人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
使うし、新しく開発したかったから、ポーションだけは作り続けた。でも本は複製しなくなったし、金のリンゴは作るのを止めた。ただただいろんなポーションを自分にぶっかけて、帰る家を探してた。なんか、まるで迷子みてぇだな。それにしたって規模はデケェけど。
いやぁ、食べなくていい・寝なくていい肉体とか、なんて都合がいいんだろうなぁ。
当ても無く歩いて、飛び続けた。野を越え山を越え、川を越え海を越えて、いつの間にか時間も区別なく歩き続けた。
そして、俺は見つけた。
荒れ果てた、俺の帰る村を。
「ただいま」
「行ってきます」って言って村を出てから、何年経ったんだろう。
村に入る前に暗視のポーションを改めて飲んで、コートは無染色から白のに着直した。それから、夜の闇に溶け込んだ、思い出深い村に入った。
手入れなんてしてないから、いつか歩いた土道は草だらけになってた。雨風に晒されて、皆の家や教会の丸石はすっかり苔むして、雷が落ちたかなんだか知らないけど地下は全ての家で丸裸になってた。
せっかくさぁ、思い出をそこに仕舞ったのに。しかもなんか荒らされた形跡あるし。武器とか金目のもん中心に無くなってるし、棚から落下したのか床はいろんな破片だらけだった。それが人間によるものなのか、モンスター、自然災害によるものなのか。イヤ、人間に期待すんのは止めとこ。そして、思い出に浸るのも。苦しくなって、罪悪感でいっぱいになって、動けなくなるから。やめろ、雪玉ちゃん。自分の家に帰るんじゃねぇ。やめろ。やめて。お前らの顔が──
「やることやるぞ。皆! この辺りの地下を探索してくれ!」
手を強く打ち鳴らして、雪玉ちゃんにお願いした。作業に没頭して頭の中から追っ払わなきゃ、碌でもない事ばっかり考えかねなかった。
雪玉ちゃんはポーションを使わなくても透明になれるし、物体や壁もすり抜けられる。だから地下探索をするなら雪玉ちゃんの目を使わせてもらうのが一番楽だ。普段は使わないようにしていたけど、一度だけ、金が足りなくなった時に探してもらった。本当に便利で、それからは懸命に自分を律した。
そんな力を、スポナー探しに使う日が来るなんて、な。
人海戦術をもってして、スポナーは見つかった。村からさほど離れてない洞窟を入口として、その奥深く。誰も掘り当てていない細い細い道を抜けた先に、石の中に埋もれるように丸石の空間があった。やっぱりあった。ゾンビのスポナー。自分の思い込みが、これほど憎いことはない。
テレポートは飛びたいところにいる雪玉ちゃんを見てじゃないと出来ないから、大人しく案内してもらった。目的地までは曲がりくねった狭く長い道を下らないといけないみたいだったが、高さと方向が分かってりゃそこまで真っ直ぐ掘っちゃえば、わけなかった。俺の体の幅に合わせて雪玉ちゃんがツルハシでポコポコやってくれたし。
掘り当てた丸石の空間にはゾンビのスポナーと、2つのチェストがあった。
「ハッ!」
チェストは地下深くの暗闇の中、何も知らないで掘り当てた人間を喰らう為の罠だ。いかにも貴重品が入ってそうな宝箱で目を眩ませて丸石の違和感を誤魔化し、中身を漁ってる間にスポナーから沸いたモンスターが油断してる人間を殺すって算段か。だけどウチの村にはそんな卑しい人は居なかったな! ……居なくても、勝手に湧いてくるところが憎悪を掻き立てる。
そこまでして人間を殺したいなんて。ゾンビは喰いたい、仲間を増やしたいでまだ分かるけど、スケルトンとかクリーパーとかは食わねぇし自分も死んじゃうのに。
