人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
サータちゃんが、動かなくなった。
ゾンビにまだなってなかったサータちゃんに、治癒のポーションをふりかけたら、全身の肉が溶け始めて、叫んで、痙攣して、動かなくなった。
サータちゃんが、死んだ。
「なん、で……?」
「なぜだと、思いますか?」
「!?」
後ろから自分以外の声が聞こえてきて、バッと振り返る。耳に良く馴染んだ、神父さんの声だ。でも、階段の上から俺を見下ろすその人は、背筋を伸ばしたいつもの凛とした格好じゃなくて、壁に凭れて息を荒くしていた。右手で左脇腹を押さえて、今にも階段から転げ落ちそうになってた。
「神父、さん……? なぁ、待って、待ってくれよ神父さん! なんで村がこんなことになってんだよ!! いつもの襲撃じゃ、こんなに村が壊滅状態に、皆がこんな事になるわけ……!!」
「……自分のことは、聞かないのですね?」
「はぁっ? そ、んなのより! 村の皆はなんで!!」
「……分かりました」
あれだろ? どうせ俺はクリーパーの爆破に巻き込まれた後、ゾンビに食われてお仲間になっちまったんだろ!? ──あれっ? でもそれなら、なんで、俺には治癒が効いて、サータちゃんには逆効果だったんだ?
ワンテンポ遅れて気になったけど、それでも先に聞くべきなのは村への襲撃の内容だ。落ち着く気配の無い息の荒さのまま、神父さんは語りだした。
「……今夜は、激しい雷雨でした。その影響なのか、……クリーパーの爆発の勢いが、ひどく、大きかった……」
「雷で、クリーパーの……?」
「理屈はともかく、事実、そうだったんです……。大雨で、視界が悪かった。そのせいで、弓部隊が狙いを、定められなかった。彼らも、懸命に守っていたでしょう。しかし……矢の雨をくぐり抜けた1体が、村と外の境界を、柵を、爆破しました」
「……クソッ」
「境界を崩され、ハァ、動揺した警備隊が、クリーパーの爆破に倒れ、スケルトンの矢に倒れ、ゾンビの攻撃に倒れていった……」
俺が、呑気に寝てる間に、そんなことが……。なんで俺、気付かなかったんだよ! 外がそんなに激しいことになってんなら目ェ覚ませよ!!!
「ハァ……ハァ……私も、ポーションをかき集めて、救援し、加勢しましたが……」
「うぅ……!」
顔を見れば分かる。首の方から左の頬にかけて変色が進んでる。神父さんも、もう、戻れないんだ。
人に、戻れねぇんだ……!
足に力が入らなくなったのか、壁に凭れつつ階段にへたり込んだ神父さん。転げ落ちるのが心配で駆け寄れば、神父さんはキツそうに、でもいつもみたいに微笑んでくれた。……ちくしょう、なんで、この人からも腐った匂いがすんだよぉ!!!
「神父さんっ……!!」
「ハァ……ハァ……っ、さぁ、ルゥパ。次は、君の事を話しましょう……」
「そんな、俺も、ゾンビになってるだけじゃ……」
「いいえ、ルゥパ。君は、ゾンビではありません」
手を握れば握り返してくれる神父さんが、よく分からないこと言ってる。俺がゾンビじゃないなら、いったい、なんだってんだ?
生きてるのにゾンビに狙われない俺は、いったい、何なんだ?
「ルゥパ。よく、聞きなさい」
「はい」
荒い息をしながら俺を見据える神父さんの目は、真剣そのものだった。
「君は、雷に撃たれて、命を落としました」
「……は?」
「モンスターたちの襲撃の直前に。雨が降ってきて、干物網を取り込もうとした君は、雷に撃たれたんです」
「は……? へ……? いや、え、そ、そんな、馬鹿な……」
「いくら馬鹿らしい話でも、それが、事実です」
神父さんが嘘吐くワケ無い。だからって、信じられる話でもない。だって、それじゃ、俺今なんで、こうして動いて、息してんだ?
