人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
俺がポーションを分けないことに不満を訴えるちびっ子達は、スタークさんとドゥンさんに「数が無いから」って宥められて解散になった。ちびっ子の中でも女の子たちは素材になるファントムの死骸を見た時点で忌避してたから、完成しても飲まないかもだけど。
それから、カヌプたち半人前くんが皆集まる時間までまだ余裕があるからって、ヘイリグさんに子供たち用のポーションを作るように依頼された。俺個人としてはまだ検証中なのに途中で切り上げたら子供たちに飲ませていいのか分からないだろって感じだったんだけど、言ったらヘイリグさんに「大丈夫ですよ」って言い切られた。このポーションのこと知ってる人だもんな、逃げ場が無い。
そう、逃げ場が無い。どうしたってこの3人は、俺を教会に連れ込もうとしてやがる。変な行動が出来ないように、狭い場所で、醸造させようとしてやがる。
俺、どんなヘマをした? 雪玉ちゃんは見せてないはずだ。魔女らしい特徴なんて俺は持ってない。大体俺は男だしな。ポーションはヘイリグさんに教えてもらうまでデバフを知らなかったくらいだ。モンスターの魔女だなんて、疑われる余地が無い。
考えられるとしたら、ヘイリグさんを囮にモンスターを狩って素材集めしてたアレくらいか? あの時つい、ヘムスタッド村に居た時にも出してない内なる狂気が外に漏れ出ちゃったから。でもそれでモンスター判定は早計すぎる! なら、こないだの急な砂漠遠征か? 急すぎたから? そんなんでモンスターと疑われてたまるか!!
他に、他に何がある?! 俺は何をやらかした!?
「ルゥパさん、何か緊張することでも?」
「えっ、あ、いや……。まだ検証したりないなぁって。体が熱持ってるので、動きたいのになぁって」
「そっか」
考え事して身体が強ばってたら、ドゥンさんに心配された。オメーのせいだわこの野郎。なんて言えないから、適当に誤魔化した。いや、言っていいのか? あ、でもこの人のおかげでちびっ子達から開放されたとも言えるのか。言ってもいいけど結局言えね。
教会の作業場に着いたら、早速ファントムを捌いた。捌くのは3匹分。俺と、スタークさんと、ドゥンさんで1匹づつ。自分の分は自分で捌け、作れとヘイリグさんからのお達しだ。まぁ失敗してボロボロになっても、どうせ刻むしね。少なくても皮膜2個分、ポーション6つ分は作れるんじゃない? まぁ、そのポーションをちゃんと作れるかどうか、だけどな!
クモが捌けないなら大変かなって思ったけど、流石に血抜きが出来るくらいには触れるから抵抗は無さそうだった。それでも上手に出来るかどうかは別で、羽から皮膜を剥がす工程で失敗しちゃって、2人共4枚くらいしか取れてなかった。その皮膜も、1枚ごとに成長を感じる仕上がりだった。俺は今更1枚も無駄にしねぇけど。フフンッ。
2人がヘイリグさんから道具を借りて、場所を中央のテーブルから窓際カウンターに変えて作業する隣で、とっくの昔にポーションを作ってた俺は目の離せない作業を終わらせていた。
1匹から取れる皮膜6枚×1枚で出来るポーション3瓶=1匹から出来るポーション18瓶。だけど俺が持ってる醸造台は全部で5つ。フル活用しても1回で15瓶までしか出来ない。きっと、あのちびっ子達だけじゃなくてカヌプたちも使いたがるはず、水で薄めるか少なく出すかするって言ってたから、少なくとも2倍の量になると考えても30回分。も、もっと作っとくか? 残り2匹と半分は、魔女のお遣い分を『数え方が分かんなかったんです☆』って言って、少ない数え方の方を渡せば余裕が……!
