人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
「な、なんだと!? 2人が逃げただって!?」
私より一足早く工房へ戻らせた弟子の1人、ムソアからの報告は、私を戦慄させた。
一体何故!? どうやって!? 何が目的だ!? 私は貴様らに時間も場所も与えたというのに! ……いや、考えるよりもまず、奴らを連れ戻さねば!
「ど、どうしよう、師匠!」
「ひとまず、報告をありがとう、ムソア。何はともあれ、お2人のことは探さねばなりません。とはいえ、フォンチャさんの身体はまだ日光を嫌っているでしょう。そう遠くにはまだ行っていないでしょうから、慌てず行動しましょう。チスティは地上で聞き込みを。ムソアは地下へ降り、掘っていたり埋めている音が聞こえたら、それを追ってください。地下は厳しいでしょうが、彼らが目立たず逃げるなら、そちらを選ぶ確率が高いはずです」
「了解しました」
「わ、分かった!」
「頼みますよ」
私も教会に人手を頼み、それから地下へ潜ろう。
不安になるな。奴らに仲間が出来ぬよう、人里を避けてここまで来ただろう。白い魔女は私たちに関わるのを嫌って、助けに来ないはずだ。……あの白い玉に我々が掴んでいる以上の力があるのなら、話は変わってくるだろうが。そんな少ない可能性など捨て置き、人手を増やして探さねば。……あの方に、目を付けられない内に。
「あれ? まだ帰ってなかったの? 君って用事たくさんあんねー?」
「……ええ、緊急事態でして」
噂をすれば影。なんて憎たらしい所で遭遇してしまうのか。まさか、教会に入る前に見つかってしまうとは。この、人畜無害なヒツジの顔をした、狡猾なキツネに。
「緊急事態? 力になれるなら協力するよ?」
「有難う存じます、カツヤ最高聖職者長様。では、お言葉に甘えさせていただきます」
だが、この方の影響力は凄まじい。味方に付けられれば正に百人力であることは事実だ。取り巻きの聖職者共の視線が痛いが、構ってはいられない。
効果的に使ってこそ、権力は意味を持つのだ。そちらから差し伸べられた手、存分に利用させていただこう。
先ほどの報告で告げたゾンビからの復活者が生存者と共に脱走してしまったことを告げると、こっちが頼む間もなく捜索隊を組み、出してくれた。相変わらず判断が素早い。それ故に怪しい。この方は、カツヤ最高聖職者長様は、何でもないような顔をして常に自らの利益を求めている方だからな。他の奴らは気づかず立派だと心酔して褒め讃えているが、この方の行いが我々の生活を楽に、豊かにしてくれているだけでないことを、同類の私は嗅ぎ取っている。
しかし、だった。
何が危険か分かっていないリスクを負ってまで協力してもらったにも関わらず、3日経過してもフォンチャさんとティエさんは発見できなかった。戦闘能力も索敵力もスペシャリストである聖職者が数十名参加して、だ。
既に力尽きているか、私の知らない協力者がいたか、白い魔女が彼らを取り戻したか。いずれにせよ、諦めなければならない時間だった。数十人というスペシャリストをもってしても無駄だったとは、恐ろしい程手馴れた犯行だ。
しかし恐ろしいのはここからだ。力を貸して貰ったからには、報酬を払わねばならない。エメラルドを支払うのは構わない。が、他の聖職者共に誰を、何の為に探していたのかを説明せねばならないのが苦痛だ。
私だけが得る利益と名誉をもたらす情報が、世の中に広まる前に中央教会に居る全聖職者に知られてしまう。すると、無断で技術が使われてしまい、私に利益が入らなくなる。そんな事は当然許せないが、『方法が確立していないから』と情報開示を先延ばししすぎるのは信用を失ってしまう。
この段階で私が取れる方法はただ一つ。事実を伝えるのみ。白い魔女のことも話さなければ、私がゾンビ復活術の方法を知らない事の辻褄が合わなくなるからだ。
幸か不幸か、生き証人は居なくなってしまったから私に都合のいい話が作れる上に、白い魔女は我々聖職者の共通の敵。奴が市井に支持を得ないよう画策する事に理解は得られた。検証の協力と称して利益の強奪を狙う者共には『復活術には魔女の力が必要なのかもしれない』と断った。それでも私の預かり知らぬところで勝手に検証されていくだろうが、本を出す権利は私にあるとカツヤ最高聖職者長がお認めなさったのだから、利益は保証されている。見返りに白い魔女の話を根掘り葉掘り、まるで尋問のように聞き出されたのは気苦労したが、安いものだろう。
