人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
魔女からのお遣いの品の中にあった『ブレイズロッド』と『グロウストーンダスト』を採取してきたネザーからの帰り、村の外から俺はとんでもない光景を目にすることになった。
「な、なんだっ、あのトンデモねぇ数のファントム!!」
ハナハタ村自慢の高い鉄格子を楽々飛び越えやがるファントムが、パッと見で10匹以上集まっていやがった! 普通3匹、多くても5匹くらいのはずなのに! ヘムスタッド村でもそんなもんだったハズなのに! いったい何人が徹夜してんだ! ふざけんなよドゥンさん!!
ポーションの影響で火照った体で村まで走る。走れば走るほど、村に近づけば近づくほど、襲撃に来ているファントムの数がそれ以上な事が分かって、それを打ち落とす矢の正確さもよく分かった。命の危機なのに、嬉しくなっちまってるわ。
白いコートは遠くからでも鉄格子越しでも目立つらしい。村の入口近くに来ると門番さんたちが鉄扉を開けて「討伐を手伝ってくれ!」って叫びながら招き入れてくれた。インベントリから弓矢を取り出して走り、密集地からはぐれたファントムに狙いを定める。限界まで引き絞った弓の弦を話せば、丁度下降してきていたファントムの眉間に命中した。
地面に激突した奴が絶命したのを確認したら、また目に入ったはぐれファントムを撃ち落としてから襲撃の中心地に向かった。土を休ませているのか、今は何も植わっていない畑の辺りで、点在する小さい建物以外の障害物も避難すべき人も少ないおかげで、身を隠せるものが無くて狙撃が比較的大変そうだ。
休ませていようとなんだろうと畑の中にも松明やランタンがそこかしこにあるおかげで、暗視のポーションが無くても夜の畑の中が見渡せた。だから、襲撃がそろそろ終わりかけなことだったり、ドゥンさんの姿が
さて、どう言って寝不足な奴らを聞き出す? まぁ魔女が言ってただけで、本当に人間の寝不足がファントムの餌になるのかどうかは分かんないけど。
逃げようと背を向けたファントムを見て弓を下ろしたスタークさんに近づけば、しっかり気配を出してたからか武器を構えられることなく受け入れられた。足音を気持ち派手にすんのがコツね。
「スタークさん、怪我はありませんか?」
「村人たちは建物の中に避難させたし、俺もない。怪我は……最初にファントム襲撃を伝えに来た奴が突進を肩に食らって、今教会で安静にさせている。自警団員でもそのくらいだな」
「さすがですね」
ファントムに限って言えば、俺の故郷、ヘムスタッド村よりも襲撃の回数が多いからな。慣れてなきゃおかしな話だわな。
「それにしても、今回は数がエグくありませんでした? 遠くからでも10匹以上見えましたし」
自警団が回収するファントムの死骸の散らばりようを見ながらそういえば、スタークさんは「そうなんだよ」と溜息と一緒に零した。彼は顰め面で、踏み荒らされた畑に落ちる矢を拾った。土が付いていたが、折れてもないし、拭けばまた使えそうだった。
「おかげで矢の消耗が激しくてダメだ。再利用できるものはするが、新調しないとな」
「ネザーに行くなら再利用なんて言ってらんないっすけどね。燃えるし、生き残ってても回収しに行ったら自分が死ぬかもしれないし」
「……ニワトリの数、増やしてもらうように言うか」
「それがいいっすよ」
俺の時とは違って、この村からネザーを目指す人は20人以上。尾羽になる羽根が採れるニワトリは多くて損はない。時代は養鶏だな! あと砂利から火打石もたくさん見つけてこないとな。矢師さん頑張ってー。
顔を左右にゆっくり動かして、村全体を見渡してからスタークさんに向き直る。彼は少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「ところで、ドゥンさんの姿が見えないですが、大丈夫ですか?」
「あー……アイツはファントムが来る時は半分の確率で居ないんだよ。もう俺たちも慣れたし、気にしないでくれ」
「……いや、ダメじゃね?」
「……やっぱ、そうだよな?」
不安そうに背を丸めてしょげたスタークさんを見て、内心してやったりって感じだった。これでなんの疑いもなく、ドゥンさんの家にこれから突撃できる!
さぁドゥンさん! ファントムを呼び込むほど夜ふかしする、その要因はなんだ! なんかもう分かってる気がするけど!
