人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
あの荒くれ者共は何者かに雇われていたらしい。誰に、何の目的で依頼されたのかは教えてくれなかったけど、結果俺を亡き者にしようとしてんのは分かった。さぁ考えろ。何故俺は狙われてんだ?
俺の種族がモンスターだと、魔女だと知られた? 路銀集めでばら撒いたポーションがまずかった? あぁ、2つ目が正解っぽい。
だってハナハタ村でヘイリグさんが言ってたじゃん。『中央教会上層部の考えは、“ポーションの利権を独り占めにする”こと』だって。
神父さんもずっと言ってたじゃん。『ヘムスタッド村と周辺の村以外でポーションは売るな』って。っあー、なるほど? 教会関係者以外が作ったポーションは認めないと? 自分たち以外のポーション製作者は“魔女”って呼ぼうって? バカ野郎どもが。だからヘイリグさんたちみたいな良識的な聖職者さん達に逃げられるんだよ。はぁ……。
そういや、俺を殺そうとしてきた荒くれ野郎どもは、俺を『白い魔女』って呼んでたな。それってさぁ、絶対さぁ。いつも着けてるこの白いコートが目立ってそんな通り名になったじゃん。はぁ、溜め息が止まらないんですけどー。
そんなんじゃあさぁ。隠れて生きたいなら、面倒を起こしたくないなら、表の世界を歩く時は白いコート着られないじゃん。なんで、俺が割を食わなきゃいけないの? 俺はただ、ゾンビから人間に戻す方法を探しているだけなのに。
一気に活動する場所を変えるついでに、気分転換で探索する大陸を変えた。そしてテキトーに歩いてたら、なんかデッカイ村? を見つけた。雪玉ちゃんには俺の中に戻ってもらって、お邪魔することにした。
敷地の割にハナハタ村程の警戒心は無くて、ベス村くらいの防衛意識らしい。石レンガの塀が2段積まれてるだけで、門番は居なくて、勝手に入れちゃった。
村の中の土地は綺麗に整えられていて、村人がよく通るらしい大通りは石レンガで舗装されていた。その道に沿って建っている建物もレンガと石と木を上手く組み合わせておしゃれに、それぞれ個性的だった。でも外から見てもどんなお店なのか分かりやすくモチーフの旗が掲げられてたり、ガラス窓が大きく取られてたりしてた。魅せる建築って感じ! 初めてくるタイプの村かも!
こんな感じで村を見上げてたから、周りの人からメッチャ見られてた。しっかりよそ者だけれど。うん、恥ずかしいっすわ。早くどっか入ろっと。まずは、服を買おうかな。すぐそこだし。
にしても、来たばっかりでおかしな話かもしれないけど、居心地が悪くない村だなぁ。別に今までの村が悪かったワケじゃないけど。うん、今日は来たばっかりだし、ゾンビに関する情報収集もしないで、完全にリフレッシュの日にしよっか。
「お客さん、見ない顔だね。旅人さんかい?」
「はい。ゾンビから人間に戻す方法を探して、世界を旅してます」
「あら、なんてこと!」
「それでなんですが、何か話を聞いていませんか?」
「ごめんねぇ、聞いたことないよ」
尋ねられたら、流石に正体明かすし、知らないか聞き込みするけどね。
店主のおかあさんに進められるがまま、試着した服をそのまま購入した。空色の袖なし膝丈上着に白地のシャツ、それらをヘソの上で留める太めの革ベルト。下は持ってるもので済ませたから、買ったのはこの3点かな。そこまで長く滞在するつもりも無いし、早く今日泊まるところも確保しなくちゃね。あ、あと白コートの代わりになるコート買っとこう。
服屋の店主さんに俺みたいな旅人向けの宿屋の場所を教えてもらったから、そこまでの道のりをゆっくり歩く。川の上を渡す橋まで石レンガでオシャレだなんて、ちょっと卑怯だ。あ、茶色の猫ちゃんだ。縞々模様可愛い。
建物も街灯も道も綺麗な通りをキョロキョロ眺めてたら、なんか可愛いお店を見つけた。甘い香りに誘われるまま中に入ったら、どうやらケーキ屋さんだったんだけど、奥のゆっくり食べれるスペースには女の子しか居なくて、心臓キュッってなったよね。ココ俺来ちゃダメな場所だったわ。
「いらっしゃいませ~。店内ご希望ですかー?」
「えっ、あ、その……」
「おひとり様で?」
「いえっ、あの~、すみま、っ!?」
優しい店員さんが奥に案内してくれようってのを断って逃げようとしたら、いきなり後ろから肩を抱かれた。ファッ!?
