人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
花畑の村の聖職者視点
これからの話をカヌプとパーデに聞いてもらっても問題ないか聞いたところ、「知っている人間が多いことに越したことは無い」との返答だった。「特に、中央教会と戦う人間なら」とも。
それなら戦力を集めてから話してもらった方が効率的だが、あいにく自警団は村の警備強化中、国の面々は刺客として送り込まれてきた聖職者たちの尋問を行っていて手が離せない。効率は捨て、一度私たちで聞いて受け止めよう。……ハナコさんの事だから、内容は恐らく壮大で、一度聞いただけでは全てを理解することは出来ないだろうし。
「その、戦いにおいて必要になる知識・情報とは、いったい何でしょう」
センバさんに逃げられてショックを受けていたカヌプとパーデが落ち着いた頃、そう問いかけた。机を挟んだ向こうに腰掛けているハナコさんは小さく息を吐くと、スズランのような小さな口を開いた。
「“クラフター”の事よ」
「く、らふたー?」
「やっぱり、これも聞かされてなかったのね。私も、さっきのセンバも、ヨシトもラクも、そして聖職者のカツヤも、クラフターよ」
「!!」
なんてことだ。カツヤは少なくとも15年以上前から教会に籍を置いている。クラフターと呼ばれる存在はそんな昔から誕生していたのか!
「……で、それって、何?」
「ちょっとカヌプ! は、ハナコさん。クラフターって、ボク達と何が違うんですか?」
抱いた疑問はパーデがカヌプの代わりに丁寧に言い直してくれた。対するハナコさんは指を3本立てた。
「大きな違いは3つ。1つ、クラフターは見た目の年を取らない。1つ、一部を除き、死んでも復活する。1つ、限定的な不老不死で、寿命は約20年である。そして、尽きた命と引き換えに、この世界にまだ無いアイテムを
「もう振り落とされてる」
「君、素直ね」
正直者なカヌプへ追い打ちを掛けるように、ハナコさんは続けて「そう言われても、今言った通りでしかないんだけれど」と告げていた。説明を投げられたカヌプがしょんぼりしているのが少々不憫だ。なら、こちらから質問して解説を引き出すしかない。
「最初の見た目の年を取らないというのは、その通りでしょうね。ハナコさんがここから旅立ったおよそ10年前から、何一つ容姿が変わっているようには見えません。仮にハナコさんが肉体的に歳を重ねていたら、カヌプとパーデ、君たちの母親よりも少しだけ年下に見えるくらいになっているはずなんですよ」
「そうなの!?」
「な、なんで綺麗なままなの!?」
「さぁ、私にも分からない。クラフターはそういうものとして受け入れてる。……だから、せっかく自分好みに整備した村を捨てなきゃいけなかったんだけど」
「そっか……」
「師匠と、似た感じなんだな」
何も手入れせずとも衰えないというのは、世の女性からすると魅力的だろう。しかし、それは魔女になってしまったルゥパさんも感じていた欠点でもあった。おまけに、信じがたいことだが、死んでも復活するらしい。衰えず、無理をしてもいい身体。使う側からすればなんて便利な存在だろうか。
「ふぅん、魔女も年を取らないの。お婆さんなイメージがあるけれど」
「彼は雷に撃たれた18歳で肉体の成長が止まってしまったそうです。髪も伸びない程に。そんな彼が不死であるか、寿命があるかなどは分かりませんが」
「そう。あ、そうそう寿命。村に戻ってきたのは、私にタイムリミットがあるって分かったからなのよ」
「それって、自分で分かるもんじゃないんだ」
「私が看取ってきたクラフターたちは、ギリギリになって悟ったみたい。その誰もが、20年を少し過ぎた辺りで死んでしまう。統計を取ってるから、間違いないわ」
「そうなんだ」
「そう。だから、私の寿命も残り2年って事も分かってるの」
思わず、息を呑む。そうだ。ハナコさんもクラフター。迎える寿命に例外が無いのなら、自らの終わりを事前に把握出来るのか。
「私の骨はこの村に埋めるって決めてるから、よろしくね」
「ええ。スケルトンとして復活しないよう、粉々にさせていただきます」
