人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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58 希望が見いだせた!

 俺の治癒のポーションで喉と体調を改善したカボチャ頭だったさんは、たくましい身なりに反して高めの声で『ヨシト』と名乗った。と、同時に質問攻めにしてきた。

 

 なぜシターシュさんを連れ去ったのか。ゾンビを殺したポーションはなんだったのか。そのポーションはシターシュさんに悪影響は無いのか。そもそも俺はあそこで何をしていたのか。ここにいる目的はなんなのか。ポーションを大量に所持しているのは何故か。こんな感じで、まー根掘り葉掘り。

 別に聞かれて困ることは質問されなかったから答えられたけど、見た目に比べて高いとは言えドスを効かせた声で問い詰められたから、今度はこっちの喉の調子が悪くなったよね。

 

「ゾンビから人間に戻す方法、なぁ」

 

 ポトフどころか焼き兎肉までペロリと平らげたちゃっかり者のヨシトさんが、木の階段ブロックにふんぞり返りながら言った。シターシュさんのこと『お嬢』とか言ってたから従者みたいな感じの人だと思ってたのに、案外普通だぞこの人。

 しっかりおかわりまでしたシターシュさんが足を組み替え、ヨシトさんの方を向いた。

 

「お前は何かと物知りだからな。何か知ってるんじゃないか?」

「いや~、ポーションに興味はなかったからなぁ。……その方法がある、という話は聞いたことが「なんだって!!??」うおっ!?」

 

 聞き捨てならない発言に思わず前のめりになってヨシトさんに迫ったら、左手で制された。反射神経良いな。「すみませんでした」と謝りつつ、ブロックに座り直し、ヨシトさんの戸惑う赤い瞳を見つめた。期待を込めすぎたか、ヨシトさんは気まずそうに肩を竦めた。

 

「それで、その方法とは!?」

「その、……スマン。方法がある、という話を聞いたことがあるだけで、詳しい内容は知らないんだ」

「どこで聞きました?」

「っえ? あー、お嬢と会う前の旅の途中で……。かなり昔だったから、覚えてはいないんだ」

「それは人から聞いたことですか? それとも本で読んだことですか!?」

「ちょ、ちょっと」

「それとも、現場を実際に見た!?」

「ちょっと待ってくれ!」

「ぶべっ」

 

 あっ、興奮しすぎてまたヨシトさんに迫ってた。ついに顔を押されたわ。我に返って謝ったけど、ヨシトさんは「こちらこそ、申し訳ない」だなんて言った。

 

「……聞いたのは、人からだ。だが、通りすがりの雑談だったし、必要なものも、手順もかかる時間も分からない。戻った人間が元の人格であるかどうかも、分からない。……俺から言えるのは、ゾンビから人間に戻す方法がある“らしい”という、不確定で無責任な情報だ」

 

 言い切ると、ヨシトさんは俺から目を逸らして唇を軽く噛んだ。これ以上のことは言えない、知らないっていう合図なんだろうな。

 黙って階段ブロックに腰掛けた途端、俺は口がニンマリと弧を描くのを止められなくなった。

 

「る、ルゥパさん?」

「ふふふ……! すみません、()()()()!」

「う、うれしい?」

 

 うん、変だって分かってる。シターシュさんもヨシトさんも困った顔になってる。確かに、まともな情報とは言えなかったもんな。普通なら気落ちするところで笑うなんて、おかしいよな。でも、俺は今までずっと、普通じゃなかったから!

 

「この旅の中で、初めてだったんです! “知っている”と返してもらえたのは! 手がかりがあってもなくてもいいんです。俺と同じ目標を持ってる人が居るって事実が、本当に、嬉しい!」

 

 今までずっと、『知らない』『聞いたことない』『考えた事もない』ってしか言われてこなかった。だから、だから! 方法を見つけてくれた人がいるのは、仲間を見つけたみたいで、すごく嬉しい!

 それにだ。『らしい』にしても、誰かがゾンビから人間に戻す検証をしたのは事実だろう? 話に上がるくらいだ。もしかしたら、もう方法は確立してるのかもしれない。どこかでは実用化されてるのかもしれない。それならすごく嬉しい! もう、救われてる人々が居るってことになるから! それなら、教わりに行こう! どこで聞いたか覚えてないらしいから、自分で実験しつつ、またすぐに旅に出よう!

