異食だきます!入間くん   作:K/K

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第8話

「ふむ……」

 

 魔界の夜空の下で一龍は己の手を見つめる。その手は薄っすらと透け始めており、掌越しに向こう側が見えていた。

 

「そろそろ時間切れじゃのぅ」

 

 一龍はこの地に留まれる限界が来たことを悟る。そこに悲観は無いが、多少の名残惜しさは感じた。それは一龍が魔界での楽しく過ごせたことを意味する。

 

「デルキラ、おぬしが言う通り魔界は中々刺激的で飽きない場所じゃのう。まだまだ見足りないわい」

 

 かつての友との会話を思い出しながら一龍は微笑む。

 

「そりゃあデルキラ様だからね。退屈な魔界にはしないさ」

 

 一龍の隣ではいつの間にかサリバンが座っている。そして、すぐ傍にはオペラが控えていた。

 

「もうそろそろ帰るのかい?」

「ああ。そんなに長い事、こっちには居られんからのぅ」

「それは残念。君の口からデルキラ様との思い出話をもっと聞きたかったよ」

 

 すると、オペラが一龍の前に皿を出す。その上には切り分けられた色々な野菜が並べられていた。

 

「裏庭で採れた野菜を浅漬けにしてみました。どうぞ召し上がって下さい」

「おお、すまんの。ではいただきます」

 

 いつの間にか一龍の手には箸が握られており、一龍は丁寧な箸捌きでキュウリに似た野菜を摘まむと口の放り、咀嚼する。

 嚙み締めた魔界の野菜から弾ける瑞々しさ。これは日頃から手入れをしており野菜が質の良い状態で育ったことによるもの。

 浅漬けなので野菜の食感も損なわれておらず、嚙む度に心地良い音を鳴らす。塩気と酸味のバランスも良く、スッキリとした味わいであり、咀嚼し終えて呑み込むと舌に僅かな余韻を残し、それが次なる野菜へ手を伸ばす食欲へ繋がる。

 粗食を好んでいた一龍にとっては嬉しい味である。

 

「──ふむ、美味い。実に丁寧な味じゃ。一切の妥協も無く仕上げておる」

「ありがとうございます」

 

 味を褒められ、オペラは一礼する。そして、慣れた動きで一龍の為にお茶を一杯用意する。

 

「こちらもどうぞ」

「すまんのぅ」

 

 ソーサーに乗せられたティーカップを受け取る。一見するとアンバランスな組み合わせだが、一龍が一口呑むと癖の無い味と香りが広がり、浅漬けとの組み合わせは抜群であった。

 

「じゃあ、僕も」

 

 サリバンも浅漬けの皿に手を伸ばす。

 

「どうぞ」

 

 オペラはさり気なく皿の方向を変え、サリバンの手元にある野菜が来るようにした。

 

「って魔ナスじゃない、これ! 僕が嫌いなの知ってるでしょ!? オペラ!?」

「偶にはよろしいのでは? と思いまして」

「よろしくないよ!?」

「いい歳なんじゃから好き嫌いするもんじゃないぞい」

「一龍様の仰る通りです」

「ふ、二人して……」

 

 食べるか食べないかで暫くの間、サリバンは葛藤するのであった。

 

 

 ✕ ✕

 

 

 

 夜も更け、入間は床へ就こうとしていた。

 13月も今日で終わり、明日から新学期が始まる。13月の休みは短いようで中身の濃い期間であったと振り返って入間は思った。

 鈍らないように特訓したり、美味しい物を食べたり、友達と遊んだり、美味しい物を食べたり、のんびりしたり、美味しい物を食べたり

 

(食べ物の記憶ばっか!)

 

 思わず自分でツッコんでしまうぐらいに食べた記憶ばかり蘇る。だが、仕方のないこととも言える。13月の間に食べた物が今までの人生観を変えそうなぐらいに美味しい物ばかりだったからだ。

 それもこれも一龍から貰ったテーブルクロスのお陰である。

 入間は感謝の気持ちを込めて折り畳められたテーブルクロスを見るが──

 

「……あれ?」

 

 見た目は変わらない筈なのに入間は違和感を覚える。入間の目にはテーブルクロスが色褪せた印象を受けるのだ。

 何か変化が起こっている。入間はそう感じた。

 

「イル坊」

 

 指輪からアリフレッドが出て来る。

 

「アリさん?」

「外見な」

 

 アリフレッドに言われた通り、入間は窓から外を眺める。

 

