人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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護衛の無愛想な男視点


9 この話は朝一番に報告しよう

 命の危険を感じた、ハスクによる襲撃。

 砂の下からの不意打ちによって、前から3番目のラマの足が負傷させられ、逃げることもままならなくさせられた。この1匹を見捨てて逃げるのが最適解だっただろう。しかしそのラマに背負わせたチェストには運悪く、“TNT”を仕舞っていたから大事だ。可能性が低いとは言え、下手すればハスクによってTNTを爆破され、辺り一面を焦土にされるやもしれない。それまでに逃げるのが間に合えばいいが、そうでなければ四散五裂だ。

 逃げるも地獄、残るも地獄。だから、姫の兄、ナーゼフは叫んだ。

 

「アエデ! 行け! 村に行って、助けを呼べ!」

 

 あの子だけでもと、一縷の望みをかけて。

 あの子のインベントリにはいざという時の為に水から食糧、エメラルドなど色々詰め込んでいた。それに小さなあの子だけなら感知が鈍いモンスターたちは気づかない。変に大人を連れて行くより、きっと、生存率は上がる。だから、1人で逃げてもらった。

 後は、逃げられない大人たちで、幾多のハスクどもと戦うだけ。

 

 そんな、我々がここで全滅する覚悟で送り出した姫が連れてきたのは、白い玉を周りに漂わせる奇妙な男だった。

 

 ルゥパと名乗る男にはいくつもの不可解な点が見られた。

 まず、透明化のポーションに慣れている我々でさえ滅多にお目にかかれない“治癒のポーション”を所持していたこと。それをあろうことか、ハスク相手に使用したこと。

 それから、治癒のみならず多種多様なポーションを所持どころか醸造出来ると主張し、にもかかわらずその価値を正確には理解していないこと。

 何より、殆ど見返りなしで我々を救ったこと。

 

 世の中は親切だけでは回らない。この男にも必ず、何かしら企みがあるはずだ。

 

 そう考え至った末、皆が眠りについて暫くした後も寝付けずにいるルゥパを天幕の外へと呼び出した。透明化のポーションを飲んでいないルゥパは、物音を立てずに静かに出てきた。寝ている者たちへの配慮なのか、こいつが言っていた、モンスターに悟られない為の気配を消す手法なのか。疑問がまた1つ、増えたな。

 夜の砂漠の景色に圧倒されているらしいルゥパの緑色の瞳が、ランタンの灯りを受け止めてキラリと輝いた。

 

「どうしたんですか?」

 

 小さくもハキハキした声で尋ねられる。寝ぼけてる様子もないし、本当に寝付けなかったんだな。しかしこれならきちんと話が聞けそうだ。

 ルゥパの事を疑っているわけでは無いこと。ただ、ルゥパが何者であるか、なぜ我々を救ってくれたのか。護衛の立場からそれらを知らなければならないと告げれば、「やっぱり」というような納得の表情をして、私から伸ばした腕一本分の間を開けた位置に座り込んだ。星が瞬く空を見上げ、寂しげな表情を浮かべているのが印象的だった。

 

「……何者であるか、から、話していきますね」

「ああ」

 

 悲しげな表情のルゥパはこちらを向いたものの、私と目が合わないまま語り出した。

 

「私は、2ヶ月前まで、ここから大きく西にある村に住んでいた、しがない村人でした。その土地は海から山、川といった自然の幸に恵まれ、山に入れば鉱石も良く取れ、土を耕せば畑は豊かな実りをもたらしました。気候も穏やかで、住んでいるのも気のいい人たちばかりでした。

 そんな住みやすい土地ですから、早いと月に1度もゾンビの襲撃があったとしても、村を捨てる人は殆どいませんでした。……私のように、両親をゾンビに殺されたとしても。そんな血縁の家族を失った者を受け入れて新たな家族になるくらいには、懐の深い人たちでした」

 

