人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
一夜明け、朝食をさっさと済ませた自警団と俺が周囲のモンスターを索敵し終わったら、クリーパーやらなんやらが寄ってくる前に宿泊所を出発した。松明が両サイドに並ぶ土道をポーションで強化した足でロバと共に走り抜ける。
トウヒの林を抜け、整地の結果谷になった道を往き、川を越える。大きな丘を眺めながら湖で一旦休憩して、また走る。太陽が南から西に傾き始めた頃、なだらかな下り坂の先に村が見えた。
「あそこが?」
「そうよ。あそこがベス村。スイーツが楽しみね!」
「はい!」
俺の問いに応えてくれたメデリーさんの声はロバの足取りくらい軽く跳ねていた。よっぽどスイーツが美味しいんだろうなぁ。
周りの木材を建材にしているおかげでか、丸石と合わさっても確認できる建物は暗い色合いだった。だからって雰囲気まで暗いワケではなくて、割とあるこの距離からでもカラフルな何かが見えていた。
ロバに乗る女性たちとそれを囲んで走る男たちっていう図はよほど目立つらしくて、村の周りを囲むフェンスに着く頃には向こうもお出迎えを待機してくれていた。村の門に着くとこの村の自警団さん以外にもお年頃の女の子が何名か、目をキラキラさせながら迎えてくれた。彼女らの視線の先にはロバが、もっと言えば、ロバの腰に下げられているチェストがあった。正直だなぁ。
「ハナハタ村の皆さん、お久しぶりです~!」
「移動お疲れ様でした! 今日はちょっとだけお早いお着きで!」
「さ、さ! 長旅の疲れを、あちらで癒していらして!」
「ふふふっ! ええ、そうさせていただきます!」
彼女らはこちらを労わる言葉をくれるけど、どこか焦っているような、待ちきれなさそうな感じだった。それが欲望を隠しきれてないって感じで、ちょっと面白かった。もっとハッキリ「楽しみにしてました!」って言ってくれてもいいのにね。さっきのメデリーさんみたいに!
「ここが、今日から3泊4日滞在する宿泊所かぁ」
ベス村のお嬢さんたちに案内されて到着したのは、畑を挟んで居住地からちょっと離れた場所。多分この村で1番大きい建物で、造りは昨日滞在した宿泊所みたいだった。大きな違いといえば、あちらとは違って3階建てで、1階がお店になってるところだろうか。お店はハナハタ村の人間専用にされているらしくて、カウンターと防具立て、服を掛ける棒が並んでいるだけで人の気配は無かった。だけれど放置されてたまったホコリの匂いなんかがしないのは、案内してくれたお嬢さんたちが掃除してくれていたから。さっき自分たちでそう言ってた。
売りたいハナハタ村とオシャレをしたいベス村の相性が良かった結果、この店舗兼宿泊所が建てられたって感じかな。
ロバから荷物を降ろして1階横の倉庫に運び込む時にはベス村のお嬢さん達は帰っていってた。けど、帰る前にこちらの女性陣に何かの包みを渡してた。倉庫に荷物を全部運び込んでからメデリーさんに何を受け取ったのか訊いたら、スイートベリーとグロウベリーそれぞれのジャムと、それに合わせるパンだって。この人数でも足りないことがないようにっていう配慮でか、ジャム瓶はポーションの中身がまるまる2つ入りそうなくらいデカい瓶で、どっちにも満杯にとろとろしてそうなジャムが入ってた。デザートの前哨戦、売り出す前のお試し品って感じか。にしても、キラキラしてて綺麗だなぁ! 特にグロウベリー!