「一龍さん?」

 

 離れた場所で腰を下ろしている一龍の姿が見えた。入間は何故かその姿を見て、胸を締め付けられる様な気分になる。

 

「──アリさん、ちょっと出掛けるね」

「おうよ。好きにしな」

 

 入間は部屋を出て、一龍の許へ全力疾走で向かう。

 入間が一龍の近くまで来た時、その姿を見て息を呑んだ。一龍の体は半透明になっており、今にも消えそうであったからだ。

 

「一龍さん!」

「おや? 入間君。夜更かしは感心しないのぅ」

 

 現れた入間を揶揄う様に軽口を言う。

 

「その体……」

「ふふ。見られてしまったからには仕方ないのぅ」

 

 一龍は苦笑する。今更入間に隠すつもりは無い様子。

 

「実はな、入間君。ワシは死んでいるんじゃよ」

「ええっ!」

 

 あっさりと言われたことに衝撃を受ける。

 

「今のワシは食霊──君に分かり易く言えば幽霊という奴じゃよ」

「幽霊って……ええっ! 足ありますよ!?」

「あるのぅ」

「触れましたよ!?」

「触れるのぅ」

「それでも幽霊なんですか!?」

「うん。幽霊」

 

 怒涛の質問攻めをするが、一龍の答えは変わらない。

 

「本来なら特殊な方法でなければワシを認識することも出来ないのじゃが、魔界という特殊な世界がワシに実体の様なものを与えてくれたとワシは推測する。初めてここに来た時はワシも驚いたがのぅ」

 

 そう言って笑う一龍だが、その言葉の中に聞き流せない部分がある。

 

「初めてここに来た?」

「ワシ、こことは違う世界から来た──って言ったら驚く?」

「ええっ!?」

「良いリアクションじゃのぅ。はははは!」

 

 入間の素直な反応に一龍は声を上げて笑ってしまう。

 一龍は語る、自分の居た世界のことを。そして入間は知る。彼が自分が知る世界とは異なる世界から来たことを。

 誰かが言った。

 鳥、豚、牛の最上級の肉を一度で味わうことが出来る獣が居ると。

 季節を無視してありとあらゆる果実が実る木があると。

 無限に湧き続ける上質なワインの泉があると。

 味わい切れない程の美味が世界に満ち溢れ、誰も味わったことの無い未知なる美味が数え切れない程存在し、人々が美食に魅せられたグルメ時代が在るという世界。

 

「ふおぉぉ……!」

「本当に良いリアクションをするのぅ、入間君は」

 

 話を聞いただけで入間の目は輝く。食いしん坊な彼にとっては夢の様な世界であった。

 

「そんな世界があるんですね!」

「君も少しは味わった筈じゃぞ?」

「え? ……あっ!」

 

 言われて気が付いた。あのテーブルクロスから出される未知なる食材や料理。あれこそが一龍の世界のものであったことに。

 

「あれがそうだったんですね! うわぁ! どれも凄く美味しかったです!」

「喜んで貰えて良かった。だが、ワシらの世界にはまだまだ美味いものがあるんじゃよ?」

 

 そんなことを言われると自然と喉を鳴らしてしまう。

 

「……が、残念ながら暫くお預けじゃがのぅ」

「え?」

 

 一龍はテーブルクロスを見る。

 

「それが力を発揮するのは一年の内の限られた日だけなんじゃ。その期間が君が過ごした13月。13月を過ぎたら力を失う」

「そうだったんですか……」

 

 あの美味と未知なる美味が一年間お預けになることを入間は少し残念に思う。

 

「そして、ワシも13月を過ぎたら元の世界に帰る。どうやらそのテーブルクロスとワシは繋がっているようじゃしな」

「じゃあ、今日でお別れなんですね……」

「じゃな」

「あ、あの! 一龍さんに聞きたいことがあります!」

「何じゃ? ワシらの世界のことか? それとも次の13月の為の美味いものことかのぅ?」

 

 だが、入間の回答はどちらも違った。

 

「一龍さんのこともっと教えてくれませんか!」

「むっ?」

 

 思いがけない答えだったので一龍はキョトンとしてしまう。

 

「僕、一龍さんのこと名前と凄く強いぐらいしか知らないんです! このまま一龍さんが帰っちゃったら、一龍さんのことを全然知らないままなんです! 今日で最後なら一龍さんのことを知れるだけ知りたいです!」

 

