人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
「戻ってきて早々、穏やかじゃないようね」
10年前と何一つ変わらぬ姿のハナコさんが、鉄格子をツルハシで壊して中に入り、村を見渡してそう言い放つ。今の我々の装備はいかにも、これから争う者どもだから、何も間違っていない。さぁ、ここまで律儀に待ってくれていた中央教会の聖職者、ソーブにそろそろ目を向けましょうか。
気を逸らされ調子が狂ったらしいソーブは、引きつった顔で笑ってみせている。見た目ではそうと分からない、しかし放たれる気迫から認められる明らかな格上に、恐れ慄き、威嚇しているようだ。
「ふ、ふふふ……。なんとも悪いタイミングでの里帰りですねぇ。これからこの村は、滅びるというのに。村人の死に目に立ち会えたのは幸運でしょうかねぇ?」
「あら、随分物騒。そんな事認めないけど、どうやって滅ぼすつもり?」
「そんなの、簡単ですよ。──TNTで吹き飛ばせばいいだけのことだ!!!」
叫ぶように宣言したソーブは、同時にTNTを設置すると、躊躇いなく火打石で起爆した! なんてことを! よりにもよって、彼女の目の前で!
「皆! 下がれ!!」
スタークの指示よりも一瞬早く、皆避難行動に移っていた。そんな中、ハナコさんだけが、立ち向かっていく。
「ハナコ!!」
全速力で下がるソーブとその護衛。それを追いかけて──いるのかと思いきや、彼女は白く点滅するTNTのそばに砂を積み上げ、TNTの上に金床を1つ落とした。するとなぜか金床はTNTに重なり──消えた。
正確に描写するならば、爆発はした。身を揺さぶる衝撃が走り、煙も上がった。確かに凄まじい音が轟いたにも関わらず、TNTが設置されていた場所には、入れ替わるように金床があるだけで、地面や畑、金床を設置する為に積まれた砂にさえ、衝撃を受けた痕跡は見受けられなかった。
「なっ、なにィーーーーッ!!??」
爆破範囲から離れていたソーブが叫ぶ。動きを止めたそのスキにハナコさんが2人へ接敵し、濃い職人魂の輝きを放つ、黒黒しい剣を振り上げた。すかさず護衛が盾となったが、弾かれて遠くまで吹き飛んでいった。加えて、燃えている? 込められている職人魂はノックバックと火属性か、などと分析している間にも、ハナコさんの黒い剣が、ソーブの身体を貫いた。
「が……ハッ……!?」
ハナコさんはショックから帰って来れていないソーブの上半身を足で押しやり、自身の剣を引き抜いた。上手くチェストプレートとレギンスの間をぬって貫いていたらしい。ソーブはその場に崩れ落ちた。草地に血だまりが広がってゆく。
「私、クリーパーとかTNTとかが、大っ嫌いなの。それを悪用する人間は、もっと嫌い」
ハナコさんは付着した血を落とす為に剣を振り払う。その背中から怒りの感情がありありと読み取れた。
「だから、死んで」
剣からダイヤの斧に持ち替えたハナコさんが、それを高々と振り上げ、ビュンッと風を切る音が鳴る勢いで振り下ろした。
ザクッと、物々しい音が、残酷にも響いた。
何の心構えもなく突然行われた凶行に、我々は動けなくなっていた。『何も殺すことはなかった』、とは、口が裂けても言えない。先に向こうがハナハタ村の破壊を目論み、我々の命を散らせようとしたのだから。これは抵抗の結果だ。
私がこんなにも恐れているのは、一連の流れがあまりに素早い蹂躙だったから。そして……。
「ヘイリグ、治癒のポーション1個くれる? コイツには話を聞かなきゃいけないから」
実力が天と地ほどの差がある故に、ハナコさんが斧を地面に突き立てただけで相手を気絶させた事もだった。
