人間に戻る手がかりを掴むまでの話 作:佐川野
どこや。どこにおるんや、兄貴。
ハナハタ村と国から飛び出したワイは、エリトラで空を大きく飛び回っとった。
雪玉ちゃんは力持ちで頭がエエだけでなく、ルゥパの兄貴とインベントリと感覚を共有しとる。それに兄貴は雪玉ちゃんのとこにテレポート出来るし、……兄貴が気付いとるか知らんけど、死んでも、雪玉ちゃんから復活出来る。
とにかく、雪玉ちゃんはルゥパの兄貴と強烈に繋がっとる。やから、兄貴が居るところまで案内してもらっとった。
雪玉ちゃんに質問しまくって分かった事は、ルゥパの兄貴は自分の故郷の場所を覚えとらんって事。そして、国やハナハタ村までの地図を、マグマに捨ててしまった事も。
「嫌な覚悟、決めよってからに……!」
どうしてワイらに助けを求めないんや!
ファントムの皮膜と火薬が欲しいから夜更かしして4日目。外で素材集めしとったら、雪玉ちゃんが丸石で作った仮拠点まで引っ張ってきよった。慌てた感じがいつもとちゃうくて、恐ろしくなった。
拠点の中で花火とかを拵えてくれとった雪玉ちゃんたちの様子が、おかしくなっとった。
妙に慌ただしく、『どうしよう、どうしよう!』と泣いとるみたいで、自分たちで置いたチェストにポーションを入れていきよった。覗くと治癒のポーションばっかりで、ワイまで言いようの無い不安に駆られた。ルゥパの兄貴に、何が起きとるんや! 雪玉ちゃんが治癒のポーションを避難させるような事態って、いったい何なんや!
「まさか」
ワイの最悪の予想が、当たってしもたんか?
「ど、どうにか止めることは出来んのか!? ワイをルゥパの兄貴のトコにテレポートさせられへんのか!?」
問えども問えども、雪玉ちゃんは首を、全身を左右に振るだけ。兄貴のヤケクソな覚悟を止められへんのも、そこに駆けつけられんこと、間に合わへんかったことも。全てが無力感を煽ってきよる。
「い、い、今、ルゥパの兄貴は、どうなっとるん!? そっちで止められないんか!?」
それでも、いや不安やからこそ、質問する口も貧乏ゆすりも止まらんかった。
ポーションをチェストに移し替えとった雪玉ちゃんたちが元気を無くして、ワイの膝の上で沈み込んだ。その中の1人がおもむろに、ベッドの上に転がった。……せめて、死んでも、こっちにおいでな、ルゥパの兄貴。
復活したらきっと混乱するやろうから、なんて言って生きてもらおう。色々悩んで待っとったら、雪玉ちゃんがまた動き出した。
「ゆ、雪玉ちゃん?」
力んでブルブル震えたり、狭い拠点内をビュンビュン飛び回って壁にぶつかったりって、今度は、怒りを伴っとるような。
「何が、起こっとるんや……?」
もしかして、ルゥパの兄貴、自殺を邪魔されとる? 誰に? 雪玉ちゃんたちを怒らせるような事を、誰が!
「雪玉ちゃん! 兄貴のトコまで案内してくれ!」
復活まで待ってられへん!! 兄貴が辛い目に遭っとるんなら、寄り添ってあげたい! 兄貴が誰かに苛められとるんなら、そいつをぶっ飛ばしたい! 花火も皮膜も足らんけど、そんなん、駆けつけへん理由にはならん!
雪玉ちゃんたちの中でも意見は割れとるみたいで、ワイを外に連れ出そうとする子がおれば、それを引き止める子もおる。止めるのも分かる。今から駆けつけようにも、まだ砂漠と海を1つ越えなアカンみたいやから、どうあっても間に合わん事は明白。それならここで待って、国まで連れて帰る方が早い。資材が足りてない中なら、それが一番正しいんや。
でもな、止めてる雪玉ちゃん。それでもなんや!
「行くで、雪玉ちゃん!」
案内を立候補してくれとる雪玉ちゃんを両手で掬い上げて、コートのボタンの上に乗せて木のドアを開けた!
「こんばんは」
「オワーーーーッ!??!」
開けたらまん前に人がいた!! なんでぇ!? ここ、全然人里ちゃうんやけどぉ!? なんならモンスターに囲まれとったハズなんやけどぉ!?
ノックの為に掲げてた拳を下ろした男は、紫色の布を被っとった。ヘイリグと同じのやから、コイツも聖職者やろう。……今んとこ、ヘイリグ以外の聖職者にエエ思いは無いけれど。ハッ! ゆ、雪玉ちゃん! 隠れて!
