人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
ポーションは建物地下の水流に浸して最低3時間冷却しないとだし、炊いたばかりのガラスも直ぐには冷めない上に別に今すぐ作り方を見せなくたっていいわけで。
自警団のお偉いさん2人とはちょっと天気の話をしたら解散した。ずっとお喋りする暇は、ポーション職人を志すなら無いわなぁ。ネザーっていう人間にとって過酷な環境から素材を取ってこれなきゃいけねぇもん。自前の醸造台を3台用意できた辺りでやっと、戦闘力では1人前くらいの扱いだし。素材からカラス瓶まで1人きりで作りきれなきゃ、職人としては認められないぞー。
かくいう俺は、少し休んだらまたポーションを作るつもりだ。跳躍ポからの鈍化ポが作れるかどうか検証したり、ウサギの耳で聴覚がよくなるポーションが作れるかどうか実験したり。とりあえずウサギを使わなきゃ、お前何しに砂漠に行ったんだって感じだしな。それを畑仕事に行くヘイリグさんに言ったら生暖かい目をされて頷かれた。いや、手当たり次第にやるに決まってるでしょ。俺の旅の目的はゾンビを人間に戻す方法を見つけることだぞ。何から繋がるか分かんねぇんだからな!
そしてやってみた結果、ウサギの耳ではポーションは作れなかった。跳躍ポから鈍化ポは作れたかもしれないけど、冷まさないといけないからまだ試し飲みしてない。多分出来てるとは思うんだけどな。でもこれで効果が砂糖のと同じなら、コストが釣り合わないからボツだろうな。
「そんじゃそろそろ、ガラス瓶作りに行くか」
こんな急いで作らなくてもって言われそうだけど、なんとか午後までに30個くらい作っときたい。そしたら水入りのスプラッシュ瓶をカヌプたちに使わせられて、ゆくゆくはヘイリグさんの弟子を増やせるからな!
レンガで建てられ、通気と排気の為に一部壁をとっぱらって雨も風も防げない作業場に戻ったら、冷めたガラスブロックを回収する。すぐさまその場で作業台を使って、スプラッシュ瓶を作っていく。作業台上部にある3×3の格子模様の盤。その模様の下の方に皿型になるようにガラスブロックを置いて、中央のマスに火薬を乗せる。量を確認したらポンポンポンと縁を3回叩いて、材料が中に吸い込まれていくのを確認する。そして上盤を外して中を覗けば、3つのスプラッシュ瓶が入っていた。はいめっちゃ楽。
作業台って、作るものによっては一気に数を作れるから本当に便利。ただし結果的にこの作業台の中に収まる量じゃないと作動してくれないんだよな。それでも1個は必ず作ってくれるから結局便利だ。インベントリのクラフトはそのままインベントリの中に入ってくれるから量も一気に作れるけど、作れるものが作業台に比べると限られちゃうんだよな。一長一短。
手作りでは時間も手間も掛かるし、インベントリのクラフトでは作れないスプラッシュ瓶が、作業台では1回で3個も出来るのは本当に助かる。クオリティも決して高いわけじゃないけど、一定だし使い捨てだしで問題にならない。楽が出来るならした方がいい。植物の生長を促す骨粉と同じだ。深く考えるのは止めとこう。
ガラスブロックと火薬をマス目に置いて、縁を叩いて、中からスプラッシュ瓶を取り出す。この一連の動作を10回程繰り返せば、30個以上出来上がった。最後にシラカバの板材から棒を作って、作業台にかかってる手持ちノコギリで細かくした。この蓋までは作業台では作れないんだよね。なんでだろ。小さすぎるからかな。
棒がある限り瓶の蓋を切り出して、それが終わったら粗熱が取れた鈍化ポ(仮)を教会地下の水流に浸した。はぁ、やっと休憩が出来る。もう少しで昼だよ。
お昼に頂いたヘイリグさんお手製のサンドイッチは、レタスとフライドフィッシュをパンに挟んだボリューミーな一品。シャキシャキサクサクと、いろんな食感も味も楽しめて、絶品でした。フライドポテトも美味かった。
さて、昼食をしっかり頂いたら、いよいよ新作ポーションの試し飲み会だ!
