人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
左手に新調した地図を携え、鬱蒼とした暗い森の中を進んでいく。分厚い木の葉が天井を作り、それがお天道様の光を遮るせいで、日中なのに松明が無いと先が見通せないほど暗かった。暗視のポーションは、別に使わなくていいかな。
よく見ればオークにシラカバに、ダークオークと木の種類は3種類くらい入り混じっていて、不思議なことにバラとかライラックとか、まばらだけど可憐に花も咲いていた。おまけに見たことないくらい巨大なキノコまであった。茶色と赤色の両方があったからどっちも傘から根元まで刈り取ってみたけれど、切ったところから砕けて、その色のキノコがポロポロ出てきて期待外れだった。これは、噂に聞く“シルクタッチ”の職人魂が込められたツールが欲しくなってくるな。どこかの村でエメラルド積まなきゃ。
暗視のポーションを1度思う程暗い、ということは、モンスターが出てきやすいってこと。日中にも関わらず、ゾンビもスケルトンも木陰で生き残ってやがった。まぁクモが1番見かけるから助かるっちゃ助かる。見かけしだい狩って、クモの目が大量に手に入ってホクホクですわ。砂糖も安定供給出来てるし、巨大キノコから茶色のキノコも回収出来て、発酵したクモの目がこの森で大量生産出来るわ。透明化のポーションが作り放題! だからもっとクモの目が欲しいから、やっぱり暗視のポーション飲んどこ!
他に見たことない植物だったり鉱石が無いか、雪玉ちゃんの目を借りつつ進む。俺にかかったバフ効果は雪玉ちゃんには影響を与えないらしく、いつもより暗い。けど機動力がいいから特に問題は無かった。飛べるって、浮かべるっていいなぁ。
何回やったか分からない羨望を重ねてたら、ある雪玉ちゃんから強い念を受け取った。何か発見したんだ。直ぐにそちらに合わせて目を借りたら、見えたものに驚きすぎて思わず両目をがん開いた。
「え、えぇ? でかくね……?」
念を送ってきた雪玉ちゃんが発見したのは、暗い見た目の大きな建物だった。丸石とダークオークの板材から出来ている余計な装飾の無いそれは、ハナハタ村で見たホテルよりも大きいかもしれない。雪玉ちゃんの目越しに圧倒されちゃった。
どんな人が住んでるんだろ。ハナコさんとかヨシトさんみたいな建築好きな人? そうじゃなかったら複数人で協力して建てただろうから、集団生活をしている方々がいらっしゃるはず。あれだけ大きいんだ、1家族だけじゃないだろう。建物型の村みたいな感じにしているのかもしれない。ってことは、室内畑があるってこと? なにそれ見たい!
俺は旅人。飛び込み調査してけー! 旅の目的を言えば質問攻めみたいになっても許されるだろ!
建物自体が村みたいなものだと仮定すると、恐らく周辺には警備隊がいるだろう。人気はなくても望遠鏡で見張っている可能性は大いにある。なんせ森の葉っぱの下にはモンスターがウヨウヨいるから。そこから弓矢で狙うことだってあるだろう。だから不用意にテレポートするのは止めて、地道に歩いて向かった。
歩いてっつっても、わざわざ密度の濃い木の間を縫って進むなんて非効率的な事はしない。木の上に登って、葉っぱの上を歩いて目指していく。幸い建物は木の高さよりもずっと高くて、真っ直ぐ向かっても不自然じゃないはずだ。
近づけば近づく程、建物の大きさをまざまざと見せつけられて畏怖の念を抱かされる。ガラス窓からランタンの灯りが見えているから、きっと人は居るだろう。……さっきは威勢良く飛び出せたけど、なんか不安になってきたな。こんな辺鄙なところにわざわざ巨大な屋敷立ててるってことは、よそ者嫌いなんじゃない? また石投げられたりしない? ふ、震えてきやがった……!
