人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
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白い魔女視点
シラカバの木ばかりが生える森。開けた場所とそうでない場所で密集度がまばらなこの森には、ひっそりと、しかし大きく口を開けた渓谷が存在していた。
一見すると何の変哲も無い渓谷だが、注意深く見ると絶壁に小さい滝が点在し、底にはマグマの代わりに水場が出来上がっていた。その他にも石のハーフブロックがいたるところに紛れ込み、1本道が出来上がっていた。手すりの無い危険なその道を下っていけば横穴に繋がり、洞窟になっていた。松明で示された悪路を下り、そうしてやっと鉄扉が設けられた1つの部屋に辿り着く。
広く取られた空間には2部屋に分けるかのように横に長いテーブルが設けられ、何人もの人間がそこにいた。その一方に居た人間は、対面の人物に背を向けられていた。
「お、オイ! どういうつもりだ! 寄こせや、エメラルド!」
左頬から耳にかけて傷の入ったスキンヘッドの男が叫ぶ。それぞれ髪型や装備の違いはあれど似たような風貌の男はあと4人も居り、全員が怒りや困惑を綯交ぜにした顔で、ある男を睨みつけていた。
いかにも荒くれ者といった風貌の男にエメラルドを催促されているのは、紫色の袖無しローブを羽織った男。首から下げた金の十字架が、この男が聖職者であることを裏付けていた。
聖職者の男はハァ、とわざとらしく溜め息を吐いた。
「どういうつもり、ですか? そんなの、お前たちの情報が買い取る価値の無い、ゴミクズだったからですよ」
「なっ……!?」
「んだと、テメェ!!」
「人を働かせておいて、報酬無しはあり得ねぇだろ!」
口々に不満を主張する荒くれ者たちを、全身ダイヤ装備の男たちが「必死だな」と嘲っていた。それらに守られる聖職者は気怠げに振り向き、荒くれ者たちを見下していた。
「結果が伴わないのだから、当然でしょう?」
「な、なんだと……!?」
「何を驚いているのです? 最初からそういう契約だったでしょうに。“白い魔女”を殺しその証拠を持ち帰るか、有用な情報を引き出せたら、相応のエメラルドを支払う、というね。そしてお前たちは、私の期待に応えなかったんですよ」
「だから! それがオカシイって話だろうが!!」
グロウベリー色の短髪の男がテーブルを怒りに任せて叩いた。ツリ目でキツい印象を受ける顔面には、やはり困惑の色が出ていた。
「とんでもねぇ情報じゃねえか! “白い魔女が空を飛んでた”ってよぉ!」
普通の魔女が空を飛ぶなどありえない。しかし確かに白い魔女は背中から羽を生やし、大空へ飛び立った。故にこの男の魔女の特異点はさぞかし良い金になるだろう──荒くれ者どもはそんな算段を付けていたにも関わらず、取り引き相手の聖職者は情報を聞くだけ聞いて払わなかった為に憤慨していた。
当の聖職者はつまらなさそうに、首から下げた十字架を弄っていた。
「それのどこが、とんでもないんです?」
「……アァ?」
「魔女が空を飛ぶ? そんな事、あり得るわけが無いでしょう。嘘をつくならもっとマシなものがあったでしょうに」
「う、嘘じゃねぇ! 奴は確かに飛んだんだよ、ファントムみてぇに、滑空して!」
「ただの魔女が、ファントムのように?」
荒くれ者の言葉を反芻した聖職者は、高笑いをしてみせた。必死だった荒くれ者たちの表情が憎悪に満ちていく。
「そんな合成モンスターが存在するわけ無いでしょう! “白い魔女”には未知の生物が付いているのだから、そこから情報を引き出せば良かったものを」
「だから! 嘘じゃねぇって言って……!」
激しい剣幕の荒くれ者の主張を遮るように、聖職者が右腕を払った。
「エメラルドが欲しいなら、もっとマシな情報を持ってくることですね。さあ、行きなさい。我々が欲している情報の方向性は伝えましたよ」
上からの態度を改めることは無かった聖職者。言いたい事を全て言ったらしい彼はローブを翻して体の向きを変えると、上に石のハーフブロックが設置された鉄扉の前にたち──軽やかに左へ飛んだ。突然顕わになった鉄扉にスプラッシュ瓶が投げつけられ割れ、辺りに古い血のような色の液体が、負傷のポーションが撒き散らされた。避けた聖職者は更に護衛の盾に守られて被害を免れていた。もうひとりの護衛がダイヤ剣を構える。
