人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
村の少し外れにある鍛錬場には、手前の方に改良した射撃訓練場、人工的に水を張ったバランス力強化の為の鎖渡り場や、大量に砂を敷いた上に高さがバラバラな丸石を設置したジャンプ力訓練場がある。それを境界線のようにくるりと囲む林では今現在、普段より土の匂いが立っていた。俺が半人前君たちに出した課題で、土が掘り返されていたからだ。
いつの間にか俺の弟子を名乗るようになっていた彼らは、村の外に居る時に夜を迎えてしまった際のやり過ごし方として、地面への潜り方を練習していた。ここで求められるスキルは、いかに地面を素早く掘れるか、入口を手早く塞げるか。避難所の場所選びのセンスや中の空間をどれだけ快適にできるかも審査対象だ。日の出までの長い時間をそこで過ごすんだから。まず松明なんかの明かりは必須だ。不安な中で過ごす暗闇ほど、人の心を病ませるものはない。
懐かしいなぁ。子供の頃によく訓練したわ、俺も。
クイッテと組んで、モンスター役やってくれるリンニェ兄ちゃんとハフ兄ちゃんから逃げたり、迎え撃ったり。二人とも容赦ないから、壁も罠もよく突破されてたな~。おかげで地下拠点の構築速度が上がったわ。今もこうして後世に伝えられる程、しっかり身に刻まれてるしね。
さて、昔を懐かしむのもここまでにして。
「3……2……1……0! よーし、そろそろチェックしに行くぞー」
想定している状況なら別に時間制限なんて無い。モンスターに嗅ぎつけられたら、追われて食われて死ぬだけだから。でも今は訓練だから、一応こちらが待つ時間を設けて、時間が過ぎたら見に行くって感じでやってる。
潜る場所には目印として丸石か土を3段縦に並べてもらってるから、それを頼りに穴を掘る。時間が来るまで見ないようにしてたから、どこに誰が、何人で行動し穴を掘って地下に潜ったかは知らない。まぁ、とくに生存率は変わんないだろうし、どうでもいいんだけどね。
最初に入ったのは、草木がそこそこ生い茂る林の中。穴を開けて塞ぐまでが早かったんだろう、土はすっかり草に覆われていた。勘で1段土を掘ったら、そのまた下に2段穴があいていた。ここが入口らしいな。
「今からここ、チェックしにいくよー!」
声をかけてから中に降りて、穴が続く方へ歩いて行った。子供なら余裕だろうけど大人が通るにはちょっと狭めな通路には、暗くならないように松明が間を開けて並べられていた。光度的にもっとギリギリを狙える間隔だけど、本番でもどうせここを出るときには松明を回収するんだから、あまり気にしなくても大丈夫。問題なのは、置いてあるのが地面だってこと。基本は壁に、自分がどこから来たのか分かるように左右どちらかに置くことが望ましい。よくあるのは利き手側なんじゃないかな。そうしてると洞窟探索してても迷子になることを防げるからね。ハナハタ村には炭鉱もあるし、見学させないと。
更に奥に進むと、丸石の壁が現れた。通路の上半分にだけ置いているのは、そうしてくれって俺が言ったから。判定する俺が来ていることを分かりやすくする為なのと、大抵のモンスター避けの為。ゾンビ・スケルトン・クリーパーといったモンスターはエンダーマンと同じく、しゃがむってことを知らない。この隙間を潜っていくのは子供ゾンビとクモくらいじゃないかな。あと、シミってヤツとか。シルバーフィッシュだっけ?
