人間に戻る手がかりを掴むまでの話   作:佐川野

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コウモリ色の瞳の弟子視点

※欝展開あり、ご注意ください。


97 『助けて』って、言ってもらえるように

「サァ、タ、チャン……!!」

 

 苦しみから解放された様な、濁っても震えてても明るい声で、ルゥパ兄ちゃんは目の前の雪玉ちゃんをその名で呼んだ。

 “サータ”って、ルゥパ兄ちゃんがよく出してた名前だ。そして、確か、ルゥパ兄ちゃんの彼女で……村を襲ったゾンビのせいで、死んじゃった人だ。

 

「ハ……アハ……!」

 

 ほっぺが痛くなりそうなくらい、口の端を釣り上げて笑ってる。雪玉ちゃんに伸びる腕は右よりも利き手じゃない左の方が上がってるけど、その左腕も肘から先が不自然に垂れ下がってた。まるで、繋がってるって認識してないみたいに。

 

 ルゥパ兄ちゃんはどうして寝たままになってた? カツヤって奴に殺されたからだ。

 じゃあ、どうやって殺された? 大人たちが俺たちにまだ言えないくらいの酷い目に遭わせて、殺したんだ。

 その、酷い目って? 抵抗できないように、腕を、切り落としたのか?

 

 雪玉ちゃんが持ってる黄緑色のガラス玉のペンダントが、陽の光を受けてキラッとした。

 

「ウレ、シイナァ……着ケテ、クレタンダ……!」

 

 垂れ下がってた腕にだんだん力が入り始めて、右腕も左腕と同じくらい持ち上がった。プルプルする両手はゆっくりと、雪玉ちゃんを包み込んで──雪玉ちゃんに触れた途端、ルゥパ兄ちゃんの目がまた、見開かれた。

 

「ア……?」

 

 見てるこっちが攣りそうなくらいな笑顔は消え失せて、ルゥパ兄ちゃんは目の前にいるのが雪玉ちゃんだと認識して驚いていた。

 

「ハッ、ハッ、ハッ、……!!」

 

 そしてだんだん、息が上がって、腕がもっと震えだして、見開いた目に涙が浮かんで──

 

「イヤァアアッアアァアアーーーーーッッ!!!!」

 

 叫んで、雪玉ちゃんを床に投げつけた! あの、雪玉ちゃんが大好きなルゥパ兄ちゃんが!!

 

「る、ルゥパ兄ちゃん!!」

「ヒュッ、ヒュッ、」

 

 吐き出さず吸うだけの呼吸は悲痛で、俺たちを見て真っ青から赤くなった顔色とボロボロ流れる涙は、胸が痛くなるくらい可哀想だった。

 

「イヤッ、いやだぁ……っ!!」

 

 腕はまただらりと下がって、足腰でベッドからずれて起き上がったルゥパ兄ちゃんは俺たちから逃げようとした。だけどフラフラして力の入らない足が縺れて、床に崩れ落ちた。完全に倒れちまう前に支えようとパーデが肩を持とうとしたら、怯えるルゥパ兄ちゃんはイヤイヤッて首を全力で横に振って、拒絶した。

 

「き、きらないでっださないでっ!!」

 

 飛び散った涙が俺にまで飛んできて、悲しくてクラクラした。

 どうして、ルゥパ兄ちゃん。

 

「俺だよ、カヌプだぜ、ルゥパ兄ちゃん。ルゥパ兄ちゃんの肩持とうとしてんのも、パーデだぞ」

 

 俺たち、アンタの弟子だぞ。見ろよ。俺たちを。

 ルゥパ兄ちゃんはパニックで何も見えても聞こえてもない。何が何でもここから逃げようと這いずって、壁に凭れて立ち上がって、窓ガラスを頭でかち割った!

