人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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花畑の村の聖職者視点


90 彼は心が弱いから

 『ルゥパさんが死んでしまう』とは、いったい、どういうことだ。

 

 中央教会からの刺客をなんとかやり過ごしたかと一息つく間も無く、新たな懸念が生まれてしまった。

 

 息を切らして泣くセンバさんの要領を得ない説明では詳しいことは分からない為、一旦教会の礼拝室へ案内した。落ち着いてもらうのと、あの叫びで集まった視線を躱すため。であるが、結局カヌプとパーデはついてきて、そばに控えた。内容が内容だ。ルゥパさんの弟子である彼らが知りたいのは当然だろう。せっせと椅子をどけて階段ブロックを逆さにしたテーブルを設置したり、花茶を淹れたりしてくれているので、見逃す事にした。

 ハナコさんも「ここまで来たら、最後まで見届けてあげる」と言って、今はパーデが淹れた花茶を優雅に嗜んでいる。涙を引っ込めようとスピスピ鼻を鳴らして花茶をチビチビ飲んでいるセンバさんとは大違いだ。

 

 センバさんが落ち着くまでは、ハナコさんに説明していた。白い魔女、ルゥパさんとは何者なのか、何をして中央教会から目の敵にされているのか、雪玉ちゃんがここにいる理由は。

 ルゥパさんは雷に撃たれて魔女になった人間だと説明するとハナコさんは「まさか……!」と驚愕していた。彼がポーション研究家であること、カヌプとパーデの師匠であることや、目を付けられたのは恐らく、モンスターなのに人間に取り入ろうとしているのを認められないからだろう、などと話している間は相槌をうって静かに聞いていた。

 センバさんが持つカップの中が空になった頃、ハナコさんが「そういえば、ヘイリグ」と切り出した。

 

「貴方がスポナーについての知識が薄かったなんて、意外ね。確かに、私が旅をする中でも滅多に見かけなかったけど」

「……ハナコさんは、知っていたのですか?」

「ええ、それなりに。強い貴方も知ってるもんだと思っていたから、この村の地下にあったスポナーのこと、うっかり報告しなかったじゃない」

 

 やはり、地下にある丸石で囲われた、あの妙な空間は。

 

「では、この辺りでゾンビが出現しないのは、スポナーを破壊したから、ですか?」

「そうかもね」

 

 断言をしないのは、他の地域ではスポナーのない場所でもゾンビが湧いているから。でなければ彼女も『滅多に見かけなかった』とは言わなかっただろう。

 

「それから。聞かないの?」

「何をです?」

「……いいえ、今はその話より優先するものがあるわね。近いうちに話すわ」

「そうですか」

 

 彼女が出したかった話題は、見た目の変わらない自身の正体だろうか。ルゥパさんと同じ魔女でないなら、何者なのだろう。しかしハナコさんの言う通り、それより先に聞いておかなくてはいけない事がある。私とハナコさんからの視線を一身に受けたセンバさんは控えめに深呼吸すると、固く結んだ口を開いた。

 

「シターシュの命令で、遠くまで探索しとったらな、大豆と米があった村を見つけたんよ。そこで、ルゥパの兄貴の目撃証言が得られた。その村、トウヤ・マイコ村って言ったかな、で、ポーションの他にトンカツとか揚げ物の作り方も伝えとったらしくて、雪玉ちゃんを連れてなければ白いコートも着けとらんかったらしいけど、名前変えとらんかったから、間違いないと思う」

 

 トウヤ・マイコ村。随分と人名らしい名前の村だ。その村の英雄かなにかか。それにダイズ、コメ、か。そういえばヨシトさんが欲しがっていたような。ということは食材か。それにしても、らしくなく丁寧だ。話し出しが突飛すぎたと思ったのか、順序通りに説明してくれている。

 

「その村、畑を広げるって言って新しく作って、まだまだ発展途中やってん。で、採掘場を新しく掘っとったら、洞窟グモが大量発生したんやと。……それの調査に、ルゥパの兄貴が自分から先頭に立ってやったんやって。……そんで、叫んだって」

「なるほど……」

 

