人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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コウモリ色の瞳の弟子視点


96 俺たちの声は届いてた?

 師匠が、ルゥパ兄ちゃんが帰ってきた。死体みたいになって。

 

 息はしてる。でも、ベッドから起き上がることも、目を開けることも無い。冷たい身体は屠殺したウシくらい冷たくて、ルゥパ兄ちゃんが生きてるのか、死んでるのか、分からなくなった。

 

「起きろよ、師匠……」

 

 “国”の特別病室は3階にあって、家畜たちの鳴き声が届かなくて静かだ。そんな静かな中で声をかけても、ルゥパ兄ちゃんはピクリとも動かない。……なんだよ。魔女って、眠らなくても大丈夫だって、言ってたじゃねぇか。

 

 どうしてルゥパ兄ちゃんが眠ったままになったのかは、センバ兄ちゃんと雪玉ちゃんと、センバ兄ちゃんが連れてきた聖職者のスニッシェンさんから聞いた。ヘイリグさんも入ってる太陽信仰の教会の一番偉い人、カツヤって奴がルゥパ兄ちゃんを捕まえて、惨い仕打ちをして殺した。らしい。喋れない雪玉ちゃんしか見てないから詳しい話、ていうか具体的に何をされたのかってのは聞けなかった。本当に知らないのか、酷過ぎるから半人前の俺たちにはまだ言えないのか。……目を覚まさなくなるくらいとか、俺の想像を超えた仕打ちだろうしな。

 ルゥパ兄ちゃんが何したってんだ。スニッシェンさんもカツヤって奴も、兄ちゃんから技術を奪っておいて、敵対してないのに殺そうとするだなんて、どんな頭してたら出来んだよ。酷い、酷い。ルゥパ兄ちゃんはゾンビが大嫌いなのに、ゾンビから人間に戻す方法を探したんだぞ。たとえモンスターだからって、一括りにすんなよ。

 

 窓辺に寄りかかって、雪玉ちゃんたちに囲まれる血色の悪いルゥパ兄ちゃんの顔を見つめる。いつ目が覚めるのかを今か今かと待ってたら、ガチャッと病室のドアが開いた音がした。

 

「やっぱりココにいた」

「パーデ……」

 

 ドアから顔を覗かせてきたのはパーデだった。「カヌプが居ないと話が進められないんだって」って言いながら中に入ってきて、その後ろからゾロゾロと数人が付いてきた。シターシュさんにヨシトさん、ラクさんとセンバ兄ちゃんに、ハナコさん、そしてスターク兄ちゃんとドゥン兄ちゃんとヘイリグさん。うわぁ、お偉いさんと実力者ばっかり。

 

「俺が居ないとって?」

「カヌプも計画をちゃんと聞いてなかったら、説明が二度手間になるからってさ。ボクもまだ聞いてないけどね」

「え? お、俺も報復計画に参加してもいいの? じゃなくてっ、いいんですか?」

 

 誰に質問したら良いか分からなくて目線をキョロキョロさせてたら、国の長のシターシュさんがクスッと笑って「ああ、是非とも」って言ってくれた。

 

「やる気のある君たちの働きにも、期待しているからな」

「は、はい!」

 

 光ったレッドストーンダストみたいな綺麗な赤い目に見つめられて、身体がやる気で漲る。顔が熱くなったのが自分でも気付いたけど、シターシュさんの後ろからヨシトさんが氷くらい冷たい目で睨んできたから直ぐに顔も頭も冷え切った。ポピーみたいな赤い目なのに、なんでそんな冷たい目が出来んの。

 

「て、てか、なんでその話をこの部屋で? わざわざ移動してまで」

 

 ヨシトさんの怖い目から開放されたくて話を逸らしたら、乗ったセンバさんが「そらぁお前ぇ!」って両手を頭の後ろに回してニコニコ笑顔で言った。

 

「自分が関係しとる事やのに話し合いに参加出来んとか、ルゥパの兄貴がのけ者で可哀想やん! もしかしたら起きてくるかもしれへんし! それに、寝たきりやろうとも、ダチが近くでおしゃべりしとったら、嬉しいやろ!」

「! それも、そうだな!」

「やろ!」

 

 いつもフードを目深に被ってるセンバさんだけど、見えてる口元はニカッとさっぱりとした笑顔。見てるこっちが元気出る!

