赤い野良犬を拾った日   作:白狼

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ちょっと間が開きました。
妹まだ空気です。

感想、評価、ありがとうございます。
感想、いただけると嬉しいです。


犬の丸洗い

 

 

 

「ただいまあ。」

 

シアンはこじんまりとした家に入り込んだ。扉を開けた先は、なんてことない風景が広がっている。灯はついていなかったが、暖炉の中が煌々と明るい。

 

「なあ、入りなよ。」

 

シアンは扉の前でこの世で一番嫌なものを前にしたような顔をした少年が一人。無言を貫く彼にシアンは声をかけた。

 

「ねえ、諦めて入りなよ。なんだい、自分の発言をひっくり返すの?」

「ありゃあ、おどれのせいじゃろうが!」

「えー、男に二言があるの?」

 

からかうようにそう言えば少年は思いっきり顔をしかめた後、渋々家の中に入ってきた。

そうして、シアンはああと思い出したように彼を見た。

 

「そういや、名前、言ってなかったね。私の名前は、カエルラ・シアンっていうんだ。君は?」

 

それに少年は、やはり心底嫌な顔をしたがぼそりと言った。

 

「サカズキ。」

「さかずき?」

 

シアンは珍しいなあと驚きながらオウム返しをした。なんといっても、この世界では珍しい和名寄りの発音だ。

どこか、聞き覚えのある気もしたがシアンはそれについては放っておくことにした。何と言っても世界観の、文化と言えるそれはそこそこちゃんぽんだったため気にしてもしょうが無いだろう。

 

「ご飯はもういいから、ともかく体の汚れを落とさないとなあ。」

 

シアンはそう言いつつ、部屋の中をごそごそと探り、大きめのたらいを取り出した。そんな光景を見つつ、少年、サカズキは暖炉に近づいた。

 

「・・・火つけっぱか。不用心な。」

「あ!急に近づかない方がいいよ?」

「は?」

 

シアンの言葉にサカズキが立ち止まると同時に、サカズキのすれすれをばちりと火花のようなものが散った。だんと、暖炉から距離を取ったサカズキを気にすることもなく、シアンは空の大ダライを手に暖炉に近づく。

 

「ごめん!言うの遅かった。暖炉には妹がいるから急に近づくと驚くんだよ。」

「い、妹?」

 

サカズキはその言葉に暖炉の中をのぞき込んだ。そこには確かにいた。薪の中、そこに、月色の鱗に覆われた何かを。

 

「ルーカ!起きて!お湯湧かして!」

「んー、なに、姉様?」

 

ふあああとあくびをして、暖炉の中からばさりと何かが出てきた。子犬ほどの大きさのそれは、白銀に一滴だけ黄金を混ぜたかのような、まさしく月のような色の鱗に覆われている。蛇に似た顔立ちのそれは、頭には鹿に似た角が生えている。鋭い爪をちゃかちゃかとならして歩く。

 

「君、だれ?」

 

そういった白銀の竜は深い夜の海に似た群青色の瞳をうっそりと細めて見せた。

 

「こちらは今日拾ったサカズキだよ。サカズキ、こっちは妹のルカだよ。格好については気にしないでくれ。なんかこっちのほうが落ち着くんだって。」

「僕、ルカ。よろしくね?」

 

独特な言い回しの少女にサカズキは眉間に皺寄せた。

 

「・・・・悪魔の実か。」

「そうそう、知ってるんだね。」

 

シアンはそう言いつつ、たらいを水で満たしていく。慣れた手つきだった。サカズキは目の前であくびをする鷲に固まっていたが、おそるおそるという体でシアンに話しかけてきた。

 

「こんな場所でガキ二人で生きていける理由はこれか。」

「まあねえ。」

 

シアンはそれに目を細めた。

 

 

シアンの妹、ルカは赤ん坊の頃は別段普通の子どもであった。かわいい、柔い、赤ん坊。そんな彼女をシアンは愛していた。母親の記憶が薄く、それと同時に前世と言える記憶が芽生えた彼女はよくよく庇護者としての振る舞いを是としていた。

が、それが崩れ去ったのは、ルカがようやく歩き出してすぐのことだった。

唐突だ、本当に唐突に、ルカは雷を纏った竜に変わった。

それがどういうことなのか、シアンにはわからない。ただ、かなづちになった彼女の存在は自分の生きている世界が、あの海賊漫画の世界であることを確実に刻み込まれることとなった。

電気を纏う、竜の姿をした少女について扱いに困ったが常に海水を持ち歩くことで解決した。

 

(苦労かけてるなあ。)

 

シアンよりも幾分か年下の彼女もシアンと同じように働いている。悪魔の実のおかげか怪力の彼女は荷物運びをしている。実年齢よりも賢い彼女はよくよく仕事をしてくれている。

