人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
ハナハタ村の人たちにはもう挨拶回りした。自警団さんたちにも挨拶済まして、訓練メニューを見直してきた。半人前君たちにはまだいいか? 一応村を出ることは伝えたけど、鍛錬でまだまだ顔を合わせるからな。あぁそうだ、そろそろベス村に行く時期だから、あの村の人たちにももう一度挨拶しとこう。本当に色々素材提供してくれたし、助かった。
そうだ、ハチちゃんたちにも忘れず、ちゃんと挨拶しとかないと。巣箱一つ一つにと、近くに来てくれた子達にでいいかな。この子達、雪玉ちゃんとめっちゃ仲良くしてくれたからね。今もなんか、俺の頭の上に1匹乗って、俺の作業見守ってるし。大して動いてないから別にいいんだけど、ちょっと重いわ。
「丸々も、2分の1も、4分の1も、みじん切りもダメ、かぁ」
寒空の下でやっていたのは、作業台に作物と金塊を並べる作業。ドゥンさんが見つけた金のニンジンみたいに、他の作物も金ピカに出来るかどうか調査してるんだ。
あれから追加で変化の発見したのはスイカ。薄切りにしたスイカ1つに対して金塊8個を作業台に置くと、きらめくスイカに出来た。……出来たとはいえ、既に畑で育ててたものでもあるんだよなぁ。確かに農地に金塊を混ぜたり骨粉を蒔く工程が省略されるから、大発見ではあるんだけどさ。
ずっと、“出来ないことを発見”してばっか。仕方ないって頭では理解してても気が滅入ってくる。別れのことを考えながらだったからかな。それともまだ寒いから? いつもは『1つ疑問が消えた!』って喜んで、気にもしてなかったのになぁ。
作業台の3×3マス目の盤上。その中央に置いていたリンゴのみじん切りを回収したところで、さっきからこっちに向かってきていた足音の主が話しかけてきた。
「精が出ているな。新しい発見はあったかい?」
「村長さん……」
「その気落ちした調子だと、望む成果は出ていないようだね」
足音の正体はハナハタ村の村長で、カヌプの父親さんのグロートさん。腕組みをしている彼は機嫌が良さそうだった。両肩に雪玉ちゃん乗せても気にしないくらいには。
「まぁ、そう簡単に新発見は出来ないとは心得ていますから。気にしてません」
「そんなに簡単なら君は世界を旅しなくていいからね。ところでそのリンゴは、この後どうなるんだい?」
「これは、後でハチミツと煮込んでジャムにします」
「それは美味しそうだ」
ハチミツが美味いから尚更ジャムが美味いのよ。お裾分けするか聞いたら、実験に使ったリンゴ1個じゃそんなに量が無いし、奥さん(メデリーさん)が作ったやつが世界一美味いからいいって断られた。スッゲー自然に惚気けられた。
「ルゥパ、卵は実験で使ったかい?」
「はい、動物を素材にしだしたところで、カヌプから提供してもらいました。殻つきでも割って中身だけでも、茹でても焼いてもダメでした。金の卵なんて見た目最高でしょうから、ちょっと残念でした」
「いくつかのパターンで実験しているんだね」
「実際、スイカは丸々では金塊と反応しませんでしたから。色々加工してます」
次からはどうしようかな。この村で食べれるものは片っ端から全部試した。次は葉っぱとか木の皮、あ、花を金塊で囲ってみるか! その前にもう一度ベス村で素材になりそうなものを集めて……。
あ、そうだ。
「ところで、御用はなんです? 養鶏もやっている村長は、お暇じゃないですよね?」
木の階段ブロックを椅子がわりに座ったまま、右隣に立つ村長さんを見上げる。腕組みを解かない村長さんはちょっとだけ困った顔になった。
「用が無ければ話しかけてはいけないのかい? 養鶏という家業も村長という役職も、絶えず忙しいということはないよ」
「それでも、あまり会話することはなかったですから、気になりもしますよ」
「そうだったかな。まぁ、用ならあるさ。……君に、礼を言うという用がね」
「礼……?」
意外そうに振舞ってみせたけど、正直心当たりはあるよな。微笑む村長は立ったまま、眼下に広がる教会の畑を見渡した。
「ルゥパ。君が来てくれたおかげで、この村はまた変わった。ハナコがミツバチを守る為に建てた鉄格子のおかげで村は強化されたが、その反面、村を守る意識は年々低くなっていた」
「そうだったんですか?」
「ゾンビがあまりでなくなったのも相まってね。そんな時期に事件と共に現れた君の、衝撃的な体験談や教えのおかげで、自警団や半人前たちの危機感ややる気は再び漲った。君からの教訓は村人の意識を変えてくれた。友であるヘイリグの目下の悩みであったポーション作りの後継者問題も解決の出口が見え、ベス村にも恩恵を与えた」
「ベス村にも?」
「聞いたよ、この村で流行っているアイアンゴーレム柄の服や装飾は、元は君がアイディアを出してくれたと。立派な恩恵だ」
ただ、なんの変哲もない悩み相談を引き受けただけなんだけどなぁ。大したこと言ってないし。それでも褒めてくれるなんて、嬉しくなっちゃう!
