人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
目が、多分、覚めた。
自信が無いのは、瞼を上げても世界が黒かったから。最後に見た時は白かったはずなのに。てかなんで俺、今、目が覚めた……? 何があった……?
何かしらあって、いきなり気絶したんだろうな。そうじゃないと、この体の痛みと動かしにくさの説明がつかない。
それでもなんとか起き上がって、それだけで息切れしつつ、暗闇に慣れてきた目で辺りを見渡す。ここ、教会の表の方か? 長椅子の上に寝かされてたし、大きな十字架が描かれた幕が壁にかかってたし。ここは自分のことを静かに振り返って、必要なら神父さんに相談するって場所だった。ま、ほぼ、おじいちゃんおばあちゃんの集会場になってたけど。なんなら相談相手もおじいちゃんおばあちゃんだったけど。カメの甲より年の功ってやつ?
中が暗けりゃ外も暗い。どのくらい気絶したまんまだったんかは分かんないけど、とりあえず、今は夜中で、ザーーっとかゴロゴロって音で大雨が降ってるってことは分かる。でも、だからって、ここまで人の気配がしないもんかなぁ。なんかさぁ、まるで、知ってる世界から切り離されて、別世界に放り込まれたみてぇじゃん。
「シ……ェ"ォッ」
はぁ!? ナニコレ、喉めっちゃ痛ェんだけど!?!? はぁっ!!??!
神父さんを呼ぼうと声出したら、信じらんないぐらい喉が痛くて、反射で泣いた。のたうち回ろうにも全身痛くて動かしたくても動かせなかった。あー、早く、治癒のポーション飲まねぇと……。え、てか俺、なんでここまで怪我してんだ……?
雨でビチャビチャに濡れて、体に張り付く服を脱ぐ余裕すらも無い。ボロボロの体で必死で立ち上がって、足取りも覚束無いまま、壁伝いに歩いていく。一歩一歩進むたびに全身に痛みが走って、堪えきれずに呻いてしまう。──ハハッ、これじゃまるで、俺の嫌いなゾンビみたいじゃん。そう笑いながら、裏の住居スペースを目指した。
裏に回っても神父さんは居なくて、しかも何故か床が水浸しだった。水の正体は雨だけじゃなくて、地下の冷暗所から水流に浸したポーション木箱を持ってきたのが原因っぽかった。なんで? あれまだ熱いんじゃ? とか色々思ったけど、持っていけなかったっぽい木箱の中に治癒のポーションがあったから、ありがたく飲ませてもらった。こんな体で階段降りるの、転げ落ちちゃいそうで結構怖かったから助かったわ。
きらめくスイカの爽やかな甘さを感じながら喉に流し込めば、その程度の刺激にすら痛がりつつも、直ぐに染み渡って癒された。あ~、立つのは辛くなくなったわ。
ここまで回復すれば、違和感についても考える余裕が生まれてきた。
おかしいだろ、なぁ。なんでココに神父さんが居ないんだよ。あの人がこんなボロボロになった俺をほっとく訳ねーだろ。俺の人生に『幸多からんことを』って願ってくれたような人だぞ。なのに、なんで。
部屋の様子もおかしすぎる。ビートルートスープは火が点いてない竈の上に放置されたまま、1杯分も減ってない。部屋が変な理由で水浸しなのも、丁寧な生活を心がけてるあの人がこんな、木箱を乱暴に放置するワケない。……ホント、おかしいだろ。
濡れた服を着替えてから地下に降りる。目を凝らすと棚にあったポーション木箱の殆どが無くなってるのが見えて驚いた。それでもまだ残ってたポーションを蓋をとっぱらって呷る。治癒と、暗視と、力。時間を空けずに一気に飲んだから、胸辺りが若干ムカムカしてきた。でもこれで身体は充分、元気の前借りが出来てるはず。身体が熱くなってるから間違いねぇ。
長いこと着て体によく馴染んだ革の雨具をダイヤ装備の上から羽織って、戦いの準備を進めた。
俺が地下でインベントリになけなしのポーションを詰め込んでる間にも、外の雨の勢いは弱まってた。雷も音がしなくなってた。そのおかげで聞こえてくる、ゾンビの唸り声。地下の空気が冷たくてくるのとは違う震えが、俺の動きを鈍らせる。
だけど、行かねぇと。俺には戦う力が残ってる。きっと、まだ戦ってる村人が居る。家の中で助けを求めてる村人が居る。
だから、行かねぇと。皆を、守らねぇと!!