それについてはシアンも己のことを情けないと恥じている。

子どもも食い扶持のために働くのが当たり前であることは自分自身が証明している。けれど、父を亡くし、彼女の庇護者になっている自分が、ルカのことを養いきれていないことについてはどうしようもなく恥じ入る気持ちがあった。

それが二度目の人生という事実によってなされたことであったとしても、その罪悪感はそうそう消えないだろう。

何よりも、そこそこ治安の悪いこの町で少女が生きていけるのはその妹のおかげだ。

電気を帯びた彼女は番犬として十分な実力を有していた。町の人間は悪魔の実の能力者であるルカに対して親しみ深くは接しなかったが、疎むとまではしなかった。

ルカもルカでマイペースなせいか遠巻きに見られることに何かしらを思う様子もなかった。

 

 

「ほい、じゃあ頼んだよ、ルカ。」

「うん。」

 

頷いた少女、竜は近くにおいてあった鉄線のようなものを背中に置いた。そうして、その鉄線の上に水で満たされた鍋を置いた。すると、鉄線はみるみる熱を帯びていく。そうして、鍋の水はすぐに煮立っていく。シアンはその茹だった湯をタライにつぎ足していく。ほかほかと湯気を立てるそれに手を突っ込み温度を確認した。そうして、丁度良い湯加減だったのか、シアンはサカズキに言い放った。

 

「よし!脱いで!」

「断る!!」

 

間髪入れない返答にシアンは顔を膨らませた。そうして、おもむろサカズキの服に手をかける。

 

「ほら、体洗ったげるから!」

「いらん!一人で出来る!」

「いや、絶対適当にやるだろうが!ルカ!」

 

その言葉にふわーとあくびをしていた竜はその言葉に飛び上がり、少年の背に乗っかった。倒れ込んだその瞬間を狙い、シアンは見逃さなかった。素早く服を剥ぎ取った。元より、上着に関してはシャツ一枚を羽織っただけだ。ズボンを下ろせばそれで完了だった。

ぼちゃんと、タライの中に放り込んだ。

 

「おどれは!」

「ほい、お湯かけんぞ。」

 

きゃんきゃんと吠え立てるサカズキの言葉も無視して、シアンはサカズキの頭にお湯をかけてゆすぐ。お湯はみるみる濁っていく。

 

「やめえ言うとるじゃろうが!」

「でも、お前さん、体中怪我だらけじゃん。洗ったげるから大人しくしてなよ。」

 

その言葉の通り、サカズキの体には痣から切り傷までさまざまな傷が広がっていた。サカズキはその言葉に納得したのか、それともシアンが何を言おうと引かないことを察してか。渋々という体でそれに従った。

 

「ほい、これで体は洗ってよ。」

 

サカズキはそう言って渡されたタオルで体を拭い始めた。家に置いてあったシャンプーで洗った髪を覆う泡はみるみるうちに汚れていく。

 

(これは、湯が足りん。)

 

シアンはそれを察して妹に追加の湯を頼み、サカズキをそれこそ犬のように洗った。サカズキは髪を洗われたことや、暖かな湯が心地よかったのか少しずつまぶたが下りていった。

 

「おーい、寝る前にタライから出て欲しいんだけどなあ?」

「・・・ねと、らん。」

 

サカズキは眼をゴシゴシとこすりながら立ち上がった。シアンはサカズキをタライから引きずるように出し、タオルの上に立たせた。

 

「ほい、体拭いといて。」

 

渡したタオルでサカズキは体の水気を拭っていく。

 

「ルカ、汚れたお湯捨ててきて。」

「ん。」

 

ルカはそう返事をすると、ぬるりとそこに人間が現れる。シアンより少しだけ幼い少女だった。短く切りそろえられた青みがかった銀色の髪に、深い群青の瞳をしたそれはまるで人でないかのように神秘的な見目をしていた。

それは、大人も担ぐのに苦労しそうなお湯の入ったタライを軽々と持ち上げて外に出ていく。サカズキはそれをあんぐりと驚いた顔で見ているのと横目に、彼女は家の奥に引っ込み、そうして大きめのシャツを出してきた。

 

「今日はこれ着て寝なよ。サカズキの着てたのは明日、洗濯したげるから。」

「・・・・おう。」

 

サカズキは素直にそれに従った。

 

(まあ、腹も良くなって、湯につかって、眠くなってきたんだろうなあ。)

「なあ。今日はもう遅いから寝ようよ。」

「・・・・おん。」

 

そんなことを言っていると、ルカがひょっこりと扉から現れる。

 

「寝るの?」

「おう、寝る寝る。ルカは明日、仕事は?」

「ないよ。」

「明日は、酒場のおっちゃんとこにサカズキのことで行くから。」

 

