人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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※倫理観喪失・グロ描写・欝展開注意
※当作品は残虐行為を肯定するものではありません。

 グロ描写が苦手な方は、お手数ですが後書きまでお読み飛ばしください。


悍ましい解剖

「君だよね? 白い魔女の、ルゥパってさ~」

 

 荒ぶる鼓動や豪雨、消火されていく焚き火の騒音の中でも、そいつの声はすんなり耳に入ってきた。俺を白い魔女だとか呼ぶ立場で、この惨状を面白がる声なんて、さっき飲んだ濃縮弱化のポーションくらい気持ち悪いのに。

 

 顔に打ち付ける雨が無くなったから、試しに目を開けてみた。そして、すぐに力尽きなかった事を恨めしく思った。

 焚き火の山に倒れこむ俺を見下ろしていたのは、紫色の袖無しローブを纏い、胸に十字架を光らせる男。雨を弾いているのはスイレンの葉を何枚も、放射状に重ね、その中央に木の棒を挿したような雨具。それを持った男は愉快そうに目を細め、口の端をグインッと上げたニンマリ顔を浮かべていた。

 

「いやー! 面白かったよー! 村に来た途端に洞窟に潜ってくし、地下から戻ってきたと思ったら家壊してキャンプファイヤーするし! かと思ったら負の効果のポーション飲んで血ィ吐いて、キャンプファイヤーに飛び込んで焼身自殺図るし! 挙句の果てに! 雨にも降られちゃうしさー!」

 

 なんで、コイツ、笑ってんだ?

 確かに俺の行為は笑われるものだろう。でも、やってる目の前で笑えるような所業ではないだろ。

 あはは、と一頻り笑った後、聖職者の男は表情を一変させた。深呼吸の後で見せてきた慈悲の笑みに、ひどい吐き気を覚える。血が口から痛みと一緒に溢れた。

 

「はじめましてだね、ルゥパ君。俺はカツヤ。見ての通りの聖職者で、実は組織の中で一番偉かったりするんだ」

 

 だから、何だ。今、死のうとしている命に、穏やかに話しかけるお前のことなんか、どうでもいい。あぁ、嘲笑うヤツに見下されて死を迎えるなんて。なんて酷い最期だろう。

 

「ルゥパ君。何が君を死に駆り立てたのかは分からないけれど、天はまだ君を見捨てていないよ。知ってる? 雨は恵みで、癒しなんだ」

 

 俺をサータちゃんたちのところに向かわせてはくれない、けどな。

 俺を見下ろす為に曲げていた腰を正して、雨具を放り捨てた。天気はこの短期間で小雨に変わっていた。焚き火の勢いと同程度なのが、皮肉のようだ。

 

「君はこの雨を嫌ってるかもしれない。でもね、俺はこう思うよ。『天は、君にまだ死んで欲しくない』ってね」

 

 ……治癒のポーションをかけも、見せもしないコイツから、会話をする意思は読み取れなかった。

 

「我らが太陽は君に何を求めているんだろうね。心当たりある? 無いなら、俺のところにおいでよ」

 

 微笑みを絶やさないカツヤが、俺に手を差し伸べてきた。立ったまま。

 

「生きる目的、俺の横で考えてなよ。新しいポーションの開発をしながらさ。周りの村で聞いたよ。君は生前、ポーションの開発をするのが大好きだったってね? 実はね、君がさっき飲んだ負の効果のポーションは、俺が魔女に弟子入りして教えてもらったポーションなんだ。それを広めた俺って、すごいでしょ? そんな俺の隣にいれば、いくらでも素材は集まるよ。だから、生きなよ」

 

 誘い文句は魅力的だ。俺の好きなことをさせて貰えるらしいし、一番偉い人のそばなら他の聖職者に命を狙われる事もなくなるかもしれない。

 でも、嫌だ。

 差し伸べてくる手は、横たわったままの俺が腕を伸ばしても届かない高さだ。かけてくる言葉にも重みを感じられない。何より、上辺の慈悲では隠しきれていない嘲りと愉悦が、気に食わなかった。

 

「……そっか」

 

 いつまでも手を取ることのない俺に焦れたのか、諦めたのか。スッと表情を無にしたカツヤが手を引いた。そのまま、頼むから。頼むから俺を放っておいてくれ。俺を、死なせてくれ。

 

「そんなに死にたいなら、その前に身体をグチャグチャにしてもいいよね!」

「っえ……?」

 

 ポーションと煙で焼け爛れた喉でも、驚きの声だけは出せた。

 何だ、何を言っている、この男は。今、この男は、俺の体をグチャグチャにするって言ったか?