「たくさん貰ったから、この後のおやつにと、明日の朝に頂きましょうね」
「そうそうルゥパちゃん! この村のパン屋が焼くパンはとっても柔らかくて美味しいわよ! だからさっさと服をハンガーにかけちゃって、おやつにしましょ!」
「はい!」
底が俺の手のひら(指含まず)くらい広い、デカい瓶。それに入ったオレンジ色と赤色のジャムを鼻先にぶら下げられて、俺は女性陣に言われるがまま服をハンガーにかけていった。
機織り機で生地を織る時点で花の絵を施しているもの。無地の生地を紐で縛ったり、蝋を塗って染み込まないようにしてから染色液に浸けたりなど、様々な方法で染色したもの。服そのものを花に見立てた形に切り出したもの。モチーフの通り華やかなデザインのそれらは、見ているだけで男の俺でも気分が上がる。最後のは殆どがワンピース状だからあれだけど、前2つはサイズが合えば俺も着たいもん。可愛いなー。ねー、可愛いよね、雪玉ちゃーん。
売り物の服1つ1つを俺から出てきた雪玉ちゃんと一緒にじっくり見ながらハンガーにかけてたせいで、さっきベテランさんに「さっさと展示しよう」って言われたのに、俺の担当分は手伝ってもらうまでいつまで経っても終わらなかった。でも特に怒られなかったのは多分、やっと俺がこの花モチーフの服に興味を持ったのが嬉しかったのかもしれない。そう思ったのは、なんか微笑ましそうに見守られてたから。……なんか怪しいけどな。俺別に向こうで全力で無視してたって訳じゃなかったし。オシャレする予定がまるでないから頂いたことは無かっただけで。
おやつに頂いたジャムサンドはそれぞれ美味しかった。スイートベリーはその名の通り甘くて、香りもちょっと酸っぱめだけど爽やか。グロウベリーは皮ごと入ってるせいか甘さと酸味と少しの苦味がバランス良くって、それらしくぽわ~って光ってた。すり潰されて煮込まれても輝きを失わないなんて、メチャクチャポーションの素材になりそうじゃね!? 飲んだら全身が光る感じ? 浴びたらかかったところが光るの? 石も生き物も関係なく? どうなんだろー!
そわそわワクワクしてる俺が何を考えてるかなんてお見通しっぽくて、気付いたら女性陣どころか自警団員さんたちにも暖かく見守られていた。子供か俺は。
翌日、ジャムバタートーストを朝食に頂いた後、俺はメデリーさんと2人の女性に連れられてベス村の市場に向かった。目的は、皆の昼食と夕食の材料買出しと、開店前にお店の宣伝をすること。宣伝だから女性陣3名も自前のお出かけ服を着て背筋をしゃんとさせていた。それぞれ着ているのは大柄小柄の花模様ワンピースにボタンの花をひっくり返したようなフリフリスカート。美しい彼女らの横を歩かされている俺も当然のように、オシャレをさせられた。水色のシャツに、背中にドーンとヒマワリの絵。緑色のズボンのおかげでヒマワリが歩いているように見えなくもないだろうな。
そんなド派手な格好をしてるから、市場のお店の前を通るたび、人とすれ違うたび、振り返られた。……あれ? 正面からじゃさほどな服じゃない? ただの半袖長ズボンにしか見えないと思うんだけど……。
フランスギクの大柄ワンピースを着て俺の腕に掴まる若い女性、シーサンスさんがフフンッと胸を張った。
「イイ男をアタシの服で着飾って、注目されるのは本当にいい気分ね!」
「イイ男って……。泣き虫で叫びがちで、ポーションに狂ってるヤベーやつですよ、俺」
「オマケにモンスター討伐を進んでやる戦闘狂だけれど、背も筋肉もしっかりしてるから良いのよ! 薄着だと尚更際立つわね、胸筋も背筋も!」
「腕も脚もいいよ! さっきから皆、ルゥパさんの筋肉しか見てないもん!」
「待って俺はマネキンじゃなかったの」
出かける前に『商品を着て回るのもお仕事だよ!』って最後の1人、桃色のフリフリスカートを着こなすピユンさんに言われたから着たのに。俺という人間を見せびらかしてどうすんだ。あ、ちなみにメデリーさんはスズランの小柄ワンピースを清楚に着こなしてる。
「勿論、私たちを含めてマネキンだよ? マネキンになるならイイ身体の方がいいじゃん!」
「うーん、俺からは何も言えないです」
肯定したら自慢してるみたいだし、否定したら彼女らを貶してる事になる。ここは沈黙で流した方が何事も起こらんだろ。
女性陣が市場でご飯の材料を買って、俺がその荷物持ち(インベントリにぶち込んでるだけ)をしてたら、なんだか暇そうな男子2人組がこちらに向かってくるのを察知した。奴らはこちらの女性陣に「お久しぶりです~」と軽いが優しい声で話しかけてきた。にっこり笑顔に邪気は無い。
「あら、スニウにレイグニン! 久しぶり」
「おひさ~! 6ヶ月ぶり~!」
「1年ぶり~!」
「あ、そっか、ピユンちゃんそんなに長くこっち来てなかったね」
「インパクト強くて毎回来てる気分だったわ!」
「ちょっとレイグニン、なにそれ~!」
