人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
掘れば直ぐに壊れる脆い地面に、海の代わりと言わんばかりの溶岩溜り。溶岩の滝が落ちる空は岩盤で覆われている上に、巨大で身体の比率が頭に傾いたイカのようなモンスターがあちらこちらで飛んでいる。そして地上に蔓延る生き物の殆どが、生者の命を刈り取らんとするモンスター。そんな、危険が溢れる異世界。
先駆者はこの異世界を地獄とし、ネザーと呼んだ。
しかしどういうカラクリなのか、普通に過ごしていてもずっと暑いな、くらいにしか思わない空間でもある。無論、溶岩に落ちれば死ぬけれど、1日探索するくらいなら身体に対した影響は無い。勿論暑さの分だけ体力の消耗は激しいんだけど。
だけれどどうしてか、持ち込んだバケツの水がすぐさま蒸発するほど暑くて、休息を取ろうとベッドを設置し横になれば爆発によって永遠の眠りにつかされる。不可思議な力が働く場所だから、要塞なんていう文明の跡地があったって可笑しくないな。
そんな、簡単に燃え死にしやすそうな世界だけれど、耐火のポーションを飲めば一転、ガストやブレイズの火の玉攻撃でも衝撃だけしか受けないし、溶岩だって風呂になる。装備は溶けるけど。
しかし、その凄く大事なポーションは、このネザーで殺意が高いモンスターから剥ぎ取らないと手に入らない。ネザー探索を安全にする為には危険なネザーに潜らないといけないなんて、とんだ矛盾。なら、鍛えて頭使って取りに行かないといけない。その覚悟を正しく持つには、見学が一番だよな!
「今から行くのは、正真正銘、ネザーです。注意事項は3つ。前もって俺が設置しておいた柵より奥には行かないこと。大きな声や音を出さないこと。現地のモンスターにこちらから手を出さないこと。これらを守ってくれないと、俺もあなた方を家に返せなくなりますので、どうか厳守してください」
脅かすようだが真剣に注意すれば、鉄色のポーション瓶を手にしているスタークさんとドゥンさんは重たく頷いた。透明化のポーションがあるだけ、この2人は俺より恵まれてるよ。
俺がハナハタ村に滞在して8ヶ月経った頃。ヘイリグさんとの相談の末、厳しい条件付きでネザーを見学させることを認めた。
付き添い人1人に対して見学者は2人まで。とか、透明化のポーションを絶対に飲むこと。とか、俺とヘイリグさんが認める強さと知識を持っていること。とか。今言った他にも細かい条件を付けてた。その厳しい条件を今回クリアしたのが、スタークさんとドゥンさんの2人だった。ヘイリグさんの弟子筆頭の2人が最初なのは、当然っちゃあ当然か。その彼らが透明化のポーションをスプラッシュで浴びて、効果が現れたのを確認してから俺も耐火のポーションを飲んだ。2人は耐火ポ抜き。ネザーに置ける耐火ポの大切さを身を持って知っていれば、より真剣に素材集めに取り組んでくれるだろうから。
黒曜石の囲いの中で怪しく揺らめく紫色の光。ネザーゲートに金のブーツを装備した足をかけてから、「メチャクチャ目が回るので、転移する時はその覚悟を持って」って2人に声をかけて、一足先に転移した。おわ~、身体がねじれる~。
ネザーに入ってまず目に入るのは、ゲートをガストの攻撃から守る丸石の壁と天井。その石で出来た小屋を1歩出れば、真っ赤な世界が一面に広がった。いや、少し歩いた場所に緑が見えるか。全体的に歪んでるし、エンダーマンしか居ないけど。
「オエ……」
「想像以上、ですね……」
少し遅れて同時にやって来た2人は、転移の時の揺れで気分がよくないらしい。スタークさんがえずいていた。
「何度潜ってもゲートを変えても、この揺れは変わりませんから、諦めて慣れるしかないです。頑張ってくださいね」
透明になっている2人からは溜め息が返ってきた。気持ちメッチャ分かる。オロロロしないのが凄いくらいだわ。
行かせても大丈夫だと判断した範囲に、丸石塀を1段だけ設置しておいた。1段って言ってもそこそこ高さあって俺のジャンプでも越えらんねぇし、だけど向こうは見えるから見学の邪魔にはならない。反対に向こうからも俺らが視認出来るわけだけれど、モンスターを入れないんじゃなくてこちらの人間を出さない為だからな。2人も透明化してるし、俺もいるし、この程度でいいでしょ。
見えないけど、どっちかが俺の肩を叩いたから、彼らを石の小屋から連れ出した。足音はしなかった。
「暑い、な。オマケに焦げ臭い」
「スゴい……。目がおかしくなりそうなくらい、赤いです」
「基本的にはこの赤い景色ばっかりですが、向こうには不自然な緑もあります。ネザーにもバイオームがあるってことです」
「地獄にしては生態系がありそうだな」
「確かに、ありますね」
「子供のピグリンがいるってことは、繁殖するんでしょうしね」
どうなんだろ、そこまでピグリンをまじまじと観察したことないし、興味はないな。子供ホグリン(大きい牙を生やした豚みたいなモンスター)に乗った子供ピグリンは可愛いけど。あの子らたまに縦に3匹乗ってんのよな。重くないのかな下の子達。
こんな感じで、おしゃべりしながらネザーを2人に見学させてった。初回なんて空気を感じてもらって、習ったことと実際に見たものを摺り合わせるだけで十分だ。戦闘は50回目でやっと、チビのマグマキューブを相手させるくらいじゃねぇかな。まずはひたすら隠密の訓練させるわ。