午後からカヌプたちの遊びという名の鍛錬に付き合うって言っても、昼食を済ませてすぐじゃない。午後からも普通に手伝っている子達も居るからね。だからカヌプ達が集まるのは大体3時くらいかな。新作ポーションを作ったのはお天道様が顔を出したばかりの朝早く。そして今は1時すぎ。水流に浸したアレはすっかり冷めてるはずだ! ヘイリグさん、見守り役よろしくお願いしまーす!
試し飲み会をするのは、こないだと同じ教会のすぐそば。ポーション瓶を右手に、牛乳瓶を左手に持って、腕組みするヘイリグさんの方を見た。
「ヘイリグさんは足が速くなるって予想でしたっけ?」
「ええ。ファントムが滑空する際の“加速する”という点なら、人間でも適応できるのではと。まぁ一先ず、飲んでみては? 不調が出るようなら私がフォローしますので」
「ありがとうございます!」
実際に物がこの手にあるんだから、飲んでみるのが1番早ぇよな! 何より、ヘイリグさんの表情が呆れたものじゃない。だからきっと、ヘイリグさんはこのポーションの存在を知っていて、かつデバフじゃないってことだ。ネタバレしないのは、俺が再発見することに意味を持たせる為。いつかの力のポーションを再発見したときの神父さんの対応と一緒だコレ。これ言ったら多分可愛くないって言われるから指摘しないけどな! ……あれ? それじゃ、これゾンビにかけても人間に戻せるポーションじゃないって証明じゃない? あーあ、なんで今思いついたー? はー、切り替えよ。
薄い改め、淡い空色のポーションの蓋を取り、匂いを嗅ぐ。素材がアンデッドのファントムだ、腐った身体から出来たポーションの匂いも味も気になるところ。しかし意外にも、強烈な匂いはしなかった。だからといって、いい香りでもないけど。湿った獣の匂い? それがほんのりってだけだ。我慢できないことはない。
瓶を傾け、中身を口に含む。色も匂いも淡ければ、味まで淡いらしい。助かった。
「……」
最後まで飲みきったところで、体内に染み渡るポーションが俺の体温をほんのり上げてくれる。水中呼吸と同じくらいかな。そして今のところ、体のどこも痛くない。デバフでないことがハッキリしたな。牛乳は要らなさそう。でも、ならなんの効果? まずは走ってみるか。
「ちょっと向こうまで走ってきます」
「いってらっしゃい」
ヘイリグさんの予想通り(多分ウソ)なら俊敏のポーションと変わらないはず。だから軽くでいいやと思って、走り出す前に軽く跳ねたら──着地がふんわりして、躓いた。
「ッヘ!?」
「おや」
跳ねたら身体がふわふわ軽くなったというか、落ちる時に空気の抵抗を感じるようになったというか。とにかく、普通じゃない!
何度かジャンプして試してみて、どっちかというと空気の抵抗を強く感じた。少なからず俺自身も軽くなってるような気はするけど、跳躍のポーションを飲んだような身軽さは無い。つまり、『落下の速度を軽減させる』効果のあるポーションってことか!
ジャンプ程度じゃ効果は測れない。丸石ブロックを階段状に積んで、ブロック4個分積んだら昇って飛び降りる!
「おおおっ!」
スゲー! 地面までゆっくり降りてく! 余裕を持って着地できるコレ!
だけど不思議と体勢は崩れない。普通高いところから落ちたら重たい頭のせいで傾くんだけど、そうでなくても頼れるところが無いから不安定になるんだけど、今試してる限り、地面に着くまでそういった不安が無かった。さらに言えば、高い場所から飛び降りてるのに、足に衝撃が無かった。それはどんどん高さを増しても一向に変わらなかった。
そうして試してる内に気がついた。落下してる最中、身動き出来るって!
インベントリからアイテムを出す余裕もあるし、剣を振ったり弓を引く力も込められる。身体を捻れば方向転換もできたし、歩いたら、進んだ。
これ、仮にネザーでモンスターに突き落とされても、ゆっくり耐火のポーション飲めるし、火球が飛んできても打ち返せるし、着地地点も選べるってことじゃん!