 変な目で見られる奇妙なことだって分かってても、手で口を押さえても、込み上げてくる笑いは止められなかった。

 

「ありがとうございます、ヨシトさん。この旅に希望が持てました!」

「お役に立てたようなら、良かったよ」

 

 祈るように礼を言うっていう大袈裟な事をしたのに、ヨシトさんは引かずに受け止めてくれた。ありがてぇ、2つの意味で。

 

 

 

 出会った時点で夜遅かったから、ひとまず一夜はウチで過ごしてもらった。ベッドに入ったらすぐに瞼が重たくなって、魔女になって久しく感じてなかった強い睡魔に身を委ねた。そんなに疲れてなかったと思うんだけどなぁ……。

 

 寝て目が覚めたら、雨は止んでた。雨雲を連れてきた強い風は、俺たちが寝てる間に連れ去ったんだな。にしても、寝た感じがしない。数秒で起きたような感じがする。……俺が睡眠のいらない魔女だから? いや、う~ん?

 カットした焼き兎肉とニンジンの葉っぱのバター炒めをパンで挟んだサンドイッチを朝食として平らげた後は、国を作る為に土地探しをするシターシュさんとヨシトさんについていくことにした。昨日掘った金とか鉄とかの原石は雪玉ちゃんに頼んでいくつものかまどで製錬してもらうから、俺自身が拠点にいる必要は無い。だから暇つぶしを兼ねて護衛の一人として名乗りを上げた。

 この土地に上陸した時に見つけた草地まで先頭に立って案内しつつ、話題の為に少し踏み込んだ質問をした。

 

「昨日、シターシュさんが国を作る為に土地を探してるって話してくれましたけど、2人だけで下見に出るなんて、勇気ありますね」

 

 続けて「もしかして、手分けしてるんですか?」って言ったけど、返ってきたのは痛い沈黙だった。

 

「え?」

 

 思わず振り返って彼らの顔を見たら、ヨシトさんは悔しさを堪えきれてない苦々しい表情だったし、シターシュさんは怒りと悲しみを抱えた笑みを浮かべていた。

 

「シターシュ、さん……?」

「“だけ”、じゃない。もう、2人“しか”、いないんだ」

「!!!」

 

 今の一言で、察した。俺もそうだから。

 前を向き直して、再び歩き出す。不自然に乱れた足取りを必死に取り繕った。

 

「そう、でしたか……。すみません、配慮の無い発言をしてしまって」

「構わんさ。あなたは知らなかった、そして知りたがっただけ。それに、昨日の話ではあなたもまた滅びた村の生き残り。それもたった1人なのだろう? 我々の方がまだマシさ」

「生き残りが1人でも多いことに越したことはありませんが……。俺には雪玉ちゃんたちがいますし、そこそこ時間も経って気持ちの整理もついてます。だから、俺よりマシとは一概に言い難いですし、悲しみを他者のものと比べないでください。あなたの悲しみは、あなたのものだから」

「ふふふ、ありがとう」

 

 失言の印象を払拭しようとペラペラ語ったけど、なんとかシターシュさんの気持ちを晴らせられたらしい。大雨から曇りになっただけかもしれないけど。

 でも、そっか。この人たちの村も、滅びたのか……。そして今度は、そうならない村を、国を作ってやろうと、心を燃やしているのか。なんて立派な生きる理由だろう。俺も協力しちゃお!

 

「この先にある草地にはそこそこ色とりどりの花が自生していて、ヒツジ・ロバ・ウサギといった動物たちも見られました。林の中にはブタ・ニワトリ・ウシもいたので、畜産を行うならそちらから連れてきた方がいいですね。そうそう、ミツバチも飛んでたので、養蜂も適してます」

「ふふ、随分とおすすめの土地のようだな」

「はい! 個人的にはすごくオススメです! 若干の勾配はありますが整地すれば気になりません。それに開けてますから、モンスターへの警戒も行いやすいはずです。メチャクチャ広いですし、まだ手付かずっぽいんで、鉱石なんかもたんまりありました。あ、そうだ! 防衛面の強化なら、参考になる村がありますよ! 花とミツバチが好きな旅人が執念で鉄格子を敷地の周りに張り巡らせた上に、松明も大量に等間隔に並べて、モンスターが闇夜に紛れて襲撃してくるのを防いでるんです!」

 

 参考にして欲しくて、俺がハナハタ村で感心したことを惜しみなく伝えた。一気に話し過ぎたから、あとで紙にまとめようかな。そんな風に考え事をしていたから、俺の後から歩いてくる彼らの空気が再び硬くなった。またかよ!?