 豊かなのか過酷なのか、よく分からない環境だ。恵みと災害を天秤にかけ、結果恵みに重きを置き、災害は予防・対応する選択を取ったのだろう。白色のコートの下にある肉体は我々護衛と遜色ないほど鍛えられているし。我々を救った時も動きに迷いが無かった。恐らく、襲撃が来たら前線に立って守ってきたのだろう。優しさに命を救われ、育まれたから尚更。

 

「助け合いが根付き、よそ者でさえ温かく受け入れる、厄介事もありつつ優しい村でした。そんな村で私はよそからやってきた聖職者である神父さんに弟子入りし、ポーションの作り方を住み込みで1から教わっていました。

 ポーションを作るには、材料どころか醸造台にもブレイズロッド、つまりネザーのモンスターの素材が必要です。なので、足を踏み外すせばマグマというネザーに単身乗り込んで生き残れる強さを求められました。とはいえ、正面切って相手するのは骨が折れますから、神父さんも私も暗殺を心がけていました。生き残ればいいんですからね。それが、私が気配を消すことが出来るようになった最大の理由です。出来なきゃ死にますから。

 そうした命がけの修行を乗り越えた後、私は神父さんと共にポーションを作り、研究を重ねていきました」

 

「なるほど。作れるというのが不思議だったが、お前自身は信者でなくても、ルーツにはしっかり教会があったか」

「教会……。あなたたちが飲んだあのポーションは、その教会から?」

「ああ。金を積んで、取り引きさせてもらってる。しかしその取り引き額が大きいらしくてな。おかげで他のポーションには手が出せんそうだ」

「まあ、見つからず怪我をしない方が、結果安上がりですしね」

「そういうことだな。あ、話を遮って悪かった。続きを頼む」

「はい」

 

 話を促されたルゥパは、私から一瞬目を逸らし、小さく深呼吸してからまた口を開いた。

 

「ゾンビの襲撃から村を守る為のポーションを作りつつ、試せるものはなんでも試す日々。そんな、騒がしくも穏やかな日々が終わったのは、2ヶ月前。……私が、鉄鉱石を採掘しに1人で鉱山に潜った日でした。

 暗視のポーションで良好な視界には、大量の鉄鉱石が広がっていました。調子に乗った私は時間を忘れ、夢中で採掘していました。そんな、資源の保護を失念した愚かな私に待ち受けていたのは、……大雨の中、ゾンビの襲撃に遭い、全滅した村でした」

 

 まさか、信じられない。どうしてこの男が居なかったタイミングでそんな悲劇が起きるんだ。都合が良すぎるだろう。同情を引く為の嘘か? いや、なぜそんな嘘をつく必要がある? 落ち着こう。

 

「そんなまさか。それまで襲撃を何度も乗り越えてきたんだろう? どうして突然……」

「これから出てくるのですが、まだ息のあった神父さんによれば、“雷を纏ったクリーパー”に防衛のフェンスを爆破され、そこから侵入を許してしまったそうです」

「な、なんだそのクリーパー……」

「私も確かめた訳では無いので本当かどうか分かりませんが、普段より爆破の跡が大きかったのは確かです。大雨は雷も連れてきていたのでしょう」

「そうか……」

 

 同情を引いたところで我々には関係の無い話だ。今この話で大事なのは、『なぜ旅人になるに至ったか』、『我々を救うに至る理由』だ。

 それに、嘘を吐いているにしては、目の奥の闇が深すぎた。

 

「……他の村に影響を及ぼしてはならない。犠牲者を増やしてはならない。村のしきたりに倣い、皆の首を刎ねました」

「!」

「目に見える動くものの首を全て刎ねた後は、生存者の捜索に移りました。私の村では各家に必ず地下室がありまして、戦う力の無い村人はほとぼりが冷めるまで必ずそこに隠れる決まりでした。……しかし、さっきも言いました、雷を纏ったクリーパーの爆破で、その地下室も顕わにされていました」

 

 つまり、生存者を望むには、絶望的だったわけか。

 

「それでも諦めず、全部の家を回りました。そして……、私の恋人の家だけ、爆破されていないことに、希望を抱きました」

「恋人がいたのか」

「ええ。長いこと両片想いだったみたいです。……そこから思いが通じて、1日も経っていませんでした」

 

 そんな言い方。ああ、もう、悪い予感しかしない。

 

「彼女は思った通り、地下室にいました。地下への扉は開いていて、首が無いゾンビと共に、床に倒れていました」

「……」

「彼女の手元には鉄の剣があって、それで抵抗しただろうことは明らかでした。しかし力及ばず噛まれたのでしょう。細身の体の至る所が暗い緑色に変色し、息は酷くか細かった。でも、していた。……息を、していた」

「まさか……」

 

 “治癒のポーション”がアンデッド系に攻撃手段として有効だと判明したのは、ここで、なのか!?

