人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
3回目の魔女のお遣いを済ませてきた翌日、ちょっと寝不足気味だからって教会でゆっくりしてた俺のもとに、カヌプの母親さんのメデリーさんと、パーデの母親さんのオプレさんが押しかけてきた。教会の礼拝所に並べられた椅子の上でお山さん座りしながら次のポーション実験計画書を紙に纏めていたから、「姿勢悪いよ!」って窘められちゃった。恥ずっ。
挨拶もそこそこに何の用があるのか聞いたら、お淑やかな見た目で実は活発なオプレさんが「ドゥンから、あなたが仕事を探してるって聞いたからさ!」って切り出してきた。
「あなたに頼みたいのは、隣村までの護衛なんだけど……」
「護衛、ですか?」
護衛っていうのは、花をモチーフにした服を売りに行く隣村までの道のりのことか。確か、向こうに滞在するのが3日、往復4日の、合計1週間くらい村を空けるイベントだ。村の母親さん世代の半分くらいの人数がこぞって出張するから、彼女たちを守る為に自警団員もなかなかの数が駆り出されるそうだ。前にカヌプとパーデから雑談で聞いた。
そして次の新月の翌日って、大体2週間? それから1週間だから、うん、次の満月まで少しだけ余裕あるな。イレギュラーは俺が潰す。
猫目でおっとりしたメデリーさんが胸の前で祈る形に手を組んだ。
「そろそろ、売れる分の服が仕上がるの。次の新月の翌日に出発するんだけど、その時に一緒に出てくれない?」
「構いませんよ。こちらとしても、何か新しい発見があると嬉しいので!」
「ふふふっ、流石研究者ね! 受けてくれてありがとう、護衛で必要なものはスタークかドゥンに聞いてくれれば教えてくれると思うわ」
「楽しみにしててね! 隣のベス村は美味しいベリーが名産で、いろんなパイがとにかく美味しいの! もちろんこっちでも食べられるけど、もぎたてや作りたてにしかない魅力があの村にはあるから!」
「ベリー? はい、楽しみにしてます!」
ベリーって、あれだよな? 茎とか葉っぱにトゲがあって怪我をする低木から採れる赤色のスイートベリーと、洞窟に生えるツタに生って光るオレンジ色のグロウベリーの2つ。あれ、どっちも旅の中で見た本で読んだことあるけど、結構違う地域に生えてない? 名産にするくらいなんだから人工栽培なんだろうけど、方や割と寒いタイガバイオームで、片や湿気の多い洞窟の中で育つ植物のはず。俺が見かけた時はそうだった。……この辺りは平原で温暖でも、向こうはちょっと寒いんかな。
実は見たことがまだ無ければ素材にしたこともない2つのベリーを楽しみに、遠征までの2週間は準備や魔女への次の品を集めたり、ポーションの開発をしたり、半人前君たちや自警団さんたちへの指導をこなしたりして過ごした。
そうそう、隣村にまで護衛するって話したら、半人前君たちに「外に出るなんてずるいー!」って駄々こねられちゃった。早く外に出たいなら、鍛錬頑張れー!