「何より、カヌプとパーデがこの1年で、大きく成長した。村の防衛力増強や発展のみならず、子供たちの成長にも寄与してくれた。ハナハタ村の村長として、そしてカヌプの父親として、礼を言う。君が来てくれたおかげで、またハナハタ村は豊かになった。ありがとう」
「ふふふっ、そうっすか。俺、まぁまぁいろんなこと、出来てたんすね。良かったです。どういたしまして」
最初は砂糖の為に人里に下りてきたってのに。出会いは運命を変えてくなぁ、なんて月並みなことを思ってたら、村長が浮かない表情を浮かべた。
「……君はずっと、我々に恵みと教訓しか与えてこなかった。なのに、君のことを疑っていて、すまなかったね」
「え? ふふっ、いつの話をしてるんですか。……でも、まさか魔女と見破られるとまでは思ってなかったんで、ビックリはしましたね」
「……君の事情に不躾に踏み込んで、すまなかった」
「いえ」
あの頃は俺の方から、よそ者だから怪しめって態度だったからな。踏み込まれても躱すつもりだったし。そんな風にここの人たちを舐めてたから、見破られたんだけど。でも、それで本当に良かったんだ。
「今では、そうしてくれてありがたかったと思ってますよ」
「そうなのかい?」
「ええ。おかげで、雪玉ちゃんがこうして伸び伸びと過ごすことが出来るようになりましたから」
頭の上に乗ったままのハチちゃんを両手でそっと降ろして、膝の上に乗せる。ハチちゃんの上に乗ってる雪玉ちゃんと一緒に俺を見上げてきて、もうすっごい可愛い!
「こんなふうに可愛い姿が見られるようにもなりましたし、雪玉ちゃんきっかけで皆さんとの距離も縮まりましたし! それに……、トラウマも、克服出来ましたし」
笑顔を作るのを止めたからか、ハチちゃんが俺の膝の上から飛んでっちゃった。雪玉ちゃんのことも頭に乗せたまま連れてっちゃった。いいなぁ雪玉ちゃん。ハチちゃんの上に留まって飛べるなんて、絶対楽しいだろうなぁ。あ、後で目を貸してもらお。って、そうじゃなくって。
「前の村で雪玉ちゃんの力の事がバレたのは俺の不注意による事故でした。それでも、石を投げられりゃ傷つきます。3年雪山に篭もってても傷は癒えなかったから、いざ人里に下りる時、極端にも『雪玉ちゃんの存在自体を秘密にする』っていう手段をとってしまった。それまでずっと協力して生きてきたのに、急に一緒に暮らせなくなって、想定以上に俺の精神は磨り減って行きました」
「あの頃の君は、確かに危うかったね」
「やっぱり、そうでした? なので、見破ってくれて、雪玉ちゃんが出ていける機会をくれたのは、本当に助かりました。俺のこと、ちゃんと疑ってくれてありがとうございました!」
「……これまでも、これからもされそうにない礼だね。不思議な感覚だよ」
「俺もです!」
変な会話に、2人して肩を震わせて笑っちゃった。でも、無理やり打ち明けさせられたから、俺は今、こうして尊重に愚痴れるんだ。やっぱ協力者は作っておいて損は無いな!