 霞んだ目でも捉えたダイヤの剣が恐ろしくて、咄嗟に腕で身体を庇った。そしたら、左腕の肘から先の視界が、開けた。

 え? え? なんで? なんで無いの? 俺の左腕、どこ行ったの?

 

「アハハハハッ! すげー! 弱化のポーションってこんなに強かったっけー! やばっ、おもしれー! あ、ねぇねぇ見て見て! 向こうまで飛んだよー!」

 

 もはや清々しいほど笑ったカツヤが俺から見て左斜め上を指差す。ロクなこと無いってわかってんのに、思わず釣られて見てしまった。だから、無くなったと思っていた腕が、草の上にゴロリと転がってるのを見つけてしまった。

 俺の、腕が。

 

「あ゛っ、あ゛ぁ゛あ゛……っ!」

「アハハハハハハッ!」

 

 い、痛い、痛いぃ!!!

 自覚しちまった切断の痛みで叫んでるのに、切った本人はやっぱり笑い続けてる。狂気だ。ヤツは、狂気に満ちている!

 

「なんだぁ! 声出せんじゃん! ハハッ、あー、取りに行くのもメンドいし、こっちの腕もらうねー?」

「ひぃ゛ッ!?」

 

 血が噴き出す左腕を抑えてた右手を取られて、肩を叩き切られた。

 

「ぅ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

「あー、やっぱり骨自体も脆くなってんねー! ねーねー、どうやったの? どうやって強化したの? グロウストーンダストでもここまで強化できないよー?」

 

 切り離した俺の右腕を眺めるカツヤは、コート部分を剥ぎ取ると切断面をジロジロ眺めた。かと思ったら両手で切断面と肘を捕まえて、自らの膝とぶつけ合った。腕はパキパキっと小気味いい音を立てて、まるで木の棒のように折れた。折れてしまった。

 

「おっ! パッキンアイスみたいに折れんじゃーん!」

 

 感心の声を上げたカツヤはもう一度小気味いい音を鳴らして、「普通こんなに弱らねぇのにねー!」と、曲がる箇所が4つに増えた俺の腕をぷらんぷらんと見せびらかしてきた。そして、ポイッと俺の顔の横に捨てた。

 どうして、どうして。どうして、そこまで酷い事が出来るの。お前に、人の心は無いのか。

 

「あ゛……あ゛ぁ゛……」

「あー、負傷か毒で喉もやられちゃってるのかー。じゃあ自分で方法を探さないとだなー。あ、そうだ!」

 

 まるで乙女のように手を自分の顔の前で打ち鳴らすと、カツヤは再びダイヤ剣を装備し、俺の腹に突き立てた。

 

「お゛、ぐ、はっ!」

「強化した負の効果のポーションで、内臓がどんだけボロボロになるのかも見てたいから、開けるねー!」

「ばっ、がはっ」

 

 止めろ!! 止めてくれ!! 俺の腹を裂かないで!

 止める為の腕は切断されて、腹を裂く剣が入ったまま足を動かすことは出来なくて、声は血に溺れた口では出せなかった。

 俺を助けようと飛び出してきた雪玉ちゃんたちは、皆、ヤツの手に握りつぶされた。この、クソゴミがぁあっ!!!

 

 血が溢れ出す腹はみるみるうちにダイヤ剣で更に切り裂かれ、まるで両開きの扉みたいに解放された。血を失いすぎてか、寒くて痛覚も無くなってきた。それが恐怖を煽ってきて、それでも自分の体が荒らされる様から目が離せなかった。

 

「おーおー、人の内臓なんて初めて見た! 紫色っぽいけど、これはあれかな、毒で変色してんのかな? やー、しっかし! ハリが無いねぇ! 負傷か弱化でかなー? こんなデロッデロじゃ、ソーセージは難しそうだねー!」

「ヒッ……!」

 

 カツヤは切り開いた腹になんの躊躇もなく手を突っ込み、俺の腹から、何かを引っ張り出した。怖いっこわい! やだ、引っ張らないで! 斬らないで! 俺から何も引っ張り出さないで!! もう、俺を、グチャグチャにしないでぇ!

