人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
カンッカンッと、木の剣同士がぶつかる音が訓練場に響き渡る。白い雲が適度に漂う気持ちの良い青空の下で、2人の少年が打ち合っていた。
子供から大人の体になる過渡期の肉体はほっそりとしていて、肉付きはよろしくない。が、戦士を志す彼らならば食生活と運動に気を配れば、じきに自警団団長にも勝るとも劣らない屈強さを手にすることだろう。
右手に木の剣、左手に盾を持ち、革の鎧を身に着けた彼らの動きは俊敏で、並よりある体力のおかげか、同時に開始した訓練生よりも長く打ち合いを続けている。振るう剣はしなやかで素早い太刀筋であり、それを避ける瞬発力、盾で受け流す筋力、次の1手どころか2手3手を予測し対策する勘の良さも、2人は訓練生の中で一際輝いていた。鍔迫り合いの中で交わる、コウモリ色とタンポポ色の瞳が宿す熱意のように。
「お2人共! そろそろ決着を付けてください!」
白熱した戦いに水を差すようだが、いくらこの組で今日の鍛錬が終わるとしても皆それぞれこの後の予定があるだろうから、待たせるのは宜しくないのだ。そして、私の言葉をきっかけに、彼らの動きがますます良くなった。
鍔迫り合いから最初に引いたのはパーデ。押される力を使って後ろへ飛び、支えを失ってほんの少しバランスを崩したカヌプに再び力強く斬りかかる。カヌプはそれを盾で受け流し、下から上へ己の剣を振り上げて、パーデの剣を弾き飛ばした。
「そこまで!」
すぐさま木の斧を右手に装備したパーデを牽制するように、鋭く稽古の終わりを告げた。やる気が満ち溢れているのは素敵なことですけどね。
「あー! 負けちゃったー!」
肩を落として悔しさを叫んだパーデが斧を振り上げ、乱暴に地面に突き立てた。対するカヌプは剣と盾をインベントリに仕舞うと、自身が弾き飛ばした木の剣を拾い、パーデへ差し出した。紳士的な行動とは裏腹に、その表情は生意気な子供そのものだ。
「ヘッ! これで2連勝~!」
「ムカつく~。次はボクが2連勝するから!」
「次も俺が勝ってやる!」
向上心からくる煽り合いはどこか爽やかで、明るい未来を予見させてくれるものだった。見守っていてくれていた雪玉ちゃんたちも満足そうに頷いている。
「本日の合同鍛錬はここまでとします! 皆さん、お疲れ様でした!」
さて、私も作業場でやるべき事をしましょうか。
ルゥパさんが旅立ってからも、村の半人前たちの訓練は怠ることなく続けてきた。4年という月日は人が大きく成長するには十分な長さで、あの頃少年だった弟子の彼らもすっかり逞しくなった。まだまだ半人前ではあるけれど、砂漠まで遠征も弱音を吐くことがなくなって来たこともあるし、そろそろ、ネザーの見学くらいはさせてもいいかもしれませんね。
そう。4年も経っている。“国”の民であるセンバさんからの話では、既にゾンビから人間へ戻る方法は確立され、広められている最中だという。そして、その方法を誰よりも渇望して探し求めていたルゥパさんは、教会から“白い魔女”と呼ばれて迫害を受けているらしい。
何が“白い魔女”だ! 彼が一体我々人間に何をしたというのか! 恐らくゾンビ復活術の件も、居合わせた聖職者が技術を横取りしたのだろう。そうでなければ暴露本なんて出回らない。その暴露本にも、ルゥパさんの名前どころか、蔑称の“白い魔女”の単語すら登場することはなかった。……仮に中央教会の聖職者がルゥパさんより先に方法を編み出したとして、どこで心変わりしたのか。教典とは関係なしに、奴らはゾンビを穢らわしい物として認識していたのに。やはり、エメラルドに目が眩んだか。
これだから中央教会は、カツヤ上級聖職者は。
「いや、今は最高聖職者長か」