「3名様よぉ!」
「!?」
「あ、今日は持ち帰りだけなんで、席は大丈夫です」
「あ、は~い、かしこまりましたー」
え、な、何!? 肩を抱いてきた声が低めな女性も、店に断わり入れてる高いところでくくった緑髪が長い女性も、俺知らないんですけど!? 何知り合いみたいな空気出してきてんだこの2人! とか困惑してたら、肩を抱いてきてる案外ムキムキな女性が、俺の耳に口を寄せてきた。ぞわっ。
「1人でケーキ屋さんは、ハードル高いわよねぇ。分かる……超分かる……!」
あ、もしかして、めっちゃ優しい人たち?
ケーキ屋さんでパイとかケーキとか焼き菓子とか、色々合わせて10個買ってた。なんか流れで奢ってもらっちゃったし、この人たちに誘われてつい、一緒にお茶することになっちゃった。俺、まだこの人たちの名前すら知らないのにね。
それ丸々一戸がお宿の一部屋っていう小さな家に案内されて、鉄のチェストプレートを着けた戦闘職っぽい女性がテキパキとお茶を淹れてくれた。……ここまで来てなんだけどさぁ。俺、もしかして、チョロい? 普通、怪しい人に着いてっちゃダメなんだぜ。ただ、なぁ。熱湯を注がれたガラスのポットの中で花開くお茶の香りが良くて、甘いバラの香りが懐かしくて、出て行きたくなくなってく。……カヌプとパーデ、元気かなぁ……。
「あの、今更なんですが、お名前をお伺いしても?」
「あらヤダ、名乗ってなかったかしら? 失礼しちゃった。アタシはクツサリよぉ」
「私はコルマだよ。名乗るの遅くなってごめんね」
「いえ。あ、私はルゥパです」
「ンもう! 敬語なんて使わないで! 楽しいお茶会に水を差してるわ!」
「あ、は、じゃなくて、うん」
「そうそう!」
俺の了承に満面の笑顔を浮かべたクツサリさんの前に、コルマさんがカップに入れられたお茶を置いた。バラの芳醇で甘い香りが、茶の赤い色が飲みたい欲を掻き立ててくれた。でも、飲む前に一つ確認を。
「続けて、失礼なんですけど……。クツサリさんって、肉体は男性なんですか?」
「ちょっと、敬語! というかルゥパちゃん、見て分からない? どんなに乙女ぶってたって、このごっつい顔付きは誤魔化しきれないんだけれど」
俺が敬語に戻って注意するのと同時に呆れてみせたクツサリさん。溜め息を溢す口元も、頬に当てる手も男性らしかった。確かに、パッと見じゃデッカイ女性だけど、何度か見たらしっかり男性だって分かるものな。
腰まで伸び、半分だけ括られた艶やかな茶髪。しっかりとした眉と睫毛バッサバサでパッチリな青い瞳からは意志の強さを感じられた。そこが中性的で迷ったんだ。でも、二股な顎を見れば男性だって直ぐに分かるものでもあった。
「出会ったことはまだ無いです、無いけど、男性の体つきした女性が居てもおかしく無いかなって」
「あ~ら! それで確認だなんて気遣い上手! これまでモテてきたんじゃな~い?」
「え、や、そんなことは……」
言われて、砂漠で出会ったアエデちゃんのことを思い出した。けど、あの子のことはちゃんとお断りしたから、何の問題も無い。うん? なんか違う気が。まあいいや。
「俺は恋人一筋だから」
「へえ」
「あら~~~~! 一途な男は好きよ~! 勿論、見守る方でね!」
バチコリとウィンク決められて、ちょっと嬉しくなっちゃった。俺からしたら当たり前な事言ってんだけどね。まぁ楽しんでもらえたなら、言ってよかったよ。
……てか、なんだろ、俺、恋バナしに来たのかな? 一先ず、コルマさんがお皿に乗せて差し出してくれたケーキに話すり替えとこ。
苺のショートケーキの甘さとバラのお茶の香りを楽しみながら、彼女らとお喋りしてた。一通りテーブルの上にあるものの感想を言い終えると、今度は俺の話に移った。ケーキ屋の前に行くまでの俺の動きで、明らかにこの村に来たばかりの人だと分かってたから、俺がどこから来たのかってのを聞き出そうとしてきた。故郷からの地図なんて持ってないから、自分がどこから来たかなんて答えられなかったけど。
「ルゥパちゃんって、なんで旅してるの?」
「えぇ~、結構切実なんだよなぁ……。俺の身の上話なんて、聞いても面白くないよ?」
「面白いかどうかは私らが決めるよ。だから、ね?」
お茶を淹れてくれたコルマさんに言われたら、話さないワケにはいかなかった。空気悪くしたくなかったし、1人でケーキ屋に突撃した俺を褒めて援護してくれたこの人たちが、悪い人なわけ無いと思いたかったし。
だから話した。もう一度「重いし、つまらないからね」って前置きしてから、旅の理由を、その根本にある俺の生い立ちを掻い摘んで話した。いつも通り、『雷に撃たれて魔女になった』って部分は『1人で洞窟に鉄鉱石を取りに行ってた』ってことにして。クツサリさんとコルマさんはバラ茶を飲みながら、淡々と語る俺の話を静かに聞いてくれた。
雪玉ちゃんのこととか、モンスターの方の魔女にお世話になったこととかは隠した。結果として、かなり頭を働かせたから、めっちゃ疲れた。ケーキの甘さが体に染みるぅ……。