……土も、金塊で包んだら何か効果出るもの出来るかな。
「まー、この話はおしまいにするとして。まだまだ教えを乞う側の人間ではあるんですけど、その中で俺が持ってる知識や経験を受け継がせられたのは、これからにとってすごくいい経験値になったと思います」
「その経験値を、この場所で更に積むつもりは?」
「ベス村の人たちからも救世主になる男として期待されてるんで、行かなきゃ気まずいんすよね」
「泣き落としもムダ、ということかぁ」
「それはお宅の息子さんに散々されて、それでも跳ね除けた人げ……奴っすよ、俺は」
「惑わされない精神力の持ち主ってことだね、君という人間は」
「……お褒めの言葉、ありがとうございます」
お気遣いもね。
土は金の土にはならなかった。次は……あ、骨行ってみるか! その次は骨粉にして~っと。
「旅立つのは、雪解けを待ってからだったね」
「はい。丁度その頃だったと思うので。俺がこの村に来たのは」
「それも、そうだね。ちゃんと挨拶するんだよ」
「勿論。村長が来るまで、誰にやるか、済ませたか考えてたくらいなんすから」
「素晴らしい」
2人でご機嫌にクスクス笑ってたら、遠くからカヌプの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。あぁ、もう半人前君たちの鍛錬の時間か。
「俺、そろそろ行きますね」
「ああ。息子を、頼みます」
「残り1ヶ月、しっかり鍛えさせていただきます」
この村が、ヘムスタッド村と同じ末路を辿らないように。あー! 指導に力が入りますわー!
吹く風が暖かくなり、村に植わる花々が色とりどりに咲き誇る頃。俺は染色し直した白コートを着て、鉄格子の外に居た。
別れの時が、来た。
「ねールゥパお兄ちゃーん、雪玉ちゃん1匹ちょうだーい!」
「「ちょうだーい!」」
「この子らは俺の家族だからダメー!」
おいおい、半人前にもなってない少年少女! しんみりした空気を壊すんじゃないよ! でも雪玉ちゃんたちと仲良くしてくれてて、ありがとうね!
俺の新たな旅立ちを見送りに来てくれたのは、ハナハタ村の皆さんと、ハチちゃんたちと、ベス村からもグロウベリー農家のレイグニンさんや菓子職人のスニウさん、相談に乗った服屋のポーネさんといった仲良くなった方々。ベス村の方々は片道2日かかるのにわざわざ駆けつけてくれたの、本当にありがたい。離れがたくなるよ、どうあがいても旅立つけど。救世主になれっていう、彼らの期待に応える為にもね!
「頑張れよ!」
「お前のこと、絶対に忘れねぇからな!」
「旅の成果を自慢しに来い!」
「またウチにおいでね!」
「てかたまにはこの村に里帰りしなさい! 待ってるからね!」
「ベス村にも遊びにおいでよ!」
皆さんが熱くて力強くて優しい応援の言葉をかけてくれる中、数人が集団の前に出た。カヌプとパーデ、スタークさん、ドゥンさんに、ヘイリグさんだった。まず口を開いたのはスタークさんだ。
「ルゥパ。お前には最初から最後まで、世話になったな。感謝している。……お前の思いは、願いは、俺たちが引き継ぐ。ハナハタ村のことは心配すんな。俺たちが守っていく」
「うん。スタークさんも皆、間違いなく強くなった。頼りにしてるから」
「任せとけ」
次に口を開いたのはニッコニコのドゥンさんだ。
「お互い、研究を頑張りましょうね!」
「寝不足にならないでくださいよ?」
「ちょっと、いつまで引きずるんですその話題! ……いつかは、私もルゥパさんと同じ研究をしたいと思ってます。だから、一度くらいは帰ってきて、色々教えてくださいね?」
「はははっ、そう言われちゃあ、帰ってこないわけにはいかないっすね!」
そういや、さっき『満月の夜に、集合場所は最初の魔女との密会所でどうです?』とか言ってたな。こういうことか。