3ヶ月に1回しかハナハタ村からベス村に来ないし、女性陣はクジでメンバーが決まるらしい。だからメデリーさんみたいに連続でベス村に行ける人もいれば、ピユンさんみたいに大きく間隔を空けてしまう、ちょっと運の悪い人もいる。だから今みたいな会話になるんだろうな。
再会を喜びあった彼女らは俺のことも2人に紹介してくれた。さて、これで何回目かな? お店に寄る度に紹介されてたから、シーサンスさんも説明お手の物だろうな。
俺の名前や旅人であること、脱走してしまった村の子供をクリーパーから助けたこと、ポーション職人で割と激情家で、故郷をモンスターに滅ぼされた過去を持っていることまでスラスラ説明してくれた。
「そして何より、ルゥパの旅の理由が泣けるの! さっき言ったけどルゥパはモンスターに村を滅ぼされて、気持ちが通じたばかりの彼女も、親代わりの神父さんもゾンビになって亡くなってしまったの……。その神父さんからの最期のお願いが、『ゾンビから人間に戻す方法を探す』こと! だから、ルゥパがポーションの素材になりそうなものを見つけたら、譲って協力して! 基本的に遠慮がちだからコイツ、図々しく恩着せがましくね!」
「それ、俺がいない所で言わないとアレじゃないですか?」
「ほら、3ヶ月もウチにいるのに、まだ敬語なくらいだから!」
「……」
おしゃべりが俺より1枚上手(俺だって誤魔化す喋りは得意なハズなのに!)なシーサンスさんの説明で、ベス村の男性2人はしっかり俺へ興味を持ったらしい。親しげに肩を叩いてくるスニウさんはどこか涙ぐんでいて、レイグニンさんは何度も頷いていた。腕組みしていたレイグニンさんが一際大きく頷くと、涙で潤んだ目で俺を捉えた。
「それじゃあ人類の救世主候補に、ウチの自慢の洞窟を見せてやろうじゃないか!」
「え?」
「あぁ、紹介が遅れたわね」
なんで洞窟? って一瞬理解が遅れてたら、メデリーさんがそう言いながら一歩俺の前に出て、彼らに手のひらを向けた。
「こちらのレイグニン君はグロウベリー栽培農家の長男で、村で一番大きい洞窟を持ってるの。そしてこちらのスニウ君はお菓子職人でね、私が大好きなパイも彼が焼いているの!」
「ベリーパイだけじゃなくて、ケーキとかクッキーなんかもなんだよ!」
「だからスニウって、実はスゴイ奴なのよ!」
「シーサンスちゃん、“実は”は余計だって! でも、研究が行き詰まったら、僕のお店においで。美味しいパイを振舞ってあげるからさ!」
「あ、ありがとうございます!」
は、ハナハタ村の人がいい人たちなら、ベス村の人たちもいい人たちばっかりだなぁ。今まで紹介された人たちも皆、俺のポーション研究に協力的なんだよな。本当にありがたい。だからもうそろそろ、勝手に雪玉ちゃんが出てきてベス村を飛び回りそう。
今日の午後にもグロウベリーのある洞窟を案内してくれるのを約束してくれたレイグニンさんとスニウさんと別れて、昼食と夕食の材料の買出しも済ませて市場から出た。歩くこの道が広いのはきっと、荷車を走りやすくする為なのと、葉や枝にトゲがあるのに囲わず生えてるスイートベリーの低木で怪我しないように、だろうな。赤く艶やかに実るスイートベリーをつまみ食いしてキャッキャしてる子供たちの横を通って、店に戻る、その途中で、見たことないデッカイもんを発見した。
そいつは、俺よりずっとデカくて、肩幅エグいのに顔が小さかった。鉄色の巨体を左右に揺すり、のっそのっそと歩いている。よく見ればその体には緑色の、ツタ? が巻かれていた。鈍い白色にそれはよく映えていた。そんな、見たことの無いモノが、宿泊所に戻る俺たちの正面からこちらに向かってくる。騒ぎにならないところから別に悪いものじゃないんだろうけど、なんとなく、怖い。
「あれ? ルゥパさん、もしかしてアイアンゴーレムを見たこと無いの?」
「アイアン、ゴーレム……?」
「えー! うそー! 旅してるのに見たこと無いのー!?」
「やっぱりアイアンゴーレムって珍しいのかなー?」
動揺して足取りが重たくなってたら、それに気付いたメデリーさんについでに名推理されて、シーサンスさんとピユンさんに驚かれた。珍しいかどうかは知らないけど、俺は初めて見たと正直に答えた。
「あの、アイアンゴーレム? って、なんですか? 生き物なんですか?」
「うーん、私たちもよく知ってるわけではないけれど、とりあえず、村をモンスターから守ってくれる鉄の人形って感じかな?」
「鉄……。なんだか、強そうですね」
「ええ。私は見たことないけれど、あの長くて太い腕でモンスターを掴んで、空高く飛ばすんだって」
「うわぁ。落下ダメージも凄そうですけど、あの腕を振り回されるだけでも脅威っすね」
……ちょっとだけ、腕試ししたいっていう気持ちもあるけど、鉄の体に正攻法で敵う気がしない。奴は強いぞ。
メデリーさんの解説を聞いて戦いてたら、背中をバンッ! と叩かれた!
