人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
風が強く吹く、満月の夜。林の中はただでさえ暗いのに、光源の月明かりも流れる雲に時々遮られて、頼りない。そこかしこから骨がぶつかり擦れるカラコロって音やら、クモの糸を吐くシューシューって音、エンダーマンの唸り声なんかが聞こえてくる。ただでさえ魑魅魍魎に囲まれるなんてとんでもないのに、光の無い暗闇の中を歩くなんて、人間の頃だったら心臓が凍えてただろう。
ま、暗視のポーション飲んでりゃ、どんだけ暗くても関係ないんだけどなー。
満月の今日は、魔女から頼まれた品をお届けする日だ。ファントムの皮膜の不安を抱えつつではあるけれど、そこはもう、アレよアレ。最初からそうでしたよねって感じですっとぼけるわ。とぼける顔に気合入れてけ~?
透明化のポーションまでは飲まなかったけど極力足音を消し、気配を殺して歩く。魔女生の先輩と初めて会った場所に着くと、不自然が増えていた。
明らかに骨粉で生やされただろう背の高い草。飛び出した雪玉ちゃんがその周囲を確認したら、草と木の中に隠された地面の一部が草が捲れて土になってたのを発見してくれた。そこをシャベルで掘り起こしたらチェストが出てきて、中には2つのメモ用紙が入っていた。
1つは『このチェストに頼んでいた素材を入れておくように』っていう指示で、もう1つは次のお遣い内容が書かれたメモのようだった。お使いの内容を見る前に今回のお使い品をチェストに入れていこう。
ファントムの皮膜 × 3
フグ × 3
ウサギの足 × 4
砂 × 30
石炭 × 10
メモの順番通りにアイテムを入れて、最後に石炭を仕舞ったら、背後の木から覚えのある気配を感じた。チェストを閉じて振り向けば、思った通り魔女が居た。木の陰に隠れるように立っていた彼女は相変わらず暗い色の格好で、暗視ポ飲んでなきゃ暗闇に紛れて見つけられないだろうな。
「こんばんは、先輩」
「はぁ……、こんばんはっと」
「どうしました? てか多分、ずっとそこにいましたよね?」
「どうしたもなにも、お前さんはあの目立つ白いコートを着てないし、お前さんを追っかけているような人間の気配もするし。お前さんがそいつらに反応しないから、出て行かないどこうか悩んだじゃないか」
「……やっぱり先輩、透明化したはずのものが見えてます?」
「いいや?」
「ってことは、やっぱりいるんじゃないか」って魔女にさっそく呆れられた。あー、俺が反応しないから気のせいかと思ってたら、やっぱり勘は当たってたって感じね。ふーん。
「なんかあの人たち、俺にも内緒で訓練とか言ってストーカーしたがってたんで。白のコートを脱いだのも俺が気配殺したのも、意地悪ってとこっすね。手加減で俺は透明化ポ飲まなかったんすけど」
「なるほど。道理で見当違いな方向に向かってるわけだ」
「小石投げた甲斐がありますわ~」
その音でスタークさんとドゥンさんを攪乱して、俺だけがこの場所に来れるようにしたってわけだ。それで惑わされなかったとしても、雪玉ちゃんの力を借りてテレポートすれば良かったしね。俺ってばホント性格悪~。
チェストの中、つまりお使いの品を確認してもらう。心配だったファントムの皮膜もあの数え方で良かったらしい。中身が全部合ってるって確かめて、それらをインベントリに収納した魔女が最後にこっちを見てニヤリと笑った。意地汚そうだった。
「それで? あの村の連中にはお前さんの秘密、どこまで喋ったんだい?」
「なんで喋ったこと前提なんすか」
「ハッ! そうでもなきゃ、臆病なお前さんが魔女のアタシとの密会に人間を近づけるなんていう危ない橋を渡るわけがない!」
「臆病なんじゃなくって慎重なんですー!」
「同じ意味だろう?」
ヒッヒッヒ……と意地悪に笑う魔女に、言い争うのは無駄だと判断して降参した。否定したって言い換えられちまうなら面倒だもん。
「まあ、うん、言えました。言えましたっていうか、白状するように迫られたというか」
