人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
10時になると、いよいよ開店だ!
ベテランの服職人のカメリアさんが扉を開けると、店の前に並んでいた女の子達が次々と入店し、皆思い思いに商品のもとへ向かっていった。シャツにズボン、スカートにワンピース、コートに帽子に靴、アクセサリーや小物など、オシャレアイテムは結構豊富だ。
モチーフが花だったり製作者が女性中心なこともあって、商品は自然と女性向けが多い。なんだけど、別に男性向けというか、可愛らしさを抑えたデザインも無いわけではない。ただ圧倒的に客層に女性が多いだけ。だから男子にも来て欲しくて、今日の朝俺は連れ回されたってワケだ。それでも、この時間にはまだ男性の姿は見えない。店員になってるピユンさんに聞いたらいつもの事らしい。普通にお仕事してるだろうしね。
そんな観察をしている俺は、服飾コーナーの端にある雑貨コーナーで店員してた。お店の様子を観察したい、けどオシャレアイテムの事は分からない。ということで急遽場所を作らせてもらった。カウンターの下にガラス棚を作って、販売する商品のサンプルを陳列してる。俺が提供できるポーション以外にも、ついでに実用的な小物とか椅子とか机とかなんかいろいろ託されてる。俺完全にインベントリ要因として連れてこられたでしょ。
内心少しだけ不貞腐れながらも、失礼が無い程度に店内をサッと見回す。お客の女の子たちは服を試着して鏡の前でニコニコしていたり、サンダルやブーツの履き心地を確かめていたり、ネックレスやブレスレットを試してうっとりしてたりしてた。
彼女らが試すものは何もかもカラフルだ。目に痛いほどじゃないけれど、それでも一見華やかな植物が見当たらないこの村ではやっぱり物珍しいんだろう。ハナハタ村には花畑があるから染料が色々取れるけど、ベス村は寒冷地っていう先入観で心なしか自然も暗く見える。実際トウヒの木は暗いからそのせいかも。
何人かでキャッキャしながら選んでたり、1人でじっくり品選びしてたり。選んで購入し、帰っていく彼女らは皆一様に満足そうに笑顔を浮かべていて、なんだか嬉しくなる。何もしてない俺でもそんな気持ちになるんだ。実際に作った女性陣は幸せ感じてるだろうな。
ふと、キラリと光るものが目に入った。それは金で出来たペンダントのトップの部分で、黄緑色というか若草色というか。そんな色に染められたガラス玉が窓から入る日光に照らされて輝いたらしい。
「……」
サータちゃんが、着けたら、似合うかな? ああ絶対似合うに決まってる。サータちゃんは可愛いもん。可愛い子は何着けたって可愛いし、俺が可愛いって思えば可愛いさ。
最終日までアレが売れ残っちゃってたら、記念に買っておこうかな。なんてことを椅子に深く腰掛けながら考えてたら、目の前にぬっと人が現れた。おっと! 雑貨にもお客さんが!
