人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
あー、ビックリした。海を渡った途端に、まさか陽の光に強いゾンビと戦うことになるとは思ってなかったわ。神父さんとのあの言葉がいきなり否定っつうか通用しなくなったの辛いんだけど。まぁ、アンデットなことには変わりなくて、治癒のポーションがちゃんと効いたから良かったけど。
あの子の前で恥ずかしい思いした甲斐があって、スプラッシュの瓶を2つ、互いにぶつけ合ってヒビ入れてから投げたおかげで、問題なく弾けてくれたわ。跳躍で高さが有ったのも良かったかもな。
てか、それもそうだけど、黒髪黒瞳で浅黒い肌の美少女に急に抱きしめられて、情けなく驚いちゃってめっちゃハズい。
とりあえず、首を抱いてる腕を放してもらって、立って後ろにいる男性陣へ顔を向けた。うわぁ……、全員もれなく怒ってるわぁ……。そうだよなぁ、さっきこの子のこと「姫」って言ってたし、大事な子が知らん男に懐いてたら警戒するわな。俺もする。でも、俺、怪しいもんじゃないです。
5人いる中で1番厳つい顔した男が、俺を睨みつけながら口を開けた。
「お前……、何もんだ」
「おっ、わ、私は、旅人のルゥパと申します。そちらのお嬢さんに呼ばれ、貴方がたの救出に駆けつけました」
名乗ってペコッと頭を下げたら、痛いくらいに向けられてた敵意は幾分かマシになった。
目の前に居るのは6人の男。全員顔の作りは個性あるとして、色味がこの女の子と同じ浅黒い肌に黒髪黒瞳。この地域特有の色味なんだろうか。俺の村の皆も、俺と殆ど色一緒で黒髪に緑瞳だったしな。神父さんだけは茶髪で青色の瞳してたけど。まぁ、外から来たしな、あの人。あ、神父さんがどこの人なのか探すのもいいかもしれん。って、今はそんなことを考えてる場合じゃねぇ。
「色々と尋ねたいこと、仰りたいことはあるかと思いますが、その前にラマの傷をどうにかしましょう。話は移動しながらでもできます」
「お、おう……」
ちょっと話してる間にも手を繋いできた女の子を厳つい彼に送って、彼らの後ろにいるラマに近づいてった。すぐそばには不安そうな顔してる女性、おそらくあの子の母親がいた。軽く礼してから治癒の、今度は普通のポーションを取り出した。
「そんな高価なものを……」
「気にしないで、とは言いませんが、早くここから離れた方がいいです。怪我をしているのはこの1匹だけですか?」
6匹いる中唯一座り込んでいるラマを見ながら言ったら頷いてくれたから、そのラマの顔を見ながらしゃがんだ。息を荒く繰り返すラマの顔には疲れがありありと浮かんでた。……あれ? いや、ちょっと待てよ? 俺さっき、スプラッシュ投げたよな? 緊急事態用で、普通のより3倍濃いやつを2個投げたから、範囲はキャラバン全体だったはず。
「君、立てるんじゃない?」
砂と似た色の毛のふわふわした頭を撫でながら言えば、息を荒くするラマは長い首を傾げてからモゾモゾ動き出した。痛くないって確かめてから立ち上がって、左足をバスンバスンって何度も踏んでた。元気そうじゃん。良かった。
「怪我をしていたのは、この左足なんです?」
「え、ええ……」
「じゃあ大丈夫だと思います。次のモンスターが来る前に早くここから離れましょう」
こっちもあっちも無駄な出費が無くて助かった。使ったのは“治癒のポーション”、スプラッシュが2つに普通のやつが1つ。……うん、俊敏と跳躍のポーションはおまけにしとくか。いきなり押しかけてた『高いもん使ったから払えや』とか言ったら刺されそうだし。うん、目の前で使ったやつだけにしよ。
「後でエメラルド貰いに来ますね」って言って一度仮拠点からテントを回収しに帰って、またキャラバン一行に戻ってきた。俺を待たずに出発してんの、正しいんだけど寂しいわ。
それからいろいろ聞かれる前に、この一行の1番偉い人から報酬のエメラルドを受け取った。悪ぶるつもりはないけど、ただ親切を受けるだけよりは何かしら報酬渡しといた方が向こうも安心できるだろ。