ドゥンさんの居場所を熟知しているらしいスタークさんは、迷わず何も植わっていない畑の中を突き進む。向かう先には木で作られた小さな小屋がある。野菜を洗う水場とは違った、しっかりとした造りのそれのガラス窓から、ランタンの灯りとは違う赤い光がチラチラ見えた。
「……本当に、レッドストーンダストが好きっすよね、ドゥンさん」
「呆れるほどにな」
あの赤い、不安定に光る光は、きっとそうだろう。レッドストーンダストは石の中にある時から衝撃を加えられると松明にちょっと負けるくらいの光度で光るから。
だんだん数が多くなるファントムの死骸を横目に、意外と距離のある小屋への道を行く。着けば、思ったより大きそうな小屋の玄関の扉をスタークさんはノックもせずに開けてズカズカ入っていく。遠慮ないなぁ。彼が玄関のすぐ横のレバーを上げれば、天井に仕掛けられたレッドストーンランプが信号を受け取って小屋の中を照らした。
小屋の中は壁が無い大きいワンルームってわけではなくて、手前にひと部屋、奥に扉なしのひと部屋があって、それを今俺たちがいる通路が繋いでいる。スタークさんは迷わず手前の扉を押し開けた。外から赤い光が見えた位置からして、こっちが実験室なんだろうな。
スタークさんに続いて実験室に入った俺を出迎えたのは、パンッ! という乾いた音とキラキラ舞い散る赤い光だった。
「ふへっ」
気の抜けた笑い声が、だらしない顔したドゥンさんからした。こっちに背を向けて椅子に腰掛けてはいるものの、扉が開けられる音で気付いたらしくて、顔をこっちに向けていたから、目の下のくまが凄い彼の顔が見えたんだ。──よくもまぁ、こんな状態になるまで寝ないでいられたな。そりゃあの数のファントムがおびき寄せられるワケだ。この死臭にファントムはおびき寄せられてんのかな。え、お前らもアンデッドの癖して? やっぱ分からん。
「お前……、何日寝てない?」
「あ゛ー? ……3日?」
「3日!? お前、なんでそんなに寝ずにいられんだよ」
「だってー、たのしいんだもーん!」
寝不足で脳みそが溶けてるらしいドゥンさんの言動は幼くなっていて、いつものキリッとした目も濁っていた。そんな彼はスタークさんに話しかけられても尚、立ち上がろうとしない。その上、レッドストーンダストを付けた手をまた叩いて、キラキラと光と粉を部屋に舞わせた。
「これ、きれいじゃなーい? こうやって衝撃与えたら、キラキラ光んの! 何かに使えると思ってさー、開発してたらすんごく楽しくって、全っっっ然! 眠くなんなくってさー!」
「……誰に似たんだか」
「こっち見んな」
何か不名誉な称号を付けられそうな気がしたから牽制して、スタークさんとは反対の方に顔を向けた。そしたら、白くて四角い物体が目に入った。いや、最初から視界の端には入っていた。けど、何重にも描かれた赤い丸がただの赤い染料ではなく、レッドストーンダストで描かれたものだと気付いて驚いた。
「あ~、やっと気付いてくれました~? そうなんすよー、それが俺の発明品で、弓矢用の的なんです~!」
「的? 的って、干草の俵でやってるやつ?」
「アレを改良したのか。確かに、これだとどこに命中したか分かりやすくていいな」
「でしょでしょ~!」
スタークさんが褒めるべきところはちゃんと褒めるせいで、心がちょっと幼くなってるドゥンさんが調子に乗って賞賛を受け入れている。褒められて元気になったのか、だらけて腰掛けていた椅子から立ち上がったドゥンさんが、インベントリから弓矢を出して、俺らに向かって構えた。
すぐさま盾を取り出し構えて衝撃を覚悟したけど、すぐ横からドスッと刺さる音が聞こえたから杞憂だと判断した。ドゥンさんが放った矢は、真ん中の赤い丸の中に、つまり中央に刺さっていた。流石は狙撃なら村一番。って、感心するトコそこじゃないじゃん!
「おおっ!」
「なるほど、光るのか!」
矢が刺さった衝撃で、的に付いているレッドストーンダストがパーッと光っていた! ポーション以外にもこういう使い方が出来るのか!
「これは、やる気出ますね! 半人前君たちなんて光らせたくて夢中になるでしょうし、狙いを付けやすい色です!」
「今までの的だと“当たれば良い”となっていたところを、中心に当てたくなるデザインなのも良いな!」
「そうでしょう、そうでしょう! 衝撃を与えると光る性質に目を向け、訓練で活用出来ないか模索した結果、編み出したものなのです! 干草の俵を羊毛の布で覆えば穴は塞げるしレッドストーンダストも貼り付け直せるしで手入れがしやすく一石二鳥! この技術を応用して夜の訓練でも鎧の上から布を貼り付けることで衝撃を受けたかどうかがハッキリ視認できます!」
2人で褒めたら、ドゥンさんが更に煩くなった。あーもー、もっと興奮させちゃった!