「何悩んでんだ?」
「っ!」
机に身体を預けて思考に耽ってたら、不意にスタークさんに声をかけられて肩が跳ねた。ポーション作ってる最中に話しかけるなんて、余裕があるじゃねぇか。ダメ出し揚げ足取りしてやろうって思って左隣向いたら、スタークさんがヘイリグさんに頭叩かれてた。
「他人の心配をする前に、自分のポーションの世話をしっかりしなさい」
「はいっ」
「ほら、沸いてきましたよ。直ぐに漏斗に昇ってきますから、すかさずかき混ぜてください」
「はい」
「ドゥンもですよ」
「はい!」
やーい! ヘイリグさんに怒られてやんのー! よそ見をヘイリグさんに怒られててスカッとしたわー。
……1匹から出来上がるポーション18瓶×ファントム3匹=54瓶。魔女がこのポーションをこんなに必要とはしないだろ。仮に素材にもポーションにも他に使い道があるんだとしても、分かりにくい書き方をした魔女が悪いわ。そう言い訳して、インベントリから隠してたかったファントムを1匹取り出して、まな板に載せた。
ファントムの羽を落として3等分にしたところで、2人のポーションも煮出せたらしい。中央のテーブルでの作業を止めて、醸造台が置いてある窓際のカウンター作業場に目を向ければ、スタークさんとドゥンさんが初めて作ったポーションに興奮した様子で覗き込んでた。そこそこ手応えあったみたいだな。遠目で見てもしっかり色が出てたからきっと大丈夫。しっかりつっても、うっすい空色なんだけどさ。
……はぁ、できちまったかー。
思わず溜め息を吐く。意識して小さく小さく吐いたのに、耳に入ったらしいスタークさんがこっちを見た。そして、ニヤッと笑った。あ゛んだお前。ムカムカするなぁ。
「なんだよ、溜め息吐いて。何が不満なんだ?」
「べっつにー? 初心者がいきなり成功させてたって、羨ましくねーから!」
「おーおー、嫉妬かー?」
「初心者といっても、初めてではないですから。昔の勘を取り戻している最中なだけですから、嫉妬しなくてもいいですよ」
「お、おい、ドゥン。言わなくてもいいだろ」
「なーんだ」
……分かってる。スタークさんが期待してた不満の内容と、きっと違うって。でも乗ってやらない。躱さなかったら、俺は、この村に居られなくなる。カヌプとの約束を果たせなくなる。ただでさえ嘘つきなクズなのに、約束破るクズにまでは、なりたくない。
「ところでなんだが、ルゥパ」
だから、やめてくれよ、スタークさん。
「良かったのか? そのファントムに手ぇ出して」
俺をこれ以上、追い詰めないで。
「……なんすか、あの子達に遊んでもらって興味持ってもらうには足りないから、しょうがないじゃないっすか」
「そんな睨むなって。大事に隠しておきたかったみたいに見えたからよ、気遣っただけだって」
「隠しておきたいって……。別に、全部あのポーションにするのはちょっと勿体無いなって、他に使い道あったら困るから、使い切りたく無かっただけっすよ」
「ふーん?」
窓際からわざわざ俺のいる中央のテーブルにまで足を運び、並び立ってまでニヤニヤ笑うスタークさん。挑発的な、全てを見透かしたつもりなその余裕な態度が、果てしなく気に障る。
俺、この1年、こんな態度のスタークさんに粘着されんの?
そう思ったら、ダメなのに、我慢が効かなくなった。
「なんすか」
「ん?」
「何か言いたいことがあるんなら、ハッキリ言えよ」
ああ、言っちまった。
自分が劣勢なことなんて分かってる。乗せられてるって気付いてる。それでも止まれなかった。
スタークさんがこんな態度なのは、俺が嘘つきだから。それを暴こうとしてるんだって、村を守る為に不穏なものを排除しようとしてるんだって分かってる。最初は俺からそうするよう仕向けてたくせに、自暴自棄なんて馬鹿らしい。でも、仕掛けたのは向こうだ。放っておけば利用できたものを、触れたのはスタークさんだ。喧嘩すんなら、受けて立てよ!
俺の怒りを正面から受けたスタークさんは、意地汚く見えた笑みを消した。一転して現れた真剣な表情に、こっちが狼狽えた。
「お前がその気なら、言わせてもらおう。──止めにしようぜ、この探り合い」
「……は?」
『止めにしようぜ、この探り合い』? 喧嘩売ってくるのは大体お前からのくせして、何が止めようだ。お前が仕掛けてこなけりゃいいだけだろ! そう怒鳴りつけてやりたいのに、怒り慣れてないせいで、情けなく口をパクパクさせることしか出来なかった。
そんな間抜けな俺を笑うでもなく(いっそ笑ってくれればいいのに!)、スタークさんは真っ直ぐ俺の目を見据えてくる。
「こんなこと、お前を一番警戒してる俺が言うのはなんだがな……。ルゥパ、俺らを、信用してみる気はないか?」
「しん、よう……? ははっ、してなきゃ、教会にお世話になりませんよ!」
「……だから、止めようぜ、そういうの」
「はっ、な、なんだよ……!」
怒りと、それを上回る困惑で身体も、声も頼りなく震えてくる。ドゥンさんもスタークさんも何も言ってくれないって、止めてくれないって、気付いたから。そうだよなぁ、3日近く村を開けてたんだ。いくらでも結託する時間は、あったよなぁ。
そう理解した途端、言いようのない不安が押し寄せてきて、血の気が引くのが分かった。しっかり床があるはずなのに、足元がぐらつく。浅い呼吸しか出来ない。かつて頭に受けた敵意の痛みが、蘇ってきた。
いや、嫌だ、嫌だっ! もう、石、投げられたくない……!
