人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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64 け、経験値トラップタワー?

 木々が深く生い茂る暗い森を抜けたら、開けた平原の先に、奇妙な塔が見えた。

 下の方は不安になる程細くて、見上げる首が痛くなる程の上になると急に範囲が大きくなる、変な形の塔だ。雲を突き抜けるほど高い塔なんて、見たことないな。山でしかそんな高さ見たことない。樹氷なんかよりずっとデカいぞ。

 

 釣られるように向かって行ったら、山が近場に一切見当たらない平原から海が広がって、その海の上に、塔が立っていた。

 

「な、なにこれ~……」

 

 平原から海に向かって一直線に伸びる丸石の足場。松明が2~3個置かれたそれの先には、積み上げられたガラスブロックの中に水が入った構造物があった。どこまで続くのか見上げた先に、広い足場があった。こ、この水が通ったガラスブロックの柱が支え? 別に大丈夫だろうけど、いやてか、ナニコレ。誰が何の目的でこんなのを建てたんだ?

 

「あれ? 人? めずらし~」

 

 不思議がってたら、上の方から男性の声が聞こえてきた。敵対の意思は読み取れなかったから、多分モンスターじゃない。

 

「こ、こんにちわー!」

「お! こんにちわ~」

 

 まずは挨拶してみたら、ものすっごく高い上の足場から挨拶が返ってきて、何かが落ちてきた。海へ目掛けて落ちてくるソレは人の形をしていて、モンスターじゃなくて本当に人間だと気付いた頃には海へ落ちて巨大な水しぶきを上げた!

 

「えっ、エッ!? 何してんの!?」

 

 たしかに、どんな高さから落ちようとも水に着地するならダメージは無いけどさ、恐怖心は無いのか!?

 相当な深さまで沈んでったらしいその人は落ち着いた様子で上がってきて、水面から出した顔はニッコニコだった。

 

「どうも~、はじめまして、僕、ラクっていうんだ~」

「えっ、あ、はい……。はじめまして、ルゥパです」

「ルゥパ! なんだか、中々聞かない響きの名前だね~。わっ、なにその白い子! かわいいね~!」

「ゆ、雪玉ちゃんです」

「名前もかわいいね~」

 

 なんだか緩い喋り方と雰囲気のその人は、起きているはずなのに目があまり開いてない、細目で薄いピンク色の髪の男性だった。

 岸まで泳いで来た彼は海から上がると、髪をかき上げて息を吐き、ニコッと笑顔を見せた。

 

「名前も雪玉ちゃんもそうだけど、ここを人が通るなんて珍しすぎるよ~。近くに村なんて無かったと思うんだけどなぁ」

「そ、そうですね。俺は単に旅をしているので、たまたまこの塔を見かけて……。それで質問なのですが、この塔はいったい、なんなんですか?」

「え? 知らない? これ経験値トラップタワーだよ」

「け、けいけんち……?」

「そ! エンチャント沢山したいからさ~」

 

 「ラピスラズリもいくらあっても足りないよ~」と笑う彼の言ってる事の、8割が分からなかった。いや、1つ1つは分かるよ? 経験値は何かしら行動して得た、将来自分の力になるもの。トラップは対象を脅かしたり、死に至らしめる仕掛け。エンチャントはランダム性のある職人魂付与装置、つまりエンチャントテーブルの事を言ってるんだろうし、ラピスラズリは地下深くから取れる青い鉱石で、エンチャントテーブルを使うのに必要な素材でもあるんだとか。

 うん、分かるのに、合わさると何のこっちゃ。経験値を驚かすってどういうこと?

 わっかんねぇって顔してたら、ラクさんに笑われた。

 

「興味あるなら、軽く案内してあげるよ」

「あ、ありがとうございます! でも、これどうやって登るんですか? 見たところ、はしごは見当たらないですが」

 

 地上に降りるのは海に落ちれば良かったんだろうけど、登るのはどうすんの?

 水が通ったガラスの筒の塔を見上げてたら、ラクさんは「あそこから入って上がるんだよ~」と、ガラスの塔の下部分を指さした。人が入れる大きさに開けられたガラスブロックの壁には看板が貼り付けられていて、それのおかげで水の流出を防げているらしい。いや、だから?