スタークさんと目配せしあって、頷きあう。そして未だペラペラ喋り続けるドゥンさんに盾を仕舞ってから近づいた。靴の裏に粉が付いてジャリジャリする。
「確かに凄い発明だとは思うがな、ドゥン」
「でしょ!」
「聞け。だからってなぁ、開発にばっか心血注いで、大事な村をモンスターから守らないのは自警団の副団長として恥ずかしいぞ!」
「あっ……」
「お前、気付いてたか? 今夜この辺りに大量のファントムが湧いてたこと」
「え……!?」
「せっかくの狙撃の技術も、モンスターに使わなきゃ意味無いだろ!」
スタークさんの怒濤の正論に、さっきまであんなに姿勢良く自慢してたドゥンさんの背中が、みるみるうちに萎んでいった。さっきまでの態度と相まって、小さいお子さんがお母さんに叱られてるみたい。拗ねずに反省してるから、子供でも大人な方かな。いや一人前のはずだけど。さて、そろそろ俺からも言わせてもらいますか。
「ドゥンさん、いくら楽しくても、夜になったら寝ましょう?」
「ルゥパさん……」
「良い発明結果は良い睡眠から。とんでもない研究狂いだと思われてる俺でも、寝れるときはちゃんとベッドで寝てるんですからね」
「……はい、分かりました、ちゃんと眠ります」
あら、「自覚あったんですね」みたいな嫌みを飛ばしてこないくらいには、ちゃんと反省してるみたいだな。そのくらい、自分の近くでモンスターが湧いてるのに気付かなかったことが堪えてんだろうな。この人も、ネザーに行きたがってる1人だから。モンスターの気配を感じ取れないなら、行かせるわけにはいかないからな。
小屋の奥の部屋は休憩室になっているらしくて、チェストが数個と本棚が2つ、ベッドが1つの簡単な部屋だった。そのベッドに倒れたドゥンさんがうつ伏せのまま眠ったのを確認したら、俺達も戻ろうと小屋を出た。自警団の方々の素早い活躍で畑の上にはファントムの死骸が1つも転がっていなかった。あんな数だったのに。こりゃあ低速落下のポーションが作り放題だな!
畑を見回しながら村の中心地に戻っていく最中、スタークさんが俺の名を呼んだ。ドゥンさんによれば心配性だという彼らしい、疑った声だった。
「お前、前に、モンスターを誘き寄せるのにドゥンのことを利用したのはこれで2回目だ、みたいなことを言ってたな」
「……そんな事も、ありましたね」
「もしかして、1回目は、このファントムの事なのか?」
スタークさんからの疑問に俺は敢えて何も言わず、見合わせる顔にニンマリ笑顔を浮かべてやった。スタークさんはそれはそれは深い溜め息を吐いた。
「ファントムが誘き寄せられる条件はなんだ?」
「魔女が言うには、“寝不足”がポイントらしいですよ」
「は~~~~……」
俺の回答にスタークさんは頭を抱えた。そりゃそうよね。幼なじみの不摂生がモンスター呼び込んでるなんて、普通思わないって。
「あくまで魔女が言っていた事なので、そのまま信じないようにしてください」
「……いや、思い返してみれば、ファントムが襲撃に来るのは大抵、ドゥンが寝てない時だ。……今回は3日も寝てないから、あの数のファントムが誘き寄せられたんだろう」
「そうなのかも、しれないっすね」
正確なところは俺にも分かんないけど、経験から言うんならきっとスタークさんの分析に間違いは無いんじゃねーかな。
「って事なんで、月1くらいは寝不足を見逃してくれると助かります!」
「こんの、ポーション狂いがよぉ」
「いずれあなた方も通る道ですよ」
なんか凄い顔で罵られたけど、きっとこの気持ち、分かるようになりますよ。
「だから、あんまり不用心に言いふらしたらダメっすよ。じゃないと、得してる俺らが追い出されちゃいますから」
俺から忠告を受けたスタークさんは、あまりにも苦い葉っぱを噛んだような顔をした。いつの間にかヤバめなヒミツの共有者にさせられたのが、嫌だったみたいだな。好奇心、たまには引っ込めてないとっすね!
スタークさんが頻発するファントム襲撃の原因を知った数週間後、俺は村の外に居た。