人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
金のリンゴは瀕死の人が食べると、①体力回復 ②無敵感 ③生きる気力を湧かす らしい。
俺が食べた時を振り返ってよくよく考えると、確かにバカみたいに元気になったし、雪玉ちゃんに遊んでもらってたくらいだから、あれはいろんな意味で無敵感だったのかも。生きる気力については分かんなかったけど、そこは瀕死かどうかの差だったのかも。
タックには金のリンゴを食べさせる前に治癒のポーションをぶっかけてたから本当に瀕死の人じゃ無いし、本当の人ならもっと効果がハッキリするのかも。それこそ、ゾンビとか。
……よし! 鍾乳石とそのブロックでポーションの実験したら、またゾンビに浴びせよう! 食わせよう! この世にこれほどチカラ漲る食べ物は他に無いんだから!
あれから更に追加ゲットした素材でもポーションの試作が出来たから、ちょっと怖いけど楽しみな実験をしよう。やってやらぁ!! ってなんか変に意気込んで、魔女の異空間の入口を構えた、色とりどりのサンゴと熱帯魚が綺麗な海から出た。そしたら、なんか、空気がざわついてた。
髪が暴れるくらいには強い風が吹いてて、空を覆う重たそうな灰色の雲は流れが速い。あんなバラバラ極彩色から出てきたばかりだから自信無いけど、お天道様が雲に隠されたにしたって、世界が妙に薄暗く見えた。時計が教えてくれる時間では、もう、昼を過ぎてるはずなのに……。
腹の底から震えてくるような、冷や汗をかく、この不安な感じ。
「あの時と、同じだ」
俺の村を壊滅させた、あのゾンビの襲撃の時と、同じだ。
同じなら、もう、遅いんじゃないか。あの時既に手遅れだった俺の感覚なら、そういうことなんじゃないのか。とか思いつつ、生存者が今度こそ居る可能性にかけて、走る。より不安が強くなる方へ、走る。
俊敏ポと跳躍ポで機動力を高めて、山をひとつ超えた。越えた先には大きな平原と、そこにこじんまりと家が立ち並ぶ、小さな村があった。大きな川沿いの木造住宅がのどかな村は、普段だったらほのぼのとした時間が流れているんだろう。今は、ゾンビが我が物顔で闊歩してて、とてもそんなこと言えないけれど。分厚い雲がお天道様の光を遮ってるせいで、ゾンビたちは燃えないでいるっぽい。……また、俺は。
イヤ、切り替えてけ。そうだよ、丁度いいじゃん。元々金のリンゴを検証する為に外に出てきたんだ。ここがいい実験場になんじゃん。あ、待って、まずは生存者の確認からだろ何考えてんの。
「……羽織るか」
久しぶりに、表の世界で革の白コートを羽織った。とても、泣きたくなるほど安心して、力と使命感が湧いてくる。やっぱり俺は、こうでなくちゃな。雪玉ちゃんたちも出ておいで!
ボロボロの防護柵にグチャグチャに荒らされた畑、食い散らかされた家畜達の横を素通りして、村の敷地内に入る。やっぱり俺には攻撃してこないここのゾンビは、獲物を求めてフラフラ歩き回るか、それまで逃げ隠れていただろう猫を食い散らかしていた。……アイアンゴーレムは、ゾンビ化した村人に危害を加えられずにいたんだろう。ボロボロになって、樹の下で倒れていた。まだ動けるのかどうかは分からない。ただ、悲しい。
本当に生存者が居た場合、変に声かけなんかして返事されたら、ゾンビたちがその人を狙って襲撃してくるに違いない。だからなるべく足音を、物音を立てずに、家を一軒一軒調べて回った。ベッドの下、棚の中、収納の裏、トイレの中。人が隠れられそうな場所は念入りに見て回る。見つかったらその人と一緒にテレポートして避難させるつもりだ。まぁ、今のところ、避難させるべき人間は見つかってないんだけど。
こじんまりとした村には、家の数はそんなになかった。雪玉ちゃんも一緒に探してくれたから、巡るのにそこまで時間はかかんなかった。
「残りは、この学校か……」
人口の数に合わせた小さな校舎。割れた窓越しに中を見たら、生徒用の席は両手で数えられるくらいしかない。……何あのチビゾンビ。席に着いて、先生来るの待ってんの? 勉強好きだったの?