 

「は~、本当に気持ち悪いね! おまけにくっさいし! そっかぁ、匂いがキツイってことは、もしかして煮詰めた? へ~! そんな簡単なことでこんなに強くなるんだ~! ん?そういえば、飲んだってことは、内臓よりも先にベロに触れてるじゃん? 口の中ってどうなってんの~?」

 

 あっあっ、止めてっ、止めて! 顔を近づけないで! こわい、こわい!

 

「ほぉら、溜まった血を吐いて流して! はーい上手に出来ました~!」

 

 お前が、俺の顔を掴んで横にして溢しただけだろ! 止めて、痛い! 舌を引っ張るな!

 

「うーん、口の中が見えにくいねー。そうだ! ベロを切り落としたら広くなるよなー!」

 

 い、嫌だっ! もう嫌だ! その醜悪な笑顔で俺を見るな! ダイヤの剣を翳すな! それを、舌に当てないで!!

 渓谷よりも深い闇色の目で、俺を、見ないで!!!

 

「安心して? 死んだら、綺麗に繋いで、剥製にしてあげるからね?」

 

 いや、だ。

 

 ア゛。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、消えちゃった」

 

 魔女のベロを切り落としたら、全部煙になって消えちゃった。あーあ、誤算だわー。てっきりクモとかファントムみたいに死体残ってくれると思ってたのに。ほら、元々村人っぽいし、ルゥパ君。

 手の中のベロも、切り飛ばした腕も全部煙になっちゃった。どうせ死体残んないなら、ドロップであの白い玉が欲しかったなー。

 

「あー煙たい。……ん?」

 

 デカめのキャンプファイヤーは豪雨のせいですっかり火が消えて、煙だけを吐き出してる。臭いしちょっと息しづらいね。どうでもいいけど。そんな煙から離れたら、さっき握り潰した白い玉が、俺を見てきた。

 黒ごまみたいな目に、反抗的な色が見える。

 

「ふーん、俺を気に入って出てきてくれたって訳じゃなさそうだね?」

 

 それでも出てきたって事は? 俺に何か伝えたいことがあるって事だよね? 反抗的な目だし、俺がルゥパ君を殺しちゃった事に文句を言いに来たのかな?

 

「そんな怒んないでよ。ルゥパ君、自分で死にたがってたじゃん。1回は助け舟出したのに、望まなかったのは彼の方。だったら利用してもいいじゃん!」

 

 捕まえて観察しようと歩いて近づいてみるけど、進めば進むほど白い玉は下がってく。触らせてくれる気は無いみたい。

 

「どうせ、魔女から人間に戻る方法なんて無いんだし」

 

 マイクラにはゾンビから村人に復活させる方法はあっても、魔女から復活させる方法は実装されてなかった。だから事実そのまま言っただけなのに。白い玉から殺気が放たれた。

 

「……なーるほどねぇ? 分かったぁ! 君、この村の人間の魂なんだぁ! 道理で見覚えの無いモブだと思った! 俺の知らない間に実装されてたのかと思ってたけど、そうじゃなさそうだね!」

 

 なるほどなるほど、だからルゥパ君の周りや彼が辿った村にしか居ないわけだ! 自然発生じゃなくって、ここの人たちの魂、幽霊なわけね!

 

「あれ? って事は、成仏出来てないんだ。可哀想。それともなぁに? ルゥパ君が死ぬまで付き添おうって思ってたの? ふふ、皆健気なんだねぇ」

 

 一応テッペン獲った宗教の教えに則って、目の前の白い玉、人魂に手を合わせて祈りを捧げたら、いつの間にか消えちゃってた。ルゥパ君と一緒に天に昇ったのかなー。

 

 さーて、これから暇潰しに何しようかなー。あ! そうだ! どっかから村人拐ってきて、雷当てて本当に魔女になるか検証しよーっと! その為にはまず、召雷のエンチャント付きトライデントを作らないと!

 

「みんなー! トライデント取りに、ドラウンド狩りに行くよー!」

 

 呼べば、どこからともなく下僕が現れる。あははっ、権力者って、きもちーわー!

 

 

 




《グロ表現が苦手な方向けの、今回のあらすじ》
 故郷のヘムスタッド村に帰ってきたルゥパは、絶望の末焼身自殺を図る。その最中に現れた聖職者・カツヤによる残虐行為の末、ルゥパは絶望し、死んでしまった。
 煙となって消えてしまったルゥパに落胆するカツヤは、その後現れた雪玉ちゃんを観察し、彼らがヘムスタッド村の人間の人魂であると断定した。

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