それから、ポーションの実験で干したウサギの耳を使ったら、見てたスタークさんに吐くマネされた。失礼なヤツめ。ちなみに焼いたウサギの耳では何も作れなかった。生でも火を通してもダメだった。試してみるけど恐らく干してもダメなんだろうな。耳が良くなるポーションへの道は遠い。
そして、新月の夜が明けた。
お天道様が平原の向こうから半分お顔を出す頃、集合した出張組と一緒に出発した。メンバーはクジで当たりを引き当てた10名の母親さんたちと、ローテーション組んでる15人の自警団員さんたちと、俺。今回のメンバーで知ってる人がカヌプの母親さん、メデリーさんだけなのどうして……。
そして驚いたことに、母親さんたちは1人1頭づつロバに乗るのに、自警団の方々は自分の足で行くとのこと。いや聞いてたけどね、彼らが俊敏のポーションを飲んで追いついてることもね。良い訓練じゃんそれもう。てか俊敏ポ使って走って2日かかるって、砂漠より恐ろしく遠いじゃねぇか。そりゃバイオーム変わりますわ。
ロバの腰には左右に小さなインベントリが取り付けられていて、そこに売り出す花モチーフの服などの交易品に、出張に必要な食料や消耗品なんかが入っている。女性陣がそんなロバを乗りこなして、自警団と俺がそれを取り囲んで移動を護衛する。皆さんが慣れているせいなのか、道が均され踏み固められた土道だからか、全員の足取りは軽やかだった。……それにしても。
「すごい数の松明っすね!」
隣を走る団員さんにそう話題を切り出したら、中堅クラスな雰囲気の彼は「そうだろ!」って笑った。
一行が走り抜ける広めの土道の両脇には、2列ずつ、等間隔に松明が並べられていた。モンスター避けにしっかり明るく照らしているおかげで、夜でも真っ直ぐハナハタ村に戻って来れそうだ。
「常日頃からモンスター避けを設置しておけば、道を塞ぐモンスターを減らせておけるからな!」
「それには納得ですけど、にしてもすごい綺麗に並べられてますね!」
隊列の一番前を走っているから、果てしなく続く大道の両サイドに松明が整然と並んでいるのがよく見えた。整地もされて、限りなく真っ直ぐで平坦なおかげで、本当に走りやすい!
「綺麗に並べた方が気持ちいいだろ? それに、もしハナコが帰ってきて、その時に綺麗に並んでなかったら半殺しにされるからな!」
「なんか、ハナコさんが出てくるエピソードって過激なのが多いですよね……」
「そうだなぁ。効率が悪いことしてると、一切の躊躇なく鉄拳制裁してきたわ。村の周りの松明も、農地の拡張の時も」
つまり、この整然と並べられた道なりの松明は、ハナコさんの恐怖的教育の賜物と。確かに清々しい程綺麗だけど。
「まぁでも、それで最小限の消費で最大限の効果が得られてんだから、痛いだけの思い出じゃないさ」
「そうか、無駄は確かに、ないのか」
恐怖的といえど、彼らが納得して受け入れて、利もあるなら、俺がハナコさんを批判することなんて出来ないわな。元からするつもりはないけど。
走る速度を落とさないように、お喋りは程々に。走り抜けるうちに笑ったのは、こういうシチュエーションでよくあるだろう、『野を超え山を越え』ってのが、整地された道だったり山を削ったトンネルを潜ったりとかで当てはまらないとこ。途中にあった大きな川も立派な装飾まで施された石橋があって、楽に越えられたわ。
荷物や女性陣を載せて走るロバの為にも小まめに休憩を入れつつ、整備された土道を駆け抜ける。2つ目の川で休憩をしてたら、自警団の方々に俺のポーションを褒められた! レッドストーンダストを混ぜたポーションは一部を除いて効果時間が伸びる。だからそれを混ぜた俊敏のポーションを彼らに飲んでもらったんだけど、皆が皆効果を感じてくれているらしい。特に、周りに比べるとちょっとだけほっそりしてる団員さんにいたく感動された。
「いつもはこの川の辺りで1個目の効果が切れるから追加で飲むんだけど、俺耐性無いみたいでさ、スゲー胸とか腹がムカムカすんだよ! でもこれなら、単純に効果時間が伸びてくれてるから量を飲まなくて済んで助かる! ちょっと粉っぽいけど!」
「最後のいらねぇ」
「とにかく、ありがとうな!」
……まぁ、こんな風に真正面から満面の笑顔でお礼言われるんだから、開発して良かったって思うし、やる気に繋がるよな。なんか、ブアおばあちゃんのこと思い出しちゃうな。