 

「ハァッ!? ちょ、嘘だろルゥパ兄ちゃん!」

「危ないって!!」

「ウアァアッ、ワァアアアッ」

 

 頭突きでガラス板を割った時に破片でどこか切れたのか、ルゥパ兄ちゃんの顔が血まみれになっちまった。それでも止まらず割れた窓ガラスに飛び込もうとしてたから、取り押さえる手に力が入った。それで簡単に捕まえられてた。嫌がって身体を捩ってたけど、俺たちを押しのけたりはしないから。

 

「イヤだぁっ! はなしてっ、はなしてくれぇ!」

 

 叫ぶような声で確かに拒絶してて、パニックは終わってない。だから突き飛ばさないのは俺たちを気遣ってとかじゃない。使わないんだ。やっぱり、腕を。

 クリーパーに背後から狙われてた俺たちを守った、ダイヤの剣を振るう力強くて頼もしい腕を。……そういやこの格好、弟子入り前に、乗り気じゃないルゥパ兄ちゃんを逃がさないようにって、パーデとやってたなぁ。

 涙目のパーデと目で合図し合って、多少強引にベッドまで運ぶことにした。

 

「い、イヤだっ、いやだってばぁ!!」

 

 かち割った窓から引き剥がしてくと、ルゥパ兄ちゃんが抵抗を強めてきた。踏ん張って、身体をもっと捩って。それでも2人と雪玉ちゃんたちで無理やりベッドに押し込もうとしたら、ルゥパ兄ちゃんの呼吸がもっとおかしくなった。

 

「ハァ"ッゥ"ー、ハァ"ッゥ"ー、」

「落ち着いて、ルゥパ兄ちゃん!」

「大丈夫だから、ね!」

 

 震えて、血まみれな顔で泣いて、踏ん張れなくなった足は縺れて、ルゥパ兄ちゃんはベッドに背中から倒れ込んだ。震えはだんだん激しくなって、痙攣ってやつになって、息を吸ったまま呼吸を止めてしまった。堪えきれないとばかりにヨシトさんがそばに来て、「ルゥパ、吐け。息を吐くんだ」って言い聞かしながらルゥパ兄ちゃんの体を横にして背中を摩った。

 

「舌、噛まないように口に指を突っ込んどくぞ」

 

 そう言って、ヨシトさんの指が口の中に入れると、ルゥパ兄ちゃんが喉で「ア゚」って悲鳴を上げて、全身の痙攣が更に増した。

 

「──ッ、──ッ、」

「ルゥパ兄ちゃん!!」

「大丈夫だから、ここには悪い人はいないから!」

 

 悪手だと気付いたヨシトさんがルゥパ兄ちゃんの口から手を引っ込めたけど、ビックンビックン跳ねる痙攣はベッドが軋むくらい激しくなって、それから、ピタッと止まって──白い煙になって、消えた。

 ゾンビが倒された時みたいな煙が、ルゥパ兄ちゃんが消えたベッドから上がって、直ぐに空気に紛れた。

 

「……え?」

 

 消え、た? 人が、モンスターみたいに? あっあっあ、そうだ、ルゥパ兄ちゃんは、魔女だった。そうだとして、消えちまうのか? 身体、残んねぇの? ゾンビに襲われてゾンビになった人間は身体残るらしいのに、雷に撃たれて魔女になった人間は、消えちまうの?

 乗り上げていたベッドから崩れ落ちて、床にへたりこんだヨシトさんは、驚いた顔を青くさせてた。

 

「また……助けられなかった。ちがうっ、俺が、とどめを……!」

 

 ルゥパ兄ちゃんの血まみれの顔に触れたせいで赤くなった手で頭を抱えたヨシトさんをシターシュさんが正面から抱きしめた。そうだ、ヨシトさんは、前の村でシターシュさん以外を救えなかったって泣いてたらしいから。だから……。

 ヨシトさんの嘆きで混乱から解放されたから、空気の張り詰め方が、さっきまでの比じゃないって気付いた。

 

 ラクさんは服の上から腕を掻き毟って、ハナコさんは真っ黒な剣を眺めてた。そしてセンバ兄ちゃんはリンゴを噛み砕くように喰らって、歯ぎしりを誤魔化してた。

 リンゴを芯まで食べきったセンバ兄ちゃんが、地を這う声で言った。

 

「一度ならず、二度までも」

 

 口から垂れる果汁が、センバ兄ちゃんの獰猛さをより際立たせていた。

 

 そんなセンバ兄ちゃんとスターク兄ちゃんの間から、濃い白い煙が上がった!