 次に振り返る時には、もうすぐそこに草地があった。戸惑い、足をついに止めてしまった俺を置いて、2人は林から草地へと足を踏み入れた。木の葉で遮られなくなった陽の光の元に晒されたシターシュさんは後ろ姿でも美しく輝いていた。なんて堂々としているんだろう。この人の言うことなら全てが正しいと、思わず力の限り従ってしまいたくなる。そんな彼女は草地を見渡して腰に手を当てた。

 

「確かに、モンスターへの対策は早急に行こなわねばならない。ルゥパさんの好意に甘えて、ご教示願おう」

「その為にも、まず拠点になる家と畑を作らないとな」

「幸い、この草地はルゥパさんがオススメしてくれただけあって、広い国を作るのに適していそうだ。そうと決まれば、ヨシト、家づくりは任せたぞ」

「仰せのままに」

 

 シターシュさんに命じられたヨシトさんは素早く翻ると、オークの木をダイヤの斧でポコポコして回収した。こっわ。木1本に3秒かからず切り尽くすとか、どんな力してんの。その斧に込められた職人魂エグっ。

 ヨシトさんの迷いの無い動きに気を取られてる間にも、シターシュさんは草地をズンズン進んで行ってた。仮拠点の土地決めかな。ヨシトさんが畑も作らないとって言ってたから、モンスターや動物からの被害を防ぐ為にも林からは離れたところがいいもんな。こないだウサギにニンジン畑荒らされてた時はびっくりした。小屋から出られてたのもびっくりだし。結局あの異空間からは出られないから、ちょっとくらい荒らされてもいいけどね。

 多少歩き、比較的平坦な草地に着くと、シターシュさんは満足そうに頷いてから鉄のシャベルをインベントリから取り出した。クリーパーとかエンダーマンなんかのモンスターを護衛らしく警戒しつつ、俺は石のクワを持った。手伝うお礼は、事情の説明だ。

 

「……また、踏み込んだ質問をさせてもらいますね?」

「フフ、やはり気になるか」

「あからさまな空気が出てましたから。聞かない方が失礼かと」

「フハハ! それもそうかもな!」

 

 竹を割ったように腹から笑ったシターシュさんは勢いよく、慣れた調子でシャベルで地面の土を掘り、バケツの水をそこに注いだ。水バケツが2つあったから、無限水源が出来上がってた。

 

「……シターシュさんの村が滅びた理由は、なんだったんですか?」

 

 ゾンビとかのモンスターによる襲撃じゃないなら、大雨による洪水・水没? 山を削りすぎてマグマ流出引き起こして飲み込まれた? それとも生育不良による飢餓? 頭に次々と過ぎる可能性はしかし、どれもしっくりこなかった。

 シターシュさんは鉄のクワをインベントリから取り出してから、口を開いた。

 

「私の村が滅びたのは、略奪者……おかしな力を手に入れたならず者たちによる、我々への復讐のせいだ」

「……まさか、それは、……にん、げん?」

「その通りだ」

 

 シターシュさんの告白で漸く行き着いた可能性。あって欲しくない可能性をすんなり真実と認められて、全身から血の気が引いた。手から滑り落ちたクワは雪玉ちゃんが受け止めてくれた。

 そんな、馬鹿な……! ただでさえ魑魅魍魎が跋扈するこの世で、人が人の村を滅ぼすなんて!

 土を耕す作業に取り掛かったシターシュさんは口を閉じない。

 

「略奪者どもは、かつて私の村で共に暮らしていた村人たちだ」

「え?」

「そして、奴らは罪を犯し、村を追放された者でもある。ある者は何度も盗みをはたらき、ある者は手酷い裏切りを行い、ある者は人を殺めた。ゆえに、村に籍を置くことを許されず、追放されていった」

「……その、ならず者の集まりが、シターシュさんの村を、襲った、と……」

 

 聞いた限りの印象だと、結構悪いことをしでかしたならず者っぽいな。……そこまで行動力のあるならず者なら、結託出来ちゃったら、そりゃ復讐に来るわな。多分、『1人だけで放り出されたら直ぐにモンスターに襲われて死ぬ』って追放した側は考えたんだろうけど……。目論見外れて生き残られ続けて、ついにその時が来てしまったと。……俺はなんて、穏やかな世界にいたんだろうか。大して悪い人に遭遇することも無かった奇跡に感謝した。

 そこまで考えて、ふと気付く。どうしてシターシュさんとヨシトさんは、こんなに落ち着いているんだろう。相手は執念深い罪人たちだろ?