建物近くは木が伐採されてスッキリしていた。着地地点にスライムブロックを設置してから跳ねて降りて、入口を探して辺りを見渡し歩く。下から見て改めて思うけど、本当に大きい屋敷だ。ガラス窓の位置的に3階建てなんだろうけど、見上げる首が痛くなるほどデカい建物だから、中の天井もさぞかし高いんだろうな。
「あ、ダメだよ雪玉ちゃん! 人様のおウチに勝手に入っちゃ! ちゃんと入口からお邪魔させてもらうよ!」
無邪気な雪玉ちゃんがスイーッとごく自然に壁をすり抜けて侵入しようとしてたから、キチンと注意する。……やるなら透明になってから。そして俺に情報送らないで。ボロを出したら大変なことになるから。いやそもそも失礼だから止めてほしいけど。右肩に乗った雪玉ちゃんを残して皆俺の中に戻ったところで、探索を再開した。
デカい上に、使用している木材がダークオークなせいか全体的に重たい雰囲気。コレ夜に見たらもっと威圧感ハンパないんじゃないの? いや、この暗い森に調和してるとは思うけど。
「入口は反対側かな」
入れそうなところを探して回って、3階があるのは1部分で大抵が2階までしか無いんだなと気付いた頃に、窓ガラスの代わりにダークオークの板材で花柄の装飾が施されたのっぺり壁の1階部分に変化を見つけた。下から丸石の階段、松明、ガラス窓に軒が左右対称に設置されていて、玄関からすぐに板材の上に赤と白のカーペットが敷かれ、丸石の階段が正面に続いていた。と、扉らしい扉が無い、オープンな屋敷だ。えぇ……? すぐそこにモンスターいるんですけど……? 何か秘訣でもあるんだろうか。それも知りたいな。
「何者だ」
「! あ、あの、突然の訪問、申し訳ございません。私、旅人のルゥパと申します」
アホみたいに口を開けたまま呆けてたら、その正面の階段から男性が現れた。当然だけど警戒度バリバリ高かったから、ひとまず自己紹介しとこう。
「ポーションの素材を集めながらこの暗い森の中を進んでいたら、偶然このお屋敷をお見かけしまして。人里から離れ、わざわざアンデッドが生き残るような深い森の中に拠点を設けるのは何故か、話を伺えたらと思い伺わせていただきました」
「……そんなの聞いて、どうすんだ」
「どうするかは聞いてから決めます。何かを研究なさっているのなら、公に出来る事だけご教授いただけたらと」
取り付く島も無い対応をされるかと覚悟してたけど、案外受け入れてくれてる。これは、行けるのでは?
静かなところに突然俺という騒音がやってきたからか、聞きつけた他の方々もなんだなんだとコチラを覗き込んできた。……俺よりも俺の肩に乗ってる雪玉ちゃんの方に視線が集まってるのは、気のせいじゃなさそう。やっぱ雪玉ちゃん可愛いっすよね! 掴みは良さそう。石は投げられないな!
まあまあ注目され始めた中、最初に対応してくれた男性は腕組みをして俺を見下ろしてきた。簡単に武器が構えられない格好だから、そうだよな? よく見れば色白な彼が不遜な態度で口を開いた。
「お前は、話を聞く見返りに何を差し出せる」
キタ! 交渉に持ち込めたら、こっちのものだな!
「俺はポーション研究家でもあるので、取り扱っているポーションからお好きなものを最大5つずつほど、ご提供できます」
「ふぅん……」
話をするだけで高級品がいくつも手に入る。仮に彼らの技術が高くて作れるんだとしても、何の苦労もせずにもらえるなら貰っときたいだろう。勿論、品質が良い事が前提だけどさ。俺のは独学じゃなくてキチンと本物から教わった聖職者お墨付きのポーション。モノは悪くないっすよ。咄嗟に言ったからとんでもなく破格の条件になってやがる。
何かと報酬を天秤にかけていた男性だったが、やがて深緑色の目を細めた。
「……そこで待っていろ。俺だけで勝手に判断してはいけないからな」
「構いません。入ってもらいなさい」
「! フェイツ様!」
確認に動いた男性を引き止めたのは、黒い生地に金のラインが映えるローブを着けた若い男性だった。彼もまた色白で、深緑色の瞳だった。ここにはそういう一族が集まって暮らしてるらしいな。てか、ハナハタ村の村長くらいの男性より上の立場らしいこの若い男性は、一体どういう立ち位置?