玄関から中に入って、教室を1つ1つ見て回る。机の下とか棚の中とか。天井も見上げた。それくらい、隠れられそうな場所はあんまりなかった。……だから、希望、うっすいわ。
普通なら人が留まる時間が少ない場所を優先して探す。倉庫とか。人が来ないならゾンビも来ない。だから、隠れてるかもって。でもどっちも居なかった。
どっちも居たのは、職員室だった。めっちゃアテ外れてたわ。
大人用の大きい机が数個に、書類とか教科書とかその他もろもろ仕舞う棚がたくさんある部屋。その大きな棚と頑丈そうな机の隙間で、ゾンビがこちらに背を向けてしゃがみこんでた。その前には暗い色した木の壁があって、土色髪のゾンビとの間から、まだ変色してない肌色が見えた。
「ハッ……、生存者……!」
思わず声が出て、口を押さえる。けど後の祭り。俺の声を認識したゾンビはこっちにゆっくり振り向いて、辛そうな表情を見せた。変色はしてても、肌はまだ、溶けだしてなかった。
「ヴァアア゛ァアッ!」
俺を見たゾンビはふらつきながら立ち上がって、吠えた。酷い顔で、喉の痛そうな声で吠えた。吠えた……?
「俺に、敵意を向けてる……?」
つまりこのゾンビは、魔女でモンスターの俺を、仲間と判定してない?
「せん、せぇ……!」
女の子の、泣いてそうな声が聞こえた。子供特有の澄んだ声。焼けた喉からじゃ絶対に出ない声。あーはい、もー分かりました。この男のゾンビ、先生は、生徒の少女を守る為に他のゾンビに見つからないように自分の体に隠して、見慣れない俺に威嚇してんだ。
ゾンビになっても尚、生徒を守る先生とかさぁ。
「かっけぇじゃん」
さあ、傷付けずに金リンゴ食べてもらうには、どうしたらいいかなー?
「やめて、殺さないでっ、先生を殺さないで!」
「ちょっ、バッ!?」
とりあえずなんかポーションを取り出そうとインベントリの中に手を突っ込んだら、少女が先生ゾンビと俺の間に割り込んできた。しかも、大声出しながら。もうこのお馬鹿! 他のゾンビ来ちゃうから! 先生がカッコイイなら生徒もカッコイイのは分かったから!
俺を涙目で睨みつけてくる土色髪ラピスラズリ色目の美少女。先生を俺から守る為に腕を広げて立ち塞がってくる。興奮で上がりまくったその肩に、変色した手が置かれた。
「しぃー……」
見上げた少女に対して、先生は口に人差し指を当てて、注意してた。
なんだよ、この人。ゾンビじゃないじゃん。あの時の神父さんと同じじゃん。
絶対に、助けなきゃ。
パリンッ
「きゃっ! な、何するのよ!」
「グォオオオオッ」
「今かけたのは、弱化のポーション。力が入らなくなるくらいの効果しかないよ」
「な、なんでそんなの……!」
「静かにして欲しいのと、話を聞いて欲しいから」
弱化のスプラッシュポーションを投げつけて、2人共抵抗しづらくした。当たり前だけど怒られた。だけどあんまり興奮してると他のゾンビがここに乗り込んできちゃいそうだし、何より、俺の話を聞いて欲しくて。まだこの先生に人間の意識がある内に説明しといた方が、きっとスムーズに事は運ぶから。牛乳も今渡しとこ。
「先生さん。俺は、人間をゾンビから元に戻す方法を探してる。先生さんには、その実験体になって欲しい」
「!!! じゃ、じゃあ、先生、それに皆も元に戻るの!?」
「その方法を、今、試すんだよ。……失敗したら、アンタはゾンビとしても死ぬかもしれない。けど、それは俺が次に繋げるから」
「……」
ゾンビになったとしても、会話はできなくても、意思は通じてるらしい。先生さんは真っ赤な血の色の瞳に、僅かに理性を宿していた。
「だから、これを食べて欲しい」
先生さんに差し出したのは、金のリンゴ。まだ理性を残してるなら、人の部分が残ってるなら。きっと、間に合うはずだ。
金のリンゴを2つ、弱って床に座り込んでる先生さんと少女に渡した。俺もひとつ、毒見の意味を込めて食べて、“人間にとっては”安全なのを伝えた。