「……素直に情報を取りに行けば良いものを」
「ふっ、ハッハッハッ……!」
弓にクロスボウ、斧、剣をそれぞれ構える荒くれ者立ち。その中央に立つスキンヘッドの男は右手にスプラッシュポーションを持っていた。下卑た笑みは怒りからか引きつっていた。
「フザケてんじゃねぇぞクソ野郎ーッ!!」
「死ねぇええっ!!!」
「極悪人を生きて帰すなーーッ!!」
スキンヘッドの男が自分たちに力のスプラッシュポーションを投げつけたのを皮切りに、荒くれ者どもが仕切りのようなテーブルを超えて近接武器で襲撃していく。振り下ろされる一撃一撃に恐ろしい程の怨念が込められていた。
全身を職人魂が込められたダイヤ防具で身を守る護衛たちは、怒り狂う荒くれ者どもの猛攻も意に介さず、ひたすら聖職者を盾と自らの影に隠す。庇われた聖職者は壁に紛れた石のボタンを押して鉄扉の奥へ進むと、すぐ横に設置されたレバーを下ろした。
ガシャンッと、何かが動く音を認識した荒くれ者たちが上を向いた。抜けた天井から、大量の砂が落ちてくると認識したと同時に、彼らはそれの下敷きとなってしまった。
人の背の高さまで盛られた砂の山。その下から、重さに抵抗し蠢く動きがあった。しかしそれも少しずつ無くなり、やがて、完全に静かになった。
砂の山を見下ろす聖職者は心底楽しそうな歪んだ笑みを浮かべた。
「砂に埋もれて死ぬなんて、無様ですね」
「お師匠様、死体を掘り起こしますか?」
「……いいや、念の為に落下させてトドメを差しましょう。右手の回収はそれからでも遅くはありません」
「「かしこまりました」」
聖職者一行は砂で埋もれた部屋から通路に出ると、護衛の一人が壁に設置されたもうひとつのレバーを下ろした。するとガシャンガシャンと壁の外から何かが動作する音と砂の山が落下していく音が響いた。先程まで取引をしていた部屋の床が天井と同じように抜けたのだ。テーブルの上以外の砂が全て抜けた穴から落下したことを確認した後、水とマグマブロックを利用した水柱降下装置で地下へと向かう聖職者たち。取り引き場所の真下へやって来た彼らは、そこでも砂の山と、落下の中で位置がズレて現れた荒くれ者どもの体を発見する。
護衛が荒くれ者どもを蹴ってひっくり返したり、砂を掘り起こして死亡確認を行う。5人全員の死亡を確認できたら、だらんとした腕を持ち上げ、手を切り落とした。
「5つ全て回収したら、死体はマグマで焼却しておきなさい。ゾンビかスケルトンになられても困りますからね。あぁ、それから金目のものは余すことなく回収しておくように。装備もバラして再利用しましょう」
「かしこまりました」
「りょうかーい」
「ムソア、聴いている人間が居ないからって、お師匠様に対して言葉を崩すのが早すぎるぞ」
「別にいいじゃーん。お硬すぎるぞ、チスティ!」
「私は、仕事が出来ていれば気にしません。さぁ、口よりも手を動かしなさい」
「「申し訳ございません、スニッシェン様」」
注意を受けた護衛2人は再びテキパキと動き、丸石で作った囲いの中にマグマを満たすと、その中に物言わぬ肉体5つを沈めていった。一方で聖職者は、自身の命令通り動く護衛たちの動きを監視しつつ、思案に耽っているようだった。
死体の処理を終え、砂も全て回収したと護衛たちが報告すると、承知した聖職者は彼らを引き連れて地上へと戻っていく。その道中、ムソアと呼ばれていた護衛が口を開く。
「これで満額、あの村から徴収出来るねー」
「えぇ、そうですね。まったく、汚い依頼でした。村を困らせる荒くれ者たちを亡き者にして欲しい、だなんて」
「俺もそう思うけどさー、言い方の割には悪者な演技楽しんでたよね、スニッシェン様?」
「ふふふっ、否定しません」
聖職者たちは情報を集めるよう依頼した荒くれ者どもに報酬を渡すどころか、生きて帰すつもりなど無かった。
奴らを殺し、その証拠として右手を持ち帰ることが荒くれ者どもに困らされていた村の長からの依頼だった。あの中には村長の息子も居たようだが、処分に困っていたらしい。