 

 ベッドが1つしかない特別病室に入ってきた総勢9人がそれぞれ落ち着ける場所に立ったり座ったりしたところで、ヨシトさんがインベントリから出した椅子に腰掛けたシターシュさんが「それでは、はじめよう」と仕切った。

 

「これから行うのは、対カツヤ報復計画の最終確認だ。最終目標はただ1つ。我らが恩人のルゥパを痛ましい姿にした、聖職者・カツヤへの報復だ」

 

 シターシュさんが発表したのは、目標を達成する為の準備と、その役割分担の組み分けだった。

 作戦としては、先手必勝・不意打ち上等。センバさんが持ってるエリトラで飛んでって、中央教会のカツヤを捕まえる。殺したところでクラフターならリスポーン、生き返るから意味が無いらしい。だから寿命を迎えるまで、牢獄の中に監禁するって。

 

 その為の準備として、素材集めを行う。この世界で、ネザーで、そしてジ・エンドで。

 この世界とネザーでの素材集めはスターク兄ちゃんドゥン兄ちゃんを筆頭にハナハタ村の自警団に協力してもらって、ジ・エンドって世界には俺たちをTNTで殺そうとした聖職者の囚人たちを連れてくって。1度入ればそこに棲む“エンダードラゴン”ってモンスターを倒さない限り、帰りのゲートは開かないから、利用しても逃げられないからって。その監視にラクさんと、やけにやる気なスニッシェンさんと弟子2人の合計4人が割り当てられた。

 ヨシトさんは国を守って、センバさんとハナコさんは中央教会の偵察に出る。ヘイリグさんはポーションに加えてエンチャントも極めることになって、残った俺らはルゥパ兄ちゃんの護衛を任された。……やっぱり、留守番じゃん。

 不満が顔に出てたのか、自警団組に笑われた。

 

「そんな顔するな、パーデ、カヌプ」

「だって、お兄ちゃん」

「働くって聞いたから、てっきりさぁ」

「目覚めを近くで見守るのは、立派な仕事でしょう?」

「そうなの?」

「そうですよ」

 

 期待が裏切られてしょんぼりしてたら、ドゥン兄ちゃんに励まされた。留守番じゃない。護衛は立派な仕事だって。その横でスターク兄ちゃんが重心を右から左にした。

 

「今までもそうだったように、ルゥパを長いこと独りぼっちにはしたくないだろ?」

「当たり前じゃん」

「なら、やってくれるよな?」

 

 スターク兄ちゃん以外の皆も、俺たちを見て微笑んでる。……期待してくれてる空気だった。俺たちだから、出来るって。自然とパーデと顔を見合わせて、笑っちまった。

 

「勿論! しっかり護衛とお世話します!」

「ルゥパ兄ちゃんの弟子として、誇りある仕事ぶりを披露するぜ!」

「カヌプ、誇りとか披露とか、難しい言葉よく知ってんね」

「ちょ、台無しにすんなよパーデ!」

 

 それらしいこと言ってカッコつけたらパーデに茶化されて、皆にも笑われちった。おーおー! 笑ってればいいさ! 俺は宣言通り、護衛をやってやるからな! ……でも、誰から守るんだ? 死んだことになってるのに。そこらへんも後でパーデと一緒に相談だな。

 笑い声を静めるように、シターシュさんが手を打ち鳴らした。

 

「さて、役割分担の最終確認は終えたな。全員が集まるのも暫く先まではこれが最後だろう。確認したいこと、喋っておきたいこと、雑談したいなら今のうちだぞ」

「あ、じゃあ、僕から。雑談兼、確認ねー」

 

 シターシュさんの気遣いに真っ先に手を挙げたのはラクさん。羊毛ブロックに寄りかかったままでハナコさんに顔を向けた。

 

「確認なんだけどさー、今集まってるメンバーは皆、僕らがクラフターって知ってるんだよねー?」

「その質問をする時点で、知ってるって思ってるんでしょう?」

「まぁね。……じゃあ、その上での質問ね」

 

 いつも浮かべてるフワフワしたラクさんの笑顔が、深呼吸の後で消えた。見えてるかどうか分からないくらい細い目がちょっと開くだけで、なんかドキドキする。不安の方で。

 

「ハナコは、この世界をマイクラと比べたとき、大きくどこが違うと思ってる?」

「「出たッ! 超越者の感覚!」」

「うわっ、なにその恥ずかしいレッテル! やめてよ~!」

 

 パーデと一緒に茶化したら、変な緊張感を出してたラクさんの目が元に戻った。恥ずかしいって言うけどさー、ネザーとかエンドとも違う世界から、この世界をゲームってやつで知ってるってもう、それ人間じゃないじゃん。なんか超えてきてるじゃん。だから自分たちを区別して“クラフター”って呼んでるんじゃないの?

 ゴホンゴホンとヘイリグさんに咳払いされたから黙って、ハナコさんの言葉を待った。羊毛ブロックに牛革を被せたものに腰掛けてるハナコさんは、腕組みをして目を閉じていた。

 

「難しいわね……。何もかもが違う、と言ってしまいたくなるわ」

「と、言うと?」

「トマトや塩、炎症といった、クラフターが持ち込んだモノや概念がマイクラと違うと言えるし、この世界の人間が言うほど鼻が長くなかったり、一部モンスターも人間も四角くない事も違うと言えるわ」

「そうだね」

 

 そうだね!??! 鼻は知らねぇけど、人間が四角くないって、当たり前じゃん何言ってんの!?

