「ふんっ!」
金髪を逆立て巨漢が身の丈程の長さがある長柄の斧を気迫の声と共に振り下ろす。
岩すら両断出来るだろうその一撃は、振り下ろされている途中で止まる。
斧の刃を挟む人差し指と中指。たった二本の指で斧は完全に止められていたのだ。
その指の主は一龍。派手なシャツを脱いで上半身を露わにしていた。陰影がハッキリと映り、無駄な脂肪は一切無く、完璧という言葉が相応しい程に引き締まった老いを感じさせない肉体。どうやって鍛えたら得られるのか見当も付かない。
斧を押しても引いても微動だにしない。金髪の巨漢の渾身の力は一龍の指二本にも敵わないのだ。
圧倒的な力の差。しかし、金髪の巨漢はその現実を前にしても不敵に笑って見せる。
「はっ! やはり
汗が噴き出すぐらいに力を込めながら金髪の巨漢は叫ぶ。
「はっはっは。元気じゃのぅ」
一龍はその態度に上機嫌そうに笑いながら、何処か懐かしむ様な目をする。誰かと重ね合わせる様に。
一龍は斧を挟んだまま指を曲げる。
「ほいっ」
曲げた指を勢い良く伸ばしながら斧を離すと、柄がひしゃげると共に金髪の巨漢は時速数十キロで後方に吹っ飛んでいく。
「うおおおおおおっ!?」
あっという間に姿が小さくなる。
「うん?」
一龍は左側から熱と光を感じ、目だけをそちらへ向ける。一龍を容易く呑み込める程の火球が彼へ迫っていた。
火球を放ったのはアリス。彼は魔術の中でも炎を生み出すことを最も得意とし、口頭で呪文を唱える必要も無い無口頭魔術、しかも大火力で発動させることが出来る。
そのまま一龍に火球が命中すると思いきや、一龍は火球の方へスッと手を伸ばす。伸ばされた手は親指と中指の腹が密着しており、強い力が込められている。
所謂、フィンガースナップの形をしており、火球の触れる寸前に指が鳴らされる。
パチン、などという生易しいレベルではない。周囲全ての空気がシェイクされるかの様な轟音が鳴り響き、音の衝撃波によって火球が消し飛んでしまう。
超常的な力の行使を目の当たりにしたが、アリスはそれを見ていなかった。見ている余裕が無かったのだ。
「み、耳が……」
突然、落雷の様な音が近距離で発生したせいで音にやられて両耳を塞いで蹲ってしまっていた。
フィンガースナップでアリスを無力化してみせた一龍は、アリスに目を向けつつ腕を反対側へ伸ばす。
すると、手品の様に一龍の人差し指と中指の間に矢が出現した。
「あっ」
矢を射った入間は驚きの声を洩らす。見もせずに指二本で矢を止められればその反応も当然と言える。
「入間君。手加減は要らんよ。もっと威力を込めて射っていいからのぅ」
止められた矢は、入間の驚きの影響を受けたのか形を崩し溶ける様にして消えてしまう。
「凄い……」
一龍はさっきから指二本しか使っていない。それなのに入間たちを圧倒しているのだ。ここまで差があると悔しさよりも先に尊敬の念が前に出てきてしまう。
一体どれだけの時間を掛ければここまで強くなれるのか。想像も付かないからこそ一龍の強さに敬意を抱いてしまう。
「ほれほれ。ボーっとしとるんじゃないぞ? 一応、これは勝負なんじゃからな?」
歯を見せて笑うが、そこに威圧感は無い。
「はい! もう一回行きます!」
「それで良い」
実のところ、入間が人に向けて弓矢を放った経験はほぼ無い。一龍相手ですら傷付けることを恐れて威力を抑え、なるべく傷を与えない様にしようとしていた。
しかし、突き付けられた実力差を見て入間は全力で射ることを決意する。そこには圧倒的強さを持つ一龍への信頼があった。
この人ならば絶対に大丈夫、という問答無用の安心感。
「イルマ様。私もまだ戦えます!」
入間の傍にアリスが立つ。
「それでこそ我がライバルよ、イルマ! 己もまだまだやれるぞ!」
金髪の巨漢ことサブノック・サブロもまた新たな武器を手にして並び立つ。
実力差を前にしても心折れる事無く逆に口元に笑みを浮かべる三人を見て、一龍も楽しそうに笑う。
一龍と入間たちが何故こんなことになったのか。それは数時間前まで遡る。
× ×
バチコがテーブルクロスに願った事で巨大なお菓子の城が出現した。しかし、当然のことながら二人で食べ切れる量では無い。
だからといって放置するには勿体無い。放っておけば魔獣たちが匂いに引き寄せられ、魔獣たちの餌になる可能性もあった。
バチコ曰く『魔獣共に喰わせるにはこいつは上等過ぎる!』ということでお菓子の城を移動させることとなった。