ダイヤ剣と盾を構えて、教会から飛び出す。最後に俊敏のポーションを呷ったから、のろまなゾンビたちもクリーパーも俺について来れないだろ! さぁ、麦わら帽子を首からかけたゾンビ。最初はお前だぁ!!
襲撃に備えていつも手入れしてるダイヤ剣で、背後を取ったゾンビの首を撥ねた。わざわざ首なのは、いくらそっから下を傷つけても切り落としても、食べる口がある限りコイツ等は俺たち生者の肉を喰いに来るから。遠くから射つ時も必ずヘッドショットするようにとか、動かないと思っても待ち伏せしてるだけの事もあるからとか、徹底するように、神父さんによく言われたなぁ。
暗視のポーション飲んでるとはいえ、夜で、しかも大雨で視界が悪い中だとしたら、俺なかなか善戦してる方だと思う。雨で消えるから火炎系の攻撃は出来ないけど、向こうも俺の匂いが認識出来ないのか、先手はずっとこっちが打ててる。
気になるのは、いつもなら楽勝で撥ねられるはずなのに、こいつらの首はなかなか切り飛ばせないことか。まだ骨がしっかりしてやがる。肉もまだブニブニになりきってない? いやきっと、雨でダイヤ剣の切れ味が若干落ちてるだけだ。そうに違いねぇ! てか、そうであれ!
切って捨てて、切って捨てて。
一緒に戦ってるはずの仲間の声が聞こえない恐怖を、切って捨てて。
逃げ惑う足音とか、悲鳴すら聞こえない事実を、切って捨てて。
いくら攻撃しても、俺がゾンビたちに敵意を向けられない違和感を、切って捨てて。
教会以外の建物が軒並み爆破されて、それから連想する考えを、切って捨てて。
ゾンビが着てる服がこの村の人たちのやつって考えを、切って捨てて。
焦点の合わない目を持つ顔に見覚えがあっても、その首を、切って捨てた。
全部、全部! 雨と急性ポーション中毒のせいで目も耳も頭もおかしくなってんだ!!!
そう、言い訳できたのも、雨を降らせる分厚い雲越しに、陽の光が滲み入ってくるまでだった。
雨に打たれすぎて、体が冷え切った。それ以上に胸が冷え切った。
人型も家畜も関係なく、目に入るゾンビの首を全部切り飛ばしたら、動くものがなくなった。
大雨以外の液体でぬかるんだ地面。どこを向いても首と体が離れた死体が転がってて、息すんのを拒絶したいくらいの腐敗臭が充満してた。
でも、何が、一番、辛いかってさぁ……。
「なんで……」
俺が撥ねた首の大半が、顔見知りなんだろうな。相棒のダイヤ剣についた液体が、アイツ等のものなんて、信じたくない。
防具鍛冶屋のおっちゃん。
海士のリンニェ兄ちゃん、ハフ兄ちゃん。
警備隊のクイッテ。
戦う力があって、普段から鍛えてる男でも、もれなくゾンビになってる。こんなの、絶望するしかねぇじゃん。
「……次は、家の中か」
それでも、確認しないと。生存者を見殺しにしたら、もっと地獄を見るから。……ははっ、ここ、地上だよな。俺、ネザーゲート、潜ってなかったよな。あー、なんか目がおかしくなってきたわ。臭い液体でぬかるんだ、歩きにくい土道が、
「ソウルサンド、みてぇじゃん」
付いた足跡が人の顔に見えてきた。今にも悲鳴が聞こえてきそうで、悲鳴でいいから、誰かの声が聞きたかった。
クリーパーの爆破にやられたんだろうな。ほとんどの家が壊れてて、2階建ての屋根まで吹っ飛んでるところもあれば、いざって時に逃げ込む地下まで丸裸にされてるとこもある。下の海士さんたちの小屋なんて木っ端微塵で見る影もない。……爆破の勢いが、いつもよりデカくねぇか? 地面の抉れ具合を見ても、いつもより広くて深い。……なんでだ。
柵が爆破された養鶏場で、髪の長いゾンビと小さな子供のゾンビが鶏を毟って貪ってる。その背中に近づいて、近くにあった斧を振り上げて、2連続でへし折った。
……ごちゃごちゃ考えてる暇があったら、早く、生存者を見つけてあげないと。水分補給は俊敏のポーションで済ませた。
殆どの家を見て回って、手遅れの皆の首をへし折って。最後に残ったのは、サータちゃんの家。直接の被害は無かっただけで、他の爆破の影響で窓とドアが吹き飛んでた。……もっと酷いのを見てきたくせに、その事実にさえ、打ちのめされた。
「サータ、ちゃん……」
まだだ。まだ、そうと決まったワケじゃない。自分にそう言い聞かせながらドアを潜る。垂れた臭い液体を辿って奥に行って、地下への扉を開けた。開けた勢いでむせ返るほどの腐敗臭が顔にかかって、吐き気と絶望が同時に腹の底から迫り上がってきた。
でも、でも、それなら、終わらせないと。終わらせてあげないと。震える足で階段を下りた。
地下は暗かったけど、暗視が効いてて見えた。見覚えのある服を着た首無しゾンビと、サータちゃんが床に倒れてるのが。
「──サータちゃんっ!!!」
仰向けに倒れて目を閉じてるサータちゃんに駆け寄る。顔も腕も怪我してるし、そこを起点に肌も黒みがかった緑色に変色してる。きっと、侵入してきたゾンビに1人で立ち向かって、倒したけどやられたんだ。身体の傍に落ちてる鉄の剣で、いっぱい抵抗したんだろうな。
でも、触っても皮膚はドゥルってしない。……ってことは、サータちゃんは、まだ、ゾンビになりきってない……?