長い長い、山に空けた3つ目のトンネルを抜けると、夕焼け空をバックに大きな木造建築が目に飛び込んできた。
急な角度の三角屋根の、2階建ての建物。周りの木を切り開いてそのまま建材として利用しているんだろう、トウヒの木の色が出ている建物はハナハタ村のものと比べると全体的に暗い色合いだった。しかし、周りに等間隔に敷き詰められた松明のおかげで、重苦しさや不気味さは軽減されていた。何より、建物の正面入口に掲げられていた、『ハナハタ村住民のお泊り場所』って書かれた看板が花の形に飾り彫りされて大げさなくらい可愛らしいおかげで、何の躊躇いもなくお邪魔できた。
「なるほど、何度も使うから立派な中継場所を建てたんですね」
「道を敷くくらい何度も通ってたら、どのタイミングで日没すんのか分かってくるからな。一々仮拠点を立てて壊すより良いだろ?」
「間違いないですね!」
この人数が休める仮拠点を毎回作るのは大変だもんな。
最初からここで休むって決めて建てられた宿泊所は、ハナハタ村にあるホテルの縮小版って感じ。2階までしかないし、風呂はかけ湯だけ。大体3ヶ月に1回しか利用しないんだから、管理する人間が常駐しているわけではない。ただ汗が流せて雨風防げて、モンスターの脅威から逃れられればいい。だから機能は制限されてるけど、十分だろう。
宿泊所の裏で、大きな馬小屋の中でロバとともに過ごす夜更け。大半のロバが耳を立てて反応したのと同時に、俺のそいつの気配を認識した。
「ふへっ」
だらしなく、意地汚い笑い声が漏れた。近くにいたロバが俺を見て後ずさったけど、そんなの気にせず、書き込んでいたノートを閉じてインベントリに筆記具と共に仕舞った。馬小屋から出る道中で白の革コートを仕舞い、ダイヤ装備で全身を堅め、いつもは
「確かめ、なきゃなぁ?」
前はエメラルド積まれたって嫌だって思ってたけど、自分の目で確かめなきゃ気が済まない。だから、ゾンビに負傷のポーションをぶっかけてやる。まあ、俺の予想では回復なんだけど。あ゛ーホント胸糞わりー。あ、暗視のポーション飲んどこ。
馬小屋の裏の松明を抜けて、トウヒの林の中を進む。さほど密集しているわけじゃないけれど、迷子になるには十分な生え具合だった。あ、ロバちゃんたちの近くでやるんだし、あんまり声は出さねぇ方がいっか。
「ヴァアアァァ……」
「ヴォォォ……」
「本当に、何年ぶりだろうなぁ」
ヘイリグさんとの素材集めで見かけてはいたけど、直接戦うのは3年とちょっと、かな。そのくらい久しぶりに相対したゾンビは、相変わらず鼻が曲がる腐臭を放ち、暗い緑色に変色した肌はデロデロに溶け、今にも崩れ落ちそうだった。どこかに落としてしまったのか、目玉の無い目の奥は闇のよう。何を見て腕を上げ、彷徨っているのか。やっぱり俺を認識することのないゾンビどもに、俺は負傷のスプラッシュポーションを投げつけた。地面に打ち付けられた瓶はパリンッと割れて、古い血のような色した中身を辺りに撒き散らした。
「グゥオオオオ……!」
「ンガヴゥゥ……?」
「チッ!」
思わずクッソデカい舌打ちしちまう。目に見えて、ポーションを浴びた奴らの皮膚がしっかりしたから。あ゛ーキモイキモイキモイキモイキモイッ!!! どんな作用するからアンデットが回復するんだよ!! 気持ち悪いっ、さっさと死ね!!!
「カゥウッ!」
「グギガァゥッ」
「ォオ゛ゥゥ」
相棒を振るいに振るって、林の奥からやってくるゾンビどもの首を落とす。奴らは俺に倒されては煙となって消える。たまに残る腐った肉が、今起こっていることが幻じゃないと教えてくれた。それが何故だか無性にムカついて、音でこちらに気付いたスケルトンやクリーパーにも剣を振るった。骨と火薬落とせお前ら。有効活用してやるよ!
後で焼却処分しようと腐った肉を集めていて、ふと思いつく。
「……素材に、してみるか」
負傷のポーションで回復するような不思議な肉体だ。もしかしたら何か有効な作用があり得るのかもしれない。ゾンビから人間に戻す方法に繋がるヒントが得られるかもしれない。なんて思ってそう独り言を溢したら、途中から俺のことを観察しに来てた自警団の人たちが皆一様に「うえ゛っ」とか「おえぇ」とかって吐き気を催してた。
「隠密するなら、そういう声もちゃんと抑えないとっすよ」
俺の叱る声に返事は無かった。うん、上出来! 俺がここら一帯のモンスターを討伐しておいて良かったっすね!