大きなテーブルの上に置かれた多種多様な料理の数々。見たこともない素材が見たこともない調理方法によって料理され、まるで宝石の様に輝いている。
一体何十人前の料理かと思われるそれをたった二人の人物が足りないと言わんばかりペロリと平らげようとしていた。
「あー! やっぱセツのんの料理は最高だぁ!」
感極まった様に叫ぶのは長い長髪を一つに束ね、頭部から一対の角を生やした妖艶な雰囲気と王の存在感を持つ男。しかし、絶品の料理に舌鼓を打つ姿はまるで子供の様にも見えた。
「あいつらにも食べさせてやりたいが、ここに来れるのはまだ俺だけなんだよなー」
「確かにそれは残念じゃの。ワシもおぬし以外の悪魔と同じ食卓を囲んでみたいものじゃ」
悪魔と呼ばれた青年と向かい合うのは、良く焼けた肌に逆立てられた金髪。深く刻まれた皺と整えられた髭の老年の男性。しかし、その老人からは見た目以上の若さ、というよりも生命力を感じられる。
「いつかそんな日が来るといいな。イチちゃん」
「そんな日が来ることを願っておるぞ。デルキラ」
見た目は歳の離れた二人。だが、笑顔を向け合うその姿は友人そのもの。
「ああ……いつかこの味を教えてやりたいなー。本当」
切り分けた料理を口に入れ、歓喜に震えながら呟くのであった。
× ×
魔界。それは悪魔たちや魔獣が蠢く奇奇怪怪な世界。
そこに存在するただ一人の人間である鈴木入間。
どうしようもないエゴイストな両親によって悪魔に契約の代償にされた不幸でお人好しな少年。
だが、どういう訳か契約した悪魔であるサリバンに孫になってくれてお願いされ、超お人好しのせいで悪魔の孫となった。
そのまま悪魔の学校に入学し、色々な問題児たちと友達になっていった彼は、やがて魔界でも注目されていく存在となっていく。
波瀾万丈の濃い一年を魔界で過ごし、次なる年への準備をする最中で魔界で高位の悪魔である13人の悪魔、通称13冠によるディナーへの誘いがあった。
× ×
〝
現在不在である魔王に次ぐ地位にある三傑と呼ばれる悪魔たちの自慢の孫が目の前に置かれた料理を堪能していた。
三傑レディ・レヴィ令孫であるレヴィアタン・レイヂ。
軍服の様なキッチリとした制服を着用しながらその食事方法は豪快そのもの。
マナーなど知ったことかと言わんばかりにナイフもフォークも使わず手掴みで料理を貪る。指摘されようが関係無い。この食べ方が彼のルール。傍若無人で我が道を突き進む。
三傑ベリアールの令孫ベリアール・ベリィ・ラズベリィ。
素肌にシャツ、短パンというラフな格好をした彼の食事は奇抜であるが意外と綺麗な食べ方であった。が、メインディッシュにデザートを組み合わせたり嫌いなものを他人の皿に移すなどレイヂと同じく無法な食べ方であった。
そして最後の三傑であるサリバンの令孫である入間。
彼の食事はというと──
「おかわりありますか?」
周りに積み上げられる皿のタワー。そこにある料理を片っ端から食べ進めていくが、その細く小柄な体の何処に入るのかと思う程の爆食っぷり。
まるで手品の様に盛られた料理が消えていく様には食事風景を見守っている13冠も思わず吹き出しそうになる。
未来の魔王候補として推挙された三傑の溺愛する孫たちの己が欲望に従う食事姿を晒す。
悪魔は食事の時こそ自分の素を晒す。13冠たちは彼らの食事を通して彼らの柄を量っていた。
用意された食事も無くなり、〝13冠の集い〟もそろそろ終わりを告げようとした時、入間を可愛がっていたサリバンがある提案をする。
「そうだ。折角だからアレを出そうか」
アレという言葉に全員が疑問を抱く。それはサリバン以外全く知らないサプライズであった。
サリバンは指先で宙に魔法陣を描き、出来上がった魔法陣の中からある物を取り出す。
それはラベルの貼っていない瓶。中は黒い液体で満たされており、液体の中では気泡が常に生まれていた。
瓶を見た瞬間、13冠はどよめく。
「ま、まさかそれは……!」
13冠の一人が声を震わす。
「そう。魔王デルキラが愛したドリンク──メロウコーラだよ」
(コーラ?)