あ゛ー、どうでもいっかー。とりあえず、壊しゃいっかー。暗闇の中、体一つ分の距離まで詰めてるのに未だに小さく火を吹かないクソッタレに、今そこで作った石のツルハシを振りかざした。
スポナーは、石のツルハシで簡単に壊せた。無様に散らばる黒い破片が、無力感を煽ってきた。
俺の、村の仇が、あっけなく壊せた。
「こんな事で……」
こんな簡単な事をしなかったが為に、皆が死んだ。苦しんで、痛がって、まだまだ生きてたかったのに、殺された。俺が、こっちの世界にスポナーは無いだなんて勝手に思い込んだばっかりに。
「……濡れちゃうよ、雪玉ちゃん」
2人の雪玉ちゃんが、全身を俺の顔に擦りつけてきた。俺の目から溢れる涙を拭おうとして。ほんわり暖かくて柔らかい彼らの気遣いが、ひどく寒い胸を温めてくれた。
それでも、ツルハシの柄を握ったままの手はスポナーを壊した衝撃を覚えていて、痺れが冷たさを伴って全身を支配してくる。慰められたって、過去は変わらない。
「知らなかったんだから、責任を感じる必要なんか無いのに」
煩い、黙れ。俺の口を勝手に動かすな。
あの時ネザーに単身乗り込んで生還できて、簡単に村の外に出られたのは俺だけだったんだ。ヘムスタッド村が他の村と比べてモンスターの襲撃が多かった謎を解明するなら、俺が適任だったんだ。俺しか出来なかったんだ。でもやらなかったんだ。それが、襲撃が多いのが普通だと思い込んでいたから。
「皆がそう思ってた」
村を囲う柵を鉄格子にするだけでも、石の塀にするだけでも違っただろうに。レッドストーンの研究をすれば敵探知も楽になっただろうに。やり方なんて、いくらでもあったのに。いくらでもあるやり方を、試しもしなかった。
俺が、俺が。疑問を持たず、村を守ろうと改善しなかったから。
だから、皆が死んだ。俺のせいで死んだ。
勝手に動く口を塞ぐ為に、手で口周りを掴んでた。力を込めすぎて引っ掻いてたらしく、指先にうっすら血が付いてた。ハハッ、きっしょ。
傷ついた顔を見て心配してくれた雪玉ちゃんの1人が、治癒のポーションを差し出してくれた。ありがとうね、雪玉ちゃん。
「でも、いらない」
彼女が差し出してくれたポーションを掴んで、丸石の壁に向かって投げつけた。
スプラッシュ瓶じゃないそれは花瓶が割れたような、罪悪感を刺激する音を立てて砕け散った。あぁ、そうだ。もうスポナーを壊したんだから、いらないじゃん。
「あ、ゾンビのスポナーに治癒のポーションかけて、壊れるか実験しときゃ良かった」
まぁいいや。知ったところで、どっちも俺はもう使うことはないんだし。フハッ、投石の技術が、ごみ捨てに役立つなんてなー。
パリンパリン、ガチャンガチャンと、治癒と再生のポーションを両腕使って投げ捨てた。後で雪玉ちゃんが拾わないように、確実に壊れて中身が流れ出るさまを見届ける。投げそこねて足元に落ちた残留瓶でうっかり回復しちゃったけど、おかげで投げる腕の疲労感が和らいだからお得だったって事で。
「フフフッ、擽ったいよ、皆ぁ」
そんなに皆で俺を取り押さえようとしたって、無駄みたいだね。
優しい君らは、例えマグマにコレを放りこんだとしても、透明になって、マグマに浸る前に受け止めて隠すでしょう? 俺が前に地図を燃やしたから、それから学んでさぁ。
回復手段を全部捨てたら、歩いて地上に戻った。暗視のポーションが切れた頃だったけど村の中は見渡せたから、夜は明けていたらしい。雲の方が多い、洗濯物は乾きにくそうな天気だ。ばーか。俺が干す洗濯物なんてもうないっつーの!