方法は至って簡単である。縮小魔術で運べる大きさまで縮め、重量操作の魔術で簡単に持ち運べる様にした。
ただ、次に問題となるのは何処へ運ぶかである。入間もバチコもいい場所を思いつかなかったので、サリバンに相談して場所を探して貰った。
サリバンは可愛い孫である入間の頼みを二つ返事で了承し、翌日にはあっという間に都合の良い場所を見つけて、用意してくれた。
入間はそこで魔術を解除し、お菓子の城を出現させる。すると、いつの間にか集まっていた悪魔たちが一斉にお菓子の城へ殺到してきた。
実はサリバンがお菓子の城について周りに広報していたのですぐに悪魔たちが集まったのだ。
13月を過ごす悪魔たちへの入間からの贈り物という名目で。
そこから先はほぼお祭りであった。大人、子供問わず城の菓子の味に魅了され、どんどんと食べられ、持ち帰られていく。
中には菓子職人も居り、一級品以上の味を持つ城の菓子を研究する為に大量に持って行ったりなどしていた。
数日もすれば確実になくなるだろうペース。これに一番困っていたのは──
「どうしよう……」
──入間本人であった。
城の菓子をまだまだ食べたいと思っていたが、あれだけの悪魔が集まった所に入間が行けばパニックになる。感謝云々を込めて揉みくちゃにされるだろう。
涙を吞んでお菓子を諦めようとした時のことであった。
「イルマ様ァァァァァ!」
「イルマっ!」
入間を見つけて駆け寄って来るのはアリスとサブロ。アリスは感涙し、サブロは上機嫌に笑っていた。
「イルマ様の民への寛大なお心遣い! 私は感動しました!」
「ふはははっ! こんな派手なものを用意していたとは中々カッコイイではないか! 流石は己のライバルよ!」
入間がお菓子の城を用意したという話を聞き付け、やって来た二人。そこで偶然にも入間の姿を見つけたのだ。
月越しの挨拶以来に顔を合わせる三人。家族との時間も大切だが、級友との時間も得難いものである。
会っていない時間を埋める様に会話する三人。当然のことながら話題はお菓子の城について。入間はお菓子の城が出て来るまでの話をする。
「常に自分を鍛え上げることを忘れない! 正に王者の資質!」
「ふむ。やはりヌシも自己鍛錬をしておったか」
アリスは感動し、サブロは感心する。
「うん。師匠だけじゃなくて一龍さんも──」
「ワシのこと呼んだ?」
「うわぁ!?」
いつの間にか現れていた一龍。相変わらず神出鬼没であり心臓に悪い。
「貴方が……一龍?」
「ほう……?」
アリスは気配無く現れた一龍を警戒し、サブロは好戦的な笑みを浮かべる。
「ヌシ……強いな」
色々と経験してきたからこそサブロは一龍の強さを一目で見抜く。
「一人で自己鍛錬するのもそろそろ飽きて所だ。──是非ともその強さ、教授願おうか」
会って早々に一龍との手合わせを願うサブロ。彼の生き方の基準はカッコイイか否か。そして、最もカッコイイという理由で魔王を目指す。彼の中でここで一龍と戦おうと思ったのは、それがカッコイイと思ったからである。
「サブノック君、いきなりそんな──」
「相変わらず貴様は無礼──」
「いいぞ」
『軽いっ!』
「おお! そうこなくては!」
一龍は簡単に了承してしまう。
「よし! ヌシらも来い!」
「ええっ!」
「勝手に……」
結局、サブロに流されて入間とアリスも付いて行くこととなった。
× ×
そして、現在に至る。
相手は底知れぬ存在。しかし、入間たちも数々の修羅場を潜り抜けてきた。
必ずや一矢報いる。
言葉にしなくとも三人は心の中で誓い合い、一龍へと挑みかかる。
その結果は──
『……』
──ダメでした。何一つ通じず三人ともへばって地面に倒れ伏せました。
アリスもサブロも一晩中戦える程のスタミナがあったのだが、一龍にいい様に動かされた結果、気付かない内に体力が底を突いてしまった。最初から最後まで一龍の掌の上であったのだ。
入間の方は前日の疲れが残っていたこともあってわりと早く限界を迎えてしまった。
「ここまでじゃのぅ」
一龍の終了宣言。疲れ切った三人は異を唱えることも出来ない。
「ちゃんと休んでたんと美味いものを食べなさい」
それだけ言って一龍は何処かへ去ってしまった。
暫くの間、動けずにいた入間たち。
「凄かったね……」
「はい……」
「ここまでとは……」
手足は動かせずとも辛うじて舌は動かせる。
こうなることは分かっていたこと。だが、それでも思ってしまう。
『悔しい……!』
と。これでもかと鼻っ柱をへし折られた気分であった。