ソーブに治癒のポーションを浴びせ、火傷を負っている護衛と共にロープで縛り上げた。おまけに彼らを閉じ込める小屋はTNTで爆破する事が限りなく難しい黒曜石で作った。それで身動きも抵抗も出来なくなっただろうに、ハナコさんは「警戒しておくに越したことは無い」と言って、首から下を粉雪で埋めた。
ハナコさんは「止血にも火傷の治療にもなるわね」なんて言っていたが、そんなことは無いだろう。凍え死んでしまう。が、それでも構わないというのが正直な感想だ。やはり2人は我々から見れば罪人で、目的や動機は聞き出さねばならないが、その後は生かしておく必要は無いのだから。
「それじゃあ、教えてくれる? 貴方たちがこの村を襲った理由を」
ホテルの風呂場から汲んできた温水入りバケツがハナコさんの隣に置かれた。ハナコさんは花が破壊されることを何よりも嫌う、苛烈な方。果たしてそのお湯が使われる時は来るのだろうか。
聞き出した情報は、以下の通りだ。
・村を破壊しようとしたのは、“白い魔女”を敵視する中央教会上層部の指示
・敵視の理由は、カツヤ最高聖職者長が白い魔女に興味を持ち、教会の構成員にしようとしており、魔女が教会に入り込む事を嫌った為
・“白い魔女”が関わった村が数ある中でハナハタ村が狙われたのは、より長い期間滞在したここを滅ぼすことで、白い魔女に絶望させ、モンスターが人間に関わっても良いことなど無いと思い知らせる為
聞けば聞くほど溜め息が深くなる。興味を持ったその人から功績を奪っておいて、中央教会に取り込もうだって? なんて面の皮が厚いのか。そして、ルゥパさんを教会に入れない為に我々の村を狙った? どこまでふざけてるんだ!
「ゆ、許してください……! わ、わたしたちも、好きでやっているわけではないのです……!」
「か、か、家族が、ひ、人質に、とられてて……!」
「そ、それに、本気で滅ぼすつもりなら、たった2人で乗り込むわけが、な、ないでしょう……!?」
凍えて震え、真っ青になった唇で紡がれる命乞い。なるほど、彼らも必死だったのかもしれない。だが、それで私たちが大人しく殺される筋合いも無い。私はそう、考えていたのだが。
「なるほどね。監視の意味が分かったわ」
アメジストの塊を壊し欠片を回収する時のような軽やかな声の持ち主は、彼らの主張を受け入れた。まるで、事前に情報を手に入れていたかのように。
「ハナハタ村に帰る前に、隣の大陸の村に行ってきたわ。地図で出来たことは知ってて、急速に大きくなってたから気になってたの。それで知ったわ。噂の白い魔女って人が、ハナハタ村に居たって。だから国の人たちに協力してもらって、向こうの森の中から覗いてた他の聖職者も捕まえてもらったの」
「な、なんだって……?」
「なるほど。貴方が不思議な装置でやってきたのは、外で待機していた団体の目をそちらに向け、彼らに捉えてもらう為だったのですね」
発言から推測した事を口にすると、ハナコさんは頷いた。未だ粉雪の中に埋められている2人は、展開の速さに言葉を失っている。そんな2人へ突然、ハナコさんがお湯をかけた。彼らを凍えらせていた粉雪はあっという間に溶けて消えた。
「そういう事だから、詳しい取り調べは向こうで受けて。丁度、お迎えも来たしね」
彼女が視線を向けた先で、小屋の壁になっている黒曜石が削られた。光が差すそこから顔を出したのは、ヨシトさんだった。普段はシェフな彼も、今回はハナコさんの協力者らしい。
「ここまでレールを敷き終えた。後はトロッコにそこのテロ未遂犯を乗っけるだけだ」
「ありがとう。それじゃあ後は、そちらに任せていい?」
「最初からそのつもりだろ。ったく、ウチは刑務所じゃないってのに。まぁ、被害を出さずに確保は流石だな、敏腕刑事さん」
「まだTNT持ってるでしょうから、気をつけてね。仕事人な保安官さん」