村の中に戻ったら、適当な場所を見繕って、延焼しないように地面を教会から回収した苔むした丸石に置き換えた。俺がこれから何をしようとしてるのか察したらしい雪玉ちゃんがまた俺を取り押さえようとしてきたけど、消えてもらった。透明にさせたんじゃない。なんの影響も及ぼせないように、存在自体消えてもらった。
これからする事、皆に見られてるなんて、思いたくねぇから。
地面を丸石に置き換えたら、効率強化の職人魂が篭った斧で、サータちゃんの家の建材を叩き割って薪にした。別に板材とか原木のまんまでもいいけど、より火力が高まることを期待して。
空気が入りやすいように意識して隙間多めに薪と板材たちを組んで、薪に向かって火打ち石で火花を飛ばす。それで火が点いて、小さな火がパチパチ弾けて、それからすぐに板材、原木に火が移って、大きくメラメラ燃えていった。
段々大きくなる火を眺めながら、雪玉ちゃんを俺の中からまた消していった。意識するだけで消えるかどうかなんて知らないけど。やらないよりマシかと思って。勝手に出てきて一生懸命俺に縋り付いて泣いてたけど、消した。
君らを、連れて行くつもりはないから。
ゾンビから人間に戻す方法は見つけた。それを広める努力はした。本来の運命から何年も延長して生きてきた。
方法は中央教会に横取りされた。でも広めてくれてる。俺のやり方は、俺の存在は否定された。そして、俺は防げた事故を防げなかった罪を、償いたい。
ねぇ、神父さん。もう、いいですよね。
サータちゃん。そろそろ俺もそっちに行くからね。
轟々と燃える焚き火。それを座って見上げながら、3つポーション瓶を取り出した。3つとも栓を抜いて、その中の1つを轟々と燃え上がる焚き火に掲げた。
「俺の“冒険”の終わりを祝して」
乾杯して、より濁ったイカスミ色した弱化のポーションを呷った。
この時の為に3本分煮詰めた、特製のポーション。より強くなった苦味と臭みを持った液体を拒絶する喉に無理やり流し込んだ。一滴残らず口に含んだ頃には、目が霞んで頭痛がしてた。座ってんのに体がふらついた。けど構わず濁った深緑と古い血の色も続けて体に流し込む。毒と、負傷。煮詰めて変な甘味や臭みが際立ってより不味くなったそれをどっちも飲み干して、痛みと一緒に口から溢れた血に安心した。俺、ちゃんと死ねそうだって。
全身ガクガク痙攣して、体の中からでろでろに溶かされて、息を吐くたびに鼻から口から血がボタボタ溢れる。世界が灰色に霞んで、巨大な火の前に居るのに寒かった。怖い。超怖い。けど、嬉しい。
立ち上がろうとして、転んで、それでも立って、焚き火に向かって背を向けて、仰向けになるように背中から倒れた。ドンガラガッシャン。スゲー音立てながら、焚き火に背中から飛び込んだ。焼かれる痛みは今更だから、何でもなかったら、良かったのに。ちゃんと痛くて苦しくて熱くて辛いの、もう嫌なんだけど。
でも、これで、俺も、皆のところに行ける。
『アンデッドは天の光に敵わない存在。未練あるその肉体を陽で焼かれ、浄化され、魂は煙と共に天に迎えられる。そして浄化された肉体は土に還り、次の生の糧となる。そうして、少しだけ大きな道を逸れた存在も、またこの世界を巡るのです』
魔女の俺は天の日に敵う存在だし太陽に焼かれない。焚き火の火じゃ浄化だってされないだろうけど、でも人間普通に死んだら火葬するじゃん? 血が流れてんだから肉体は土に還るだろうし、煙は例外なく天に昇るもんだから。きっと、俺の魂も天に迎えてもらえる、ハズ、だよな。
焼けた頬に水が落ちた。水は水でも、雨粒だった。
数秒もしないで、大量の雨粒が俺に降り注いだ。落下の勢いがあって、風は無い。ただただ、バケツをひっくり返したような豪雨が降って、俺を痛めつけて、せっかく焚いた火を消した。
天から大量の唾を吐かれた。
天は、俺を拒絶した。
遠くなった耳に、熱源が水に触れて鳴るジュウッて音が入って喧しかった。目を開くことが出来ないくらいの大雨が俺の火傷だらけの弱体化した体に打ち付けた。無数の針に刺されてるみたいだ。まさか、新しい痛いが追加されるとは思わなかったわ。でも、雨じゃ死ねない。あー、痛い、痛い、痛い、痛い。ヒッヒッヒ! 雨でダメージ食らうとか、エンダーマンじゃん。魔女な上にエンダーマンとか終わってんだろ。
あぁ、痛い、痛い、痛い、痛い。
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。
火の消える音、雨の降る音。葉っぱが雨に打たれる音、吹いてきた風の音、俺の呻き声。全部がうるさい。
ゾンビから人に戻すなんて、人の命を操作した、運命に逆らった俺は、この世をまた巡るどころか、
「静かに、眠らせても、もらえないのか」
痛い、うるさい、痛い、うるさい、痛い、うるさい、痛い、うるさい、
不意に、顔あたりに降り注ぐ雨が、遮られた。
「みぃーつっけた♡」
代わりに降ってきたのは、歪んだ喜びを滲ませる、悍ましい響きの男の声だった。