「ハハッ、なんだい、ボロを出してたのかい。……いや、あそこにはネザーゲートを開いている実力者が確か居たね。見破られたってところもあるか」
「その通りっすね。あの村の聖職者さんを囮にモンスター狩りした時があるんすけど、その時に俺からモンスターの気配がしたらしいっす。辛い」
「本性が隠しきれなかったってことかい。まったく、詰めが甘いねぇ」
雷に撃たれてからはそんな強い人と親密になったことなかったんだもん。人間の気配なんてどう出せばいいんだよ。てか、人間の気配を醸し出すモンスターって、怖くない? 俺これからそんなバケモンになんの? いや成れるか知らんけど。ヤダッ人間でありたい。
笑った魔女が木に凭れて腕組みした。そのしたり顔を雪玉ちゃんが近くまで行って照らした。何してんの。
「それで? 誰に、どこまで白状したんだい?」
「村長と先輩の言う実力者と、自警団の2トップ。伝える必要があると判断すればそこから広まるんじゃないっすかね。話した内容は自覚している殆ど全部? 雪玉ちゃんのことも……いや、雪玉ちゃんたちは勝手に暴走して自分の姿見せびらかして、自分たちのプリティさであの村の人たちを魅了して受け入れさせてましたね」
「ほお? この白いポンポン、打ち明けてなかったのかい」
言いながら、魔女は自分の顔の近くに居た雪玉ちゃんを下から手のひらでポンポンと打ち上げた。雪玉ちゃん跳ねてて可愛い。
「あの村の連中はミツバチを閉じ込めてるから、てっきり可愛いもの好きで、それでお前さんも容易く受け入れられたんだと思ってたんだがね」
意外と魔女さん、ハナハタ村のこと知ってるよな。やっぱ気になるんかなとか思いつつ、暗くなりそうな顔を取り繕った。
「だって人間からこの子らは湧いてきませんもん。『得体の知れないそれを連れてるなんて、お前はモンスターだ!』なんて言われちゃいそうじゃないっすか?」
砂漠の辺りではそんなこと言ってくる人いなかったから、俺の考えすぎだって今では理解してんだけどね。旅人だからって首を突っ込まずに置いとかれたんだろうな。黙ってても出てくし。
「……ふぅん」
「あ、そこんとこどうっすか先輩。先輩って俺の雪玉ちゃんみたいな子達が家族でいてくれてます? 連れてる様子は無いっすけど」
「いないよ、こんな不思議生物。アタシの家族は黒猫のミィだけさ。猫はいいよ、大人しいし可愛いし、何よりクリーパー避けになる」
「そうなの!?」
あの小さな可愛い生き物が、爆破の脅威から守ってくれていたって本当!? そうだとしても俺は飼えないし必要ないけど! だから村には必ず猫がいたのか……。って、肝心なのはここじゃない。
「じゃあ、雪玉ちゃんたちは『魔女についてくるナニカ』ではなくて、『人間でなくなった俺についてくるナニカ』ってことか」
「ん? お前さん、本当にアタシ以外の魔女に会ったこと無かったのかい?」
「無いっすよ。だから魔女がどんな生態してんのかも、魔女と人間が意思疎通が簡単に出来るかどうかもよく分かんないんすよ。俺が魔女になってから会うんじゃ分かんないっすからね。俺は元がそうだったんだから人間と交流できて当たり前ですし。だから魔女と人間の師弟関係の前例があるって言われても、それがこうしてちゃんと会話できての交流なのかどうか分かんないんすよね」
「……なるほどねぇ」
相槌を打った魔女がぐるりと周囲を見渡し、俺の後ろのある一点を見てラベンダー色の目を細めた。
「訓練の相手をする代わりに、自分の知的好奇心を満たす為に利用してるってわけかい」
「あ、気付いちゃいました?」
近くの木の陰から大きくはないが気配が2つする。姿かたちは透明になっても、音までは消えないから俺でも分かった。思ったよりも遅めのご到着だけど、タイミング的には最高かもね。
「せっかく仲間になってくれた連中を使うなんざ、お前さん、案外いい性格してんねぇ」
「誰かさんが素材集めを急かしたおかげで、効率的に物事を進めることが楽しくなっちゃいましてね」
どうせスタークさんにもドゥンさんにも俺が今日魔女のトコに行くことは伝えてあった。あっちが内緒ならこっちも内緒で利用してもいいだろ?