「貴重なポーションが全部でエメラルド10個の価値……。随分と安すぎやしないか?」
「あ、そうなんすか? なら、ポーションの適正価格のご享受と、村までご一緒させていただくっていうのも、そちらが払う報酬ってことで」
「なるほど。だから一旦拠点に戻ったんだな」
「そういうことです」
悪戯っぽく笑って言えば、向こうも失笑して納得してくれた。……騙そうとしてるわけじゃないのに、俺何必死になってんだろう。って思ったけど、この人たちの姫になんか懐かれて睨まれてるから、世間知らずなだけで怪しいもんじゃないですよってアピールしといて、命助かったかもしれん。
何度外そうとしても離してくれない姫の手を引いて、村までの道中を行く。その道すがらいろいろ話を聞いた。彼らの名前とか、何してる人たちなのかとかね。
厳つい顔の“サーリムン”
サーリムンの奥さんの“リーエン”
垂れ目の“ナーゼフ”
のっぽの“エンティファ”
丸刈りの“マール”
頬に傷がある“カダシュン”
無愛想な“サンダタ”
皆のお姫様、“アエデ”ちゃん
ラマ6匹を引き連れた、全員で8人の彼らは行商の集まりのキャラバン一行。いくつかの村を巡って配達物を届けたり普通に商売したりしてんだって。垂れ目のナーゼフはアエデちゃんのお兄さんで、のっぽのエンティファは同行する行商さん。マールとカダシュン、サンダタの3人は護衛らしい。そっちは体つきが違うからすぐに分かったけど。
それから、この女の子、アエデが姫って呼ばれてるのはキャラバン一行のリーダー、サーリムンの娘だから。皆から可愛がられてんだな。そりゃそんな大事な子が、こんな得体の知れない男に懐いてたら警戒するわな。
俺の話もしようとしたタイミングで、アエデ姫が雪玉ちゃんの事とか俺の使ったポーションの話をしだしたから、商売人組のサーリムン・ナーゼフ・エンティファとアエデ姫と俺で雪玉ちゃんの話で盛り上がってた。やっぱ気になるよな。雪玉ちゃん可愛いし! ほらほら、意外と力持ちなんすよ! ポーション1個持てちゃうんですから! ねーすごくなぁい!?
あれからモンスターに襲われることもなく、順調に村まで歩き進めていた。そして空にオレンジ色が足された頃、リーダーのサーリムンが手を打ち鳴らした。
「よし! ここいらで休憩する! 天幕を張るぞ!」
「え、もう……?」
「うん! 夜に騒いでたら、またモンスターに狙われちゃうでしょ? だから早いうちに夕ご飯済ませちゃって、早めに休むんだよ」
「そうなんだ」
元々1日じゃ着かない旅路だったらしい。それを教えてくれたアエデ姫は母親のリーエンさんと一緒に夕食の準備に取り掛かった。こんな砂漠のど真ん中で料理って色々大丈夫なのかなって不安になったけど、今夜のメニューはベイクドポテトとウサギシチューだって。いかにも旅の途中のメシって感じで気分上がるわ。なんかあんなら俺が排除すればいいしな~。
強い風が吹かないことを願いながら立てていく仮拠点のテント。干し草で編んだ敷物の上にカラフルなカーペットを敷いて、その上に立てた。中にいくつもつっぱり棒を立てた、巨大でなだらかな三角屋根のテント。屋根と壁を一挙に引き受けるそれは広げられた範囲がとんでもなくデカくて、人間8人どころか15人くらいなら余裕で寝れるかもしれない。俺の1人用の三角テントと違ったなだらかな角度の屋根は、強い横殴りの風だってきっと受け流してくれる。隙間はあるから風も砂も入ってはくるだろうけど。
ラマたち用の同じ規模のテントを立てたら、夕食が出来上がったらしくて呼ばれた。肉が焼ける匂いも、煮込まれるキノコシチューの香りも懐かしくて、泣きそうになってたら一緒にテント立ててた野郎どもから変な顔された。見んじゃねぇ!
深さのある鍋で煮込まれたキノコシチュー。それを木のお椀によそってくれたのはアエデ姫。ニッコニコで渡してくれたからこっちもニッコニコしてたら、6人分の殺気が背中に刺さって痛かった。お、俺はサータちゃん一筋なんだよぉ! 言ってないからアレだけどさぁ!