ゆっくり階段を下りてきた彼の表情は余裕たっぷりで、綺麗な笑顔だった。だからか、油断ならない気配を察知した。
「ありがとうございます。私は」
「よく通る声でしたので聞こえていましたよ。ルゥパ、さんでしたね。私はフェイツ。ここで神官を務めさせていただいております」
「神官……」
俺の知ってる聖職者よりもずっとお若い人だ。スタークさんとかドゥンさんくらい若いんじゃないか? 信仰に年齢は関係ないし、いいんだけど。
「最初にあなたとやり取りをしていた彼は警備のアックス。失礼はありませんでしたか?」
「いえ、こんな不審者にとても丁寧に対応していただきました」
「そうでしたか。ではルゥパさん、どうぞ上がってください」
「あ、ありがとうございます」
早速教えてくれるんだ。話を聞くだけだし、さっさと済ませる方がお互い楽だよな~。俺から見て右の廊下を歩きだしたフェイツさんに誘われるままついて行った。長くても3時間くらいっしょ。……うっわ、3時間話すの? 酷な事この人に押し付けたな俺。急に申し訳なくなって「私が言うのもアレですが、よく受けてくださいましたね。めんどくさい注文でスミマセン」って謝ったら、苦笑しながら「それはまぁ、そうですけどね」って返された。やっぱそうだよね。
反省している俺の前で短く息を吐いたフェイツさんが「ですが」と続けた。
「少し考えればこちらがとても得をする取引でしたから。あなたに我々一族の昔話をするだけで、作るのが命懸けなポーションを好きな種類、最大5つずつご提供頂けるのでしょう?」
「ははっ、そうですね! なので、昼間でもアンデッドが生き残るような暗い森の中で生き残れる秘訣もお教え願えたらとも、思います」
「えぇ、喜んで。別に秘密ではありませんから。……作れるかどうかは、別として」
「すごく気になります」
この人たちにはこの人たちなりの防衛手段があるってことか。気になるじゃん。
通された部屋は天井まで届きそうなくらいの本棚がいくつもある、図書館だった。部屋の中央を陣する広いテーブルの上には植木鉢とそれに植えられた花があって、和やかな気持ちになる。本棚が無い壁部分に黒板が設置されていたから、ここで勉強したりするんだろうか。つまりここは学校も兼ねている? 村だぁ。縦にも敷地がある村だここぉ。
オークのフェンスで上から吊り下がっているかのような装飾が施されたベンチに腰掛けると、テーブルの向こう側に立つフェイツさんが咳払いした。
「私たち一族の事をお話する前に、ルゥパさん自身の事を少しお伺いしても?」
「あ、はい。簡単に言えばー、生まれ育った村が雷纏ったクリーパーとゾンビの襲撃で滅ぼされたので、育ての親の神父さんの遺言で“ゾンビから人間に戻す方法”を探して旅をしている。って感じですかね」
「な、なるほど。過酷な半生を送っていたのですね。ということは、我々の歴史を聞きたいというのはその目的を果たす為のヒントがあるかもしれないと考えてのことですか?」
「はい」
1を言ったら10分かってくれそうなくらいの理解の速さ。話してて楽だわ。気ままな冒険者ならわざわざこんなところに来ないだろうから、そこから計算してくれたんだろうな。
「今のところ、『その方法があると聞いたことがある』という証言しか得られていません。なので、ゾンビから人間に戻す方法についても何か知っていたら、お教えいただけると幸いなのですが……」
「あぁ、残念です。その点について協力できる事は、何も……」
「そうですか……」
繰り返しになるけど、ここは木の葉が日光を遮るほど木々の密度の濃い、暗い森。沸いたゾンビやスケルトンが生き残る最悪の立地にわざわざ拠点を設け、しかも入口には扉を設置すらしていない。絶対何か秘密があると思ったのに。……協力出来ないだけで、知ってはいるのかもしれないな。いや、早合点するのは失礼だ。戻す方法じゃなく、ゾンビにならない為の方法なら知っているのかもしれないし。
「それではそろそろ、歴史の授業を始めましょうか」
「よろしくお願いします」
それを判断する為にもまずは、この色白一族さんの歴史を聞いていこう。