聖職者は“白い魔女”の情報を探る人手を増やしたかった。村長は荒くれ者たちを処分したがっていた。利害が一致した両者が手を組み、今回実行に移されたというわけだった。
聖職者と共に笑う護衛とは別の、チスティと呼ばれていた護衛が「それはそれとして」と切り出した。
「気になりませんか」
「何がです?」
「奴らの証言です。“白い魔女は空を飛ぶ”。確かに、俄かには信じられませんが、ただでさえ白い魔女は通常の魔女とは違う特徴を持つ魔女です。連れている白い生き物やテレポートするという不可思議が既にあるのですから、ファントムのように飛ぶというのも、ありえない話では……」
「あぁ、そうですね。あの情報も虚偽では無いでしょう」
「……流石、お師匠様です」
たった一言で、護衛は聖職者の性根の悪さを改めて理解したようだった。
聖職者からすれば、荒くれ者どもなど最初から使い捨てる駒であり、殺害の対象。誠実に対処する必要など無かったのだ。
◇
金のリンゴの感想を言ってもらった後で、タックがなんでここにいたのかを軽く説明してもらうことにした。そしたら、なかなか恐ろしい事実が発覚した。
「へ、へぇ……。“白い魔女”を、探して……」
「つってもオレは、ソイツを探してる兄貴を探してんだけどさー」
「お兄さんも、なんだ」
やっべ、このタックって人、こないだの荒くれ者どもの関係者かよ。こっちから手ェ出してなくて良かったぁ。確かによくよく思い出してみると、このグロウベリー色の髪色、アイツ等の中に居たなぁ。兄が人殺しをやる集団にいるくらいだから、その弟も考えなしなのか?
「探してどうすんの?」
「そりゃあ、村に連れ帰るんだよ! あんな、どこの誰とも知らない奴が持ってきた怪しい話に1発賭けるより、村で警備したり、地味でも肉屋を継いだ方がいいもん! 確かに兄貴、暴れん坊の奴らとつるんでて、あんまり評判良くなかったけど! でも、兄貴自体はそんなに悪いことしてねぇもん! オレに剣とか弓とか教えてくれたのも兄貴だし!」
「お兄さんのこと、好きなんだな」
「お、おう。だから、兄貴だけでも戻ってきて欲しくて、村を飛び出して……」
「日が暮れてからも行動して、モンスターに取り囲まれて、ここで倒れ込んでたってわけね」
「……うん」
自分でも情けなく思ってるのか、説明の言葉を紡ぐたびにタックの背中が丸くなっていく。夜明けまで凌ごうって頭が働いたり、実際に出来たりしたんだから、能力は低くなさそうなんだけどなぁ。でもきっかけがあんなんだから、勢いで出てきちゃったのね。
お兄さん想いの優しい弟ってことは分かったけど、無茶して自分が死んでちゃ世話ないよ。
「タックはこれからどうすんの? このままお兄さんを探すの? それとも村に帰るの?」
「……修行も兼ねてるから、もう少し兄貴を探すつもり。てか、これですぐに帰っちまったら、モンスターにビビってるって笑われちまうもん」
「そっか」
くっだらねぇプライド持ってんねぇ。それで死んだら意味ねぇじゃん。
「じゃ、夜明けまでまだ時間あるし、朝までもう少し寝てなよ」
「え、ルゥパは?」
「俺は、外のファントムの死体から皮膜剥ぎ取ったりするから。ポーションの素材になるんだよ」
「あ、アイツがぁ?」
「なかなか有用よ? ほら、さっさと寝ないと、また襲って来るから。おやすみ」
「あ、お、おう……。ありがと」
「どういたしまして」
戸惑いながらも、タックはベッドに横になって目を閉じた。ほんの数秒で穏やかな寝息が聞こえてきたから、もう何も心配せず、土壁の外に出た。
あれからそんなに時間も経ってないから、やっぱりまだまだ月が空の主役。さっきまで起きてたタックに引き寄せられた新たなファントムも弓矢で撃ち落として、さっさと分解した。ファントムってゾンビと一緒でアンデッドだから、お天道様の光で燃えちゃうんだよな。エリトラの修復でもめちゃくちゃ必要だから、剥ぎ取れる分ちゃんと取っとかなきゃ。
……タックが起きたら、もう少し、情報を聞き出しとくか。ご飯に誘うフリして。あ、じゃあ雪玉ちゃん、先に海の近くの良い感じのところに、仮拠点作っててくれる? 元々そうするつもりだったけど、釣りで魚釣って飯にしよう。それなら俺が金のリンゴしか持って無かったのもなんとなく誤魔化せるから。