人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
フォンチャ先生の意識が戻ったから、移動はかなり早くなった。ボートを引っ張らなくて良くなったから、今いるウマに追加でロバを懐かせて、移動の足を増やしたの。先生はまだ体力が戻ってないから、日光で焼かれないように布でぐるぐる巻きにされた後でウマに乗る人の背中に括られてるけれど。海を渡る為にボートに乗ってる今も。暑そうだなぁ。
そうそう、日が経つにつれ、先生は人間に戻ってきたわ。最初は長く起きていられなかったけれど、起きたらたくさんご飯を食べるようになったし、どんどん肌の色が元に戻ってきた。何度も聞き直してた耳も、凝らさなきゃいけなかった目も、物が掴めなくて不器用にしか動かせなかった身体も、村から脱出して6日経つ頃には、殆どすっかり元に戻ってくれた! 目はまだ青くならなくて、ずっと眩しそうにしてたけど。
あと、村に居た時と、態度がかなり違ってるのよね。
「はっはっは~! いや~、何度も何度も繰り返しになってしまいますが、本当にありがたいことです! ティエを保護してくれた上に、僕の事も助けてくださるなんて!」
「感謝していただけるのはありがたいですが、あの村で救えたのは貴方がた2名だけですから」
「いやいやいや! 恐ろしい数のゾンビに襲撃された村は全滅するのが世の常。そこから2人を救い出すなんて偉業ですよ! あはは! ですからね、フフォア村の皆も、ティエを救い出してくださった貴方がたに感謝こそすれ、自分たちを救えなかったからと恨むことはありませんから!」
「そう言っていただけると、私たちの無念も報われます」
「それは良かった! あっはっはー!」
……先生、こんなに腰、低かったっけ? あと「あははー!」なんて笑う人じゃ全然なかったよね。すっごいアホっぽい。
大人なら、命を助けてもらったなら、このくらい感謝するの? うん、しそうよね。でも、やりすぎな気もしないではないのよ。太陽の光を眩しがってるけれど、起きてから先生はずっとご機嫌だった。だから、こんな事も言っちゃう。
「僕に至っては、ゾンビになった状態から復活させたのでしょう? 一体どうやってですか? 襲われてから目覚めるまでの記憶が殆ど無いのが惜しいくらいです!」
その言葉は、人の成果を奪うクズじゃなくって、白いコートを着たあのお兄さんに言ってあげて欲しかったな、フォンチャ先生。
「ティエ? ……教会に向かうのが、心配なのかい?」
あからさまに嫌な顔をしてるのを見られて、先生にそう言われちゃった。……そうよね。今私、先生の後にお礼を言わなきゃいけなかった。でもやらなかったから、心配されちゃった。多分、怒られてるんだと思う。
それもショックで体が硬くなってたら、先生が優しい声で「大丈夫だよ」って笑いながら言ってくれた。
「確かに、突然殆どを失って不安な中、新天地に向かうんだからね。僕も正直心配だけれど、大丈夫。だって僕にはティエが、ティエには僕がいるからね!」
「先生、ついに私と結婚してくれる気になったの!?」
「それだけは絶対に断る」
「どうしてよー!」
期待が裏切られて叫んだら、そんな私を面白がって先生笑ってる! んもう! 私本気なんだからね! 二度と諦めてやるものですか!