 

「その、おかしな力を持ったという略奪者たちは、どうしたんです? 復讐の対象であるあなた方のことを追いかけてきていないんですか? ……復讐なら、見逃される気がしないのですが」

「あぁ、それならきっと心配無用だろう。……見逃さなかったのは、ヨシトの方だからな」

「え?」

 

 想定していなかった返しに目を丸くしたら、シターシュさんは耕す手を止めてしまった。

 

「……略奪者による襲撃が起こったとき、真っ先に動き、誰よりも剣を振るったのは、ヨシトだった。奴の太刀筋は見事の一言で、型らしい型など無いのに、それ故にか略奪者たちを確実に切り伏せていった。……しかし、ヨシトもまた、人間だ。振るう腕は2本しか無く、範囲も決して広くは無かった」

「……」

「血で血を洗う争いとはこのことかと、鮮血に染まってしまった土地やそこに転がる死体を見て実感したよ。そしてやがて、生きているのは私とヨシトだけになってしまった」

 

 シターシュさんはクワから離した右の手のひらを見て、強く目を瞑った。その手に、何を見たのか。

 

「共に戦った者たちは斬り合い、撃ち合いの末に地に伏せ、頑丈な建物へ避難したものは巨大な獣のモンスターに建物ごと潰され、地下に避難したものは人形に小鳥の羽が生えたようなモンスターにいたぶられて息絶えた」

 

 なんて、悲惨だろうか。巨大な獣のモンスター? 小鳥の羽がついた人形のモンスター? どちらも、見たことも聞いたこともない。改めて、自分は幸運だったと自覚する。

 

「全てが終わった後で、ヨシトは泣いていた。守れなかったと後悔して。……自分が来たのは襲撃のせいぜい2か月前だったというのに。随分と村にも愛着を持ってくれていたのだと感心さえしてしまったよ」

「……シターシュさんは、泣かなかったんです?」

「私か? 無論、泣いたさ。肉親も兄弟姉妹も友も、一夜にして亡くしてしまったのだから。亡骸を焼いて埋葬して、それから反省した」

「反省?」

 

 ヨシトさんみたいに守れなかったことに対する、後悔ではなくて?

 背筋をピンと立たせ凛としたシターシュさんは、力強い目で俺を見た。

 

「略奪者が生まれ、村が襲撃された原因は、我々の村が罪人を適切に処罰せずに捨て置いたからだ。故に生き残った者どもは、憎しみを増幅させ、力を蓄え、殺戮という更なる罪を重ねた。私は、二度とこのようなことがあってはならないと考えている」

 

 冷静に物事を分析して、目標を立てている。なるほど、これは反省だ。

 

「では、どうすればいいのでしょう」

「その答えもヨシトが教えてくれた。簡単だ。人間が人間を、()()()()に裁くことを止めればいいのだ」

「……つまり?」

「つまり、規律とでも言うのだろうか。ヨシトは、法律を作り、それに則って人を裁けば良いと教えてくれた」

 

 また聴き馴染みの無い言葉が出てきたな。

 

「ホウリツ?」

「簡単に言えば、『盗むな・騙すな・殺すな。破れば処罰する』ってことだな。罪の程度によっては死をもって償ってもらうが、決して見放さない。そういう事らしい」

「少なくとも、無闇に村から追放しないって事ですか」

「ああ」

 

 それなら確かに、次の略奪者が生まれるきっかけがなくなるな。あぁ、いいのかもしれない!

 

「そして、法律があるということが、“国”である条件の一つであるらしい」

「……なるほど」

 

 そこに、繋がってくるのか。

 シターシュさんがさっきまで見つめていた手で拳を握った。

 

「だから、私は国を創る。悲しき歴史を止める為に。二度と、ヨシトが心を痛めて泣かない為に。……少しの間でいい。ルゥパさん、力を貸してくれ」

 

 決意に燃える赤い瞳の、なんて美しいことか。

 

「勿論。俺の持てる全ての知識を、捧げさせてください」

 

 仰々しく言いすぎだったか、シターシュさんは擽ったそうに笑って、「まるで第二のヨシトのようだ」と評した。あ、やっぱそう? あの人も誑かされてたな。

 

 そんなやりとりを終えたあと直ぐに、木材を集め終わったらしいヨシトさんがこっちに来た。で、家を建てる場所の整地を言われて手伝ってたら、ヨシトさんに詰められた。

 

「いくら恩人だろうと、お前にお嬢は渡さない」

 

 昨日斬りかかってきた時よりも、強く暗い怒りの込もった赤い瞳で強烈に睨まれた。しぬかとおもった。

 

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