人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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忘れない少女視点


83 なんでアンタがこれを見れないの!

 いつもならニワトリの鳴き声で目が覚めるのに、あの日は鐘の音で叩き起こされちゃった。

 尋常じゃない鐘の音の中で聞こえてくる、ママの「逃げなさい」って声と、自警団の男の人たちの戦う声と、ゾンビの唸り声。怖くて、足が竦んで、ベッドから出たくなかった。だけど避難しなきゃもっと怖い目に遭うって、日常的に、パパもママも先生も言ってた。だから私、頑張って、避難室まで1人で逃げたの。

 

 パパとママが出ておいでって言ってくれるまで、迎えに来てくれるまで、私、いい子で待ってたわ。ずっとずっと、屋根裏の避難室で、何日も待ってたの。

 ママたちの悲鳴が聞こえても、自警団の男の人たちの声がしなくなっても、ゾンビの唸り声と動物さんたちの悲鳴と降り止まない雨の音しか聞こえなくなっても。ずっとずっと、ずーっと、待ってたのよ。

 

 ……でも、パパもママも迎えに来てくれなかった。だから寂しくて、辛くなっちゃって、外に出ちゃった。だって外、雨が上がって明るかったんだもん。ゾンビって明るい場所じゃ生きられないって教わってたから、大丈夫だって思ったの。……だけど、そんな事なかったわ。元気じゃないだけで、皆が、パパもママも、まだそこにいて、フラフラって歩いてた。曇りだったから。太陽が焼いてくれないから。皆を、まだ天に連れてってくれてなかったから。

 出なきゃ良かった! でも戻ったらもっとダメな気がして、学校に行った。学校にだったら大好きな、大好きな先生がいるはずだから。

 

 先生、先生、フォンチャ先生! 先生、一緒に逃げようよ!

 

 校舎に入って真っ先に向かったのは、職員室。先生がいるのならきっとそこだから。一目見ただけじゃ見つからなくて、隠れてるのかなって机の下とかを見てじっくり探してたら、先生は後から来たの。フラフラして、うめき声を漏らしながら。……先生も、もう、ゾンビになっちゃってた。

 シャンッと伸びた背中も、優しくて男らしい大きな手も、キビキビ歩く長い足も、ほっこりする低くて甘い声も、あったかい青い目も。全部全部、ぐちゃぐちゃになっちゃってた。

 

 肌が黒い緑色に染まった先生は私を見つけると、いつもと全く違ったダラダラした歩き方で、だらんと手を伸ばして、私に迫ってきた!

 ──怖い! 嫌だ! たすけて!

 

 いくら大好きな人だろうと、ゾンビになったらやっぱり怖い! 足がガクガクして、他の皆にバレたくないから声も出せなくて……。手でなんとか床を這いずるけど、私が逃げる早さより先生が追い詰めてくる方が早くて、あっという間に壁際に追い込まれた。どうしよう、どうしよう! どうしたらいいの!? 隅っこで縮こまって悩んでる間にも、先生は私に覆いかぶさってきて……!

 

 フォンチャ先生になら、いいかなぁ。

 

 どうせゾンビになるなら、大好きな先生の手でそうしてほしいなぁ。って、先生の腕の中でじっとしてたけど、先生は小さく呻くだけで、何もしてこなかった。

 生きてる人をゾンビにするって、こんな感じなの? いつまでも痛みが来なくて、不思議で顔を上げたら、先生の、紫になっちゃってる目と合った。ゾンビだけど、やっぱりフォンチャ先生だから怖いどころか、安心しちゃった。

 

「……ディ、エ゛」

「! 先生!」

 

 しっかり私を見て先生が名前を呼んでくれた。何? 何を言うの? 私に何を伝えたいの? 先生、先生!

 

「……晴レルマデ、ココニ」

「うん」

「……君、ダケ、デモ」

「……うん」

 

 私の大好きな先生は、ゾンビになっても、私を守ってくれている。それがとっても嬉しくて、だけど、ものすごく悲しくて、苦しくて。先生といっしょになりたくて目の前の服を摘んだら、頭を撫でてくれた。……ありがとう、フォンチャ先生。私、生きる。皆の分、先生の分も。

 

 そう、決めたからなのかな。真っ白で可愛いボールみたいな生き物と一緒に、白いコートを着た不思議なお兄さんがやって来た。

 不思議な白い子と一緒に来たお兄さんは、『人間をゾンビから元に戻す方法』を探してるって言ったの。それじゃあ先生も、パパもママも皆、元に戻るの!? って期待したけど、まだ探してる最中だって。だから、先生が、実験されることになっちゃったの。

 

 そして、先生は、動かなくなった。

 

 

 

 雲の切れ目から太陽の光が差してきたのかな。皆の叫び声が遠くから、ウシさんブタさんたちの農場から聞こえてくる。……先生が燃えないように、窓から離れて、西日が届かないよう板材ブロックで壁を立てて影を作った。……『形が残っただけ、感謝したら?』って、どういうことだったんだろう。

 お兄さんが前に試した時は、残らなかった、ってこと?