 息を呑む私の横で、ルゥパは身体を細かく震わせていた。

 

「助けたかった……。生きて、ほしかった……。だ、だから……、彼女に、お、俺は……! 治癒の、ポーションを、のませて……!」

「分かった。何が起こったのか分かった。辛いなら、もう、語るな」

「……すみません。ありがとう、ございます」

 

 治癒のポーションを飲まされた彼女がどうなったかなんて、昼間の惨事を思い出せば簡単に連想できた。恋人が自分の手で苦しみぬいてこの世を去ったなんて、到底自分の口から語れない。語らせては、いけない。

 鼻をスンッと鳴らしたルゥパは、手の甲で潤んだ目を拭った。

 

「……その後です。神父さんがやってきたのは。騒ぎを聞きつけてやってきたあの人も、既にゾンビに噛まれ、全身の変色が進んでいました」

「“雷を纏ったクリーパー”の存在を教えてくれた、お前のお師匠か」

「はい。……そんな、あの人が、言ったんです」

 

 星が綺麗な夜空を見上げるルゥパの喉が、震えていた。

 

「ゾンビから人間に戻す方法を、探してくれって。自分のような人間に、希望をくれって。だから、“冒険”、しなさいって」

 

 見ていたのは星なのか、己の心の中なのか。堪えきれなかったらしい涙が一筋、頬を伝った。

 

「俺も、そんな方法があるなら見つけたかった。だから、旅に出ました。……貴方がたを助けたのは、救えなかった皆への申し訳なさからです。助けられたはずなのに助けないなんて、もう、そんなのは嫌なんです」

「……そうか」

 

 「お前はその場に居なかったんだから、助けようにも助けられなかっただけだ」と言ってやりたかった。だが、きっとこいつは否定しかしない。変に言い合いになるくらいなら受け流した方が双方楽だ。

 震える喉で深呼吸したルゥパは、軽く短く笑ってから、俺の方へ顔を向けた。相変わらず目は合わない。そこ口の位置なんだよ。

 

「これで大体、貴方の疑問に全て答えられましたかね? えっと、私が何者であるかは、『2ヶ月前に村をゾンビとクリーパーに滅ぼされて、旅立たざるを得なくなった、哀れな村人』。貴方がたを助けたのは、『助けたかったから』。そして私の旅の理由は、『ゾンビから人間に戻す方法を見つける為』。……これで、ご満足いただけましたか?」

「ああ。纏めてくれて感謝する」

 

 礼を言うと、満足そうに奴は微笑んだ。ああ、ついでだ。これも聞いてしまおう。

 

「最後に1つ」

「なんでしょう?」

「お前のその敬語は、お師匠譲りか?」

「! ハハハッ!」

 

 俺の言葉を受けたルゥパは身を縮こまらせて笑って、愛おしげに白いコートを見つめ、袖の部分を撫でた。それからこちらに向けた顔は、子供のように純粋に喜びに満ちていた。

 

「はい、その通りです! 言ってしまえば、この髪は恋人に切ってもらいましたし、このコートは切った髪が服に落ちないようにって着てたケープを改造したやつですし、防具も、剣も弓矢も! この身体だって!」

 

 ったく、どこまでも嬉しそうにしやがって。

 

「お前は、お前が大好きな村人たちの思いやりで、出来てるんだな」

「はい!」

 

 感情豊かな瞳は、ランタンの灯りと愛で煌めいていた。そんなルゥパに、こいつが連れてる白い玉が2つ、寄り添った。

 

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