歪んだ緑色の森の奥に、ヘイリグさんが普段狩場にしている要塞がある。そこそこ遠いけれど、望遠鏡はその距離でもちゃんと見えるらしい。
「あの、黒い動く骨が、ウィザースケルトン……!」
「攻撃を食らうと衰弱状態になるという……。今のところはポーションの素材にならないとのことですし、逃げるが勝ちですね」
「武器は剣らしいし、近づかなければってところだろうが……、要塞じゃなぁ」
「離れたところから弓矢でブレイズを誘き寄せて暗殺するのが吉とのことですから、まずは習った通りに、いつかやってやりましょう」
「そうだな」
おお、具体的な計画がさっそく出来てる。見学20回目で戦闘デビューもありえない話じゃないかもな。
「……? 溶岩の上に、何かいないか?」
「アレがストライダー? ……なんの動物なんですかね?」
「ストライダーは大人しいので、鞍を付けると乗れるんすよ。思った通りのところには行ってくれませんけど」
「意味ないじゃねぇか」
「ブタみたいに、鼻先に何か餌をぶら下げて初めて操縦出来るのかもしれませんね」
「餌知らね」
「お前が知らねぇなら誰も知らねぇぞ」
「可愛いから、いつか試してみたいですねぇ」
「「え」」
「え、ってなんだお前ら」
ドゥンさんの美的センス、ちょっと終わってね? どう考えたって雪玉ちゃんの方が可愛いだろ! って言ったら「それはそれ、これはこれなだけの話です」って窘められた。そりゃそっか。
限られた範囲ではあるけれど、2人はその中で見れるものを見て頭に刻み込んだらしい。特に、俺と似て研究肌なドゥンさんは過剰に集中していたようで、それが切れると途端に具合が悪くなってた。水分補給忘れてたな? 流石気付いたら寝不足になってる男。そんなんだといざって時に走れなくなるぞ。バケツの水は蒸発しても、蓋付きだからかポーション瓶に入った水はネザーでもそのまま存在できる。だから水でもありきたりなポーションでもいいから定期的に飲んでてもらわないと困るよ。家に返せなくなるでしょ。
体調が悪くなった人も出たことだから、帰ることにした。地上に戻ってきてから時計を見たら、出発してから40分が経ってた。長いのか短いのかは、よく分かんないな。
「うわっ、こっちすっごい涼しい!」
「クラクラする頭と身体に涼しい空気が堪らない……!」
「ネザーから戻ると、こんな感じで生を実感するんですよね。“戻って来れて良かった!”って」
未だに透明なままな彼らも「確かに」と同意してくれた。うん、村の近くまで透明なままが無難だよ。
「じゃ、気を付けて帰ってな。俺は次の為の素材集めしてくるから」
「おう。クモの目は任せろ」
「ニンジンの栽培も任せてください」
「頼みますね~」
透明化のポーションの材料は、奇妙なポーションと金のニンジンから出来る暗視のポーションに発酵したクモの目。結構素材が必要だから、俺がいなくても、ヘイリグさんがいつかいなくなってしまっても大丈夫なように地上での素材集めもちゃんとやらせてた。希望者がそこそこいるから、役割分担させてるけどさ。
魔女らしくポーションをがぶ飲みして、満足するまでモンスター屠って素材集めした。地上に戻ったら3時間経ってて、そろそろ日が傾きそうだった。冬が始まったばかりの季節。日光がなくなると日中でも肌寒く感じるようになってきた。それにどこか寂しさを覚えつつ、金のブーツを脱いでから帰路に着いた。
ネザーで溜め込んだ身体の熱を地上の風に持って行かせてたら、ネザーにいる間は俺の体の中に居た雪玉ちゃんたちもポンポン出てきた。「涼しいね~」なんて言いながら一緒に歩いてたら、1人の雪玉ちゃんが、何かを抱えて下からぬ~っと現れた。その何かは緑のガラス玉が填った金細工のペンダントで、結構前にベス村で買った贈り物だ。勝手に持ち出されたら困るなぁ。俺とインベントリ共有なんだから、そりゃ君も持てるけどさ。
「雪玉ちゃん、そのペンダントはさ、サータちゃんにあげたやつなんだ。君のじゃないの。ごめんね、返してくれる?」
俺の正面に浮かぶ彼女に手を差し伸べて、手渡すように誘導する。だけど雪玉ちゃんはペンダントを俺に返すどころか、より一層強く抱きしめてからニコッと目で笑って、ピューンと飛んでった! ちょっと! コラー!!
強化してない方だとはいえ、俊敏のポーションの効果をもってしても追いつけない速度を出す雪玉ちゃん。まだ日中だからテレポートも出来ずにひたすら走って追いかけてたら、ハナハタ村に着いてた。……追いかけっこ、楽しかったけどさ。走ったおかげで身体熱いよ、雪玉ちゃん。
「気が済んだらインベントリに仕舞っておいてよ~?」
鉄扉を開けてもらって村に入った後も、例の雪玉ちゃんはペンダントを返してくれなかった。……そういえばこの子、雪玉ちゃんたちの中でも特にこのペンダントが好きで、ずっと眺めてる子だったな。相変わらず見分けつかん。今日もずっと見てるのかな。失くしたことはないし、いいけどね。村の外で出されたから心臓に悪かったけど。
さて、自警団さんたちの指導で訓練しているだろうカヌプとパーデ、それから半人前君たちの様子でも、見てきますかぁ!