「この大陸に来るまで、かなりの旅をしてきたのねぇ」
「育ての親の神父との約束を、“ゾンビから人間に戻す方法を探す”為に、旅を……。ルゥパって見た目に拠らず健気なんだなぁ」
「コルマさん???」
「私たちは2人旅だし動機も楽しみたい、だからいいけどさ。1人旅って、辛くなかった?」
「……まぁ、それなりに。でも、ポーションとか作れる人なかなか居ないの分かってるし、同志なんてもっと居ない。皆ゾンビに対して諦めてるんだ。だから、1人なのは仕方ないんだ」
コルマさんの疑問に口からスラスラと出てきたのは嘘で、本音。直ぐにそんなことが出来てしまう自分のことが、ちょっと、分からない。
皆のカップからバラ茶が少なくなると、クツサリさんがコルマさんにバラ茶のおかわりをお願いして、俺にはもう一つケーキをくれた。スイートベリーのタルト、この村のも美味しそう。
「あ、そうだ。俺が話したんだから、お二人の旅の理由も教えてよ! 動機が楽しみたい、ってことは、スイーツ巡りとか?」
「うふふっ! そうねぇ、それも一応メインね~!」
「一応?」
「そー。ホントの目的の方は、あんまり気が進まなくってねぇ」
フォークを皿に置いたクツサリさんはインベントリに手を突っ込んで、
耳鳴りが酷い。急に跳ね上がった心臓が痛い。瞬きを忘れた俺の正面に座るクツサリさんは、透き通った青い目で、俺を見つめてきた。
「私たちは、ある魔女を探しているんですよ」
ここで言う魔女とは、中央教会が認めていないポーション製作者のことも含む。中央の利益を損害している為だ。
数年前、とあるユニーク魔女が生まれた。小さな雪玉のような白い光を従えた、自身も白いコートを身に着けた男の魔女。
ただの魔女ならそれで良かった。人間に被害を与えていないなら、中央教会が動くまでもないだろうと。たとえ被害を与えていたとしても、その土地の自警団が討伐するだろうと。
かの魔女は人間に被害を与えるどころか、有益だった。路銀を稼ぐ為に売り払ったであろうポーションは軒並み効果が高かった。故に彼の存在は、彼が人外と分かるまでは受け入れられることが多かった。
しかし、彼が有益で優れたポーションを売り払えば売り払うほど、中央教会の評価が下がっていく。教会が作ったポーションが彼の品と比べて効果が弱いからだった。
弱いのは何故か。ただの水で水増ししていたからだ。しかしポーションを作れる人間は教会関係者だけ。中身を薄められていても、それが普通なのだと村人たちは思い込まされていた。
そこに現れたのが、男の魔女が気まぐれにバラまくポーションだった。そのポーションは何の変哲も無かった。余計な効果が付与されているワケでも、水増しされて効果が弱まっているワケでも無い。ただ正直にポーションを作り、
男の魔女がどんな風にポーションを作っているのかを知った村人たちが、中央教会に疑いの目を持ち始めた。教会を注意深く観察し、中身を水増ししている事実と証拠を掴むと、その衝撃を世間に流布した。正直な商売をしろという、作る力のない村人たちの主張だった。
衝撃は海を渡り、中央教会まで影響を与えた。おかげで価格帯も高くなったが、教会も正直に効果を表示して販売するようになった。その努力の甲斐もあり、信者とそれ以外の村人たちの信用を取り戻していった。
しかし、中央教会が恥をかかされた事実は変わらない。ポーションの騒ぎが収まった頃、中央教会は極秘に、あるひとつのお触れを関係者たちに出した。
『白いコートを身に纏う男の魔女を、“白い魔女”を捕獲するか、討伐せよ』
捕獲はもちろん、殺害も証拠を提供すれば超高額の報奨金を出すという条件で、命の尊さを説く教会が討伐依頼を出した。
「男の魔女はゾンビについて情報を集めている。その情報できっといつか人間に害を為すものだと決めつけて。そう建前を作って。そして中央教会の中でも下っ端に位置する私も、この討伐依頼を強制的に受けさせられ、“教えを世に広める”という建前で旅をしている。というわけです」
クツサリさんの柔らかい声が、敬語が恐ろしくって堪らない。一切の濁りのない青い目で見つめられて、内臓が震えてくる。
「──そういう訳でして、ルゥパさん。こんな私たちですから、知っています」
どうしてだろう、何も無いのに、首が締まって息が吸えなくなる。
「あなたがその、“白い魔女”であることを」
恐怖で膝が笑って、椅子から立ち上がれない。でも多分、立ち上がれても立ち上がれない。バラ茶のおかわりを淹れてたコルマさんが、俺の背後に立ってたから。逃げられるはずなのに、逃げられない気がした。
「そして、あなたとお話しして、確信しました」
何を? 今は白いコートを外してた俺が、討伐対象として正しいことが、確信できた? 嫌だ、やだよ、死にたくない、殺されたくない! あんな怖い思いは、一度でいい! もう、やだよ! 怖い、怖いよ! 嫌だよっ!!!