可愛く見えるようにプリプリ怒ってたら、1人だけ後ろにチェストを積んだボートに乗ってた聖職者が「微笑ましくお喋りなさってるところ申し訳ありませんが」ってぶった切ってきた。クズって知ってるから、この人の声聞くの、もう嫌なんだけど。
その人が指さす先を見たら、大きな白い建物が見えた。
「あれが、我々太陽教の総本山、中央教会です」
海の上から見てるっていうのに、何階建てか分からないくらい大きい建物。剣みたいにスーっと高く聳える屋根は空に祈りを捧げてるみたいで、周りに等間隔に建てられた太い柱は真っ白な建物の神聖さをより際立たせてる。
「きれい……」
イヤな奴が拠点にしてる場所だって分かってるのに、思わず感想を言っちゃうくらいには、とっても綺麗な建物だった。
そして私たちはそのまま綺麗な教会へ……は入らず、この人たちの工房兼住宅に連れ込まれた。先生の体力で他の聖職者に紹介するのは辛いだろうし、この人たちが確認した中で初めてのゾンビからの生還者だから、知られると大勢に詰めかけられて大変なことになるからって。
先生や私が他の聖職者に話して、自分の手柄を横取りされたくないんでしょう? 自分たちに都合のいい話を作りやすくする為でしょう? 本当、やってる事が小者なのよ! ……なんて思ってたから、正直なところもあるのは、びっくりだったわ。
換気の窓だけにした小さな部屋の中。間を空けて置かれたベッドにぐるぐる巻きにしてた布を外して、先生を横にさせた。その後で残りの体力に問題が無いことを確認した聖職者は、もうひとつのベッドに腰掛けてから、自白した。「フォンチャさんをゾンビから人間に復活させたのは、私ではないんです」って。
「……え?」
「貴方を復活させたのは、我々が“白い魔女”と呼ぶ、モンスターです。奴の狙いは、ゾンビへ変貌してしまった人間を復活させること。その結果、貴方という成功例が生まれました」
「そ……、それでは、その人は? 白い魔女さんは、今、どちらに……?」
「奴は、あの村から追い出しましたよ」
「なっ……!? ど、どうして!?」
「奴がモンスターだからです。まぁ、さほどダメージを与えられないままテレポートで逃げられましたから、命までは取っていませんよ」
そんな事、どうでもいいのよ。アンタが先生の命の恩人を攻撃したこと、人の活躍を盗んでんのが人としておかしいっつってんの! ……アレ? でもそれを先生に話したら、世間に隠し通せなくなるんじゃ……?
先生の枕元に立っていた私へ対角線上から顔を向けてきた聖職者は、あざ笑うように、思わず身震いするような気持ち悪い微笑みを浮かべやがった!
フォンチャ先生が私を庇う為に右腕を翳してくれた。それでも聖職者は気持ちの悪い微笑みを止めやしない。
「ふふ、フォンチャさんの態度から察するに、どうやらティエさんは“白い魔女”のことをフォンチャさんに告げていなかったようですね」
「……」
「バラしたら殺される、とでも思っていましたか?」
余りにも直接的な物言いに、ついに先生が身体を起こして鉄の剣を構えた。切っ先を向けられた聖職者は「お~怖いこわい」だなんて、微塵も思ってなさそうに怖がってみせた。あ~も~ホント! ホンット嫌い!
「ご安心を。こちらに貴方がたを害する意思も、意味もございませんので」
「……なぜ、その白い魔女さんの事を僕に話したんですか」
「言わなきゃ知らずに利用できただろうと?」
「……そうです」
先生、すごい。普段滅多に剣とか持たないのに、よりにもよって人に向けて、しかも会話してる……! 震えて、先生だって怖いのに!
絶対に無理してる先生の覚悟なんて気にも留めない最低野郎は、足を組んで余裕そうにふんぞり返った。嫌い、嫌いっ!!
「私が告白せずとも、ティエさんという目撃者が居りますのでね。貴方がたに隠しても無駄ですし、──魔女の言葉など、功績など、我々は認めませんので」
「あ、アンタたちが認めなくたって、私たちが言い広めてやるんだから!」
「ティエ」
「!」
先生が頑張ってるから私も言い返したのに、それを本人に咎められた。そのまま先生は剣を下げて、「分かりました」なんて言った。な、何が分かったっていうのよ!
