、スタークさんとドゥンさんが見たがってたからね。
いくつもあるかまど。下段に石炭を、上段に砂を一定の量入れたら、順々に火打石で着火していく。ふぅ、くっせ。
「ルゥパさんが基本のガラスを作ってる間に、これで作るポーション瓶、スプラッシュ瓶の作り方でも講釈垂れましょうかね」
燃える石炭の火加減を見ている後ろで、ヘイリグさんがスタークさんとドゥンさんに講義を始めた。予習は大事だからな。あ、おさらいか?
ポーション瓶は普通にガラスを使って、作業台で製作する。ブロックにしたガラスを作業台の9マスの中に、皿型になるように置けば出来上がる。無理して熱い状態から膨らませなくても安全に出来るのがいいよな。スプラッシュ瓶は皿型にセットしたガラスの中、マスの真ん中に火薬を置けば出来上がる。火薬っていう不純物が入っているせいか普通の瓶と比べて脆く、衝撃を与えると簡単に割れる。その性質上保管用には向かないけど、投擲して割ればその場で一気に複数人に影響を与えられる。だからモンスターの襲撃が多かったヘムスタッド村ではよく作ってた。
ヘイリグさんが2人に向けた講義を終えた後も、ガラスはまだまだ出来上がらない。どうせポーションも最後に作った分がまだ粗熱取れてないだろうし、お喋りでもしますかね。
「お3人とも、さっき作った新作のポーション、どんな効果があると思います?」
「ん? ん~、ファントムの皮膜ですからねぇ、もしかして飛べたりするんじゃないですか?」
「奴は滑空するのが特徴的だから、高いところから降りたら滑空出来るのかもな」
「なるほどなるほど。ヘイリグさんはどう思います?」
「どうでしょうか。色が俊敏のポーションに似ていますから、案外同じ効果で足が早くなるだけかもですね。人間には羽がありませんから」
「夢が無いっすね」
「悪かったですね」
こうした軽口を叩けるのも生きてるからだと、そんな感傷にふと浸ってしまうのは、さっき神父さんたちのことを思い出したからだろうか。
ドゥンさんに気遣われた涙目は、ガラスを作るかまどの熱にやられたって適当に言い訳して躱した。壁の無い方に目を向ければ、強い空の色がパンッと入ってきた。
「今日は、すごくいい天気ですね」
「そうですねぇ」
「それ、話すことが無い時の……」
「別にいいだろスタークっ」
ああ、ああ、ああ。
雷が落ちることなんて、絶対に無さそうな、いい天気だ。
ポーションの色の変化は化学変化的なものをイメージしています。
薄い黄色のヨウ素液を黄色のジャガイモ(デンプン)につけると青紫色に染まる、みたいなイメージです。
あとがきにまで追記していますが、特に重要な展開でも情報でも無いので聞き流して頂けると幸いです。