「ふふふっ、今更隠そうとしても遅いですよ。貴方が白い魔女の関係者であることは知っていますから」
「……やったら、なんや」
「協力してあげましょうか? 白い魔女の仇討ちを」
「は?」
上から目線な物言いの聖職者が、鼻を鳴らしながら提案してきた。“白い魔女”呼びも態度も気に入らんし、仇討ちやと?
「救助やなく?」
「どうせもう間に合いませんよ」
「ッ!!」
お前に何が分かるんや!
反射で掴みかかったら、避けられた上に透明化した誰かに間に入られた。誰やお前! き、気付かんかった!
透明化した誰かを突き飛ばして、慌てて全身ダイヤ装備した。今更かと聖職者が笑うんがめっちゃムカつく。
「なんで間に合わんって分かるんや! どけ! ワイはルゥパの兄貴を助けに行くんや!」
「分かるも何も、貴方も諦めていたじゃないですか。暫くこの仮拠点にこもっていたのがその証拠。今更出ていこうとしたのは大方、最高聖職者長が彼を痛めつけていると気付いたから、でしょうか?」
「は……? さ、さいこうせい……?」
「最高聖職者長・カツヤ。ゾンビ復活術を普及していた私を追放し、自らの名前で再度普及を行うような強欲で残忍な男ですよ」
退くつもりのない聖職者に押し切られて、勝手に仮拠点の中に居座られた。唯一の出入り口は透明化した誰かに塞がれとるっぽい。別に出れるけど、雪玉ちゃんにも塞がれたら、どうも出来ん。
押し入って勝手に木の階段ブロックに腰掛けた聖職者は、スニッシェンと名乗った。……てか、ゾンビから人間に戻る方法をルゥパの兄貴から横取りしたん、コイツなんやない? 雪玉ちゃんたちが睨んどるし、フォンチャ先生とティエがその名前を言っとった気がする。コイツも仇討ち対象やんけ。
そんなコイツが、なんでワイに接触する?
「最高聖職者長・カツヤは白い魔女に興味を持っていました。彼ほど人に馴染むのも、旅をするのも、そもそも性別が男の魔女もいませんからね」
「そのクセ、殺そうとしとるらしいなぁ。お前ら中央教会が討伐依頼を出しとるのは聞いとるぞ。興味があるなら生け捕りくらいにしとけんかったんか?」
「中央教会も人が多ければ思想も様々なのですよ。私のように“人に仇なすモンスターは須らく滅するべし”と考える者もいれば、研究対象として捕らえるべきと考える者もいる」
教会が一枚岩やない事はヘイリグを見れば分かる。それに、カツヤって名前の響き。ソイツも絶対クラフターやんけ。
「そんで? ルゥパの兄貴を殺そうとしとるお前が、何に協力するって?」
「仇討ちですよ。カツヤ様は必ず白い魔女を殺す。助かりやしない。ならば私が提案するのは白い魔女の救助ではなく、カツヤ様への仇討ちでしょう」
「そこがおかしいんや。なんでそのカツヤは必ずルゥパの兄貴を殺すん? 研究対象で生け捕りにするんやなかったのか。何より、なんでそこで兄貴が逃げへんのや」
「その疑問に答える為に、まずはカツヤ様がどのようなお人柄であるか、話させていただきましょう」
足を組み直して、スニッシェンって聖職者は語った。敬語がウザったいからワイが分かりやすいように組み立て直そう。
聖職者カツヤはヒツジみたいに人畜無害な姿をした、キツネみたいなずる賢い盗人らしい。
権力に名誉、楽で豪華なこと、甘やかされて自尊心を満たすのが大好き。反対に思い通りにならなかったり、自分を拒否したり意見してくるのが大嫌い。だから人間ならすぐに追放したり、動物とかモンスターなら痛めつけた末に殺したりする。
そんなカツヤは、人間どころか全ての命を命と思ってない。信者だろうと軽く扱うし、自分の利益の為なら味方のフリして蹴落とすし、自分に懐かない動物には手酷い仕打ちを躊躇いなく行う。モンスターなら尚更。そして妄信的な信者がそれを正当化しやがると。
透明化している2人の内1人は、前にカツヤのお気に入りとして動いてた。そいつの話では地下に素材になる動物とモンスターを飼ってて、素材集めのついでにそれらを弄んで殺したりしてたらしい。
そんな危険人物に、ルゥパの兄貴は狙われた。
「少し対面しただけですが、彼の強情な性格は知っています。良くも悪くも真っ直ぐな青年なら、たとえ良い条件を出されたとしても頷かないでしょう。なんせ相手は己を追い詰める中央教会の頂点。……そして、差し出した手を取らないモンスターに、カツヤ様は容赦などしない」
実際そうなんか、膝の上の雪玉ちゃんに目をやったら、頷かれた。ものすごく悲しそうやった。……ワイまで、苦しくなる。あぁ、ビビリで、心が弱い兄貴がそんな目に遭ったら! 想像するだけで背筋が凍る!