笑ってたら、ヘイリグさんが半歩前に出た。
「私は、君のことを何1つ心配してはいませんが、君の心が折れても大丈夫なよう、祈っています。君の旅に、人生に、幸多からんことを」
「! ……旅が長くなると、そういう日が訪れるかもしれませんね。そのときは、ヘイリグさんの祈りを思い出して、こらえます。祝福をありがとうございます!」
礼をすれば、ヘイリグさんは満足そうにまた半歩下がった。
最後に飛び出たのは、カヌプとパーデだ。
「師匠! 俺、今よりずっと強くなるからな!」
「ボクも、守れる人になるからね!」
「おう! 遠くに行っても俺はお前らを応援してるぞ!」
「だ、だからな!」
「ん?」
そこで宣言が終わるかと思ったけど、まだ言葉は続くらしい。少しだけ焦った様子のカヌプは、一度口を閉じると、唇を舐めて湿らせてから、俺を熱い目で見つめてきた。
「俺! 1人前になったら1回は絶対旅に出る! それで、どこかで会ったら、手合わせしてくれ!」
「!」
「ボクも!」
「俺ら、師匠くらい強くなってやるから!」
「だから、その時はお願いします!」
「お願いします!!」
初めて聞いた、2人の将来目標と願い。力強い宣言に、いつかこの子らに言った『2度と合わない。ここに来ない』という決意が、グラグラと揺らいだ。さっきのドゥンさんのでも揺らいでたけど、更に。
こんなお願いをされるほど、頭を深く下げられるほど、俺は。
下げ続ける2人の肩に手を置いて、頭を上げさせた。この子らはハナハタ村で会おうとしているわけじゃない。なら、警戒することはないんじゃないか?
「いいぜ。会いに来いよ。そんでその後、ハナハタ村に連れて帰ってくれよ。待ってるぜ」
ここまで言われるとは思ってなかったんだろう。見開かれた2対の目は、衝撃が去った後で、再び熱意を灯した。
「「はい!」」
力強い返事は、澄んだ青空に響き渡った。
「あ、忘れるトコだった。あっぶね~」
「えっ、今なんかいいところだったのに」
「そう言うなって。はい、コレあげる」
「? 何? 本?」
カッコいい場面を台無しにしてまで俺が渡したのは、ハナハタ村に来た初期の頃から書き留めてきた色んな事。鍛練のやり方とか、心得とか、ポーションのレシピとか、モンスターの特徴、倒し方とか、気配の消し方とか、武器の取り扱いとか、洞窟の探索の仕方とか。とりとめもないから読みにくいだろうけど、頑張って解読してな!
数ページをパラパラ捲って中身を読んだカヌプは段々目を見開いて、それから俺をバッと見上げた。
「い、いいの!?」
「お前の為に書いたんだよ。他の子達にも見せていいからな」
「うん! ありがとう、ルゥパ兄ちゃん!」
カヌプのお天道様にも負けない輝く笑顔を見て、自分がやってきた事は間違ってないと確信した。ああ、嬉しい。大変だったけど、やって良かった。
最後に、俺を見送ってくれる人々を見渡して、笑顔になってた口を開けた。
「それでは皆さん、また逢う日まで! お元気で!」
ありがとうな、カヌプ、パーデ。お前らのおかげで、最後は嘘つきにならずに済んだよ。
「じゃあそろそろ、俺行きます!」
「オイちょっと待て師匠! 何ポーション持ってんだ!?」
「それ、俊敏のポーション、しかもスプラッシュじゃない?!」
「さよならー!」
別れを告げながら、スプラッシュの俊敏ポを地面に投げつけ、中身をしっかり浴びたら走り出す! グロウストーンダストで強化したから、誰も俺の足の速さに追いつけないぜ!
「またいつかー!」
「あっという間に行くんじゃねー!!!」
カヌプの叫びの後で、割れるような大きさの笑い声が響いた。最後の最後までポーションを使うなんて、俺らしいでしょ?
いつか戻ってきても、俺が魔女だと分かっても、変わらず迎え入れてくれよな。