「“利用されるだけか、互いに利用し合うのかを決めるのは、お前さん次第”、なんでしょう?」
「人格変わりすぎて気持ち悪いねぇ」
「うっせ」
秘密を一部の人にぶっちゃけて協力者得られたから肩の荷が下りて、色々はっちゃけてる自覚はあるけどさ。だからって気持ち悪いって言われる筋合いはねぇっつーの。
魔女生の先輩は話を盗み聞きしている存在がいると分かっていてお喋りできるほど豪胆ではないらしい。俺がどんな風に素材集めしたのか、人間がいないと集められないファントムの皮膜をどう回収したのかなんかの話は次の満月の夜まで取っとくってさ。
透明化のポーションを呷ってさっさと帰っていった魔女を見送ったら、まだ近くの木の陰に隠れてるスタークさんとドゥンさんの方を見た。見ても透明化ポ飲んでるから姿は見えないんだけどね。
「ねースタークさんドゥンさん、俺と魔女の会話、ちゃんと聞き取れましたー?」
「……やっぱ気付いてたのかよ」
「魔女がやけにこっちを見るなぁって思ってたら……」
質問には答えてくれなかったけど、自分たちの位置がバレてた事に
場所を少し変えて、ほんのり光る茶色のキノコを収穫する。雪玉ちゃんが照らしてくれるから暗視ポに加えて見つけやすくて本当に助かるわ。その後ろで気配を消す訓練中のスタークさんとドゥンさんは、透明化を解除しないけど帰りもしない。だから見つかる危険性もお構いなくお喋りしてやった。
「なんで、俺に黙ってストーカーしてきたんすか?」
「……どうせお前のことだからな。まだ隠してることあるんだと思って、暴いてやろうと思ってな」
「面白そうだから付いてきました」
「お前は止めろよNo.2」
スタークさんは疑り深すぎるし、ドゥンさんはなんか深い意味もなく楽しんでるしで、これからどう付き合って行けばいいんだろう、この人ら。まぁでも現状、俺に協力してくれるのはこの人たちなんだし、向こうが遠慮しないなら俺も遠慮しなくていいよな。
「俺の秘密は、殆ど言いましたって」
「では、雪玉ちゃんについては?」
「え?」
気楽に遊んだ言葉の裏を、よりにもよってドゥンさんにあっさり読み取られた。突然の展開にビビって、キノコを採集する手を止めた。どうせ見えないのに振り返ってしまった。けど、声から考えてドゥンさん絶対に笑ってる。
「普通に考えて、こんな白くてふわふわして丸っこいだけの生き物を、誰も恐れはしません。ニワトリ以上に無害ですからね。それにも関わらず、以前訪れた村ではこの愛らしい存在に、それを従えるルゥパさんに石を投げつけ、トラウマを植え付けたという。……きっと、まだ私たちに打ち明けていない秘密が村人たちに石を投げさせたんだろうと、想像に難くありません」
最後に「そうでしょう?」といって 切り上げたドゥンさんの表情はきっと、いや間違いなく自信に満ちている。あー、その高くなった鼻っ柱、折ってやりてぇなぁ? ならまず、お膳立てからしねぇとなぁ?
「良い推理っすね、ドゥンさん」
「おや、当たってました?」
「あれくらい、誰でも思いつくだろ」
「うるさいスターク」
「まぁまぁ、まず俺のことを疑わなきゃ辿り着きませんから」
「コイツ1mmもアンタのことモンスターとは疑ってなかったんだが?」
あ、そうだったんだ。
それでも不満を漏らすスタークさんを宥めれば、ドゥンさんが更に付け上がって「フフンッ」と鼻を鳴らして笑った。いいねぇ、いいねぇ!
「ということですし、ドゥンさん。もう少し踏み込んで考えてみません? 具体的には、この雪玉ちゃんにどんな力があるかを」
「……そうです、ねぇ」
俺に言われるまま考え込むドゥンさん。スタークさんが立っているだろう辺りからは、呆れの気配を感じた。別にスタークさんも考えていいのよ?