 

「溺れ死ねと?」

「そ、そうじゃないよ! 大丈夫、気泡があるから息は出来るし、水流でピューっと上空まで行けるから!」

「水流?」

 

 何言ってんだろ、ラクさん。下から上に向かう水流なんてあるわけ無いじゃん。水流辿って登ることは出来るけど、息できなくなるんだから、休憩所が見当たらないこれで間に合う訳無いじゃん。そんな疑念と呆れが顔に浮かんでたのか、ラクさんは苦笑して「そっか~、なるほどね~」と独りごちた。

 

「じゃあ、やってみせるから、ついて来てね」

「あ、はい」

「って言っても、ただこの中に入るだけなんだけどね~」

「うおぉぉっ!?」

 

 何故か気泡がある水の柱の中に入った途端、ラクさんが上へ吸い込まれていった! ど、どうなってんだ?! 水流上りするにしたって、あんなスピードじゃないし、そもそも、ラクさん泳いでなかった!

 俺が驚いてる間にも上空の目的地に辿り着いたらしいラクさんが、上から「おいでー!」って呼びかけてくる。早すぎ! でも、ま、まぁ、死なないなら。えぇい、男は度胸だ!

 ジャボンッと、水の柱に飛び込む。するとすぐさま強い浮力を受けて、ギュンギュン身体が持ち上げられていく! すごい! ガラスの壁から見える景色が、どんどん角度を変えていく! 思わず「すげぇ!」って口を開いて言っちゃったのに、全然息が苦しくない! 水中呼吸のポーション飲んでないのに、気泡って凄い!

 感動してる間に目的地に着いて、勢い良すぎて上半身が勢いよく飛び出た。……なんか面白くて、笑っちゃった。

 

「ははっ、いらっしゃ~い」

「はい! お邪魔しま、す……」

 

 水の柱から上がった途端、絶望する音が耳に入った。

 モンスターの声だ。ゾンビの呻き声、スケルトンの骨がぶつかる音、クリーパーのシューシュー声。それが何重にもなって不協和音を奏でていた。

 そんな……。下からは気配、感じなかったのに。てか、こいつらどこから湧いた?

 気配のする方へ顔を向ければ、モンスター共がガラスの囲いの中にギュウギュウ詰めで閉じ込められていた。……なんか、苦しそう?

 

「こ、これは……」

「これがこの経験値トラップタワーの、処理層。ドロップ品だけが欲しいならもっと落下させる高さを上げればいいよ。俺は経験値が欲しいから、24マスよりちょっとだけ低くしてるだけ」

「……ちょっと何言ってるか分かんないです」

「そっか~」

 

 高さ、と言われて見上げれば、モンスター共が閉じ込められた範囲そのまま、ガラスの柱のようになっていた。その柱の上にはまた巨大な丸石の箱があって、どうやらあそこからモンスター共が湧いて、落ちてきているようだった。柱に1マスずつ隙間が空いているのは建材の節約か、モンスターたちの落下してくる様をガラス無しで眺める為か。……この人からも、さっさと離れた方が良いな。

 警戒度を上げた俺に気付かないラクさんは説明を続けようと腕を組んで目を閉じ……元々細いから、開けてるかもしれない。とにかく、考えていた。

 

「えっとねぇ、モンスターに1擊でも食らわせて倒せば、エンチャントに必要な経験値が手に入るんだ。だからこの隙間から剣を振って、落下ダメージで弱った奴らをなぶり殺しにすると効率がいいんだよ。ドロップしたアイテムはこの石のハーフブロックの下にあるホッパーが回収してくれて、このチェストに収納されていくんだー。ね? 効率的でしょ?」

「効率的って……」

 

 あと、優しい顔して「なぶり殺し」って。怖いよぉこの人。

 

「上の湧き層はクモが湧かないように、間を開けてカーペットを置いたり高さを2マスにしたりって拘ってたりもするよー。そのおかげでエンダーマンも湧かないけど」

 

 な、なんだそれ。さっきは流しちゃったけど、上空でも、人工物でも足場があればモンスターが湧くらしいって情報だけでも恐ろしいのに、モンスターごとに湧く条件が違うのか!? あ、頭が沸いていく……!