「骨壷も拵えておかなきゃね」
「それもこちらにお任せを」
せっかく再会したばかりだというのに、終わりの話をするのは、少々切ない気持ちにさせられた。弔いの形の要望を聞けるのは良いことだが。
「そうしたら、そうね、私が残していくアイテムはどうしようかしら。桜の木を残していくつもりだったけど、梅とかスモモとかの方が大きな木の実が生って食べられるし」
「そ、それもだ! それも気になってんだけど、なんで、残してくアイテムがまだこの世界に無いものって分かるんだよ。てか、なんでそんなものがあるって分かるんだよ! ……俺、何言ってんのか分かんなくなってきたんだけど」
「自分で?」
カヌプは感覚で何かがおかしいと感じ取っているのだろう。間違っていない。何が世界に存在しているのか全てを把握しているなど、日々変化する世界でありえない。確かに今のサクラもウメもスモモも、耳にしたことは無いが。
ハナコさんは質問に答えることはなく、静かにインベントリから薄い紫色のブロックを出して床に設置した。確かそれはセンバさんも持っていた、異次元に居るシュルカーと呼ばれるモンスターの殻を用いた収納ボックス。手で回して開けると机の上にポンポンと、見覚えのないものを置いていった。
黄色で楕円形の果実、エンダーマンの目の色をした粒の集合体。緑の色合いが似ているが葉のつき方が違う球状の葉物。白・黒・小麦色の小さな種粒。緑と白のツートンカラーで香りが良い野菜。
……見たことの無い食材(恐らく)が出てくる、出てくる。
「これが、召されたクラフターが残したアイテム……?」
「いったい、何人看取って……?」
「クラフターは案外どこにでもいるし、貴方たち村人の中に紛れ込んでるわよ。ただ、余程対策しないと彼らの記録も、彼らを覚えている人たちも生き残らないの」
“生き残らない”。我々人間の儚さを示し、叩きつけるような表現だった。私たちはハナコさんの手によって村の周りに張り巡らされた鉄格子に守られているが、それが出来ない村の方が多い。ゾンビやスケルトン、クリーパーは容赦なく我々人間に襲いかかり、命も、生きた証も散らしていくのだ。
「だから、看取った人数よりもチェストに残されていた遺物を見つけた数の方が圧倒的に多いわ。そうそう、これ繋がりで言わせてもらうと、トマトや玉ねぎ、アサリや海に塩があること、炎症や悪い菌なんかの概念も、クラフターの遺物よ」
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでそれが分かるんですか? 海がしょっぱいのは常識でしょう?」
「そうだよ、トマトも玉ねぎも、母ちゃんが小さい頃から食べてたって言ってたぜ。って事は、30年は絶対経ってんじゃん。20年生きてないアンタが、なんでそうだって分かるんだよ!」
驚いたパーデとカヌプが立ち上がって意見する。自分たちも知っているものの名前が上がり、それが自生ではなくクラフターが齎したものだと言われれば無理はない。私もそうだ。
問われるハナコさんはエンダーマンの瞳の色をした粒の集合体から1つもぎ取り、頬張った。嗅いだことのない芳しい香りが鼻腔をくすぐる。
「比べて、知ってるからよ」
「比べた? 何と?」
「ゲームと」
「げ、ゲーム?」
ゲーム。ヨシトさんやラクさんがたまに口走る単語だ。彼らの故郷の言葉で『遊び、試合』という意味だったはず。それとは違うのだろうか。
集合体からまた1つ実を摘んだハナコさんが少し間を空けて、我々に問いかけた。「あなたたちと違う肉体的特徴を持つ私たちは、どこから来たと思う?」と。
「どこから……?」
「生まれてから消えるまで姿が変わらないってことは、子供の時期も無いって事。じゃあ、私たちはどうやってこの世界に生まれ落ちたの?」
「え、え?」
「お父さんもお母さんもいないってこと? 赤ちゃんじゃなかったってこと? あれ? どうして?」
「……まさか、スポナーから発生するわけでもないでしょうし」
「あら惜しい」
「「惜しい!?」」
スポナーからでも、母体からでもないとなると、いったい何だ? ……自然発生の、モンスターか?