気が動転してる俺に対して、神父さんは俺を真剣に見つめてきている。その冷静さに釣られて、俺も動悸が治まってきた。
「君の心臓は、確かに止まっていました。体は黒く焦げていました。……蘇生も絶望的で、加えて直ぐに、モンスターの襲撃が始まってしまった。……君を、教会の長椅子に放置して、申し訳ありませんでした」
「そんな……」
確かに俺が目を覚ましたのは、教会の長椅子の上だった。焦げてたかどうかは分かんねぇけど、気絶する前のあの白と痛さ、熱さを考えれば、雷に撃たれたのも信じられる話かもしれない。けどさぁ、死んだってなんだよ。俺の心臓は動いてんぞ。
脇腹の怪我が痛むんだろうな。全然息が整わない神父さんが、濁ってきた目で俺を見上げて、笑った。思い出し笑いみたいな感じだった。
「ふふっ……私の母がね、あるお話を、よくしてくれていました……。雷が鳴ると、必ずこう言うんです。“雷に撃たれると、魔女になる”って」
「え……?」
「雷の日に、家の外に出ないようにという、親心から来る、迷信でした」
なんで急に、そんな話……。あぁ、なんだっけ、走馬灯って言うんだっけ。死の間際に、これまでの人生が頭によぎるってやつ。それ見て思い出したんかな。
それなら、付き合ってあげないとだよな。
「へへっ、なんすか。まるで俺が雷に飛び込んでった悪い子みたいな。しょうがなかったじゃないっすか。干物濡れたら勿体無いんだから」
「ふふっ、そうですね……。私も君に、そういうお話を、もっと、してあげられれば、よかったなぁ……」
「……そう、っすね。俺、神父さんの話聞くの、大好きっすよ」
くっそ、締まらねぇ。鼻水がダラダラ垂れてきやがる。涙声でカッコわりぃ。
涙がサーっと溢れ出てる神父さんは、閉じる筋肉を無くしてだらしなく開くしかなくなった口で、また語りだした。
「ふふふっ……私はね、ルゥパ……。もしかしたら君が、本当に、魔女になってしまったんじゃないかって、思ってるんです……!」
「えぇ? なんで~?」
「そうだとしたら、素敵だと、思うんです」
「は~? だって、魔女って、あのよく湿地地帯にいるっていう、モンスターのことっすよね? なんで素敵なんすかぁ」
でも、そうなら。同じモンスターだから、俺はゾンビになっちまった皆に狙われなかったのかもしれない。いくらポーションを飲んでも胸焼け程度で、いや、もうそれも無いくらいに耐性が付いてるのも、それで説明が付くのかもしれない。
変色してないところが無いんじゃないかっていう神父さんの全身から力が抜けて、俺に凭れかかってきた。ちゃんと受け止めてみせた。
「君が、ハァ、魔女に、なったんだとしたら……。君は、大好きな、ポーション作りを、続けられる、から……」
「……神父さぁん!!」
どうしてこんなに良い人が、ゾンビになるなんて最期を迎えなきゃいけねぇんだよ!!! ふざけんなよ、神様ってやつ!! あんたのことを敬愛して信仰してた人間のことを、よくも、よくもこんな目にぃ!!!
「さて、ここからは……説教です」
「え?」
“説教”って単語に頭が真っ白になってたら、神父さんがお茶目な、だけどすぐに真剣な表情をした。
「ルゥパ。なぜ、サータさんは苦しんでしまったのでしょう」
「!! ……そ、れは……」
そんなん、俺が知りたい話っすよ、神父さん!
「思考を止めるな、魔女」
「!?」
「答えは私も、ハァ、知らない。だから、考えるんだ、魔女」
「しん、ぷ、さん……」
どうして、どうして、そんな、突き放す感じで言うんすか、神父さん。やめてくれよ、やめて、俺を、置いてかないで、やだ、ヤダぁ!!!