「ルゥパちゃんは、最高の人材ね!」
……ん?
「だよねぇ。ルゥパ何もしてないし。悪かったのは中身を薄めてたのを言わなかった中央教会だし。ルゥパただの被害者だよねぇ」
「がめつい商売するから失敗したのに、ホントお馬鹿よねぇ上の奴ら。建前のゾンビの話も、ただのイチャモンだしぃ」
「ゾンビ視点じゃ確かに脅威かもしれないけど。人間にとってはただの救世主じゃん」
「ね~」
また敬語の取れたクツサリさんと軽い調子のコルマさんの会話で、さっきまで張り詰めてた空気が晴れた。え、な、何ぃ……?
急激な温度変化に身震いして戸惑ってる俺を、頬杖をついてるクツサリさんが笑った。
「ウフフッ、ねぇルゥパちゃん。アタシさっき、『ホントの目的の方は気が進まない』って言ったでしょう? こういうことなのよ。お顔を青ざめさせちゃってたってことはルゥパちゃん、自分が狙われてることに気付いてるんでしょう? それとも、襲われた後かしら」
「……荒くれ共に、ついこの間、狙われました」
「やっぱりそうだったのね。今ルゥパちゃんに襲いかかってるピンチって、ポーションの権利全部握ってたはずの教会がその地位を脅かされたから吹っかけた、喧嘩みたいなもんでね?」
「……ひでぇや」
「本当にね」
そっかぁ。俺が狙われる理由って、やっぱポーション絡みだったかぁ。神父さんだって、市場に流さないのを約束して俺にやり方教えてくれたもん。約束破ったから今ピンチなんじゃん。やっぱ俺が悪いんじゃん。はぁ……。
顎に手を添えて考え事をしてたっぽいクツサリさんが、コルマさんが淹れてくれたバラ茶を口にして微笑んだ。
「まぁ、そういうことだから。下っ端のアタシたちが中央教会に出来ることは何も無いけど、ルゥパちゃんの邪魔にはならないように、なんか工作でもしておくわ」
「そんな、中央になんも言ってくれないの? 討伐依頼取り下げるとか」
「だってコレ完全に逆恨みだし。教会関係者以外にも話が広まってるなら、もう取り返しつかないわよ」
「そんなァ……」
人間こっわ。俺、そんな奴らも救われてしまう方法探してんの? なんか嫌なんだけど。
俺のカップにも紅茶を注いでくれたコルマさんが、困ったように笑う。
「私たちはルゥパのこと応援するけどさ。ルゥパも充分気をつけてね。髪型変えるとか、ポーションを市場に流す時は2倍に薄めたりとかさ」
「え~……」
いや、まぁ、確かにポーションはコスト高いから、よっぽど深い傷じゃない限り薄めて使った方が万遍なく行き届くし、ポーション酔いもしづらくなって、悪いことじゃないと思うけど。俺の作ってる濃さだと1人で3瓶開けたら気分悪くなるし。
「そういえば、中央はどのくらいまで薄めてたんすか?」
「そうねぇ、2倍から、10倍かな」
「じゅ……っ!?」
「で、値段一律」
「おおう……」
10倍って、それ、治癒ポでかすり傷も治るかどうか怪しくね!? 中央こっわ! そりゃ俺命狙われるわ! とんだ市場破壊だわ! コルマさんの言う通り、2倍に薄めるわ!!