 ハナハタ村組もシターシュさんも困惑してるけど、クラフター達は動揺一つしてない。って事は、皆その事に気づいてるって事で、わざわざ指摘するくらい違うんだ。あー、よくわっかんね。

 

「でも、クラフターが持ち込んだものはMODだと思えば、なんでも出来るマインクラフトじゃ不自然なものじゃない。人間の形があちらの世界と変わらないのは、ゲームでは簡略化する必要があったからと納得することが出来る。おまけに好都合だしね。だから……大きく違うと決めつけられるのは、個々に魂があることね」

「魂、ね」

「そう。だから一人一人に個性があって、感情があって、知恵があって、営みがあって、今日まで発展してきた歴史がある」

 

 ……ゲームに出てくる俺たちには、魂が無かったの? ラクさん達の世界から見た俺たちには、個性が無かったの? それって、楽しいの? あぁでも、作り話にいちいち魂なんて込めないのかもな。この人たちが見てきたゲームに出てくるのは、ラクさん達と同じ人間が考えた作り物で、俺たちじゃないし。

 

「だから、この世界にスポーンした時、とても驚いたわ。人が暖かくて。制限されてモンスターの脅威がある中で協力し合って暮らしてる素朴な姿は、成人まで田舎暮らしだった私からすれば懐かしいものだったわ」

「あ、分かるかも~」

「そーなんやー」

「俺は小耳に挟んだ閉鎖的な部分も出てるなって……すみません、お嬢」

「構わん。事実だ」

 

 クラフター組の中でも少し意見は割れてたけど、大体、俺たちに魂があって良かったって意見? センバ兄ちゃんはよく分かってなさそうだったけど。

 

「清濁合わさって、この世界だってやっぱり愛おしい世界よ」

 

 そんな優しい事を言ったハナコさんは花を見る時にも浮かべるほんのりした微笑みを止めると、ルゥパ兄ちゃんが寝てるベッドに目を向けて、眉間に皺を寄せた。

 

「それが分からない人でなしが、ルゥパくんの心を……っ!!」

 

 多分カツヤの悪口を言おうとしたハナコさんが、目を見開いて息を飲んだ。見てる先を追っかけたら、ルゥパ兄ちゃんのエメラルド色の瞳が、うっすら開いた瞼から覗いてた。

 

「「ルゥパ兄ちゃん(お兄さん)!!」」

 

 やった! やった!! 騒いだ甲斐があった! うるさくはなかったと思うけど、皆がココにいたから! そうだ、そうに違いねぇ! センバ兄ちゃんの言う通りだ!

 

「ルゥパ兄ちゃん、おはよ!」

「……」

「ルゥパお兄さん、きっとびっくりしてるよね。寝てる間に場所が変わってたら、ボクもびっくりしちゃうもん」

「ココは国の病院の病室なんだぜ。だから安心してな!」

「……」

 

 パーデと一緒にベッドをはさんで声かけする。目が覚めたばっかだからか、ルゥパ兄ちゃんの反応は悪い。ほんの少ししか開いてない目を器用に瞬きさせて、でももう二度寝しそう。

 

「ははっ、いいよな、二度寝って。布団ん中あったかくて、気持ちよくってさ、ホッとするよなぁ。分かるわ、ルゥパ兄ちゃん」

「そのベッドの中と同じくらい、ここは安心できるところだからね。また起きたい時に目を覚ましてね」

 

 多分、久しぶりに寝たんだろうなぁ。足りてなかった分を取り返そうといっぱい寝ちゃっても、しょうがな、い……!?

 

「ア……」

 

 一人の雪玉ちゃんが、黄緑色のガラス玉が填った金細工のペンダントを持って、ルゥパ兄ちゃんの目の前に浮かんだ。それを見たルゥパ兄ちゃんの目が、これでもかってくらい大きく開かれた。

 大きく開いたのは目だけじゃなくて、ピッタリ閉じてた口もぽっかり開いた。一瞬で起きた大きな変化にびっくりしてたら、ルゥパ兄ちゃんの口の端っこがどんどん上がってって、丸くなってた目は愛おしそうに細くなってった。だらしないような、縋るような、嬉しさで泣き出しそうな笑顔。そして、今のルゥパ兄ちゃんの目は、正面の雪玉ちゃんを見てない。

 

「サァ、タ、チャン……!!」

 

 ひどく重たそうに持ち上がったルゥパ兄ちゃんの腕は、ここにいる誰でもない人間に向かって、伸ばされていた。

 

 

 

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