「それで、これから僕たちに何を求めるんですか?」
「そうですねぇ。大したことは求めていません。強いて言うと、必要な時にお話を追加で聞かせて頂きたいのと、しばらく滞在していただきたい程度です。経過観察は引き続き行いたいですからね。体調が急変しても困りますし」
「他は」
「特には。寝て過ごすも良し、こちらで暮らしていく為の準備を速やかに行うも良し。この街が肌に合わなければ出て行くのも良し。ただ、最低2週間はこちらに居てもらいます」
「……ええ。利用させていただきますよ」
「お互いの為にも、ぜひ♡」
2人共、声は明るいのに、まったく笑ってなくて、怖かった。……これが、大人?
「あとはゆっくり、旅の疲れを癒してください」って言って、聖職者は弟子の人たちを連れて出て行った。何しに行くのか聞いてないけど、多分あの綺麗な教会に行って、私たちのことを、フォンチャ先生がゾンビから人間に戻ったことを報告するんだと思う。……それに、白いコートのお兄さんの話も出ちゃうのかな。出た方が良いの? それとも? 分かんないなぁ……。
あの人たちが本当にこの建物から出て行ったのか確かめてから、先生のところに戻った。これから私たち、どうしたらいいのかな。
「ねぇ、先生……」
「さぁティエ。脱出計画を立てるよ」
「っえ?」
「あんな酷い男の為に、話をしてやる義理なんて無いからね」
ベッドにしっかり横になった先生は、すごいしかめっ面で考え始めた。そ、そんなに力んでたら、身体休まらないんじゃない……?
「えっえ? で、でも、利用するって……!」
「そうだね。僕は眩しさを感じなくなるまでここで休む。彼は利益と名誉を得る。そうした方が互いに得だし、余計な波風は立たない。大人なら多少の理不尽は受け流してかないと世の中はうまく回らない。……でもね。僕は、自分と君の命の恩人を蔑ろにして笑う人間に進んで世話になるほど、恥知らずじゃないつもりだよ」
「先生……!」
先生は分かってて、大人を止めたのね! あぁやっぱり、フォンチャ先生のこと、大好き! 結婚して!
「で、でも、やっぱり直ぐじゃない、よね?」
「……そうだね。疲れているのは事実だし。それでも、ティエの負担が大きくならない内にここから、この村から出ていきたいのだけどね」
あ、そっか。話聞かれるのって、私か。……嫌だ。私も、アイツらに協力するような恥知らずになりたくない!
「……だからって、焦ってもしょうがないわ。今の先生は休むのが仕事だもの」
「ははっ、ありがとう。じゃあ、そうだなぁ。今の内に白い魔女さんについて、教えてくれないかい? 朧げにしか記憶が無くてね」
「いいわよ! でも、白い魔女って呼ばないであげて。あいつらの呼び方だから、嫌なの。だからって私も名前聞いてないけど、そうね、白兄ぃって呼ぶわ」
「白兄ぃ、ね」
ずっと怒ってちゃ、心も身体も、いつまでも休まらないもの。だからなるべくゆっくり、話が長くなるように話した。そもそも私だって長く対面してないし、話してないもの。だから、外見とか、やって来た時のこととか、どうやって金色のリンゴを私たちに食べさせたかとか。あ、そうそう! あの可愛い白い玉みたいな子達のことも話さなきゃ! 聖職者のアイツらが来た途端に見なくなっちゃったから、あの子達のことを忘れちゃってたわ。
「あの子たち、本当に可愛かったのよ! 手のひらに乗ってくれたりね、寄り添ってくれたりね、怖かった時にずっとそばに居てくれたの!」
「へぇ……。その子って、この子?」
「え?」
先生に言われて、指さされた先を見たら、話題のあの子がいた!
「し、白ちゃん!」
「あ、やっぱりそうなんだね」
「久しぶり! あっでも、どうしてここに? ここに白兄ぃは居ないわよ?」
ふわふわ浮かんでる白ちゃんにそう訊いた瞬間、部屋の外から何かが壊れる音がした。ガラスとか物じゃない。落ちた音じゃない。ブロックが破壊される音に1番近かった。──何かが、来た。
「白ちゃ、隠れて……。先生、剣、貸して」
「いや、僕が出る。下がってなさい」
「私の方が元気よ」
「君に剣は重い」
言い合って前に出たがる私たちの横で、白ちゃんは呑気に飛んでるし、部屋の外からは男の人の声が聞こえてくる。「ホンマにこの先に居るん?」とか、「助け求めとるかなぁ」とか。1人分しか声も足音も聞こえないけど、誰と話してるの?