「……目が眩むほど光る、だけなら石は投げないでしょう。この子達には小さい手がありますし、物が持てるのは目に見えてますから、その線も無い。……仮に一目で判断したんだとしたら、既存のモンスターの特徴に似たものがあったのかもしれません」
「おお……」
「口が無いからクモやゾンビでは無いでしょう。小さな体で弓を引くくらいなら突撃するでしょう。となると、クリーパーのように爆発するか、エンダーマンのようにテレポートするか……」
「良い勘してますね」
俺の狙いを汲んでくれたらしい雪玉ちゃんが、ドゥンさんの声がするところに浮かんだ。さくっと草が踏まれる音がしたから、きっと1歩下がったんだろうなぁ。
「……しかし、クリーパーと同じ力を持っていたとしたら、石を投げられるどころでは済まないでしょう。となると、恐らく雪玉ちゃんの能力は、エンダーマンと同じ、テレポートなんじゃないでしょうか」
「……本当ドゥンさん、1回考えちゃえばすーぐ答えに辿り着いちゃうんですから」
「おお!」
「へぇ」
暗に正解だと仄めかすと、ドゥンさんの目の前の雪玉ちゃんに俺のそばに居た子がテレポートした。「わっ」と驚いた声は喜色を帯びていた。でも直ぐに気付くだろう? これだけなら問題にならないって。ただ可愛いだけって。じゃあ何が問題なのか、考えて、きっと直ぐ思いつくだろう? 俺も、
「大・正・解♡」
「~~~~~~ッ!?!?」
テレポートしたての子に俺もテレポートしたら、いきなり近づかれたドゥンさんは声も無く叫んで、尻もちを付いたらしい。そのドサッという音でモンスター達がこっちに気付いたハズ! これで誘き寄せて狩ってやるぜ!
……って、張り切って相棒のダイヤ剣構えたのに、スケルトンもクモもエンダーマンも、クリーパーでさえもこっちに来なかった。音してんだから居るのは知ってるぞゴラァ。
「んだよ、腑抜けた奴らめ」
「てンめぇ……! 俺を囮にしたな!?」
「これで2回目っすね~」
「はっ!? 1回目いつだよ!?」
憤慨して言葉遣いが乱れるドゥンさんの疑問に敢えて答えず、「帰りましょっか」って言って歩いた。あんなにお喋りしてたけど2人は気を抜くことなく、足音を立てないように俺の後をついてくる。モンスターを誘き寄せれなかったのは誤算だったけど、2人の警戒心を高めるイジメが出来たからいいや。
林の中を歩いて、村の周りを照らす松明の光が見えてきた頃。スタークさんが口を開いた。
「なぁ、ルゥパ」
「なんですか?」
「あの魔女と、何の話をしていたんだ?」
「ん? んー、別に、大した話はしてませんよ。お2人が盗み聞きしてるって分かってましたし」
「……そうか」
あれ? 思ったより深入りしてこないな。なんて思ってちょっと右後ろを見たら、目があった気がした。真剣な目に、囚われた気がした。
「ルゥパ」
「……はい」
「お前は、人間だよな?」
「スターク?」と心配そうな声でドゥンさんが彼の名を呼ぶ。けれどスタークさんはきっと俺から目を離していない。俺から答えを聞くまで、目を離さないつもりだ。
意地悪、しすぎちゃったかなー。……いや、違う? これはスタークさんなりの、受け入れる宣言なのかもしれない。今のテレポートを見た上で、俺に自分は人間だと言わせることで、今のを村人に秘密にしてくれようとしているのかもしれない。ああ、懐深ぇなぁスタークさん。
「人間っすよ。少なくとも、心はそうでありたいと思ってます」
「……忘れんなよ、その言葉」
「勿論。俺の血をスタークさんや他の人たちの剣のサビにさせない為にも、肝に銘じます」
「何2人で分かってる風に会話してるんですか混ぜろ」
「ねーちょっとー!」
「混ざりたいなら宣言してないで勝手に入ってこいよ」
最後の最後で空気を壊すのはドゥンさんの役目なの? 締まんねぇなぁ!
あ、そういや、先輩魔女の名前聞くの忘れてた。てか向こうも俺の名前知らなくね? コミュニケーションつまづいてね?