てろ、ビンワンケイジ、ホアンカン。聞き馴染みの無い名称が続くが、これは彼ら独自の暗号だろうか。そう考えてる間にもヨシトさんは「本当に、私たちはやりたくてやったんじゃないんです!」と喚く襲撃者2人を「はいはい、話は署で、いや、向こうでな」とあしらって、トロッコへ1人ずつ詰め込んだ。こちらに軽く挨拶したらヨシトさん自身も早々にトロッコに乗り込んで出発していった。
3つ連結したトロッコがレールの上を順調に走る。姿かたちが見えなくなったのを目視で確認した後、黒曜石の尋問小屋は解体された。辺りに広がる農場が長閑で、荒んでいた心が穏やかになっていく。
「おや」
いつの間にか出現していたのだろう。雪玉ちゃんたちが村の至るところで飛び交い、開放の喜びを味わっていた。村も元の活気を取り戻しているようだ。その中で、1人の雪玉ちゃんがハナコさんへ寄って行った。
「ふふふっ、やっぱり可愛い」
自らの手のひらに雪玉ちゃんを乗せた彼女はそう言い、凝り固まっていた表情を少し柔らかくさせた。またすぐ飛び立ってゆく雪玉ちゃんを残念そうに目で追った後、ハナコさんはこちらを向いた。
「これでやっと、落ち着いて話がで「ヘイリグぅーーーーーッ!!!」……きそうに無いわね」
一件落着したかに思えたハナハタ村の上空に、私の名を呼ぶ声が響き渡った。声の持ち主はセンバさんで、彼はエリトラと呼ばれる羽で飛んでいるようだった。花火で加速する彼は軽々と村を囲う鉄格子を越え、私の元へと滑空してきた。上手くエリトラを操作し緩やかに着陸してみせた彼は、ひどく息を乱して、地面に膝と手をついてしまった。
「どうされたんです? まずは休憩を」
「き、聞きたいことが、あるんや……!」
話を聞いてくれないということは、休憩を取ること以上に大事なことが彼にはあるのだろう。四つん這いのまま顔を上げたセンバさんに目線を合わせた。
「なんでしょう」
「あ、あんな、ヘイリグ! スポナーって、知っとる!?」
「す、スポナーですか? ええ、ネザーの要塞にある、ブレイズが出現するブロックですよね?」
「そ、それだけか?!」
「え?」
「せ、聖職者は、スポナーのことを、それくらいしか、知らんのか!?」
息も絶え絶えな様子で、センバさんは私に更なる知識の提示を求める。……ここが教会の中ならば、なんて贅沢を言える雰囲気ではない。村人たちを怖がらせたくないのだが。
「あくまで、私の経験ですが。1度だけ、洞窟の深い場所で見かけたことがあります。ネザーではなく、この世界で。あまりに恐ろしくて近くに寄れませんでしたが、あれはスケルトンのスポナーだったと思います」
「……それだけなん?」
「え、ええ。修行していた若い頃の遠い昔の記憶ですし、教会や当時の師に報告しても幻覚だろうと否定されるばかりでしたが」
「1回だけ?」
「ええ。数え切れないほど洞窟を探索してきましたが、この世界でスポナーを見つけたのは、たったの1度だけです」
半ば忘れたかった、あの悪夢のような光景。ネザーにあるブレイズのスポナーのように近寄ればスケルトンがスポーンしていただろうあれは、見える穴を黒曜石で囲むことで簡易的に封印した。……そういえば、あのスポナーの周りのブロックは、丸石ではなかっただろうか。地下にある丸石? そういえば、ハナコさんの掘った採掘場に、不自然な空間があった。
陥りかけた思考の沼へは、「それじゃあ」とセンバさんが声を上げたことで浸らずに済んだ。
「聖職者でも、ネザー以外にもスポナーがあるってのは、知らんってことか!?」
「そ、そういうことに、なりますね」
「やったら、マズイでヘイリグ……!」
草地にペタンと座り込んだセンバさんは、顔をクシャクシャにして涙目になっていた。
「ルゥパの兄貴、死んでまうかもしれん!!」
センバさんの叫びは、ハナハタ村に再び緊張を走らせた。