夕食を食べ終わる頃には陽は沈みかけてて、本格的に危ない時間帯になってきた。この人たちはどんな風に夜を超えるんだろう。って思ってたら、一斉になんかのポーションを飲みだした! な、なんだその色!? 鉄色!? いや、鉄より鈍い、光沢がない、石みたいな、重めな色だ!
「な、なんすか、それ!」
「ん? “透明化のポーション”だよ。あンだ、旅してんのに、知らねぇのか?」
「と、透明化!? し、知らないです。初めて見ました!」
目を丸くする俺を面白がるマールが、飲み干した瓶を俺に渡してきた。俺も知ってる形した瓶の中で、鈍い鉄色の雫ができてた。匂いを嗅いだら、何か発酵した変に甘い匂いが──いや、甘いのはニンジン? 獣みたいな匂いの奥に金のニンジンの匂いがする。なんだ、何を混ぜた? 発酵した何を混ぜたんだ!?
「初めてってこたァ、持ってねぇってことか」
「あ、嘘! もう予備無いのよ!? どうしましょう、余分に買っとくんだったわ~」
俺が“透明化のポーション”とやらを分析してる間にも会話は進んでて、当たり前だけど俺の分は無いってのを知らされた。そりゃ、こんないろんな素材使ってそうなポーション、絶対高いもん。余分に買うなんてよほどの金持ちだわ。
「あの、これって材料が何か知ってますか? 材料があれば自分で作ります」
「えっ!?」
「お前、ポーション作れんの!?」
「そらお前ら、“治癒のポーション”をあんなに贅沢に使う奴が作れないワケねーだろ。だが、スマンなルゥパ。材料は知らんわ」
「そうですか……」
材料が分かんなかったら、無闇矢鱈に試作品作ってもしょうがない。ここは素材がすぐに調達出来る故郷のヘムスタッド村じゃない。ちゃんと拠点構えてから試作品は作んねぇと、すぐに素材が切れちまう。
「突然押しかけておいて、ねだるようなことはしません。無ければ、俺が気配を消すだけなんで、気にしないでください」
「そんな事できんの?」
「これでも2ヶ月は無事でいた旅人なんで」
「旅歴浅っ」
胸を張ったら、もう透明になったカダシュンに馬鹿にされた。んだとテメェ。ネザーでも通用する俺の影の薄さ舐めんなよ。今は、俺が人間じゃなくて魔女だから、同じモンスターに相手にされないってだけだけどな。
暗闇を好むモンスターたちを避ける為にランタンをそこらじゅうに置いて、眩しいテントの中で雑魚寝した。いくら彼らが透明化のポーションを飲んで姿を消してたとしても、騒ぐと普通にバレるから、見張りのサンダタ以外の全員はさっさと眠りに着いた。砂漠を走る風の音だけがする、静かな一夜を過ごした。……アエデ姫がどうしても俺のそばから離れないせいで、殺気が突き刺さって、ちょっと眠りづらかったけど。アエデ姫が完全に寝たら、隣で寝てくれているお母さんのところにちゃんと渡した。それでやっと殺気が収まったわ。
明確に聞こえるほど、外で吹く風の音が強くなってきた。その風に連れられた寒さが厄介なことに俺の上に降り立った。ちょっとでも暖を取ろうと身動ぎしたら、テントの外から声をかけられた。
「ルゥパ、起きてるか」
「サンダタ……?」
声をかけてきたのは、無愛想で無口だと思ってたサンダタ。透明になってて見えないけど、テントの布が不自然に持ち上がったから、「出てこい」ってことかな。周りを起こさないように静かに外に出れば、体温を持ってく冷たい風と、満天の星空が眼前に広がった。あの青い星、見たことないかもしれない。……随分遠くまで、来たってことかな。船スゲー。
「どうしたんですか?」
「……ルゥパ。お前を疑っているワケではないんだが……」
「はい?」
「……私はこのキャラバン一行を護衛する任務を請け負っている。故に、お前が何者であるのか、なぜ私たちを救ってくれたのか。理由を聞かなければ警戒が解けないんだ」
「……なるほど」
やっぱ俺怪しいもんなぁ。俺も話そうって思ってたけど、アエデちゃんに遮られちゃったからな。盛り上がったのは俺が悪かったけど。
だから、茶々入れとか話の腰を折る人が居ないこの時間帯に、いい機会だからって呼び出されたってわけだ。無愛想で無口だとか思ってたけど、普通にいい仕事する人じゃん。
なんか恨まれてるとかそんなんでもないし、普通に、最初っから話するかぁ。