「よいしょっと」
潜って中に入れば、半人前君、じゃないな、半人前ちゃんが3人。天然の土壁に松明4つで明かりが十分な空間。作業台とかまども置いてあって、子供3人が1晩ここで避難する、というだけなら合格点だ。
「うん、いい空間だね。時計は持ってる?」
「持ってます!」
「最高だ!」
俺の問い掛けに手のひらサイズの丸いものを掲げる半人前ちゃん。金インゴットとレッドストーンダストで出来るコイツがあれば、今がお天道様が空にいる時間なのかどうか分かるから大事。怯えすぎて丸一日地下に居ちゃってまた夜になってた、なんて笑えないからな。餓死しちゃう。
さて、そろそろ講評の時間だ。
「入口、穴の深さ、明るさ、避難所の広さと設備。この点では及第点だ。命を守れる掘り方だ」
「やった!」
「わーい!」
「100点~?」
いいところから発表すれば、当然ながら半人前ちゃん3人は喜んでみせた。だけど講評はまだ終わってない。
「だけど1点、致命的な間違いがある」
「えっ!?」
「そ、それって……?」
やっぱり、そこには気付いてなかったか。間違いを起こしてる自覚が無かったらしい半人前ちゃん達は、俺の脅かしに固唾を呑んでいた。聞く心の準備が出来てるのなら焦らさず、言おうか。
「間違っているのは、穴を掘った場所」
「え……っ!?」
「林の中は密度によっては陽の光が地面まで届かない。すると意外とアンデットが昼でも生き残ってたりして危ないんだ。だから、この訓練場で地下に避難所を作るなら、日中日光が降り注ぐ場所に作るべきだった。掘り返す音を、人の気配を嗅ぎつけたアンデットに待ち伏せされるかもしれないからね」
ダメだった点とその理由、引き起こされるかもしれない危険について一通り説明したけれど、耳を傾けていた彼女らは割と最初の部分、『林の中に避難所を作っちゃダメ』ってあたりから困惑してた。
3人居る中でもツリ目気味な子が手を低く上げた。
「それじゃあ……、ほとんどのグループがダメってことですか?」
「きっと、そういうことだね」
この訓練を始める前に、当然内容や条件を説明したんだけど、訓練場の前からわざわざ林の中に移動した。日差しが強いから日陰に行こうって誘って。可愛くもまだ愚かな彼らは素直に従ってくる。だけど、俺はちゃんと言ったぞ。『穴を掘る場所は考えて』って。
「つまり、俺は君らに意地悪した。でもそれは今に始まったことじゃないし、ルール説明の時に『場所を考えて』って言ったんだから、それを考慮した上で決めるべきだったんだ。命をかけているのを想定した訓練なんだし、モンスターの特徴や弱点は、教えてきたろ?」
「そ、そうだけど……」
「……意地悪!」
「君らが憧れる外の世界は、モンスターはもっと理不尽だよ」
だんだん不満を隠さなくなってきた半人前ちゃんたちだけれど、事実を言うと更に悔しげに唸った。女の子に意地悪するの罪悪感ヤバ。でも、でも、死なせない為……! これは仕方のないこと……!
次も、その次も、そのまた次も。2~3人で組んだ半人前君たちの地下避難所は中身が良くても立地が悪かった。皆、俺から説明を受けた後で素直に林の中で作っちゃってる。君ら今までの行いで俺がさほど優しくないの知ってるでしょ。俺みたいな変わり種の、騙す頭のあるモンスターに遭遇したら、どうすんの。いざという時、自分の命を守れるのは自分だけだぞ。他人は救ってくれるってだけだから。
半人前君2人に訓練の為に掘らせた穴を埋めるように言ってから、地下から地上に出た。射撃場にはドゥンさんが発明したレッドストーンダストの的が十何個も横並びに置かれていて、命中する度に赤い光を散らす的にやる気を引き出された半人前君たちが夢中になって矢を放っていた。そんな彼らが休憩していてもサボってはいないことを目指してから、林から全身を出した。
「さぁて、最後の組を見ていきますかぁ」
眩しい日差しを遮る手の下から、半人前君たちの更に奥を見遣る。林から遠く、訓練場の手前の方にある射撃場よりも村に近いところ。訓練場の敷地ギリギリに立つのは積み重ねられた丸石の目印。その周りには何もなく、平原の中、お天道様の光を一身に受けていた。いいね、敵対してない状態のモンスターなら気付かないだろうな。
悪い予感がして、靴を鉄のブーツに履き替える。それから空洞を感じる場所に目星をつけて掘ると、狙い通り穴が現れた。深さは他と比べてより深い4段分。仮に気付かれて追われても、足を挫かせて動きにくくさせてるんだ。装備してても衝撃は変わんないし。職人魂があればその限りではないけれど。
「さすが、一度命を狙われた事がある人間は、違うな」
モンスターへの警戒度が他の組とは違うな。
最後の組にして、20人近く居る鍛錬者達の中で唯一平原に地下避難所を作ったのは、カヌプとパーデの組。スタートの合図と共に林から飛び出して穴を掘っていたから、予習をバッチリしてきたんだろう。試行回数が多いのは有利だな。そう思ったのは、ただでさえ狭い通路の上側に、木のハーフブロックが設置されていたから。
「カヌプとパーデの身長なら、余裕なんだろうけどな」
しゃがめないモンスター対策のようでもあり、まるで人間の大人の機動力を削ぐ為のようにも受け取れる配置。こちらの深読みのしすぎか、それとも。俺が優しくないと特に知っている2人だからな。
「カヌプー! パーデー! 今から内装の審査に行くよー!」
一応、遠くに向かって宣言しておく。警戒心ブチ高い2人からすれば、意味なんて無いけれど。しっかし、腰を曲げなきゃ進めないの、地味に辛い。
最後に丸石で上半分塞がれた通路を潜ろうと中を自然に覗いたら、避難所の地面が1段下がってるのに気付いた。這いよるモンスターの頭なり腕なりを切り落としやすくする為かな。それとも狙撃しやすくする為? 随分攻撃的な避難所棚。とか思ってくぐって足を地面に着こうとして、やめた。出てすぐ下の地面が、サボテンになってたから。思わず失笑しちゃった。
「チビゾンとかクモ対策かな?」
気付いたとしても、どうせ踏まなきゃ中には入れない。獲物がいるならモンスターは構わず進む。だから俺もダメージ覚悟でサボテンを踏んだ。
「いててっ! ……ははっ、誰からコレ、貰ったんだ?」
鉄のブーツのおかげで、生身にはなんとか棘は刺さり残らなかった。ちゃんと避難所の中に入ってから、背筋を伸ばして、尋ねた。
「なぁ、カヌプ」
通路から中を覗き込んでた時からずっと、正面で俺に弓を構えてたカヌプに。
カヌプは避難所の壁に更に奥行きを作って、手前の方に木のフェンスを置いていた。通路の段階で討伐出来なくて近寄られたとしても、フェンスで時間稼ぎする為だろう。アイツ等愚直に進んでくるだけだもんな。……って事は、今俺、カヌプたちに審査員じゃなく、モンスターの役に入ってるって思われてるってこと? やだなぁ、そこまでやる気だと、付き合ってあげたくなるじゃん!