「ヘイリグさん?」
「ん? カヌプ、どうしました?」
「や、今日もポーションの素材を仕込むの手伝いに来たんだけど」
「手伝いに来ました~」
「あぁ、そうでしたね。今日もよろしくお願いしますね」
「「はい!」」
手の中にある本を見て、つい怒りがぶり返していたようだ。ルゥパさんがこの村に帰ってくるまで、いくら時が経とうとも収まる気配は微塵もないのだが。
ルゥパさんを師と仰ぎ、スタークとドゥンについてまわって観察をしていたカヌプとパーデは、今いる半人前さんたちの誰よりもポーションに心得がある。スタークとドゥンの次の世代は、彼らだろう。すっかり気持ち悪さにも慣れたらしい2人が茶色のキノコと砂糖のぬか床にクモの目を躊躇なく仕込んでいくのをみて、そんな感想を抱いた。
さて、次はファントムの皮膜を剥ぎ取る作業だ。と、いうところで、カヌプが眉を顰めた。
「なぁ、ヘイリグさん」
「なんでしょう?」
「……師匠、いつになったら帰って来んのかな」
「それは……」
カヌプの視線が、さっきまで私が持っていた暴露本とゾンビ復活術の正式な方法を記したとされる本に注がれる。
「ヘイリグさんも、スターク兄ちゃんたちも、本当は師匠が見つけたって思ってんだろ? ゾンビから人間に戻す方法。……中央教会ってところに横取りされたとしてもさ、目標は達成したはずじゃん。なのに、なんで、帰ってこねぇのかな」
「カヌプ……」
思い悩むカヌプに私だけではなく、パーデも心配の目を向けていた。手にしていたファントムの羽を置くと、大げさに肩を竦めてみせた。
「あれだよ、迷子になってるだけだって」
「……国までの地図を持ってるのに?」
「うっ……」
「……分かってる。弱音を吐いたところで帰ってくるわけじゃないって。メンドくさくてごめんな。ファントムの皮膜、早く剥ぎ取ろうぜ」
「あ、うん……」
寂しい笑みを浮かべたカヌプが急かして、パーデも取り掛かり始めた。……と、思いきや、パーデはまた大げさに、明るく息をついた。
「大丈夫だって! ほら、噂であーっとなんてやらって言うらしいし! そろそろ帰ってくるんじゃない?」
「……そうだよな!」
殆ど形が残っていない諺での励ましは、確かにカヌプを元気づけたらしい。無邪気な笑顔がよく似合う2人は、改めて気合を入れ直して包丁を握り直した。
「──師匠」
そんな流れの中で聞こえてきた単語は、カヌプとパーデの意識を向けさせるのに十分な威力があった。
2人が期待する中、教会の作業場に顔を出したのは、スタークだった。見えたと同時に吐かれた2人の大きな溜め息にスタークが顔を顰める。あからさまで失礼でしたしね。スタークにとって師は私で間違っていないのに。しかしそう指摘することもなく、スタークは私へ顔を向けてきた。その目に浮かぶのは、どこか不安な色。
「師匠に客が来てる。……そいつらも、聖職者だってよ」
「そうですか。迎えに行きましょう」
噂をして引き寄せてしまったのは、私の方だったか。
スタークに案内される中、雪玉ちゃんたちの姿が見当たらないことに気付く。いつもなら誰かの手伝いをするか、ミツバチや子供達と戯れているのに。彼らの姿が見えなくなっただけで村は異様な空気に包まれ、それに気付いた者から身構えていた。そして、見つけた。
「あの方、ですね?」
「あぁ」
ハナハタ村を不安に陥れている原因を。
私と同じ紫のローブを羽織ったその男は、いつかのルゥパさんのように鉄格子を眺めていた。そばに控えている護衛の戦士に声をかけられ、彼がこちらへ振り向く。一見柔和な笑みだが、瞳の奥に傲慢さが覗いていた。
「こんにちは、初めまして。私はソーブ。中央教会よりやってまいりました」
「……あぁ。私はヘイリグです」