「い、いらっしゃいませ」
「……ねぇ、あんた、ヒマ?」
「え?」
腕組みしている彼女は、険しい目で陳列棚ではなく俺を見下ろしてきていた。さっきの問い掛けからも、用があるのは俺の方らしい。
「え、ええ。店からは動けませんが」
「分かった。じゃあ私の相談相手になって。椅子ある?」
「はい、どうぞ」
ついでに座り心地を試してもらおうと、売り物の椅子を少し高圧的な彼女に差し出した。座席部分に革が張ってあるそれに彼女は特に何も言わずに腰掛けた。そっかぁ、この村でも普通に出回ってるかぁ、革張りの椅子。
「名乗り遅れたね。あたしはポーネ。……この村で服屋を営んでるよ」
「そ、そうなんですね……。お、俺はルゥパです」
「知ってるよ。噂になってるからね」
「噂?」
「重い過去を背負った若い男前の旅人が来てる。ってね」
「は、はは……。どうも……」
なんか、面倒なことになりそう……。彼女がやっているお店も服屋ってことは、この店はこの人のライバルになるのか。しかしこの場から逃げられるワケでも無し、さっさと相談受けようか。
「それで、ポーネさん、相談とは?」
「あぁそうそう。ハナハタ村とは別に深い関係じゃないだろうあんたにしか訊けないことがあってね」
うわぁ、確実に面倒なことに巻き込まれた。思わず体を仰け反らせたら、睨まれた上に溜め息吐かれた。なんだよ。
なんだか失礼なポーネさんが足を組んで、いよいよ話す体勢になった。
「さっき言った通り、あたしは服屋で、職人なんだよ。親子揃って、というか先祖代々細々と店を続けてやってきた。それが、いつの間にか、こうよ」
身の上話をしたと思ったら、彼女は顎で店内を示した。不満タラタラなポーネさんなんて気にも留めないベス村のお客さん。品物を選んで試してニコニコが溢れてる店内と彼女の対比が酷い。
「別にあぐらをかいてたわけじゃないし、作業着なんかは変わらず売れてるから、食っていけないワケじゃない。……でも、ハナハタ村から来た色気のあるもんが、こうもあからさまに売れてるのを見ると、悔しくってね」
「……棲み分けが出来てるって、考え方もありますよ」
「最初の頃はあたしだってそう思ってたさ。なんならこの店のモノを持ってるよ。可愛いからね」
「そうなんですね」
組み直されたポーネさんの足の先を見ると、彼女が履いているのが青色の染色された革のサンダルだと分かった。見せるような仕草から、きっとこれがこの店で購入した商品なんだろう。商品の品質を認めているし、気に入ってるんだろうな。
「でも、回を重ねるごとに、村の若いモンからこの店に夢中になっていってね……。3ヶ月に1回ってのが良いのか、頑張って働いてエメラルド貯めて、ここで一気に使っていくのよ。おかげでウチの店はむさくるしい客ばっか! 別に悪かないけど……寂しくてね」
「なるほど……」
昨日わざわざ村の境界にまで迎えに来てくれたお嬢さんたちのことを思い出せば、ポーネさんの言ってることに信ぴょう性が生まれてくるな。そうだよな。目の前のお嬢さんたちのように大歓迎する人たちもいれば、ポーネさんのように嫌な顔をする人も出てくるよな。
「それで、相談なんだけどね。どうしたらいいと思う?」
「随分アバウトな」
悩みは結構詳しく言ってくれたのに、大事なところでいきなり雑になるじゃん。何を解決して欲しいのかお題を言ってよ、もう。うーん、ポーネさんが俺に相談したいのは、多分“若い子達を自分の店に呼び戻すにはどうしたらいいか”って事だと思う。それなら……。
「まずは、ハナハタ村のやり方を参考に何か目玉商品を作ったらいいのかもしれませんね」
「……マネをしたら、反感買っちゃうんじゃないか?」
「あー」
その発想はあったけど、遠慮してたって感じかー。俺には不遜な態度だけど。いや、でも。
「そりゃあ、まるっきり一緒じゃ失礼でしょうけど、モチーフを変えれば……」
「うん、それも考えたんだけどね……。ベリーじゃちょっと、近すぎるかなって……」
「うーん……」
花とベリーじゃ、確かに近い、のか? いや、食べれるか食べれないかは大きな差でしょ。それに、まずはトライじゃない?