……時折、弟子2人が心配そうな表情を見せていたが、一向に気にかけていなかった。先を越されないようにと忙しくしていたのもあるが、そもそもこの計画に問題などあるはずが無いのだ。
そして私自身が検証を重ね、金のリンゴを発見し、改めて復活術を発見した。その観察記録に加えてティエさんの証言とフォンチャさんの回復の様子を書き出し、金のリンゴの製造法もしっかりとまとめ、出版まで漕ぎ着けた。そこそこ値は張ったがカツヤ様に煽り文句や宣伝をしていただいた為、費用が回収できるくらいには売り上げを得ることが出来るだろう。
これで“ゾンビ復活術を発見した偉大な聖職者”として、私の名誉も地位も、盤石なものになった。はず、だったのだが。
私という人生の崩壊の足音は、酷く慌ただしいものだった。
「どういうことよ! スニッシェン様!」
外から工房へ戻る私へ、バタバタとやかましく足音を鳴らして駆け寄ってきたのは、見知らぬ村人。悲壮感漂う表情の女性が手に持っていたのは、1冊の本。紫に金色のラインの入った表紙は、確かに私が出版したばかりのものだった。
「どういう事とは、なんでしょう? 何か不備が?」
「ふ、不備どころじゃない! 返してよ、あの人を返してよ!」
「落ち着いてください、一体何があったのか、ご説明を……」
「あ、貴方が書いたんでしょう!? この金色のリンゴの作り方! 一緒に買った金色のリンゴ、効果なかったんだけど!!!」
「そ、そんなはずは!」
往来の中で騒ぐ彼女を工房へ案内し話を聞くと、想定外の内容であった。
彼女の伴侶は村へ襲撃してきたモンスターとの交戦の末、ゾンビになってしまったという。その時には既に私の本が彼女の村にも届いていた為、付属していた弱化のポーションと金色のリンゴを使用し、復活を試みた。
しかし、伴侶は復活しなかった。付いていた金のリンゴが、
「そんな、馬鹿な……! 誰がそんな酷い粗悪品を!」
「知らないよ! それより、どうしてくれるの! あんな偽物を売りつけて、あの人を見殺しにして……! 許さないからね!」
「お、お待ちください!」
私が原因かどうか怪しい上に真実かどうかすら疑わしいが、失態は失態。上に知られては、積み上げてきた私の地位が! 慌てて女性を引き止めるが、彼女は聞く耳を持たず工房から飛び出し、まっすぐ目的の場所へ駆け出していく。追って行き先を見ると、白亜の教会が。恐れていた通りだ。
程なくして呼び出された私は、カツヤ最高聖職者長様の前に突き出された。常に微笑みを湛えていた顔は、今は温かみが失せている。凄みがあるのは、表に出していない感情が漏れ出ているからであろうか。
「とんでもない為出かしをしてくれたみたいだね。がっかりだよ、スニッシェン上級聖職者くん」
「ち、違うのです、カツヤ最高聖職者長様! 私の理論は間違っていないのです! 違うのは同梱された金のリンゴの方で」
「そんなの、どうでもいいんだよ」
黒い瞳に怒りを滲ませたカツヤ様は、私の弁明を一切聞き入れなかった。腰掛ける椅子の肘掛けを爪でカチカチと言わせだした。
「君が本を出した時さ、俺が宣伝したの覚えてる? 最高聖職者長の俺が、オススメしたの。つまりさぁ、分かるよね?」
「……はい」
「君は、俺の顔に泥を塗ったの。俺の評価を落としたの。人の命がかかってる案件でっ!」
肘掛けは握り拳で叩かれ、鈍い音が響いた。この方が感情を暴力的に示すなど、滅多に無い事だ。
「……申し訳ございません」
「俺、もう君の顔見たくないから、直ぐに出て行ってな。さっ、期限は3日ね」
「お待ちください! 私の話も少しでもお聞きください! 私は、同梱品の管理・監督を承っておりません!」
「だから、どうでもいいんだって」
「カツヤ最高聖職者長様!!」
「もう話は終わったから」と、カツヤ様は取り巻きの聖職者に言って私を教会から追い払ってしまった。なんて、なんて横暴なのか! 私も被害者だ! せめて、誰がまがい物を混入させたのか、私を貶めたのかの調査を……!
無理にでも振り返った私の目に映ったのは、薄くほくそ笑むカツヤ様の、満足げな姿。
まさか。貴方が、私を陥れたのか。
目的はゾンビ復活術のもたらす利益の横取り。私に罪を被せ責任を取らせて権利を剥奪することで、後々自らのものにするという筋書きか。おそらく、あの金メッキのリンゴも、女性も用意されたものだろう。クソッ! なんて乱暴なんだ! それがまかり通るほど、かの方の力が凄まじいということか!?
