魔界には人間の世界とは異なり13番目の月が存在する。
12月31日からたった13日しか存在しない13月は、魔王も業務から離れて民と共に新しい年を喜び大いに騒ぐ。
悪魔にとって13月は祝いの月なのである。
故にどこもかしこも祭りの様に盛り上がる。
それは、入間たちにとっても例外では無かった。
× ×
13月になり入間のクラスメイトは月越しの挨拶をすると共にサリバン邸にてパーティーを催していた。個性が強過ぎて
沢山の料理が並び、盛大に乾杯をするのだが、この時飲んでしまったドリンクがまずかった。
リラック酒という名の子供悪魔でも飲める酒をイメージしたジュースであり、飲めば酔ってもいないのに気持ち良くなり大人悪魔気分を味わえる若干胡散臭いパーティーグッズなのだが、本来ならば水で割るべきそれを全員原液で飲んでしまい、酔っているのと変わらない様なへべれけ状態となってしまった。
本来の性格と真逆となる者もいれば、より性格が激しくなるという混沌具合。
楽しいけれど少し羽目を外し過ぎた状態であった。
「あははは~」
入間はすっかりリラック酒に気持ち良くなりながら徐に立ち上がる。
「イルマち~。何処行くの~」
入間の腰にしがみつく小柄な悪魔少女ウァラク・クララは真っ赤な顔で聞いてくる。
「ちょっとトイレに~」
「私もついてく~」
「ダメだよ~。クララ~。あははは~」
「ケヒヒヒ~」
仲良く戯れる二人であったが、横から伸びた手がクララを引き離す。
「イルマ様の邪魔をするんじゃない!」
何故か泣きながらクララを持ち上げるのは、入間に絶対的な忠誠を誓う親友のアスモデウス・アリス。普段から過保護であるが、リラック酒のせいでより極端になっている。
「イルマ様はこれから一人で! 一人で、一人で……イルマ様っ!」
号泣しながらアリスは入間の両肩を掴む。
「一人で大丈夫ですか!? 本当に一人で大丈夫ですか!? お体が小さいイルマ様には全てが危険です!」
過保護が暴走するアリス。一方で入間の方は15にもなる自分がトイレに行くだけのことでここまで心配されたことで、不満そうに頬を膨らませていた。
「大丈夫」
「心配です!」
「大丈夫!」
「心配なんです!」
「イルマち~」
暫くの間押し問答が続いていたが、我慢出来なくなったのか入間が走り出す。
「大丈夫だからー!」
「イルマ様っ!」
千鳥足でヨタヨタと走っていく入間。アリスは手を伸ばすがこちらも千鳥足のせいで追い付けない。
そんな彼にクララが張り付く。
「うへへへ~。一緒に待とうぜ~。アズアズ~」
「イルマ様ぁぁぁぁ!」
× ×
「えへへへ~。早く戻ろ~」
お手洗いを済ませ、皆が待っている大広間へ向かう。
ふわふわとした足取りで廊下を歩く入間であったが、不意に足が止まった。
「あれ~?」
廊下に置かれてある椅子に一人の老人が座っている。良く焼けた肌、派手な柄のシャツに膝丈のパンツ。逆立った金髪にサングラスを掛けているが、それよりも注目すべきなのは露出している胸元や腕、足の筋肉の密度。
理想の肉体があるとすればこの老人の体のことを言うのかもしれない。
「こんなとこでどうしたんですか~? おじいさん? 迷子ですか~?」
リラック酒でふわふわになった今の入間の脳みそでは、明らかに不審人物である老人にも平気で話し掛けてしまう。
「迷子とは少し違うのぅ。何せ初めて来る場所じゃからついついはしゃいでしまってのぅ。ちょいと休憩していた所じゃ」
白い歯を見せ快活に笑う老人。強い包容力を感じさせるその笑い顔に入間はますます心を許してしまう。
しかし、注意深く観察すれば気付く筈である。老人には悪魔の特徴である角や尖った耳をしていないことに。
「おじいちゃんのお友達ですか~」
「何と言ったらいいかのぅ。直接的な面識はないんじゃが……」
サリバンの知り合いかと思って尋ねたが、少し違う様子。
「そうだ~。今皆とパーティーをやっているんですよ~。良かったら来ませんか~」
「いやいや。若者の集いにこんなジジイが入ってきたら変な空気になるじゃろぅ?」
「そんなことないですよ~。皆、良い悪魔だから~」
「わっはっはっ! 良い悪魔ときたか!」
老人は愉しそうに笑う。
「気持ちだけ有難く受け取っておこう。えーと、おぬしの名は?」
「入間で~す」