ルカはいつの間にか、銀の鱗を持った竜に戻っていた。どうも、竜の姿である方が楽であるらしい。そのせいか、それはいつも欠伸をしながらのんびりとしている。

 

「じゃあ、小生もいく。」

 

父親のまねをした一人称を聞きながらそうかいと、シアンは頷いた。

 

シアンはそのままサカズキを引きずるようにして、家の奥に進んだ。その後を四足歩行の竜が追った。

シアンの家は合計で三つの部屋があり、一つはリビングに当たる部屋、物置や書庫として使われている部屋。そうして、寝室兼父の書斎であった部屋だ。

シアンはサカズキを寝室にまで引っ張っていった。

寝室には大きめの本棚と机、そうして大きなベッドが一つ置かれている。小柄なシアンたちには上がるのはそこそこ大変だ。

 

「ほら、頑張って。」

「ん。」

 

シアンはサカズキをベッドに押し上げた後、その横に滑り込む。

 

「・・・・お前も寝るんか。」

「うち、ベッド一個しかないからねえ。我慢してよ。」

 

サカズキはそれに無言であったが、そっと様子をうかがうと瞼がとろとろと落ちているのが見えた。シアンはそれに彼の肩まで布団をかけてやり、そうして、その腹を軽く叩いてやった。

それに、サカズキもとうとう屈服したのか軽い寝息が聞こえてきた。それと同時に、ベッドの足下にルカが丸まっているのが見えた。

シアンはそれを確認しながら自分も寝るかとサカズキの隣で丸まった。

 

(・・・・珍しいなあ。)

 

正直な話をすれば、そう思った。もちろん、父のことを思い出したのはそうなのだが。けれど、あまりにも自分がするにしては大胆というか、驚くべきことが多いというのだろうか。

だから、どこか、自分自身への困惑があった。

ちらりと、びっくりするぐらいに目つきの悪い少年の顔が横にある。

それでも、こんな風に眠るのはこれっきりのはずだ。明日には彼の行き先を決める。もちろん、そこでさようならとまではしないつもりだ。

ある程度、顔を見に行ったりする気はある。けれど、それ以上のことなどないのだろうなあとシアンはそっと目をつぶった。

 

 

 

「え、仕事口、ないの!?」

 

目の前で少女が酒場の主人に叫んでいた。カウンターの奥で何かしらの準備をしていたらしい男が頷いた。

 

「少し前に埋まったらしいぞ。どうした、何か物入りか?」

「うーん、寝床付きの仕事が欲しかったんだよ・・・・」

「ああ、あれか。」

 

厳つい顔立ちの男はちらりと己のことを見た。サカズキはそれに少しだけ顔を強ばらせた。その隣でふあああと欠伸をするルカの姿があった。

 

「珍しいな、お前が拾うなんて。」

「まあ、色々あって。それよりも本当に寝床付きのないんだよね?」

「ああ、埋まってるな。寝床付きでなくていいならルカのやってる荷下ろしの仕事が残ってるが。」

「わかった。夕方に、また来るね。」

「ああ、考えといてくれ。」

 

入り口近くで待っていたサカズキとルカの元にシアンはうーんとうなりながらやってきた。

 

「・・・・帰ろっか。」

「ええんか?」

「今日の仕事は夕方からだからいいんだ。お昼、どうしようかなあ。」

 

シアンはそんなことを言いつつ、歩き出した。その後をルカがとてとてとついて行く。

サカズキは、どこか不思議な感覚でそれを眺めていた。

 

 

 

路地裏で生活していたのなんて、本当によくある話だった。

幼いサカズキはすでに故郷はなく、寄る辺はなく、何もかもを失ってここまで来た。それでも、生きていこうという本能のような感情と、そうして、憎しみだけで生きていた。

サカズキにだってわかっていた。

生きると言うには、あまりにもサカズキは幼く、そうして非力だった。ナイフを片手に、ろくに眠れもせず、食事も取れないような日々が続いていた。

路地裏で、本当に空腹を引きずって、ふらふらの頭でぼんやりと地面を眺めていた。

盗みだとか、そんなことは考えていなかった。それをするには、あまりにもサカズキの中での自尊心と言えるものは大きすぎた。

ふらふらと、まとまらない頭で、どこかを見ていた。

死ぬのだろうか、ぼんやりとした頭で考えていたとき。

 

「なあ。」

 

上から、声が降ってきた。

ぐっと、頭を上げた先。

本当に、馬鹿みたいな話しではあるけれど。らしくないと、わかっているけれど。

 

「なあ、君、一人?」

 

天使が、そこに立っていたのだ。

 

 

 

「ほい。」

 