 

「あ、どう? 処理してみる? 僕の剣貸すよ」

「えっ……」

 

 もう若干地上に戻りたくなってる俺を誘ってくるラクさんは、なんの邪気も無く鉄の剣を差し出してきた。白っぽいからより際立つ、職人魂の揺らめく輝き。俺自身も虫特攻の職人魂が込もった鉄の剣を持ってるから分かる。この剣は、普通じゃない。

 そして、持って分かる、付与されている職人魂のエグさ。見たこと無いレベルがかかってて、見た目以上の攻撃力があるぞコイツ!

 

「ダメージ増加がⅤ……!? ドロップ増加もⅢに、範囲ダメージ増加!?」

「すごいよね~。これが普通にエンチャントしたら付いちゃったんだから。なんで鉄の剣でやっちゃったんだろって後悔しちゃったよ~」

「……そ、そうですね」

「これで切ったらモンスターが溶けるように死んでくから、どうぞ!」

「は、はい!」

 

 もうここまでお膳立てされたら、やるしかない! ブロック1つ分の隙間から見える、密集するモンスター共の足を目掛けて、オゥrrrっら!!!

 ゾンビ・スケルトン・クリーパーの耳障りな悲鳴の後、散らばるドロップ品。確かに、楽々切り伏せられたし、いつも見るより落ちてるドロップ品の数が多い気がする。ここまで一纏めになったモンスターに襲われたことは無いけど、それでも。そしてそのドロップ品は、石のハーフブロックを無視して下に吸い込まれていった。

 

「っ!?」

 

 ドロップ品の行方を見届けてたら、身体に何かが大量に入ってくる感覚に襲われた! 知っている、この感覚は知っている。モンスターを倒したり鉱石を採掘するときに入ってくる何かだ。でも、こんな一気に入ってくることは……!

 

「なんか、キモいぃ!」

「あはは~、経験値オーブに包まれてるね~」

「つ、包まれっ!?」

「なるほど、周りからはこう見えるんだね~」

「何が見えてんですか!?」

「あれ?」

 

 不思議なことを言ってるラクさんは「なんでだろ、村人さんだから?」って考え込んだ。もう、この人が何を考えてても、俺には理解できないって事を理解したわ。

 もう色々と頭が痛くなるトラップタワーの詳しい事は無視しよう。となると気になるのは、これを作った理由だな。鉄の剣をお返ししてからそれを尋ねた。

 

「作った理由? エンチャントをたくさんしたいから、だけど?」

「え、その先になんかあるんじゃないですか? 冒険に役立つ最強の武器防具を作りたい、とか」

「あー、そういうやつね。……重たい話になっちゃうけど、いい?」

「……はい」

 

 この、なんの躊躇いも無く海に飛び込んだり、装置がクリーパーに爆破される恐れを微塵も考えてなさそうな、いかにも楽観的なラクさんが、重たい話を抱えてる? え、普通に気になるじゃん。

 丸石ブロックに羊毛を中に詰めた薄めのクッションを敷いて、腰掛ける。ラクさんも2つ並べた羊毛ブロックに腰掛けて、“湧き層”と呼んでいた上空の丸石の構造物を見上げた。

 

「僕ねー、一緒に冒険してた女の子がいたんだ~。その子は僕とは違って、すごく慎重でね~。何をするにも準備を怠るなーって。食料は絶やすなーとか、武器防具の整備はサボるなーとか、ちゃんと眠れーとか、色々言われてたよ~。移動する時も足場に気をつけろーって言われてたな~」

「ラクさんと相性がすごく良さそうですね」

「えへ、そーお? 嬉しいなぁ」

 

 褒めたら、ラクさんは俺を見て少し硬かった表情を綻ばせた。でもすぐに、分かりやすく顔を伏せてしまった。

 

「たった2人で冒険してたからね、危険な事はいっぱいあった。不便なこともいっぱいあった。だから僕たちは、エンチャントに頼ったの。そのままより、ずっと攻撃力が高かったり、ドロップ品をたくさん手に入れられたり、軽い力で素材集めが出来たりするからさ。わざわざネザーに行ってポーションの素材を集めるより、こっちの世界だけで素材が完結するから、ずっと安全でしょ? いらないエンチャントなら本に書いちゃえばいいわけだしね」