「正解は、別世界から転生してきた、よ」
「「はぁ???」」
「考え方の方向性が、少しズレてますね」
「ネザーもエンドも、どっちもこちらからの一方通行。それならこちらに一方的に来れる世界があるって考えてもおかしくないでしょう?」
「……そうかぁ?」
この場を代表して、カヌプが首を捻ってくれた。確かにゲートを開けやすいのはこちらからだろうが、ネザーでは互いの次元から開けられる。ジ・エンドの話はセンバさんからしか聞けないから、確かめようが無いが。
「どうせ実感なんて沸かないだろうけど、一応話しとく。私は元々、この世界とは違う理の世界で生きていて、事故で死んだ。そしたら何の因果か、事故の衝撃か。輪廻を外れてこの世界にやってきてしまった」
「来てしまった、という表現だということは、望んでゲートを潜ったわけではないのですね」
「ええ。生まれ変わっても一緒になりたい、それくらい愛した人も居たしね。それで、この世界との違いを掻い摘んで話すと、モンスターはおとぎ話か伝承でしか存在しない空想上のもので、ゲートを潜って別次元に行くだなんて事はありえない。インベントリなんて存在しないし、ポーションなんてゲームの中の存在でしかないわ」
「モンスターが居ないのは良いかもだけど、暮らしにくそうだな……」
「住めば都よ」
「みやこ?」
「……移住して暮らし方が変わっても、やがてその環境に適応して、なんとかなるってこと」
「スメバミヤコ……」
「そんな知らない言葉がサラッと出てくるって事は、やっぱり違う世界の人間なんだ……」
「素直ね、君たち」
違う価値観を受け入れるのは歳を重ねた私よりも先入観の無い若者の方が早いのだろう。つくづく、この場に聞き手が3人しか居ないことがありがたい。スタークと、特にドゥンが居たら質問攻めで話が進まなくなっていた。彼らも若いが、知識がある分、好奇心が旺盛でもある。
「こっちの世界とは違う危険だったり、また別の便利さもある世界だったわ。娯楽も沢山あったし。そして、私にとってこの世界は、娯楽として作られたゲームの世界によく似ているの」
「……?」
「空想のものとして、作られた世界観ってこと。その世界を知っている、何があって、何が足りてないかを外から見て知っている。だからヨシトはこの世界にまだ無い料理を再現しているし、ラクやセンバは向こうじゃ出来なかった事をやって楽しんでる。そしてカツヤは金・権力・名誉を我が物にしようと動いている」
クラフターと呼ばれる別世界からの移住者は、別世界の暮らしを覚えている上にこちらの世界のことを予習しているから、自分たちが暮らしやすくなる為にも新しい概念を齎し、自由に過ごしている。その自由に、善悪は問われない。
……もしや、カツヤ最高聖職者長は、デバフポーションも魔女に師事されるよりも前から知っていた? いや、師事を受けていない可能性もあるのか? そうだとすると、彼は最初から嘘を吐いていた? ますます許せない存在だ。
花茶をクイッと飲み干したハナコさんが、少し大きめに深呼吸する。
「貴方たちがこれから戦おうとしている相手は、貴方たちの常識には当てはまらない発想力と、悪意を持った人間。そして、この世界を遊び場だと考えているようなクズよ。殺しても殺せない人間だから、余程のことが無いと勝てないわ」
「そ、そんな……!」
「でも、安心なさい」
失望の声を上げたカヌプへ、ハナコさんは胸を張った。
「期間限定不老不死なクラフターが、こちらには何人いる?」
「あ、えっと、4人?」
「それも、3人はまだまだ若いわ。そして、カツヤはこちらの世界に来て何年経ってる?」
「少なくとも、18、9年以上ですね」
「えっ!? じゃあ、もう直ぐ居なくなるの!?」
例外なく20年がタイムリミットなら、何も行動を起こさずとも消えてくれるかもしれない。しかしそうは簡単な話ではないと勘が告げ、現にハナコさんは首を横に振った。
「でも、ヤツはそれを知らないから、変わらず強欲に権力や名誉を求めるはず。君たちの師匠を迎え入れようとしてるって話があるみたいだけど、きっとそれは建前。珍しいモブ、生物を飼い慣らして見せびらかしたいって思ってるだけよ」
「……どうして、そこまで醜悪だと?」
「あら、この程度で? 私は善人だから考えられる最悪はこの程度だけど、家族を人質にとってこの村を襲撃させた聖職者集団のトップなんて、ずっとずっと悪人よ?」
「……急いで策を講じなければなりませんね」
センバさんがルゥパさんを連れて帰るのが先か、奴らが攫うのが先か。この村も防衛面での見直しをしなければならない。そうだ、この突拍子もない話をまとめて戦力に成り得る人たちに語らねばならないから、その講演の準備もだ。あぁ、そうだ。その間に。
「話は大きく変わるのですが、ハナコさん。貴方が乗ってきたあの仕掛けは、やはりレッドストーンを用いた装置なんですよね?」
「ええ、そうよ。作り方知りたいの?」
「是非私もご教授願いたいものですが、まずはドゥンに教えてあげてください。最近も隠し自動ドアなるものを開発していましたよ」
「へぇ、自力で! あの、私に告白してきた男の子が! ふふふっ、最後に弟子を取るのも、悪くないかも」
目的が出来たことを楽しむ笑みは、人絡みではハナコさんがこの村に来て一番の微笑みだったかもしれない。そのまま、防衛面強化は彼女らで解決してくれないだろうか。