到達した考えに狼狽えていると、私を取り押さえる2人の男が鼻で笑った。
「我らがカツヤ様を利用したから、貴殿には天罰が下ったのだろうな」
「り、利用など」
「あの時、協力に名乗りを上げた我々の手を振った時点で、お前の狙いは筒抜けなんだよ」
「……ふふふっ、どんな弁解も、抵抗も、無意味なようですね」
利権を独り占めするのではなく、たとえバラけても研究チームのリーダーに甘んじていれば、追放されなかったのだろうか。一応、それらしい理由を並べ立てていたが、私は盛大にしくじったようだ。……これ以上不利益を被るくらいなら、この処分で満足し、新天地で再起した方がまだマシだ。幸い、破門まではされていない。ポーションが作れるのなら、どこでも生きていける。
背中に手を拘束されながら、見せしめのようにされて工房まで戻された。……このコンクリート製の居場所も、私は失うのだな。中央教会の建築素材であるクォーツブロックに羨望し、代用したこの建材もまた、カツヤ様が開発・普及してくださったものだった。
3日後の夜までに出立していなければ追加で処罰が下ると警告をして、カツヤ様の取り巻き聖職者2人は去っていった。さぁ、急がなければ。インベントリの容量は無限ではない。どこかに仮拠点を設け、物は最小限に抑えつつも、何度も往復して運び込まなければ。
荒い計画を立てながら工房の扉を開けると、弟子2人がチェストを漁って荷造りをしていた。……話は既に通されているようだな。
「あ、おかえり師匠~!」
「お帰りなさい、お師匠様。しかし時間はありません。ムソアが見つけた場所までネザー経由で向かいましょう」
「……何をしているのです」
「何って、師匠、すぐにでもここを引き払わないとなんでしょ?」
それはそうだ。だが私が言いたのはその事ではない。私は中央教会を追放される身だぞ。
「なぜ、さも当然のように私に協力しているのです」
問えば、弟子2人は顔を見合わせ、首を傾げた。何が分からない。言ってみろ。私は謂わば、罪人のような扱いをこれから受けるのだ。この追放処分は、犯してもいない罪の償いの旅になる。その旅に何故、お前らも付き合おうとしている。
まず口を開いたのは、ムソアだ。
「そりゃあ、俺たちは師匠がそこまで悪いことしてるって思ってないし」
「……彼らの事実は、信じたいものそのものであり、覆ることはありませんよ」
「知ってますー。伊達に性悪な師匠についてないんでー」
「なら、何故」
「だからー」
チェストを漁る為にしゃがんでいた身体を起こし、ムソアは猫のように人懐っこく笑う。
「師匠、本しか責任持たないはずなのに、それに付いたニセモン金リンゴで追放は可哀想じゃん。だから、弟子の俺たちも付いてって、悲壮感無くそーって話!」
「なんですか、それは……」
「それに師匠、ヒントあったけど結局ゾンビ復活術を自分で発見したくらいには、凄い聖職者じゃん。付いてかないとかアリエナクナイ?」
「……」
ムソアの主張に私が押し黙ると、チスティもこちらへ微笑んでみせた。
「先ほど、お師匠様が戻ってくる前に最高聖職者長様お付きの聖職者が我々を訪ねてきました。『スニッシェン様は罪を犯した。お前らの師弟関係も解消され、新たな縁を結ぶことになるだろう』と」
「そうですね。私はそう思っていますよ」
「ですが、たった1度の過ちで追放なんて。チャンスが無いなんて。私もムソアも、そんな窮屈な場所に居たくありませんよ」
「……認めなくとも、裁かれたのなら、罪は償わねばなりません」
「我が師、スニッシェン様は、それがどれだけ理不尽な内容だろうと、チャンスを与えるお方です」
はて、それは私を褒めたたえているだろうか。内心首を傾げていると、ムソアが「それに~」と気怠げに語りだす。
「師匠って悪ぶってるけど、ちょっと詰めが甘いんじゃない? って思う場面、結構あるからさー。このまま送り出したら、変なことになっちゃいそうじゃん。だから、監視も含めて、ね!」
「私もムソアと同意見です。お分かりいただけましたら、さあ、出発の準備を」
「……苦労をかけます」
そこまで言うのなら、もう、勝手になさい。
ついに折れた私を笑って、私に似て言い訳が上手い彼らはまたチェストを漁りだした。さて、私は醸造台の回収と、不用品の処分を行いましょうか。行き先はムソアが提案してくれるようですし。