「ルゥパさん」
「!」
怯える俺に呼びかけたのは、カウンター作業場から動いてないドゥンさん。痛ましい表情なのが印象的だった。それから短く息を吐いた彼の顔は、どこか決意を秘めているように見えた。
「私たちは、貴方から返しきれない程の恩を受けています。カヌプくんとパーデくんをクリーパーから守ってくれて、子供達に村の外の冒険の話を聞かせてくれました。半人前たちの相手をしてくれた上、彼らの意識を変えてくれました。村を守る意識の高まりは、村の大人たちに、自警団たちに初心を思い出させてくれました」
「ドゥン、さん……」
「村人全員が、ルゥパさんに感謝しています。貴方を慕っています。貴方が居ない3日間はどこか空虚ですらあったんですよ」
祈るような、今にも泣きそうなドゥンさんが並び立てた俺の行いは、客観的な印象で悪いものは無かった。俺に向けてくれているらしい感情に、敵意は無かった。
「……だからどうか、恐れないで。私たちのことを、恐れないでください」
そうだ。何を怖がる必要があるんだ? 俺は、何も悪いことなんかしてない。企んでない。だから、堂々としてりゃいいんだ!
『煩い!! この、バケモンが!!』
してても、バレて、矢で射られたら? 彼らが、俺が魔女だと認めた途端、態度を変えたら?
「大丈夫ですよ、ルゥパさん」
その一言だけで深く安心させる、低くて優しい声。導かれるように声を辿ってスタークさんの後ろに目をやった。ヘイリグさんと目が合うと、ゆっくり、大きく頷かれた。
「さっきドゥンが言った通り、この村の皆さんは君の帰りを待っていました。皆一様に君に『おかえり』と、笑顔で迎え入れてくれたでしょう? ですから、大丈夫。君は既に、皆さんから受け入れられています」
「……ほんとうに?」
「本当に。仮に反対する人がいても、村長が守ってくれますよ。そうでなかったらカヌプくんが村からまた出て行っちゃいますからね」
「!」
「ついでにパーデまで出て行きかねねぇ。家族を危険な目に遭わせねぇ為には、お前の意思で滞在してもらわねェとダメってことだ」
ヘイリグさんに続けて口を開いたスタークさんは、後頭部を掻いて呆れ笑っていた。
あー、そういや俺、権力者の子供とめっちゃ仲いいのか。忘れてたわ。使うつもりの無かったコネに助けられちゃってるわ。
自分がラッキーだったことに気付いて失笑してたら、ドゥンさんがこっちに近づいてきた。さっきより見るからに肩の高さが低くなってた。
「さっきの話を聞いて察したと思います。村長とスタークが、特にコイツがやたらと貴方に突っかかってたのは、家族が貴方によく懐いて、深く尊敬しているから。つまり嫉妬だったんですよ」
「ちょ、ドゥンっ! それ言うなって! っじゃなくて、そうじゃねぇよ!」
「自白したな? ふふっ、村長は嫉妬だって認めてたから、気にしなくてもいいだろ」
「……そうだけどよ」
そうなんだ。
俺に痛いとこ容赦なく突かれるほど不躾にズケズケと物言ってきてたのは、ある意味俺がこの人らの家族を人質に取ってたからなのか。なんて若干悪い感じに解釈してたら、スタークさんとは反対の方からテーブルを回り込んできて近くに来たドゥンさんが「そういうことですから」と言葉を続けた。
「ルゥパさん、結局この村の誰も、あなたを本気で排除しようとしている人間なんて、いないんですよ」
「……」
思わず、背を向ける格好になっていたスタークさんの方に、顔を少し傾けてしまった。そんな微かな、でもあからさまな俺の態度にドゥンさんは目を伏せ、胸に手を置いた。
「……騙し討ちの格好になって、申し訳ありません。こんな仕打ちをした私たちを信じてもらえるわけ無いと分かっています。……それでも!」
胸の前に置いた手で拳を握って語気を少し強めた後、ドゥンさんはより一層祈るような、悲痛な面持ちになった。
「それでもどうか、私たちを信用して話してくれませんか? この村があなたにとって過ごしやすい場所になるように、せめて、せめてこの3人と村長にだけは、貴方の秘密を、隠し事を打ち明けてくれませんか? 貴方の秘密の、共有者にしてもらえませんか? ……ほら! 村の権力者に口裏合わせてもらえれば簡単に素材集めも出来ますし、私たちが失敗したことにすれば数をちょろまかすのも出来ちゃいますよ! ね!」
あまりに真剣なのが自分で恥ずかしくなったのか、最後は茶化しながら早口で捲し立てたドゥンさん。でも、熱くて優しい思いはしっかり伝わってきた。だから、こっちも、怖いけど、歩み寄ってみたい。怖いけどな!
ポーションの効果で現れるのとは違う熱が、血の気が引いていた身体に巡る。いつの間にか足の震えは収まっていた。
息が浅くなる俺の目を、ドゥンさんがじっと見つめ返してくる。何を言っても、きっと答えを返してくれる。そう、信じてみよう。
「ころ、さない?」
「殺す? まさか! 貴方に殺意を抱いた時点でこっちがカヌプ達に殺されますよ!」
「おいださない?」
「居てくれないと寂しいとさっき言ったばかりでしょう?」
「……石、投げない?」
「訓練以外で投げることは、絶対に無いでしょうね」
例外を設けたドゥンさんの否定にスタークさんが「そこはシンプルに言えよ」とかなんとか言ってたけど、正直気にならなかった。
「……そっかぁ」