「お、美味しい! せんせっ、これ美味しいよ!」
襲撃がいつから始まってたのか分かんないけど、お腹を空かせてたっぽい少女がまず食べて、その甘さに驚いて目を見開いて、また食べ進めた。それを見た先生さんが、食べてくれた。「グゥウオオオッ」って苦しそうに呻きながら、それでも、頑張って、食べてくれた。
『ヤ"ァ"ア"ア"ァ"ア"ア"ア"ァ"ア"ッ!!!!!』
『オァオッ、オォ"ア"ア"ア"ァ"ア"ア"ッ!!!』
『ヒヤォ"ア"ァ"ア"ォ"オ"ッ、オ"ア"ッ、エ"キ"ャ"ア"ア"ア"ッ!!!!!』
サータちゃんの最期が脳裏に浮かんで苦しかった。それでも、食べさせた俺には責任がある。だから、金のリンゴを食べきって、のたうち回ってる先生さんを、ずっと見届けた。……女の子の方は苦しんでなかったから、本当に最初から人間だったんだろうな。先生さんに命懸けで守られてたんだろうな。
「……アンタの顔、覚えたからね」
動かなくなった先生さんを抱いて、少女は俺を泣き腫らした目で睨みつけてきた。
「形が綺麗に残っただけ、感謝してくれていいんじゃねーの」
次だ、次。先生さんにも約束したんだ。失敗は、次に繋げるって。次のゾンビには金リンゴで作ったポーションを飲ませたり浴びせたりしよう。なんか中身、分離して沈殿してるから、ポーションとして普通に失敗してるかもしれないけど。何があるか分からないのは確かだから。
「ん?」
少女に恨まれて辛いから、雪玉ちゃんにあとは任せて俺は外で次のゾンビを探してた。既に鍾乳石だとかサンゴとかの素材での試作ポーションは試して、効果無いって分かった。流れで金のリンゴで作ったポーションを家の中にいたゾンビに投げてたら、遠くから見られてる気配を感じ取った。スタークみたいに望遠鏡でこちらを覗いてんのか? 集中してそっちを見たら、俺が超えたのとは違う山の上から、こちらを見る3つの人影が見えた。その中の一人が、紫色の服を着てるのも確認できた。
──聖職者だ!
今すぐ走り出したかった。逃げなきゃ殺されるって思った。だって、今の俺は白いコートを着て、雪玉ちゃんたちも生存者を探して飛んでる。これ明らかに奴らの言う“白い魔女”状態だもん!
……だけど、逃げなかった。むしろ堂々と待ち構えてやった。だって俺、何も悪いことしてねぇもん! いい加減、直談判してやる!
俺のことを見ていた人間3人がこっちに向かってくるから、俺も雪玉ちゃん数人引き連れて、村の外に出た。……距離があるとしても、奴ら、来るの遅いぞ。
急いでる様子では全くない奴らが足を止めたのは、こちらの剣の間合いの3倍の距離だった。
「救助隊にしては、かなりゆったりとしたご到着ですね」
「わざわざお迎えしていただいたかと思えば、随分なご挨拶だ。“白い魔女”」
くっそ、俺をそう呼ぶって事は、間違いねぇのか! こいつ、俺を殺したいタイプの聖職者だ!
左右に控えてる全身ダイヤ装備の男2人は、弟子ってところか? 神父さんと俺で言う、俺の立場だ。……コイツらも、笑ってやがんなぁ。
「出迎えたんじゃねぇよ。これ以上近づかれたら、この村の人たちがアンタらを察知して襲っちまうから、それを防ぐためだ」
「おやおや、慈悲深いことで」
アンタらが襲われないようにじゃねぇよ。不用意に近づいたアンタらを仲間にしようとこの村の人たちが襲って、返り討ちに遭わねぇようにだよ。面倒だから言わねぇけどなぁ!
「そんで? 何しに来た。彼らを治療するってなら歓迎するけど」
「ゾンビを治療? そんなこちらまでゾンビになりかねない事なんてしませんよ」
「……なら、帰ってくれ。俺も暇じゃねぇんだ。晴れるまでにあの人たちをどうにかしたいんだよ。……邪魔、しないでくれ」
「ほう、邪魔、とは?」
白々しい! すっとぼけてんじゃねぇよ。“白い魔女”って呼んどいて、今更なんだよ!
「俺を、殺そうとしてくんな」
短く、要約して要求するが、聖職者は面白そうに顔を歪めただけだった。