──待てよ? ゾンビって元々人間じゃん。人間ならさ、もしかして、治癒のポーション効くんじゃね!?
え、そうじゃん! あ、いけんじゃん! だって俺、こんなに暴れまわってんのに誰ひとりとして俺に襲いかかってくるゾンビが居ないってことはさぁ! 仲間判定されてるってことじゃん!? つまり俺もゾンビってことじゃん!? でもその俺が治癒のポーション飲んで体がピンピンしてるってことはさ! 生肉食いたくなるくらい空腹にならないってことはさ! あーそうじゃん! きっと、いや絶対!
ゾンビになっちゃった村人たちに治癒のポーション浴びせれば、元に戻ってくれるってことじゃん!!!
あー俺のバカ! なんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだよ! あ゛ぁ゛っ!! ごめんなさい!!! みんな、ごめんなさい!!!
いや、切り替えてけ。この閃きで、俺がサータちゃんを助けんだよ!!!
「戻ってきて、サータちゃん!!」
ジャケットから取り出した治癒のポーションの蓋を開けて、サータちゃんの口に中身を注いだ。意識の無い人に何かを飲ませるなんてやったことなくて、どんどん口から溢れてくのもどうしたら良いか分かんなくて。それでも少し喉に通ったのか、サータちゃんのしんどそうな表情が深くなった。そうだよな、息、ちょっとしずらくなるもんな。だけど頑張れサータちゃん。これ飲んだら、きっと楽になるから!
「! かけりゃいいじゃん!」
あーもー、なんでこんな簡単なことも気付かねぇかなぁ!! 多分傷のある顔と両腕にかけたら、回復早くなるだろ! 中からも外からも効くとか、神父さん直伝のポーションはやっぱす「ヤ"ァ"ア"ア"ァ"ア"ア"ア"ァ"ア"ッ!!!!!」
──え?
「オァオッ、オォ"ア"ア"ア"ァ"ア"ア"ッ!!!」
顔に治癒のポーションをかけた瞬間、サータちゃんが目を見開いて悲鳴を上げた。見たこと無い必死の形相で、口も目も限界まで開かれた。涙、叫び声、血、全身から溢れ出る何もかもが、悲痛そのものだった。
なんで?
サータちゃんは変色しててもまだ形を保っていた顔を掻き毟って、頬がどぅるっと溶けて取れて抉れた。見えてしまった中は、外とは違って紫色だった。
なんで? なんで?? なんで???
「ヒヤォ"ア"ァ"ア"ォ"オ"ッ、オ"ア"ッ、エ"キ"ャ"ア"ア"ア"ッ!!!!!」
聞くに耐えない悲鳴を上げ続けるサータちゃんは、何かから逃げるみたいに必死で足をバタつかせて、今度は腕を互い違いに掻き毟って、やっぱりズルリと皮膚が剥けた。
とてつもない速さで全身が変色していって、黒い緑色になった皮膚が勝手に溶けて落ちる。そこから液体がドバドバ溢れ出て、それでも掻き毟って、肉の無い手で掻き毟って、骨っぽいものが見えて、見たことない激しさで痙攣して、一際大きな悲鳴を上げて、動かなくなった。
サータちゃんが、動かなくなった。