 常人ならば照れてしまいそうなことを真っ直ぐな瞳で言う入間。そんな風に言われてしまうと一龍も断れる筈が無い。

 

「さてさて。そう言われると何から話せばいいのやら」

 

 髭を撫でながら何から話そうか考える一龍。だが、その前に言っておくことがある。

 

「入間君。折角だから何か食べ物を出してくれんかのぅ。そのテーブルクロスが使えるのも恐らくあと一回ぐらいじゃしな」

 

 ただ語るだけでは味気無い。話のお供となる物を欲した。

 

「じゃ、じゃあ、何か出します!」

 

 そう言っていざイメージすると良い物が思い浮かばない。最後の一回ということもあって選択肢が多過ぎて絞り切れないのだ。

 

(うーん……どうしよう……今まで食べた物だとしっくり来ないというか……あっ)

 

 そこで思い付く。入間が食べたいと思う物ではなく一龍が食べたい或いは望む物を頼んでみようと。

 

(一龍さんの欲しい物! 食べたい物!)

 

 入間が強く念じるとテーブルクロスが最後の召喚をする。

 

「あれ……?」

 

 出て来た物は入間の予想を大きく外れる物であった。大きめの器に入った豆の様な食べ物。今まで召喚してきた食材や料理と比べると地味であった。

 一龍は呼び出された物を見て目を見開いた後、感慨深げに笑う。

 

「最後に呼び出した物がこれとはのぅ……入間君、君も中々()じゃのぅ」

「え?」

 

 戸惑う入間を余所に一龍は器に入っている豆らしき物を摘まんだ。

 

「これはミリオンという植物の種でのぅ。厳密に言えば食材では無いのだが……」

 

 一龍はミリオンの種を口に放る。ポリポリという音が聞こえてくる。

 

「まあ、味自体はそこそこじゃ」

 

 しかし、一龍は懐かしむ様にミリオンの種を味わっていた。

 

「ほれ。入間君も」

「じゃあ、いただきます」

 

 入間も勧められたミリオンの種を食す。ピーナッツの様な歯応え。青臭さは感じられず、噛み続けると程よい甘みを感じる。今まで食べてきた料理と比べると一龍が言う様にそこそこの味であったが、癖になる味でもあった。

 

「のんびりとこれを摘みながら話としようかのぅ」

 

 二人してミリオンの種を食べながら一龍は思い出を語る。一龍という男の人生の思い出、それをフルコースの料理の如く入間へと振る舞う。

 最初に語る前菜は彼の師であったアカシアとの出会い。

 あらゆる食材を食破し、その食材で戦争すらも止めてみせた美食の神という存在であり、孤児であった一龍を弟子にしてくれ、食に関する知識や技術を惜しみなく与えてくれた恩人。

 

「一龍さんにとってはお父さんみたいな存在だったんですね!」

「父か……そう言われるとそうかもしれんのぅ。父親としての在り方を思い浮かべるとアカシア様の顔が浮かぶからのぅ」

 

 次はスープ。それはアカシアのパートナーであり、神の料理人と呼ばれるフローゼとの出会い。

 

「フローゼ様の料理は絶品だったのぅ。味はそうだが、人の温もりを感じさせる優しさがあった。腹だけでなく心も満たされる料理じゃった」

「お腹も心も満たされる……僕にも少し分かる気がします。オペラさんの料理が相手のことを思った料理ですから」

 

 魚料理。一龍の義弟である二狼との思い出。

 

「昔のあいつは暴れん坊でのぅ。よく喧嘩したもんじゃ。だが、負けそうになると泣き出すもんで何度勝ちを譲ったか……」

「でも、仲は良かったんですよね?」

「ああ。……あいつは酒を飲むのは好きだったが、ワシは酒が一滴もダメでな。酒を酌み交わすことが出来んかったことが数少ない後悔の一つでのぅ」

 

 肉料理に当たる思い出は末弟である三虎との出会い。三人の中で最もフローゼを敬愛していたという。

 

「こいつも中々やんちゃでな。最初に会った時は野生動物の様じゃった。──だが、人の真似をするのが上手でのぅ。すぐに言葉や人としての在り方を身に付けおった」

「へぇー。僕は数え切れないぐらいやらないと覚えられないから羨ましいです」

「兄者、兄者と言いながらよく後ろを付いて来てな。可愛いい奴じゃった。そして、誰よりも愛情深い奴でもあった。……危ういぐらいに」

 