俺を、また、ひとりぼっちに、しないで!!!
「恐怖で頭を鈍らせるな!」
「ヒゥッ!!」
「……いいですか、っ、ゾンビは、死者です。今の私のように、身体は腐るばかりで、決して、回復しない」
「なっ、そんなの、分かんな……!」
「そこに、治癒なんて、体を、活性化、させる薬を投入、すれば、ハァッハァッ、苦しむのは、想像に難く、ありません。腐るのが、早くなる、のだから……」
……否定なんか、出来なかった。だってついさっき俺、サータちゃんを、治癒のポーションで殺したから。まだしっかりしてたはずの肌が、一気に腐ったのを見た。でも、でもっでも!!
「でも! 神父さんは死んでないじゃんか! こうやって俺と! 喋ってんじゃんか!!」
「無駄な希望は、更なる絶望を、呼ぶだけです」
「!!? な、なんでぇ……!?」
……どうして皆、そんな簡単に、切り捨てられんだよ。助からないって、諦められるんだよ。
いいよなぁ。いいよなぁ! 神父さんは置いて行かれないんだから! 俺の父さんと母さんの時とは違うんだから! 気が楽だよなぁ!! 独りに、ならねぇんだから!!!
生きるのを諦めて、息も絶え絶えになってきた神父さんが、憎たらしく思えて、そんな自分が嫌だ。いやだ。
痛いのは嫌だ。大っ嫌いだ。でも、俺もゾンビになれないかなって、そんな期待もちょっとだけ込めて、神父さんを抱きしめた。抱きしめたら、神父さんも俺の腕に縋り付いてくれた。
「……ルゥパ」
「! はい」
「私に、治癒のポーションを、かけなさい」
俺を“魔女”じゃなくて名前で呼んでくれた神父さんが、信じられないことを言った。
神父さん、俺に、自分を殺せって言ってきた。苦しめて殺せって、断末魔を上げさせろって、言ってきた。
今日何度目か分からないけど、また頭が真っ白になってたら、神父さん、俺の腕を引っ張ってきた。
「1回しか、まだ、検証、していないでしょう……?」
「……二度と、したくねぇよ」
「1回じゃ、私の予想が、合ってるか、分からないでしょう……?」
「それでいいから。もうそれで、いいから!」
「私と、彼女の犠牲を、貴方の、経験になさい」
「な、なんすか、それっ!! 俺に、人殺しさせんなよ!!!」
「……私を、苦しみから、解放してください」
「はぁっ!? か、かけたら苦しむんすよ!?」
「ですが、私は、誰も手にかけなくて、済む……」
「っ!! ……なら、首を、その前に俺がゾンビになったアンタの首を落とせばいいじゃん! そしたら一発だぞ!!」
なんでよりにもよって、ポーションで、自分が苦しむ方を選ばせようとするんだ。嫌だ、もう嫌だ。嫌だっつってんだろ。なぁ!!!