「ヘイリグさん! これ、これ凄いっすよ!」
「そうですねぇ」
即席石階段をを登りながらワクワクする俺に対し、腕組みを解いてニコニコしてるヘイリグさん。後ろに回したその手に、何を持ってるんですかねぇ? 一気に頭が冷えて冷静になっちまった。
デメリットにも考えを巡らせつつ、この楽しいポーションの真の実力を知る為に、ブロック7つ分ある高台から飛び降りた。
水の中にゆっくり沈んでいくように、空からすーっと地面に近づいていく。もしこれで地面がトゲだらけとかだったら恐怖の時間が伸びるだけなんだろうな。これで、逃げられないなら。足を一歩踏み出せば、何も無いのに踏めた。ブロックみたいにちゃんと踏める足場ってわけじゃないし水みたいに逃げていくけど、前に進むには十分な弾力だった。
「うはっはっは~~~!」
足を前に出せば出すほど、歩くことを意識するほど、身体は前に進んでいく。そうして着地した場所は、さっきまで降りていた場所からずっと先に進んだところだった。
「すげー!!」
「空を歩いてる気分はどうでした?」
「面白いっす! 外から見てる感じはどうでした!?」
「不思議な感じですね。優雅というか、シュールというか」
「それ褒めてませんよね???」
「まぁまぁ! そうだ、移動距離を伸ばす為にも、いつもの訓練場に行きませんか?」
「え?」
「ほら、濡れたくないからと必死になれば、効率的な落下移動が身に付くとは思いません?」
「確かに!」
ヘイリグさんに誘われるまま、深く考えもせずにバランス器具のある訓練場に向かった。
教会からちょっと歩いたところにある訓練場には、手伝いもお勉強も終えたらしい子供たちが集まって遊んでた。俺の目当ての高いバランス器具は流石に使われて無かったけど。ちびっ子達に挨拶しつつ、鎖渡りの柱の一番高さのあるやつに登った。
梯子を昇って頂上に着く頃には、この鎖渡りの低い台でゆらゆらして遊んでたちびっ子達がヘイリグさんの近くに集まってた。今からそちら側に向かって飛び込むからね、ぶつからないように集合させてくれたんだ。じゃあ、そのお気遣いを無駄にしないよう、さっさとやっちまいますかね。
身体はまだポーション由来の熱を持っている。効果が続いてる証拠だ。飛び降りた後はどうやって向こう岸まで移動しようか。そんな心づもりじゃ無かったのに、いきなり見世物になっちゃったから、無様な渡り方は遠慮したい。なら走るよりは歩くことになるかな。大股でさ。走ったら必死感があって嫌だもん。……そういえば、まだアレはやってなかったな。
色々考えながら張られた鎖の中央まで進む。チャラチャラ音を立てながら撓(たわ)む鎖の上から着地点を見る。さっき自分で作った即席石階段の高台よりも高い。飛び降りるのは別に怖くない。問題なのは、ここからヘイリグさん達までの距離が、まぁまぁあること。なんブロック分だよ。足を濡らさずに渡れる? 途中に今のより低い高さの鎖が2つあるけど、それを使うのは絶対無しじゃん。ふー! ぶっつけ本番でやるしかねーな!
緊張して早鐘を打つ心臓を深く息を吐くことで無理やり遅くさせて、俺は鎖から力強く飛び降りた。
「えー!!」
「なんでゆっくりなのー!?」
「すごーい!」
前傾姿勢になって、空気を蹴るように大股で歩く。ファントムみたいに滑空することを意識した落下移動法だ。元になったファントム自体が体重移動で滑空してくるんだから、きっとこれが正解だと思って。俺には羽は無いから、蹴って推進力も得る。するとどうだ! さっきよりもずっと、前に進む! 速度も出る! あっという間に地面に! 地面、に……、や、と、届かない!?
「おわっ、わっ、わ……」
身体を起こして減速して、慌てて空気を蹴って進む。対応したおかげで、なんとか水に濡れることなく、きちんと地面に着地できた。ふー! 危ない危ない。ゆっくり池にダイブするところだった!
安堵の息を吐いたら、「わーっ!」という歓声が上がってちびっ子たちがこっちに駆け寄ってきた!
カヌプ達より幼い彼らは、皆一様に目をキラキラさせて俺を見上げてきた。よかった、最後アレだったけど、見世物として失敗ではなかったっぽい!
「ねーねー、ルゥパのお兄ちゃん! 今のどうやったのー!?」
「どうして落ちるのゆっくりになったのー!?」
「魔法使ったのー!?」
「あ、あのね、今のはね……!」
好奇心旺盛なのは凄く良いんだけど、押しが強いとちょっと困っちゃうね!