人間の世界で生きてきた入間にとって馴染みのある言葉であった為、密かに反応する。
メロウコーラ。何処で手に入れたのかデルキラしか知らない至高の飲み物。その飲み物には数々の逸話が存在する。
ある悪魔はデルキラからの恩恵によりメロウコーラを一杯授かったことがある。その悪魔はメロウコーラを飲み干した瞬間に自らの舌を切り落とした。
この至高の味は他の味で穢したくない、という理由の為に。
別の逸話では、ある時デルキラがメロウコーラを零してしまいほんの数敵が地面に染み込んでしまった。その地面から漂うメロウコーラのニオイを独占する為に何百、何千という魔物が殺し合ったという。
魔界でも極限られた者しか味わったことがないものであった。
誰かの喉がゴクリと鳴る。或いは全員の喉が鳴ったのかもしれない。
「そ、その様な物を我々が──」
「いいのいいの。こういう時こそ飲まないと」
畏れ多いと思い、飲むことを断ろうとする13冠を無視してサリバンはメロウコーラのコルクを開ける。
瓶から広がっていくメロウコーラの香り。それが鼻孔をくすぐった瞬間、13冠は全身を強張らせた。
今すぐ飲みたい。早く飲みたい。猛毒に等しい甘い香りを喉の奥に流し込みたい。例えサリバンを殺してでも。
地位、立場が一瞬にして吹き飛んでしまうかのような甘い誘惑が13冠の理性を揺さぶる。
三孫たちも同じ様な衝動に駆られるが、13冠が我慢する際に発した威圧感によってギリギリ理性を保たせていた。
「じゃあ、注ぐねー」
周りの反応に気にすることなくサリバンはメロウコーラをグラスに注ぐ。注がれた瞬間、万雷の拍手が鳴り響く。
誰かが本当に拍手している訳ではない。グラスの中の気泡が有り得ない程の音を生み出しているのだ。
気泡の弾ける音は五月蠅さよりも寧ろ爽快感を与えてくれる。
「入間くーん! どうぞー!」
「え! 僕!?」
最初の一杯を差し出され、入間は戸惑った。魔王が好んで飲んだドリンク、しかも皆が注目している中で飲むことに遠慮している。
「皆にも後で配るし、グイっといっちゃって」
「じゃ、じゃあ、おじいちゃん! 頂きます!」
注目されている中で入間はグラスに満たされたメロウコーラを一口飲む。
「!?」
口に入った瞬間に全身の細胞を叩き起こす様な炭酸の刺激。脳天まで突き抜けていく糖分の甘み。今まで味わった甘味が薄いと思ってしまう程の圧倒的な甘みは、脳を揺さぶった後に全身の細胞へ染み渡っていく。
あれだけ食べた豪勢なディナーが記憶の彼方へと追いやられてしまう程の存在感。
美味いという言葉を何百、何千、何万と重ねても足らない。
目も見開き、メロウコーラの美味が生み出す感動に震えている入間にサリバンは優しく尋ねる。
「美味しい?」
入間は声を上げることも出来ず、ただ何度も首を縦に振った。
その様子にかつての記憶が蘇る。
『美味いか? サリバン?』
魔王デルキラが初めてメロウコーラを飲ませてくれた時、サリバンもまた想像を絶する美味さに言葉を発することが出来ず首を縦に振るしかなかった。
あの日のデルキラの言葉と今のサリバンの言葉が時を超えて重なり合う。
「それは良かった」
『そいつは良かった』
入間に続いて他の悪魔たちもメロウコーラを飲む。
その味わいは欲深い悪魔すらも黙らせ、暫くの間室内には炭酸の弾ける音しか響かなかった。
今の世相で暇になったので投稿してみました。