 

「師匠~、生存者発見しましたよ~」

「ご苦労」

 

 辛そうな顔して出て行ったお兄さんの次にやってきたのは、声だけの男の人達。何人居るのか分からないけれど、そこにいて、私のことを見られてるってのは分かる。……気持ち悪い。怖いよぉ。

 

「君、お名前は?」

「あ、アンタたちこそ誰よ……!」

 

 怖くて、威嚇するみたいにそう言ったら、「これは失礼しました」って謝られた。……見えないけど、悪い人たちじゃなさそう、かな。

 

「私は中央教会所属の聖職者・スニッシェン。今は透明化のポーションを服用している為、あなたには姿が見えていないでしょうが、ここには他に弟子が2人います。そして我々は、生存者の保護に来たのです」

「ほ、ご?」

「ええ。ですから、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「……ティエ、よ」

「ティエさんですね」

 

 意識がちゃんとしてるかどうか確かめる為って言って、聖職者だって言う男の人は私に色々質問してきた。村の名前とか、パパとママの名前とか、村のいい所とか。「アンタたちこの村のことなんて知らないのに、これで確認できるの?」って聞いたら、「淀みなく答えられればそれでいいんです」って。間違っててもしっかり口が回ってれば、人間だからって。だから、私は生きてる人間だって確かめられたらしい。

 

「ところで、あなたが膝に頭を乗せているその方、様子が不思議ですね」

「え?」

 

 質問中ずっと優しかった男の人の声が、一気に胡散臭くなった。思わず先生をギュッと庇ったけど、気にせずジロジロ見てるみたい。

 

「日光が届かない屋内にいるにも関わらず、人間であるあなたに襲いかかる様子はない。力尽きているかと思いきや、どうやら眠っているようだ。聖職者になってそこそこ経ちましたが、ゾンビが眠っている姿なんて、初めて見ました」

 

 私が警戒してるのを無視して喋る聖職者の男の人。興味があるって感じはその通りなんだけど、なんていうのかな……。純粋に知らないことを知りたいって感じじゃなくて、こう、お金になりそうだから、みたいな。

 

「こちらの方がこのようになった理由、ティエさんはご存知ですよね?」

 

 急にまた視線がこちらに向いた気がして、怖くなった。

 

「……先生のこともしっかり保護してくれるなら、話すわ」

 

 でも、生きる為ならそれも利用してやるわ。勝手にだけど皆と約束したもん。生きるって。

 

 そういえば、白いコートのお兄さん、どこに行ったんだろう。

 

 

 

 意識の無い人を運ぶ予定はなかったからって、フォンチャ先生は馬とロープで繋がれたボートに乗せられて、引き摺られてた。私も疲れたらそっちに乗ったし、保護してくれた人たちでも馬に乗るのは1人で、残りは歩いてたから気にしなくていいんだろうけど。

 

「ほう、弱化のポーションをかけられた後に、金色のリンゴを食べた、と……」

 

 急げない道のりだから、日が暮れたら聖職者のお弟子さんたちがパパッと丸石で仮拠点を作ってくれた。その中で、私は聖職者の男の人、透明化が解けたスニッシェンさんに質問されてた。それが先生も保護してくれる条件だもの。……私以外の生き残りは、村の中にはいなかったみたい。逃げ延びてて、いつか会えたらいいなぁ。

 

「その金色のリンゴはどうやって作ったか、提供者は語っていませんでしたか?」

「いいえ。だけど、とっても美味しかったわ。なんだか体も元気になったし」

「栄養価が高いようですね」

 

 栄養価が高い、だけで済まされる話じゃない気がするけれど、今ここで再現出来ないんだから何か言ったってしょうがない。

 

「金色のリンゴが効果的だったのは間違いないでしょうが、弱化のポーションは意味があったのか……。もしや、ゾンビになってしまってからの時間経過も肝心な要素なのでしょうか?」

「確かに先生、白いコートのお兄さんが来た時もまだ、喋れなかったけど人間らしかったから……」

「どの程度?」

「えっと、話を聞いて、理解できるくらい」

「なるほど……」

 

 ……先生、動かなくなってるけど。この人は失敗してるって思ってないのかな。あ、そういえば!

 

「ねぇ、白いコートのお兄さんはどうしたの? 他の皆で実験するって言ってたんだけど」

「あぁ、奴なら追い出しましたよ」

「……え?」

 

 や、()? なにその言い方。追い出したって、どういうこと!? どうして邪魔したの!? 混乱してることなんてすぐに見抜かれて、「落ち着いて聞いてください」って先手を打たれた。

 

「貴方の言う男は、我々が“白い魔女”と呼ぶモンスターです」

「っ、はぁ!?」

「白い玉のような生き物を使役し、人間と容易く意思疎通が図れる高い知能を保持。ポーションが作れるということは高い戦闘能力を持っている事の裏返しであり、これらのことから“白い魔女”は討伐対象となっているのです」

「ちょ、ちょっと待ってよ! あのお兄さんが、モンスター!?」

「エンダーパールも無しにテレポートが出来る人間など、本当に人間ですか?」

「!?」

 

 な、何よ、それ……! そ、それじゃあ、話がおかしいじゃない!

 

「じゃあなんでアンタ、私から話を聞いたの! 金色のリンゴはあの人がくれたのよ!?」

「使えるものはモンスターであろうとも使う。ポーションが何の素材から作られているかご存知ですか? そのポーションを作る醸造台からブレイズ、ネザーのモンスターの素材から作られているのですよ」

「……ひどい」

「何をおっしゃる。そのおかげで命拾いした人間の数は計りしれませんよ。この世の全ては人間の為に、とまでは言わずとも、同胞が同胞の為に他を利用することなど、普通のことでしょう?」

「そ、それはそうかもしれないけど……!」

 

 だからって、あの人の手柄を奪うのは、人としてどうなのよ!

 

「ん……」

「! 先生!?」

「おや、思っていたよりお早いお目覚めですね」

 

 ベッドから先生の声が聞こえて振り返ると、先生の目が開いていた。青かった目は赤くなったまんまだし、肌も相変わらず緑がかってる。でも、確実に変わってるところがあった。

 

「……ティ、エ?」

 

 先生の声が、綺麗になってた! 金色のリンゴの効果は確実に出てる!

 

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