「今のは魔法じゃなくって、ポーションの効果なんだ」
「お空が飛べるようになるの!?」
「そんなの、あったっけ?」
「空は飛べないよ。高いところから降りる時に、速さがゆっくりになって足も傷めないっていう効果なんだ。今のところ分かってるのはね」
「分かってるのが? じゃあ、新しいの?」
「俺にとってはね!」
「「すごーい!!」」
あらやだこの子等、めっちゃ褒めてくれる! てか今新開発したって理解した子、めっちゃ頭いいな。言語力高そう。
その例の男の子が、俺を期待した目で見上げてくる。おっとこれは、おねだりの目だ!
「ねーねー、お兄ちゃん! 俺にもそのポーション、飲ませてー!」
「あ、俺もー!」
「わたしもー!」
「えっ、こ、困ったなぁ……」
これまだ検証中だし、子供に飲ませていいものか、どのくらい飲ませたら効果が出るのかもまだまだ分からない。俺としてはまだ手出しされたくないんだけど……。あ、知ってるヘイリグさんに聞くか! と、とりあえずこの場を切り抜けないと!
「さっきも言ったけど、これ、まだ分かんないこと多いから、まだ君らには飲ませられないかな。ごめんね」
「えーなんでー!」
「ずるいー!」
「遊ばせてよー!」
「ぽ、ポーションは遊び道具じゃありません!」
「「ケチー!!」」
やっべ、怒らせちゃった。でも分かって貰わなきゃ! ていうか、量も作れないだろ! はっ! 待てよ、『在庫がないから飲ませられない』で切り抜けられる! 事実あと1個しか無いし! これだ!!
ワーワーキャーキャー興奮するちびっ子ちゃんたちを宥めてたら、向こうから見慣れた人影が歩いてくるのが見えた。
「おーい、どうしたんだー?」
「あ、スターク兄ちゃんだー!」
「スタークにいたーん! ルゥパのおにいたんが、ケチなのー!」
「ケチなのー!」
「不名誉」
「何がケチなんだ?」
てかスタークさんもドゥンさんも、何しに来たんだろ。運動着っぽいけど、歩いてるし、散歩でこっち来た?
俺の疑問も興奮するちびっ子達には関係ないらしく、彼らは俺から受けたケチな仕打ちを自警団の2人にチクってた。ついでにポーションの効果も話してくれたから俺は楽できていいけどさ。
ちびっ子達の主張をしっかり聞き入れたスタークさんは、俺に顔を向けると、「で、真意はどうなんだ?」って聞いてきた。両者の意見をちゃんと聞く、正義の味方じゃん。
「ちゃんと作れたのが2つしかなくて、残り1個しか無いからケチにもなりますよー」
「だ、そうだぞ」
「えー!」
「それ、言ってなかったじゃーん!」
「言わせてくれなかったんでしょー」
「いじわるー!」
むくれる子供も可愛いなぁ。あんまり意地悪すると嫌われるからここまでにしとこ。
なんて呑気に考えてたら、ドゥンさんが、爆弾を投下した。
「なら、数を作れればいいんですよね?」
「どぅ、ドゥンさん?」
「ほら、朝で使ったのは2匹分、でしたよね? ならあと3匹分はあるわけじゃないですか。冷ます時間もありますから直ぐに使えるわけじゃないですけど、ずっと使わせられないわけでもないですよね?」
「そ、そうですけど……」
やべぇ、やべぇことになった。魔女からのお遣いの本当の個数が分かってない今、これ以上消費するのはマズイ! だけど提供者の監視がある中で数の誤魔化しするのは、現実的じゃない! くっそ、くっそ! 流れに身を任せすぎた! これ、どうしよう!
「丁度、コレを渡しに来たしな」
「え?」
話に割り込んできたスタークさんがインベントリから取り出したのは、しっかり血抜きがされた、ファントムの死骸。「これがあと2体あるぞ」と言いながら、掲げている。ちびっ子たちは悲鳴をあげてた。
「面白そうだし、俺らにも作ってくれよ。喜んで被検体になってやるからさ」
「は、はぁ……」
中途半端ながら了承したら、ヘイリグさんはニッコリした。絶対に裏の目的のある、胡散臭い笑顔。初対面の時の、探る目的のある笑顔だ。
いつから、俺は、この人の手のひらの上だった?