「入間くんじゃな? 所で入間くん。皆でパーティーをやっている言っていたが」
「はい。とっても楽しいパーティーをやってます~」
「それは丁度良い。入間くん、美味いものを食べたくないかのぅ?」
「はい! 食べたいです!」
今までのふわふわした態度が一転して即答する。
「はっはっはっ! 良い答えじゃ! ならばおぬしにはこれをあげよう」
「これは……?」
× ×
「イルマち~遅い~」
戻って来た入間にクララが早速しがみつく。
「イルマ様! よくぞお戻りで! イルマ様に何かあったら私は……私はっ!」
相変わらず涙を流して豪快なリアクションをするアリス。
「イルマち~? 何それ~?」
入間の手に白いテーブルクロスが握られていることに気付く。
「さっき知らないおじいさんから貰ったんだ~。これがあれば美味しいものが食べられるって~」
「そんな怪しいものを貰ってはいけません! その老人は何者ですか!」
「え~と……あ、名前聞き忘れちゃった」
今更ながらそのことに気付く。
「とにかく~これをこうして~」
テーブルの上に変哲も無いテーブルクロスを広げる。
「皆で食べる凄く美味しいものを下さい!」
入間が強く願った瞬間、テーブルクロスに複雑に描かれた魔界の文字が浮かび上がりテーブルクロスの上に何かが召喚される。
「……え?」
最初にそれを見た時、大きな宝石に見えた。だが宝石から漂う熟成された甘い匂い。表面から滴る金を思わせる脂。
稀代の芸術家、最高の職人ですら造り上げることが不可能な赤身と霜降りの黄金比。
テーブルクロスの上に置かれたのは巨大な肉。宝石の輝きを持つ肉であった。
リラック酒でふわふわとした思考が一気に正気に戻る。
はしたないとは分かっているが口から唾液が溢れ出て来る。それこそ体が枯れるのではと思える程の勢いで。
どんちゃん騒ぎをしていたクラスメイトたちも突如現れた肉に言葉を失うと同時に入間と同じ反応をしていた。
騒がしかったパーティーに沈黙が訪れるが、やがて入間が口を開く。
「皆……食べてみようか?」
誰も反対する者は居なかった。
大きな鉄板が素早く用意され、炎の魔術によって温められる。
その間に肉を切り分けるのだが──
「わああ……」
感嘆の声が上がる。肉に刃物を通した瞬間、肉汁が宝石の煌めきの如く散り、更に濃厚な匂いを生み出す。
切り分けられた肉の一部が熱せられた鉄板の上に置かれると、心地良い焼き音と共に蒸発した脂が虹の輝きを放つ。
その光景に誰もが釘付けになって目が離せなくなる。まるで至高の芸術を見ているかの様な気分であった。
時間にして数秒で肉が焼ける。最初の一枚を誰が食べるのかとなった時、皆が入間に薦める。
遠慮する入間であったが、肉を呼び出したのは入間という理由で最初に食べる権利があると言われた。
「じゃあ、いただきます……!」
覚悟を決め、入間は肉を口に入れる。
その瞬間、入間の双眸から涙が大量に流れ出た。
「美味しい……」
口に入れると同時に肉が溶けた。
「美味しい……!」
口一杯に広がる肉の旨みと脂。それが体へ溶け込む様にして喉の奥に流し込まれていく。
「凄く美味しいっ!」
体が、細胞が歓喜する。この世に生を受けたことに心から感謝する程の美味。
「皆も食べよう!」
それを独占するのではなくすぐにでも共有したく、入間は促す。
入間の声をきっかけにして全員が肉を食し始める。
この肉の凄い所は部位によって脂や旨味、食感が全くことなることである。
歯を跳ね返す様な野性的な弾力の部位。クリーミーでしっとりとした食感の部位。解ける様に広がっていく部位。
食べる度に新たな発見を与え、変わることのない美味しさを与えてくれる
肉の影響か食している入間たちの体が輝き始めるが、誰もそのことは気にしない。肉に夢中になって気にする余裕が無いのだ。
『美味しい!』
問題児たちは喜びの声を揃えて上げる。
その様子を老人が密かに眺めていた。
「うむ。沢山食べなさい」
楽しそうに食事をする入間たちを老人もまた嬉しそうに眺める。
「この体になったおかげでようやくおぬしの願いを叶えられそうじゃ。のう? デルキラ」
かつての友人に向け、虚空へ声を送ると老人の姿は最初から無かったかの様に消え去った。
ちなみにトリコの時系列は完結後になります。