「そして、叶うなら」
喋るのだって、もう辛いだろうに。俺の話を聞かない神父さんは、掠れた声でまだ喋る。まだ、俺に願う。
「ゾンビから、人間に、戻す方法を、見つけて、ください」
「!」
「私たちのような、人間に、希望を、ください」
「きぼ、う……」
「だから、“冒険”、しなさい」
「っ……!」
「世界に、君が、革命を、もたらすんだ」
「……~~っ!!!」
なんて弱々しい声で、力強い言葉を、俺にくれるんだろう。
断末魔が、地下を震わせた。
分厚い雲が風に攫われてったら、割と高い位置に太陽があった。
眩しい陽の光の熱が地上までやってくると、外に並べた皆の身体が途端に燃えだした。家の前に送るのが間に合った人も、そうじゃなかった人も。皆等しく、太陽に照らされたら、当然みたいに火が上がった。燃える体から立ち上る煙は、青空に吸い込まれてった。
自然と、口が動いた。
「アンデッドは天の光に敵わない存在。未練あるその肉体を陽で焼かれ、浄化され、魂は煙と共に天に迎えられる。そして浄化された肉体は土に還り、次の生の糧となる。そうして、少しだけ大きな道を逸れた存在も、またこの世界を巡るのです」
神父さんの言葉が蘇る。優しく、諭すような声での説教が好きだった。血の繋がった家族よりも長く一緒に居た、あの人の声が好きだった。
でも、もう、二度と、神父さんの声で鼓膜を震わせることは出来ねぇんだ。
神父さんだけじゃない。皆、みんな、サータちゃんも……。もう俺に、喋りかけてはくれないんだ。
皆が天に昇りきったのを見届けてから、自分のことを始めた。生きてた川の水で汗と液体を流して、俊敏のポーションを呷った。
とても申し訳なかったけど、皆の骨はスケルトンにならないように砕いてから、大きく掘った穴にまとめて埋葬した。一人ひとり弔いたいけど、服も肉体と一緒に燃えたから、もう見分けはつかなかった。
クリーパーに爆破された家は絶対取り壊すのが、この村のしきたりだった。縁起が悪いからってのと、直したところで家の寿命は短いから。それなら一度取り壊して、同じところに立て直した方が良い。だから実は教会も1回立て直したことがあるらしい。……俺1人じゃ家なんて建てらんねぇから、地下以外を更地にして終わり、なんだけど。
太陽が1度、2度、3度。あの山から顔を出して、海に沈んだ。獲物が居ないからか、あんな頻繁にやって来てたモンスター共も襲撃に来ない。朝も昼も夜も無く、各人の思い出を少しずつ地下室に移動させて、地下も吹き飛ばされた家の思い出は教会に持ってった。
それから、皆の家を取り壊した。皆の首を撥ねた時より、なんでか、罪悪感が凄かった。でも、それで手が止まったら困るから、ひたすら無心で取り壊した。それでもどうしようも無かったら、ポーション作ったり、土いじりしたり、他の事して気を紛らわせてから、また手にかけた。
なんも考えないようにしながら、力・俊敏・暗視のポーションを飲んで動いた。
「……やっぱり、俺、魔女なんかなぁ」
ずっと腹が減らねぇのが、精神的なもの以外が原因なことくらい、いい加減認めた。でもそれならメッチャ都合良くね? 俺、これからの旅でそれのこと考えなくて良いってことだもんな。ただひたすら、“ゾンビ化した人間を元に戻す”ポーションを探せるんだよな。
何度太陽が昇って沈んだか忘れた頃、予定してた作業を全部終えた。
皆の家の地上部分は壊せた。少しずつ作り貯めしてたポーションとか、作る為の醸造台もその他もろもろの材料もいつの間にか容量がめちゃくちゃ増えてたインベントリに入れた。先立つものとして皆からエメラルドも余すことなく貰って、ちょくちょく進めて出来上がった、白い革のコートを羽織った。
……ついに、この時が来ちまった。
苦しさで胸が痛んで、勝手に涙が溢れた。それでも、行かねぇと。その為に準備を進めてきたんだから。ただ後片付けをしてたワケじゃねぇんだ。
……神父さんと約束したんだ。“自分たちのような人間に希望をくれ”って。だから、俺は、この村から旅立つ。
人どころかゾンビも来ないようなここじゃ、ポーション作れたところで何も試せない。情報収集とポーションの新しい素材を見つける為に、人が居るところに行かないと。
だから、皆。俺、行くわ。
見守っといてくれや。俺がゾンビから人間に戻すポーションを、いや、方法を見つけるまでさ。それまで俺、頑張って、立つから。
「いってきます」
見つけるのが先なら、いいんだけどなぁ。
普通ならきっと、ここで俺は決意に満ちた顔をしなきゃいけないんだろう。だけど、死んだ村の濁った景色の前じゃ、だらしなく開いた口の端が下がった、生気のない顔しか出来なかった。