獲物を見つけたゾンビとかスケルトンを意識して、腕を伸ばした格好でカヌプに迫る。別に、矢尻はスライムボールなんだから撃ってくれてもいいけどな。
「俺は渡してないから、ヘイリグさんか? いや、こないだスタークさんとドゥンさんも砂漠に連れてって砂の回収を一緒にしたから、スタークさん経由かな?」
ここで後ろを振り向いて、笑って見つめてやる。
「なぁ? パーデ」
入ってきたところから見ると死角になる場所で、パーデもカヌプと同じ設備でギリギリッと弓矢を構えていた。しっかし2人共、無表情が上手になったなぁ。だけど、いつまでも緊張したままでいられても困る。両手を頭の上まで上げて、攻撃の意思が無いことを示してやっと、2人は弓を下ろした。
フェンスを壊して避難所の中央に来てくれた2人に、勝手に出てきた雪玉ちゃん2人が頭の上に乗っかった。
「講評に入るよ。まず、欠点が無いってのは言っとくね」
「「っしゃあ!!」」
さっきは真剣ゆえに無表情だったけど、努力を褒められたら年相応に元気に喜んでくれるな。褒めがいがあるわホント。
避難所を作ったのが日光や矢の射線を遮るもののない平原であった事、地下を深めに掘ったこと、奥に向かって右側に松明を一定間隔で置いてた事や、通路を敢えて狭めにしたこと、反撃しやすい作りになっていたことや、かまどと作業台、松明もしっかり設置されていたこと。全てが完璧だった。要求した『夜を外で迎えてしまった場合の、地下でのやり過ごし方』ってのを大きく超えた設備と言えるんじゃないかな。
「村の外で夜を明かすことが命懸けだってのを、昼でも危険だって知っているからこそ理解している。だからここまで凝れたんだろうな。あと、何度か作ったことあるでしょ」
「お兄ちゃんから教わって、2人で何度か……。ね、カヌプ」
「うん。秘密基地作ってるみたいで面白かったから」
「いいね。遊び感覚で楽しく、もっと経験重ねてって、完成させるまで時間を減らせたら凄くいい! ただ、張り切りすぎて、いざという時の反撃の余力が無くならないようにな?」
「「はい!」」
メキメキと能力が向上していっている仲良し2人組は、返事まで素晴らしい。
今日の鍛錬が一通り終わって、半人前君ちゃんたちが帰路に着いた頃。地面の整え残しがないか腕組みで林の中を巡回してたら、木登り練習してたカヌプに呼び止められた。結構高い位置に上れてんじゃん。パーデは隣の木を登るのに悪戦苦闘してる。
「なぁ、ルゥパ兄ちゃん。質問していい?」
「んー? いいよー?」
「なんでさ、この村の辺りって、ゾンビいないの?」
「え、それ俺に聞く?」
「いいよって言ったじゃん」
「そうだけど」
それ、他所から来た俺に聞いても分かんないって。てかそれ、俺も知りたいし。
「てか、居ないに越したことはないじゃん。なんで気になったの?」
「……だって」
「だって?」
理由を尋ねられたカヌプは、恥ずかしそうにぷいっと横を向いた。
「ゾンビが近くに現れるなら……ルゥパ兄ちゃん、ずっとこの村に居てくれるのに」
え~~~~~~~????? メチャクチャ可愛いこと言ってくれるじゃ~~~ん!!!!!
「カヌプ~、降りてきてよ~! 頭撫でてあげる~!」
「嫌だ!」
……まぁ、でも、仮にここでゾンビが出るとしても、ゾンビから人間に戻す方法が見つからないなら新たな素材を求めて旅立たないといけないし、何より、年を取らないのがバレる。だから、絶対にここから旅立って、再会することなんて無いようにしないといけないんだけど。
こんなやり取りをしたのは、俺がカヌプの師匠になって6ヶ月が経った頃。つまり、俺がハナハタ村を出るまで、残り半年になった。