 ルゥパさんが叫んだ理由は、恐らく洞窟グモのスポナーを発見したから。彼はハナハタ村周辺にゾンビが湧かないことを不思議がっていた。つまりそれは、彼もスポナーの存在をネザーのみであると考えていたという事。そして、彼の故郷の村は、ゾンビの襲撃で滅びた。

 度々あったというゾンビの襲撃が、ゾンビのスポナーが近くにあった為に引き起こされたものなのではないか。自分が見つけて壊していれば、故郷が滅びることはなかったのではないか。と、ルゥパさんが考えるのも当然だろう。

 

「それで、そん後すぐ『故郷の村に帰る』って言って、村を出てったんやって。……もしかしたら、その故郷がハナハタ村やったり国やったりするかもしれんって希望を持って、一旦こっちに帰ってきたんやけど……」

「残念ながら」

「そう、よなぁ……」

 

 戻って来ていたのなら、この話をする前に本人が出て来て笑い飛ばすだろう。『死ぬかもしれないって、なんだよ!』と。

 

「センバさん。ルゥパさんが死んでしまうとは、どういうことでしょう」

「そうだよ。今の話で師匠が死んじゃうような要素、無かったじゃん」

「もし、本当に故郷にスポナーってものがあったとして。それを壊したらこっちに戻ってくるんじゃないの? 地図、持たせてるんでしょ?」

 

 本題に入り、堪えきれなかったのだろう。カヌプとパーデも会話に入ってきた。カヌプはすぐさま、パーデは私たちに花茶のおかわりを注いでからセンバさんの近くに立った。更に視線の圧迫を受けるセンバさんの手が、少し震えている。

 

「……知っとると思うけど、ルゥパの兄貴って、心が弱いやろ?」

「え? あ、うん……。臆病っていうか、怖がりだな。なぁ、パーデ」

「うん。準備が充分出来てないなら先に進みたがらないって感じだよね」

 

 「で、それで何?」と詰め寄るカヌプに対し、花茶で唇を湿らせたセンバさんは不安そうな目で見つめ、「そうや、ないんよ」と返した。

 

「違うの?」

「……兄貴の旅の目的、覚えとる?」

「勿論! “ゾンビから人間に戻す方法を探すこと”だろ!」

「それって、達成されたやん?」

「そうだな。なんか、悪い人たちに横取りされたっぽいけど」

「ぽいんやなくて、されたんや! っあ。……あ、あんま滅多なこと、い、言わん方がええか。で、な? その方法を見つけても、兄貴帰ってけぇへんやん? それは多分、見つけただけやなく、伝え広めようと思って頑張っとるんやと思う。たまに、その痕跡を見つけるから」

「そうなんだ」

 

 何を焦っているのだろう。我々もルゥパさんが不当に発明を奪われたと考えているのに。気になっても、早口で話を進められては口を閉ざすしかないのだが。

 

「でも、それってルゥパの兄貴が頑張らなくてもエエ事やろ? 中央教会が金の為にやっとるし、なんなら、兄貴はそいつらに狙われて、傷つけられとるはず。人間大好きなルゥパの兄貴がやで? 雪玉ちゃん見られて村人に石投げられたからメチャクチャ隠し事するようになったような臆病な兄貴が、いたずらに命を狙われて、苦しんでへんわけがない」

 

 確かに、常人でも命を狙われるというのは心にひどい傷を残すものだ。対象が無差別なモンスターならばいざ知らず、己と同じ人間からとなれば、いっそう。加えてルゥパさんは、我々と出会う前から傷ついていて……。

 

「そんな辛い状況の中で、故郷の村が滅びたのには、明確な理由があるかもしれんと知ったら。目標を全部達成して、後は惰性で広めるだけの、しなくてもええ作業の真っ最中だったら。……ルゥパの兄貴は、故郷で、旅を終えるかもしれへんやろ」

 

 センバさんがそう言葉を紡いだ後は、教会内を重い空気が支配した。死ぬかもしれないとは、私たちとルゥパさんが再開することが無いかもしれないことの比喩であり、言葉の通りかもしれない。

 やがてパーデが俯き、涙をこぼした。

 