「もー! 何ビビってんのよ!」
「心配しなくたって、ゴーレムちゃんを苛めなかったら何もされないから!」
「し、シーサンスさん、ピユンさん」
初めてのものにビビる子供みたいな俺を励ましてくれるお2人。俺とさほど変わらないはずなのに、すっかり俺弟みたいなポジションなってね?
俺の背中を叩いたシーサンスさんが「あ、そうだ」って明るい声で言って、自分のインベントリに手を突っ込んだ。出てきた手に握られていたのは、1輪のヒスイランだった。彼女はなぜかそれを俺の手に握らせた。
「こ、これは?」
「あのゴーレムもね、お花が好きなんだよ。だから仲良くなりたいなら、これ渡したらいいわよ!」
「あ、ありがとうございます!」
はぁ、あんな厳つい見た目してんのに、可愛いもの好きなのね。ちょっと怖くなくなったかも。……いやでも、相手は鉄人形。モンスターとそれ以外を見分ける程度には知能があるんだ。もしかしたら……。
お喋りしながらでも歩いていたから、こっちに向かってくるアイアンゴーレムとの距離は当たり前のように縮まる。とっくに俺たちを認識していたらしいゴーレムは、自分の腕の範囲に入るか入らないかの辺りで、足を止めた。俺をじっと見つめてくる目は全体的に黒く、光彩は赤かった。威圧感に警戒心を高めていたら、「もう!」ってピユンさんが言って俺の背中を強く押した!
「うわっ!?」
「さっさと挨拶しちゃいなよ! 別にゴーレムちゃん怖くないから!」
「は、はい……」
無理やり縮められた距離。こちらから下がるなんて許されないから、仕方なくその場でまたアイアンゴーレムを見上げる。彼(彼女?)は変わらず俺をその赤い目で見下ろしてくるけど、少なくとも、今はまだ、その態度から敵意は読み取れなかった。なら、もしかしたら大丈夫かもしれない。今さっきシーサンスさんから頂いたヒスイランを、アイアンゴーレムに差し出した。
「は、初めまして……。少し前からハナハタ村にお世話になってる旅人のルゥパです。これ、お近づきの印に、どうぞ」
差し出した青いヒスイランに、アイアンゴーレムの意識が向いたらしい。赤い瞳がそちらを追いかけていた。う、受け取ってくれるかな……?
「ふ、ふふふ……!」
「なにあれ、かわいくなぁい?」
「すっごい真面目に自己紹介するじゃん……!」
……人が緊張して自己紹介してるってのに、後ろの女性陣はお気楽に俺を笑ってやがるぜ。このやろう。てか思えば、ベス村で俺がまともに自己紹介したのって、これが初めてじゃね? 多分そうだよね? 初めてが人じゃなくてアイアンゴーレムって、どうなの? それも俺らしいのか?
後ろの女性陣の笑い声に釣られて意識が逸れてたけど、改めて正面のアイアンゴーレムに目を向けたら、彼の腕が緩く動いて身が竦んだ。
でも、想像したような衝撃は無くて、動いた腕は俺の胸の辺りに掲げられていた。……もしかして、ヒスイランを持たせればいいのか?
ほんのり開いてる鉄の握り拳にヒスイランを挿す。落ちないようにしっかり目に挿したら、ふわっと握られた。う、受け取ってもらえた! やったぁ!
って思ったら、反対の腕がまた動いた!
「っ!?」
油断させてぶちのめす気か!? なんてビビって瞬時に盾を構えたけど、無駄に終わった。アイアンゴーレムの反対側の手には、真っ赤なポピーが握られていたから。花を持った手で暴力を振るうことはないだろう?
「……お返しの?」
盾をインベントリに仕舞ってから尋ねれば、アイアンゴーレムは「そうだ」と言わんばかりに頷いてくれた。摘むようにして受け取れば、彼はまた頷いて、俺らの横を通り過ぎていった。
メデリーさんが「よかったね」って言ってくれた。
「あの子、ちゃんとルゥパさんのこと認めてくれたみたいよ」
「……やったぁ!」
思わず出た歓喜にまた3人が笑ったけど、もう気にならない。
さぁて、村の守護人形に認められたからには、さらに気合い入れてこの村の人たちとも交流しなくっちゃなぁ!