 

「うわっ!?」

「な、何だ!?」

「敵襲か!?」

 

 いきなりの小さな爆発に俺たちが驚いてるのに、センバ兄ちゃんだけが冷静に足元にカーペットを敷いた。やがて煙が晴れて、現れたのは、小さく蹲るルゥパ兄ちゃんだった。

 

「る、ルゥパ兄ちゃん!?」

「なんでそこに!?」

「なんでって、言うたやん。ルゥパの兄貴は雪玉ちゃんから復活するって」

 

 まだドスの効いた声でそう言うと、センバ兄ちゃんは小さく丸くなってるルゥパ兄ちゃんと同じ高さまでしゃがんだ。それから顔を覗き込もうとして、何かに気づいた感じで身を引いた。そんなセンバ兄ちゃんの奥から、すすり泣く声が聞こえてきた。

 る、ルゥパ兄ちゃん! 今度はもう起きてんのか! 人を怖がってるってさっきので思い知ったから、近づかないで様子を伺う。皆が静かにそうしてたから、ルゥパ兄ちゃんの声が聞こえた。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 自分を慰めてる声だ。分かってくれたんだ! って喜びは、静かに後ずさったセンバ兄ちゃんの影から見えたルゥパ兄ちゃんの手の位置で、吹き飛んだ。

 右手は自分の頭を優しく撫でて、左手は右脇腹に回って白コートを強く握り締めてた。左右で力加減が正反対なのが、それがさっきまでルゥパ兄ちゃんが使おうとしなかった腕なのが、不気味だった。

 

「大丈夫だよ、ルゥパ。ここにはルゥパが大好きな人しかいないよ。しかも、皆ルゥパのこと大好きだよ」

 

 励ます声と表情は優しいけれど、撫でる手とは違う元気さを含んでて、やっぱりアンバランス。だけどなんだか、撫でてる手も、捕まえてる手も、励ましてる声も、みんな知ってる人のような気もしてきた。

 

「……もしかしてアンタ、サータちゃん?」

 

 センバ兄ちゃんが恐る恐る尋ねる声に反応して、ルゥパ兄ちゃん?が顔を上げた。右脇腹を強く掴んでた左手が持ち上がって、涙が落ちる目の下を優しく拭った。それを気にしてない顔は固く緊張してて、間違いなくルゥパ兄ちゃんの顔なのに、他人に見えた。

 

「そうだよ。私はサータ。ルゥパの恋人で、さっき床に投げつけられた雪玉ちゃん」

「っ!?」

「そっか。やっぱり、そうなんやな」

 

 俺たちが驚いてんのに、センバ兄ちゃんはやっぱり冷静に受け止めてる。あれかな、雪玉ちゃんと冒険してたから、ルゥパ兄ちゃんの次に意思疎通してて、薄々勘づいてたとか。あれ? 雪玉ちゃんの1人がサータってお姉ちゃんって事は、他の雪玉ちゃんたちも、もしかして……?

 

「ねぇ、みんな。やるなら徹底的に、アイツを懲らしめてよ」

 

 サータ姉ちゃんが操るルゥパ兄ちゃんの顔が、怒り狂っていた。血走った目はつり上がって、歯が見える口は威嚇する狼みたいで、憎しみを濃縮したらそうなるんじゃないかって、見てると血の気が引く顔だ。

 

「あのカツヤってやつを、懲らしめて! ルゥパはたったの一度だって、殺意を持って人間に剣を向けたことなんて無いんだよ!! 殺されそうになっても、逃げたり、説得しようとしたり! 何も悪いことしてないのに魔女って言われて!! ゾンビから人間に戻したのに、それを否定されても、背中から斧で傷つけられても! ルゥパが一生懸命書いた本を目の前で破り捨てられても! それでも相手を手にかけなかった!! なのにカツヤは、ルゥパを殺した!!!」

 

 喉が裂けるんじゃないかってくらい激しい叫び。そんな声で告げられる苦労が、悲劇が、胸を痛めつけてくる。

 

「あんな酷い奴、いちゃいけない!! ルゥパの腕を切り落として! 内臓を引きずり出して! 舌を切ろうとするような! 死んだらハクセイにするって言うような! あんな悍ましい人間!! いちゃいけない!!!