「カツヤ様はモンスターを敵対させない秘術を使えるそうですから、接触した時点で白い魔女は討伐されたも同然。そういうわけですから、私が協力するのはカツヤ様への仇討ちという事になるわけです」
ピースフルか。モンスターを消す難易度やな。ここやと、敵対心とかを消すものになるんか。……それを、悪用してんのか。抵抗しない相手を、甚振ってんのか。ルゥパの兄貴も、何も、抵抗できないまま……。
「私は私から名誉を横取りし、中央から追放したカツヤ様が許せない。貴方は親しい友が殺された。どうです、同じ相手を憎む者同士、手を組みませんか?」
「…………」
悍ましい想像と選択を迫られている事に冷や汗が止まらんくなってたら、背後のベッドからギシッと軋む音がした。すぐさま振り返れば、白いコートを着た黒髪の青年がベッドに仰向けに横たわっていた。
「ルゥパ!」
飛び上がって、足をもつれさせながらベッドまで駆けつける。そこそこ音を立ててもうたけど、兄貴は静かなままやった。
あの時も、エンドラ討伐ん時もそうやった。死んだショックで放心状態になるけど、強めに声をかけたら目を覚ます。やからきっと、大丈夫や。
「驚きましたね。まさか、テレポートのみならず、死をも超越していたとは。私も雷に撃たれてきましょうかね」
「……兄貴が元人間やと知っとって、殺そうとしとったんか。お前ホンマに人でなしやな」
「彼の口から聞いて初めて知ったんですよ。誤解なきよう」
「あっそ。今更そんなんどーでもエエから、出てけや」
「手厳しい」
何がオモロいんか知らんが、スニッシェンは笑って出て行った。たったの一瞬も仲良くなれそうに無いヤツやったな。
そんな奴が出てったんや。なぁ、ルゥパの兄貴。そろそろ目ェ覚ましてエエよ。
「……? ルゥパの兄貴?」
不愉快な奴が出てって落ち着いたから、やっとじっくり兄貴の様子を見れた。やから、遅まきながら気付いた。兄貴の目と口が、半開きなことに。
「ど、どうしたんや、ルゥパの兄貴! もう大丈夫やって!」
筋肉が緩んで開く口から涎が流れ、瞬きを忘れたエメラルド色の目は瞳孔が開ききっている。穴に吸い込まれる感覚に陥る目には、絶望が色濃く現れていた。……嘘や!! 嫌や!!!
「兄貴っ!! ここには兄貴を傷つける奴は居らんから!! やから起きてや! なぁ、オイ!! ルゥパ!!」
起きて欲しくて、あの時より乱暴に身体を揺する。それでも返事をしない兄貴の手首を取り、確認した。血色も体温もない手首からは脈が1拍も取れなくて、全身が凍りついた。
「ルゥパッ!!!」
「まさか、本当に死んでしまいましたか?」
戻ってきよったスニッシェンが、開口一番に縁起でもない事を言い放った。どこまでも失礼な奴が。
「意識が戻らんだけや」
兄貴の口に手を当て、胸に耳を当てる。微かな呼吸はしとるし、心臓は弱々しくも動いとった。生きとる。兄貴は、まだ、生きとる。
瞼と口を閉じさせる雪玉ちゃんたちを見てから、顔だけでスニッシェンへ振り返る。無表情な奴は、ほんの少しだけ仰け反った。
「スニッシェン」
「何でしょう」
自分でも分かる。今、ワイの頭は灼熱で、腹はグラグラと煮えくり返っとる。
「カツヤの弱点はなんや」
聞かれたスニッシェンは、腹の色ほど黒い笑顔をした。
「手を組む気になってくれましたか!」
「勘違いすんなや。ワイはお前を利用する」
「構いませんとも。同志よ、目的達成まで互いを利用し合いましょう」
……ハハッ、笑わせる。自分の名誉の事しか考えとらん奴の手を借りんといけんなんてな。
けどな、兄貴。やからこそ。兄貴を絶望させたカツヤに、必ず復讐したるから。