「ポーネさん、あんまり気にしなくていいと思いますよ? 近かろうと、ベリーは確かにこの村の名物に違いないですし! それにベリーだけじゃなく、パイだってあるわけで。そうそう、別にターゲットをこの村のお嬢さんに限定しなくてもいいじゃないですか!」
「え?」
「ハナハタ村のお嬢さんに店に来て買ってもらえれば、むさくるしさの緩和にはなるんじゃないですか?」
俺の意見を聞いたポーネさんは目を丸くして息を飲んでいた。
ターゲットを広げるっていう発想は追い詰められていた彼女にはなかったらしく、ポーネさんは右手を顔に当てて考え込んでいた。そしてやがて、「なるほどねぇ!」と笑った。
「それなら、男女関係なくていいじゃないか」
「ん?」
「うん! ありがとね! あんたに相談したらなんだかモヤモヤが晴れたよ! じゃ、あたし急ぐから!」
「え、あ、はい」
何か、目が覚めたように晴れた表情になったポーネさん。今のやり取りで良いアイディアが浮かんでくれたんだろうか。満足したらしいポーネさんは少し前とは打って変わって笑顔で退店していった。……なんか、嵐みたいな人だったなぁ。
一先ず椅子をインベントリに戻してたら、ピユンさんが近づいてくる気配を捉えた。
「ルゥパさん、大丈夫だった? なんか、腰据えて絡まれてたね」
「腰据えてって。あははっ」
心配して声をかけてくれたピユンさんの言い回しが面白くて、思わず笑ってしまった。そのままカウンターに体を預けた彼女の姿が、誰かと重なって、懐かしい気持ちになった。
「正直ちょっと面倒でしたけど、厄介ではなかったので大丈夫でしたよ」
「そうだったんだ」
「あ、そうだ。後で相談料としてポーションを押し売りしてきますね!」
「え? あはは! うん、それ良いんじゃない! ルゥパさんのポーション、ちょっと味にクセあるらしいけど!」
「これでも美味しくなった方なんですよーっだ!」
口に手を当てて笑うピユンさんから、憂いの色は消えた。うん、女の子は笑ってるのが一番だよ。ピユンさんはちょっとだけサータちゃんに似てるから、特に、な。
ジンギスカンがメインの昼食を頂いたら、約束していた洞窟の前でレイグニンさんを待った。洞窟は村の外れの鬱蒼とした林の中にあって、下向きに穴が続いている。入口からもうツタが見えていて、期待値が高まるな。てかなんか、湿度高くね? 下から水の音聞こえね?
高い木の陰で涼み、さほど待つことなくレイグニンさんは現れた。なんか足取りが重そうなのは、なんで?
「レイグニンさん、どうも! 今回は洞窟の案内をよろしくお願いします!」
「あ、やっぱりルゥパさんか! 白いコート来てるから、遠目じゃ誰か分かんなかった!」
目立つようにって、いつもの白コートを羽織ってきたけれど、要らぬ気遣いだったっぽいな。
「紛らわしいことしちゃって、すみません。作業服を兼ねてるってのと、俺、モンスター討伐とか素材集めの時の癖でよく気配を消しちゃうので、レイグニンさんが俺を洞窟の中でも見失わないようにって思って着けてました」
「なにそれこわい」
「なんで!?」
見せびらかす為に広げていた両腕を若干曲げて叫んだら、レイグニンさんは怯え顔を笑顔に一変させて「冗談だって!」と言いながら俺の肩をタンタンと軽く叩いた。俺をビビらせてご機嫌なレイグニンさんを先頭にして、いよいよ洞窟へ潜入した。
下に向かって伸びる洞窟は、管理が行き届いている証に地面が丸石で整えられている。その丸石には苔が生えていて、若干滑りやすくなっていた。気を付けて進んでいると、壁から水が流れ込んでいるのが見えた。こいつが湿気と苔の正体か。
奥へ奥へと進んでいき、曲がり角を曲がれば入り口からの光はいよいよ届かない。けれど至るところに松明やランタンが置かれているから、洞窟の中は暗くはない。それに、光源はそれだけじゃなかった。
「ホントに、光ってるんですね!」
「綺麗だろ?」
「はい!」
急に広がった空間には、自然が広がっていた。さっき見た吹き出す水の終着点になっているだろう湖の周りには土や粘土、苔が広がっていて、赤紫色の花まで咲いていた。草も所々生えてるけど、定期的に抜かれてるっぽいな。なんか、地上より明るいし色味もあるんじゃない?
今まで入ってきた洞窟では見たことのない自然は、そこ以外にも。天井まで到達する苔や、そこで逆さまに咲く人の顔ほどあるデカい花や、草に紛れて咲く小さな花に、垂れるツタ。そしてそのツタに、光る果実が、グロウベリーが実っていた。すごい! 松明並に光ってる! これだけ明るければモンスターも寄り付かなさそう! ハッ!? まさか、生存する為にグロウベリーは光を放つように!? これはポーションになった時が楽しみだ! てか、あっ、はっ、スーー……。
「芳しい、ベリーの香りが……!」
「昼前まで収穫してたからな。積んだ時の香りが残ってるのかも。ほら、ルゥパさんも摘んでいって!」
「い、いいんですか!?」
「その為に連れてきたんだぜ? 未来の人間の救世主に協力させてくれよ!」
「そんな……ふふっ、じゃあ頂きます!」
なんかすごい期待をいつの間にか背負わされててビビるけど、懇意が色褪せない内に受け取っとこう!