悔しさを噛み締めながら仰向けに寝続ける三人。やがて、入間がポツリと呟く。
「ご飯、食べようか?」
悔しく感じるのも大事だが、一龍が言った様に食事をして英気を養うのも大事なこと。
入間は早速テーブルクロスを広げる。
「んん? それは月越しに見た物か?」
サブロとアリスはテーブルクロスに見覚えがあった。同時にあの時に食べた宝石の様な肉の味を思い出し、自然と唾液が溢れて来る。
「これにお願いすれば、望んだ料理や食材を出してくれるんだ」
テーブルクロスについて軽く説明し、アリスたちに何かリクエストが無いか訊く。
「それならば、この疲労した体を癒すのに適した食材が良いかと」
「己はガツンと来るものを食べたい!」
アリスとサブロがリクエストした瞬間、テーブルクロスが発光する。
そして、テーブルクロス上に大量の野菜が出現した。
「や、野菜?」
しかも加工していない生野菜である。意外な食材が出て来たことに驚く三人。
「──食べてみよう」
入間はこれまでのこともあってテーブルクロスの能力を信用している。出されたからにもこれが最も適した食材なのだ。
入間はキュウリを、アリスはトマトを。サブロは大根を手に取り、少し驚く。それぞれの野菜は見た目に反して重く感じた。それはずっしりと中身が詰まっている証と言える。
手から伝わる重みは、期待への大きさへと繋がり三人はそれぞれの野菜に齧り付く。
そして、言葉を失った。
入間が食べたキュウリ。ポリポリという心地良い音と歯応えが脳を刺激して爽快感を生み出す。何も付けなくてもある程良い塩加減とキュウリとは思えない濃い旨味と完全調和する。
アリスのトマトは一齧りしただけでフルーツを上回る糖度がガツンとした刺激を与えてくれ、咀嚼するトマトの実は舌の上で極上のジュースとなって喉の奥へと流し込まれる。
サブロが齧る大根は、シャクシャクとして瑞々しい食感と共に深い甘みと旨味が染み出してくる。
野菜の中に蓄えられていた水分が一気に吸収されていく。戦いで乾いていた体が細胞単位で満たされていく気分であった。
野菜はそれだけではない。
掌に乗る程の小さなカボチャ。だが、まるでマシュマロの様に柔らかく、丸ごと食べれば柔らかな食感と共にカボチャの甘みが口一杯に広がる。
ブロッコリーを食べれば花蕾部分が柔らかくほぐれ、茎の部分はしっかりとした歯応えにより異なる食感を与えてくれる。更にはブロッコリー内には天然のドレッシングが貯蔵されており、そのまろやかな酸味はブロッコリーと抜群の相性であった。
青ネギは青臭く無く、嚙めば嚙むほどに甘さが出て来る。火で熱を加えればトロトロの食感と化し、甘みが一層増した。
遥か天空にある限られた者しか踏み入ることが出来ない野菜畑の野菜。その栄養と水分は入間たちの疲れた体を瞬く間に回復させていく。
「こんな美味しい野菜、初めてだ……!」
「凄まじい……疲れ切っていた体が回復していく……!」
「美味いっ!」
野菜の衝撃が薄れ、ようやく感想を言える三人。
「あまり野菜は好まんが、これ程なら──むっ!」
野菜の奥深くに何故か調理済みの食材がある。黄金色をした半円状の形をしており、指で摘まめるぐらいのサイズしかない。
サブロはそれを掴み、口の中へ放り込み、咀嚼する。
「う、おおおおおおおっ!?」
パリッとした表面を歯で噛み破った瞬間、中からペーストの様にしっとりとした食感が歯と舌を刺激する。
次の瞬間、サブロの全身が膨張し、筋肉が隆起する。
「うわあああっ! サブナック君!? どうしたの!?」
「な、何を食べたのだ、貴様!?」
「力が、力が漲ってくるわっ!」
体の中に動力炉でも生えて来たかの様な高揚。冗談ではなく三日三晩どころか一週間不眠不休で戦える程の活力に満ちていた。
隕石が落ちた場所にしか生えない特殊なニンニク。土壌の栄養を吸い尽して生えるそれが生み出すエネルギーは半端ではない。
「じゃ、じゃあ僕も!」
入間も興味が出て、サブロが食べたニンニクを食す。が、何故か食べた瞬間、入間は硬直した。
「イ、イルマ様?」
動かなくなった入間にアリスが恐る恐る聞く。次の瞬間、入間は鼻から鼻血を噴射させ、倒れてしまった。
「イルマ様ァァァァァ!?」
慌てて介抱するアリス。入間にはニンニクの刺激がちょっと強かったらしい。
「うおおおおおおおっ!」
「イルマ様ァァァァァ!」
吼えるサブロ。絶叫するアリス。そして、目を回して気絶する入間。
三者三様の混沌は暫くの間続いた。
あと一、二話でひとまず完結する予定です。