段々と声と足音が近づいてきて、ついに、私たちの部屋の前で足音は止まった。私たちの息も詰まる。そしてドアは開いて、侵入者の姿が見えた。
緑色の上着に革のズボンの男の人。顔はフードを目深に被ってるから見えないけど、先生よりは若そう。白兄ぃと同じか、それより若い……?
「あ、ホンマに居るやん」
「……どちら様ですか?」
「あっあっ、ボクそんな怪しいもんや、いや、不法侵入しといて怪しくないわけないんやけど、えっと……!」
緑色のお兄さんは先生に聞かれるとすごく動揺し始めた。な、何、この人……。自分で来たくせに、なんで狼狽えてるの?
自分の体の前に両手を掲げて『武器持ってませんよ』ってやった緑色のお兄さんは無理に笑顔を作った。
「あんな、ワイはセンバって言います! えっと、雪玉ちゃんに頼まれて、お2人さんのこと、助けに来ました!」
「「え?」」
助けに……? そ、そんな都合のいい話、あるの? これ、罠なんじゃない?
「どこから、僕たちのことを知ったんですか?」
「そ、そうよ。私たち、村からここに来るまで人の居る場所にはどこにも行ってないのに」
「そ、それはな、雪玉ちゃんがボディランゲージで教えてくれたんよ。この子達は1人が全員みたいなもんやから」
「はい?」
「え、えっと、1人が知ったことは皆に、雪玉ちゃん全体に共有されるっちゅーことや。やから、この子らはワイに助けを求められたんや」
「……よく分かりませんが、そうなのですね」
「あぁ。細かいことは今はエエわ」
……なんだろう、言ってる事は全然問題なく通じるんだけど、すごいクセのある喋り方するわね、このお兄さん。なんだか気が抜けてたら、お兄さんが部屋の中に踏み込んできた。
「選んでくれ。この先もこの暗い部屋に閉じ込められとくか、今すぐワイと一緒に逃げるかを」
「……その前に情報をください。逃げた先には、何がありますか」
「逃げ先はワイが拠点にしとる村や。いつか、ルゥパの兄貴が“ゾンビから人間に戻す方法”を見つけたら戻ってくる、居場所でもある」
「その、ルゥパさんって」
「この雪玉ちゃんを連れとって、白いコートを着けとる男や」
白いコートのお兄さん! あの人が帰る場所! そこに行ったら、私、あの時のことを謝れる? 謝りたい! ねぇルゥパさん。先生、人間に戻ったのよ! 見に来て、ルゥパさん!
「先生! 私、そこに行きたい!」
「そうだね、僕もだよ」
「決まりやな。さあ行くで!」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ日中でしょう? 白昼堂々と逃げ出すのは……」
「むしろ、皆が起きとって煩い方が丁度ええわ。なんせ逃走経路は、地下やからな!」
「「地下!?」」
あ、それなら先生も苦しまないし、姿を見られずに逃げられる!
「先生! 善は急げって言うんでしょう? 早く行こう!」
「うん、そうだね」
「よっしゃ! 詳しい話は逃げながらな!」
そして私たちはあの性悪聖職者の家から、地下へ潜って逃げ出した。ビックリなのは、雪玉ちゃんって名前らしい白ちゃんが私たちが通った後で通路を塞いでいくこと。道を埋めちゃうこれなら、私たちがどこからどんな道を通って逃げたか、アイツらにも分かんないわね!
フフンッ! ざまぁみなさい! 人の成果を横取りするから、金の卵を産むニワトリに逃げられるのよ!