「本……。あっ、後で金床で付与できるんでしたっけ」

「そうそう! エンチャントの事知らない割に、そこは知ってるんだね」

「村に居た頃、司書のお姉さんがたまに何かに取り憑かれたように本に職人魂込めてたのを、見てたので。『これは後でいい素材に付けたり、取引に出す』とか言って」

「しょ、職人魂……。そっかぁ」

「あ、話を遮っちゃってごめんなさい」

「いいよいいよ! ちょっと面白かったしね」

「? どうも」

 

 ひとまず話は、ラクさんがもうひとりと冒険をしていた中で、利便性を求めてエンチャントに手を出した。って感じかな。

 

「それで装備は整ったし、拠点もいい感じに整ってきた頃ね。僕、『ネザーに行ってみたい』って、シンちゃんに言っちゃったんだ」

「……危険な場所だと、分かっていましたよね」

「うん。知ってた。でも、ネザーでピグリンと取引するしか手に入らないエンチャントの本があるって知っちゃってさ。……もう、話が見えちゃったって、顔してるね」

「……俺も、耐火のポーション飲んでるからって、何度も油断して落ちたことがありますから」

「そっかぁ」

 

 これは、もう、そういうことだ。

 

「止めるシンちゃんの意見を無視して、『火炎耐性が付いた防具があるから大丈夫』って調子乗って。……シンちゃんは、ガストの火の玉の衝撃で、マグマに突き落とされて、死んじゃった」

「っ……」

「何もつけてなかったら、すぐに、あっという間にいけただろうね。……下手に、装備に火炎耐性がついてたせいで、シンちゃん、身体を焼かれる痛みを、死ぬ怖さを味わって、苦しんで、死んじゃった」

 

 語るたびに声が震えていくラクさんは、体に空気が回らなそうな浅い呼吸を繰り返し、青い空を見上げた。細い目の端が潤んだ。

 

「僕が、殺したんだ」

 

 最後の言葉を告げた声は、悲しみ、怒り、悔しさが入り混じって、濁っていた。……ラクさんの顔も、赤くなっていた。

 数秒の間の後、ラクさんは大きく深呼吸をして笑顔を作った。

 

「だからねぇ、僕が経験値集めをするのは、償いなの。どれだけ気を付けたって、僕は“きっと大丈夫”って意識が抜けなくってさ。だからせめて、この先の冒険の中で何があっても大丈夫なようにしたい。その為にレベルの高いエンチャントを装備に付けられるようにしたいから、このトラップタワーを作ったってワケなんだ。……アハハ、ごめんねぇ。いきなりこんな、重い話、初対面なのにやっちゃって……エェッ!?」

 

 笑顔を思い出したばかりのラクさんがビックリして、細い目をほんの少し開けた。でも彼がどんな瞳の色をしているかまでは見えなかった。

 

「ど、どうしたの? そんなに泣いちゃうくらい共感してくれるのは、嬉しいけど……!」

「う~~~~!」

 

 俺が、ボロボロ泣いてたから。

 優しいラクさんは情けなく泣いてる俺に駆け寄って、ハンカチを差し出してくれた。猫の顔の刺繍が施された可愛らしいそれが、きっと思い出の品だろうと察してしまって、更に涙腺が緩くなる。あぁ、そんな大切なもので、部外者の俺の涙を拭こうとしないで。気持ちだけ受け取ります。うっうっ。

 

「……ありがとうね~。僕の為に、泣いてくれたの?」

「ズッ。そうじゃ、ないです。お、お、俺も、大切な人、苦しめて殺しちゃったから……!」

「! る、ルゥパさんも……?」

「そうなんすよ……。助けられなかったの、辛いっすよね、悔しいっすよね……!」

「……うん」

「悲しくて、ひとりが寂しいっすよね……!」

「っ、うん」

「責任、めちゃくちゃ感じて、押し潰されそうで、苦しいっすよね……!」

「う、うん……!」

「その辛さから少しでも逃れたくて、必要以上に頑張っちゃいますよね……!」

「うんっ」

「でも、ふとした時に思い出して、胸が張り裂けそうになりますよね……!」

「う゛ん!」

「ラクさん、辛かったっすね!」

「う゛ん!!」

 

 決して子供ではない年の男2人が、揃ってわぁわぁ泣いちゃった。……でもさぁ。こうやって、誰かと泣かないと、モヤモヤって発散できないよね。どうせ戻ってきたりしないんだから、泣いたっていいじゃん。

 

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