「そんな、そんなぁ……!」

「なぁセンバ。そのスポナーってやつを壊して、こっちに帰ってくるって事はねぇのか?」

「あるかもしれんけど、楽観的やな。やって、移動すればするほど中央教会の奴らとエンカウントする確率が上がる。兄貴を受け入れない村人もおるかもしれん。そうなれば、故郷の村にたどり着いた後で、更に移動する気になるか?」

「で、でも……! 師匠、センバと同じエリトラってヤツ持ってんだろ!? なら、地上を歩かなくていいから意外と大丈夫なんじゃねぇの!?」

「それに、悪いことばかりじゃないかもしれないし!」

 

 子供らしく、前向きな意見で希望を見出そうとするカヌプとパーデ。しかしセンバさんの青い顔色が改善することはなく、突然、立ち上がった。居てもたってもいられないといった様子で、力の入った全身が細かく震えている。

 

「あぁもうダメや! 不安でしゃーない! 何も心配いらんかもしれんけど、ワイは探してくる!!」

「待ちなさい。何か手がかりがあるのですか」

「無い! けど、行かん理由にはならん! じゃあな!」

「「ま、待って!!」」

 

 教会から飛び出していこうとするセンバさんを呼び止めたのはカヌプとパーデ。実際に手を引いて止めたのは、ハナコさんだった。

 

「ゥエッ!? だ、誰!? 今更やけど!」

「私はハナコ。この村に鉄格子を敷き詰めた張本人よ」

「あ、あぁ、アンタがウワサの……。で、なんや?」

「貴方が大豆と米を見つけた村に、トウヤとマイコは居た?」

「え? いや、入れ替わるように消えたって話やったで。やから、新しい村の名前に、2人の名前をつけたって」

「……そう」

 

 答えを聞いたハナコさんは、目を伏せた。誰かの死を悼むような、重たい表情だ。

 

「なんや、知り合いやったん?」

「ええ。私よりも長く旅をしていて、最初の頃はお世話になっていたわ」

「そっか。……もう、行ってええ?」

「いいわよ。その2人を説得出来たらね」

「アッ」

 

 ハナコさんが引き止めたおかげで時間が稼げ、話があるらしいカヌプとパーデが、教会の出入り口を自らの体で塞いでいた。

 

「「連れてって!!」」

「お、お前ら……! エリトラは数が無いし、連れてけるか! 大人しく村を守っとれ!」

「ね、ネザーにはまだいけないけど、俺たちもそれなりに強いから!」

「サバイバルも出来るから!」

「じゃ、邪魔なんじゃい!」

「「連れてけー!」」

「村の皆が認めませんよー」

「「そんなー!!」」

 

 まだ連れて行かれては困るからと助け舟を出せば、少年2人が狼狽えてる間にセンバさんがするりと抜けて飛び出していった。振り向きざまにこちらへいい笑顔で親指を立てるほどの余裕を見せていた。そのままエリトラと花火で飛び立ったセンバさんは国がある方角へ向かって行った為、同じ報告を済ませてから探しに行くのだろうと察しがついた。

 

「あ、あれくらい、躱せるようにならないと、ダメってこと?」

「なんかネコくらい、柔らかかったよ……?」

「頑張りましょうね」

「「はい……」」

 

 素直なのはいいことだ。指導する側もやりやすい。

 しかし、この2人が焦るのも無理はない。彼らは1人前になったら旅に出ているルゥパさんを迎えに行くと約束しているのだから。その前にいなくなられてはどうしようもなくなってしまう。

 ……センバさんが、間に合ってくれればいいのですが。

 

 カチャリと、ソーサーにカップが置かれた音がした。

 

「緊急の話も終わったみたいだし、そろさろ、私が居なかった間のハナハタ村の話と、私の話をしましょうか」

「そうですね」

 

 積もる話は互いにあるだろう。それから、聞かねばならない秘密も。このタイミングで明かすということは、きっと今回の事件に関係しているのだろうし。

 溜め息が出そうになるほど、今日は忙しい日だ。そして、これからはこちらから動かねばやられてしまうのだろう。

 事は重大だ。ルゥパさんの運命がかかっている。ハナコさんの言葉ではないが、最後までやってやろうではないか。

 

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