 やるなら徹底的に! アイツが二度と日の目を見ないようにしてっ!!!」

 

 部屋の中をビリビリと震わせるくらい大きな声での主張は、まさに、魂の叫びだった。それが、復讐を願う声だなんて。酷い、ひどい。内臓を引きずり出した人でなしが、ルゥパ兄ちゃんが大好きな人をそうさせたカツヤが、もっと、憎くなってきた。

 センバ兄ちゃんがサータ姉ちゃんの上がる肩に手を置いた。

 

「当たり前や。その為に計画立てとんの、知っとるやろ?」

「……そう、だね。ねぇ、お願い」

 

 センバ兄ちゃんに受け入れられて安心したのか、一旦サータ姉ちゃんは目を伏せた。それからまた目を開けて、俺らを見渡して口を開けた。

 

「ルゥパの心を、助けて」

 

 叫びすぎて疲れたのか、声を枯らしたサータ姉ちゃんはそれ以上何も言わずに項垂れた。ぐったりするルゥパ兄ちゃんの身体をセンバ兄ちゃんが支えて、ベッドにまた寝かせた。

 

 インベントリに黒い剣を仕舞ったハナコさんが、凭れかかっていた羊毛ブロックから立ち上がった。

 

「太陽信仰の聖職者のトップに立ったっていうカツヤは、間違いなくクラフター。それもタチの悪いことに、この世界をゲームと勘違いしてる、いえ、そうでないと分かっていながら都合よく同一視してるクズよ。だから、ルゥパくんが元は村人だった魔女だと分かってて、残酷な目に遭わせた」

 

 ハチミツ色の目は、静かな怒りと決意に燃えていた。

 

「相手は人の心が無い上にほぼ無敵のピースフル持ち。クラフター以外はカツヤに接触しないこと。もしも接触してきたなら、ポーションでもエンダーパールでも使って全力で逃げなさい。戦おうなんて、きっと奴のピースフルがそんな気を鎮火させるでしょうから。いいわね」

 

 ハナコさんのまとめをもって、集会は解散になった。

 

 ルゥパ兄ちゃんの顔を見てから出て行く皆が、全員病室から出てった後、俺はパーデと一緒に出したてのベッドにルゥパ兄ちゃんを移動させた。さっきまで使ってたベッドは顔からの出血で汚れてるから、洗わないといけなかったから。あ、窓ガラスも直さねぇと。

 ……それにしても、よぉ。

 

 復活して傷がなくなって、顔色も前より良くなった。でも、何も進展してない。ルゥパ兄ちゃんは目を覚まさない。仮に今目を覚ましても、また叫んで、死にたくなって、窓ガラスを割っちまうんだろう。

 

「なんでなんだろうな」

「カヌプ?」

「なんでルゥパ兄ちゃん、“助けて”って、言わねぇんだろ」

 

 『嫌だ』とか、『離して』とかは言ってた。でも、絶対に『助けて』とは言わなかった。言うことを期待してたのに、待ってたのに、言わなかった。

 俺たちに言わなくても、もうこの際どうでもいい。だから、うわ言でもいいからさ。誰に求めてるか分からなくてもいいから、“助けて”って、言えばいいのに。

 

「……救われたく、ないのかな」

 

 涙声でのパーデの言葉が、嫌なのに妙に納得できて、辛くなった。

 だからって、関係ねぇ。皆がルゥパ兄ちゃんの為に動き始めた。ルゥパ兄ちゃんの心をぶっ壊した奴を懲らしめる為に。

 

「ったく、そんなんじゃ困るっつーの。パーデ、ルゥパ兄ちゃんが嫌って言ったって、救ってやるぞ!」

「うん!」

 

 決意した俺たちは拳を突き合わせた。よっしゃ! やってやんぞ、パーデ!

 

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