てっきり戦士のことも紹介してくれると思っていたから、名乗りが少し遅れてしまったな。気に入らない。まるで護衛の彼をモノ扱いしているようだ。
「このハナハタ村で日々、弟子にポーションの全てを教え、布教しております」
「それは、“白い魔女”にもなんでしょうねぇ」
「はぁ」
最初から、敵意をこんなに晒してくるとは。何が目的か探らなくても済んだと喜んでおきましょうか? あぁ、おぞましい。
「白い魔女とは、いったい誰でしょうか」
「ハッハッハッ! 誤魔化そうったって、そうはいきません! 少し遠くから、この村の様子を見させていただいていましたよ。ですので、白い魔女が連れている浮遊する玉の存在も確認済みですよ」
「誤魔化す? 何の話です」
そちらが仕掛けた争い。村を守る為に、彼の名誉の為に、
「ルゥパさんを迫害するあなた方を、私たちは決して許しません」
「はぁ、嘆かわしい。モンスターを人間と同列にする聖職者が居るとは」
「あなた方が敬う最高聖職者長は魔女を師と仰いだのに、随分なものですね?」
「っ! 今はその話をしていないだろう!!」
白い魔女への迫害を知った時から中央教会へ抱いていた矛盾を指摘すると、どうやら図星だったようだ。ついにソーブは全身をダイヤ装備で強化し、背後の戦士は剣を抜いた。たった2人、されど2人。しかしこちらの戦力はその何十倍でしょうね?
常に鍛錬してきた若い1人前たちは既に物陰に潜んで警戒してくれています。中には透明化している団員もいるでしょう。この辺りは畑が多く、いくら原木で囲って段差があれども、身を隠せる影が少ないですから。
さて、眼前の彼らも今更気づいているでしょう。このまま気圧され、村から出て行ってくれれば、助かるのですがね。
「……ハッハッハッ!」
「何がおかしい」
「ふふ、こうして、勝利を確信している者たちを、これから絶望に叩き落とせると思うと、楽しくてねぇ!」
「調子に乗るのは勝利を確実に手にしてからにしては?」
私もラクさんにエンチャントを付与していただいたダイヤ装備を着けて、剣を構えた。ソーブも戦士も我々を見下すような、威嚇するような笑みを浮かべ、しかし戦士はジリジリとソーブから離れていく。何の目的で? 人質を取るつもりか? そうされる前に決着をつけなければ。
緊張が高まり、村が静まり返る中。鉄格子の向こうから、奇妙な音が聞こえてきた。
「あ、あれは……!?」
一番最初に気を取られたのは、畑の影に潜んでいたドゥン。レッドストーンダストを用いた回路をずっと研究してきた彼だから、つい目を向けてしまったのだろう。ガシャンガシャンと喧しいその音は、最近彼が発明した自動開閉収納式ドアとよく似ていたから。
目の前の襲撃者を警戒しつつ、音の発生源へ目を向ける。鉄格子が邪魔で見えづらいが、何かが音を立て、こちらへ向かってくる。それは走るよりも遅いが、宙に浮いていて不思議な装置だ。分かるブロックは、ハチミツブロックくらいなもの。そこに置いた、ボートに乗った誰かが、居る。
「あれは、なんだ?」
村の誰もが困惑する中、止まらないそれはついに近くまでやってきて、ボートに乗った誰かが黒曜石を置いた。その石にぶつかった装置はその場で停止する。人の身長よりも少し高い位置に止められた装置から降りてきたのは、ふわふわと広がるように開花するヤグルマギクを逆さにしたようなスカートを身に着けた、可憐な女性だった。
「は、ハナコ、さん?」
「ハナコ!?」
「久しぶりね、ヘイリグ。そっちにいるのは、もしかしてスターク? ふふっ、イイ男になったわね」
その人は今から約10年前、この村を鉄格子で囲み、花とミツバチを取り入れ、村の名産品を作ってくれた方。今でも我々が語り継いでいる偉人の1人。
「あなたは、お変わりなく」
あの頃と、服装以外一切変わらない姿のハナコさんが、そこにいた。