 三虎を語る一龍に陰の様なものを感じたが、一龍はすぐにそれを覆い隠して話を進める。

 思い出のフルコースでメインディッシュを務めるのは家族と過ごした日々の思い出。

 アカシア、フローゼ、一龍、二狼、三虎。五人で過ごした何ものにも代えがたい黄金の様な記憶。

 

「二度と戻って来ないからこそ、美しく尊い思い出なんじゃ」

「一龍さんと家族は……ごめんなさい。何でもないです」

「安心せい。紆余曲折はあったが、ちゃんと元通りになっておる」

 

 離れ離れになってしまったことは話の節から感じ取っていたが、ちゃんと元の家族に戻れたと教えられ、聞き手である入間は安堵する。

 サラダとして語れるのは、一龍にとって弟子でもあり子でもある者たちとの出会い。

 後に四天王と呼ばれ、グルメ時代を支え、守って来た若者である。

 

「食いしん坊に毒舌家、神経質に乱暴者とどいつもこいつも手の掛かる奴らじゃったわ」

「個性的ですねー」

 

 話を聞くだけでも個性しか感じない。一龍は育てるのに苦労したことを語るが、その表情は楽しそうであった。四人の成長を我が事の様に嬉しそうである。

 デザートなる話は四人が一龍の手から離れて独立し、それぞれの道を歩き始めたこと。

 世界に貢献する一方でトラブルなどを起こしたりと手を焼くのは変わらなかったらしい。

 

「トリコの奴も美食家としては活躍しておるんじゃが、収めるべき食材を一人で勝手に食べ尽くしたりのぅ。ココやサニーは実力はあるんじゃがマイペースというか自分勝手というか……ゼブラの奴はいつまで経っても暴れん坊で、そのせいでワシも色々と苦労を……」

「ははは……そうなんですか」

 

 思い出話から四人への愚痴へと変わり始めたので入間は苦笑してしまう。

 そして、締めとなるドリンクの思い出。それは四天王であるトリコの結婚式。一龍にとっては感慨深いものであった。相手はサニーの妹である鈴。一龍からすれば息子と娘が同時に結婚した様な気持ちであったと言う。

 

「あやつが結婚するとは思わんかったわ。色気よりも食い気を地で行く奴じゃからのぅ。まあ、めでたいのは変わらんがのぅ。それに良い結婚式じゃった。あやつの人生を振り返る本当に最高の結婚式じゃったよ」

 

 心の底から嬉しそうに微笑む一龍。よっぽど思い出深い結婚式であった様子。

 一龍の思い出のフルコースが語り終わる。入間はふと器の中のミリオンの種が最後の一粒になっていることに気付いた。最後は一龍へ譲ろうとし器を差し出すが、一龍はゆっくりと首を横に振った。

 そして、一龍は静かに話し出す。

 

「入間君。君もいつか食事で腹を満たし、思い出で心を満たせる食卓とそれを囲える者たちが出来るじゃろぅ」

 

 一龍は入間と出会い、これまでのことを振り返る。

 

「と言っても入間君には要らぬ忠告じゃったな。何せ君が食事をするとき、いつだって周りには誰かが居たんじゃから」

 

 一龍は差し出されている器を見て、暖かな笑みを浮かべる。

 

「君は優しい奴じゃ。食事を独り占めするのではなく分け合うことが出来る。その優しさを大切にのぅ、入間君」

「一龍さん……?」

 

 気付けば一龍の姿は消えていた。いつ消えたのか分からないぐらいに唐突な別れ。まるで幻を見ているかの様であったが、入間の手に残されたミリオンの種が入った器の感触が幻ではないことを告げている。

 テーブルクロスから力は感じられない。もうただのテーブルクロスとなっていた。

 もっと色々な話を聞きたかった。短い間の付き合いであったが寂しさを覚える。

 13月の間だけ魔界に来ることが出来る。だが、それはどれだけ年数が必要なのか分からない。一年後なのか十年後なのか百年後なのか。

 それでも入間は願ってしまう。

 

「また会えますよね?」

 

 入間はミリオンの種の最後の一粒を摘み、ゆっくりと食べて味を噛み締め、その味を舌に記憶させる。

 入間はミリオンの種を食べ終わると両手を合わせ、目を閉じる。

 

「一龍さん」

 

 今まで食べて来た料理と食材に感謝を込めて。

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 




ネタ切れとなったのでこれで最終回となります。
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