見た目より脆いらしいツタは、ベリーを摘む振動で直ぐにちぎれそうになる。けどツタ自体は結構早く生えてくるらしいから、鮮度と見た目重視でこのままツタごと採取していいんだって。そして摘むたびにグロウベリーの甘くてちょっと酸っぱい香りが鼻をくすぐった。シンプルに美味しそう。
しかし俺の興味はグロウベリーから既に別の場所に向いていた。
「あの、この花ってなんですか?」
「ん? 下の小さいのはツツジで、上の、下向きに咲いてるのが胞子の花だ。先祖がこの洞窟を見つけたときから自生してたらしいけど……え、そっちにも興味あんの?」
「はい! 初めて見たので! 摘んでもいいですか!?」
「い、いいけどさ」
「葉っぱも、根っこも、なんならこの水も頂いていきますね!」
「興奮で肩上がってるけど、大丈夫?」
「ん? この葉っぱ、なんか硬いな……えっ、上にモノ置ける? 強い茎と葉っぱ、もしかして骨が強化されて骨折しにくいとかそんな効果出る!?」
「お、俺の声、もう聞こえてない?」
「こんな立派な苔、なかなかお目にかかれねぇぞ……。これは何になるかなぁ? あはは~!」
「え……こわ……」
どれもこれも旅の中で見つけた本で見ただけで、こうやって本物を手に取るのは初めてだ。だから興奮しながら採取して、一つ一つ観察して半ばヨダレ垂らしかけてた。いやもう垂れてたかもしれん。
目新しい物を一通り採取し終えたら、レイグニンさんに一言言って湿度が高い洞窟から出ることにした。じっくり観察するのは宿泊所でもいいだろう。暑いし。それに、次の約束もあったし。
丸石の足場を滑らないように注意して歩いてたら、隣を歩くレイグニンさんがコチラを伺うようにして話しかけてきた。
「なぁ、ルゥパさん。ルゥパさんって、いつもあんな感じなの?」
「あんな感じ?」
「あの、夢中で素材を集める感じ」
「え、研究者ってあんなもんじゃないっすか?」
「そう、なのか? スニウも言っちゃえば料理研究家だけどよ、あんなんにはならないぜ?」
……あれ? これ変人扱いの入口に立ってね? ここで受け答え間違えたら俺、ヤバイ事にならね? えっと、えっと!
「そりゃあ、料理研究家の研究対象は食材でしょうから。それにきっと、この地に根ざしているんでしょう? 対して俺はポーション研究家で旅をしていて、新天地では目敏く新素材を見つけてないといけないんです。しかも最近、俺にとって新しいポーションをいくつも見つけていたので、より興奮度合いが上がっていたのかもしれません」
「……苔とかも、使うの?」
「なんならこの石だって」
「えっ」
「流石に石はポーションになりませんでしたが、レッドストーンダスト、は知ってますよね? それにも、ポーションの効果時間を伸ばす効果があると研究の結果判明しました」
「うっそ、普通じゃ口に入れる発想もねぇだろそれ!」
「でしょう? だから苔なんて俺にとっては、実験で躊躇いなく使える素材ですよ」
「そうなんだ!」
俺の言い訳をしっかり聞き遂げてくれたレイグニンさんは納得したのか、笑顔になってくれた。よっしゃ、これで要らぬ変人扱いは免れるぜ!
「ポーション研究家は皆、変人ってことか!」
「まって」
なんかその括りで平等に変人扱いするつもりじゃないか、レイグニンさん。優しいけど優しくない! てか旅するポーション研究家なんて聖職者を除いちまったら滅多にいないだろうから、実質俺だけじゃね!?