サカズキは自分に差し出されたおにぎりを見つめた。シアンはそれに、ずいっとサカズキにおにぎりを近づける。

受け取れという意味合いであることを理解してサカズキはそれを手に取った。

塩気の効いた握り飯を、三人はシアンの自宅の今で食べていた。

サカズキはそれを咀嚼しながら部屋の中を見回した。

シアンたちの住んでいる家は、子どもが住むには広いが、大人にとっては手狭のよう見える。

暖炉を中心に、右手に台所、倉庫。左手に寝室とトイレ。台所の前にテーブルが置かれ、左手にソファが置かれている。

所々古びてはいたが、住人の手入れを感じた。

サカズキは当たり前のように与えられている握り飯をじっと見た。

シアンは酒場から帰ってからあまり話すこともなく、手軽に昼食の握り飯とスープを作った。

そうして、それを当たり前のようにサカズキにも与えている。

 

(こいつぁ、なにがしたいんじゃ?)

 

そんな疑問が頭を擡げるが、何と言って切り出せば良いのかわからない。

暮らしぶりを見るに、子ども二人の暮らしは余裕があるとは言えない。けれど、自分に食料を分け与えている。

 

(これ食ったら、出て行くか。)

 

そんな覚悟を静かに決めた。離れがたくない気持ちが、サカズキにもないわけではなかった。そこで一人で生きていくのだと覚悟を決めるには、サカズキは未だ子どもであった。

 

最初は、なんて腹の立つ女だと思った。だまし討ちのように泣き真似をして家に連れて帰ったとき、一発殴ってやろうかとも考えた。

けれど、久方ぶりに、敵意でも、悪意でもなくて、自分の手を掴んだ小さくて白い手がどこかまばゆく見えてしまって。

銀の髪が、夕焼けのなかで、まるで赤く光るように輝く髪が本当に綺麗で。

だから、その手を振り払うことが出来なかった。

その少女は、確かに、サカズキを助けてくれたのだ。服を引っぺがされてタライの中でに入れられて、裸を無遠慮に現れても。暖かな湯は彼女がわざわざ自分のために用意してくれたものだ。

温かいそれが、疲れた体に思った以上に心地が良かった。

ベッドの中で見知らぬ少女を眠るのだって気恥ずかしかったのに、その暖かさと疲労感ですぐに寝入ってしまった。

それを思い出すと、少々頬が熱くなる。

起きたときでさえも、シアンは当たり前のように自分たちの服を貸してくれた。近所の子どものお下がりだというそれはサカズキにも簡単に着ることができた。

仕事を探しに行こうというそれに、そこまで面倒を見ようとしているのかを呆れてしまった。

 

散々に、悪意を見た。散々に、蔑みを感じた。散々に、醜さを知ってしまった。

信じて良いのかなんて、サカズキがずっと考えていた。早く、去らなくていけないと思っていたのに。

タライの入れられたときも、ベッドで丸まったときも、起床して食事に誘われたときも、きっと、その場を去るべきだったのだ。

この世には、人にさえも足らないような、人でなしに溢れていた。

弱ければ奪われて、無くして、けなされる。

なのに、大人でもなくて、男でもなくて、幼い少女に差し出された手にサカズキはどうすれば良いのかわからなかった。

家の中で、まるでペットのように丸まったドラゴンにも、その困惑を一押ししていた。

握り飯を咀嚼する速度が遅くなる。

 

それを食べたら、夢から覚めないと。

 

ぼんやりとした思考の中で、そう考えていた。そうしたら、また、悪党を殺すのだ。奪われないように、奪わせないように、奪われて、けなされて、踏みつけられるものがないように。

 

(そうだ、忘れるな。)

 

サカズキは、昨日から心の奥にしまい込んだ、燃えるような憎悪を胸の中で燃やした。

そうだ、自分が生きるにはそれこそが必要だ。

飢えるように、頭の奥で、憎悪の焔が踊っていた。

それを食べたら、さようならといって、ここを出よう。

いっそのこと、この島を出てしまおうか。この島を出て、もっと、他の場所に。

ギラつくような眼を、ルカは横目でじっと見ていた。

サカズキは握り飯の最後の一口を飲み込んで、口を開こうとした、その瞬間。

 

「よし!決めた!サカズキ、君、今日からここに住むといい!ルカもいいよね?」

 

予想外な言葉に、サカズキは目を丸くした。シアンの言葉に、帯電しているため、安全のために潜り込んだ暖炉の中でルカが、いいよおと、暢気な声を上げる。なぜと、そう問おうとしたとき、シアンは椅子に座った状態で、納得したようにうんうんと頷いた。

 

「よし、それがいいな。思えば、家に男の子がいるのもまたいいだろうし。仕事にも、ここから通えば万事解決!」

「ふざけとるんか?」

 

思わず漏れ出た言葉にシアンは失敬なと憤慨したような顔をした。

 

「ふざけてないよ。君がいるとのと、いないと。天秤に乗せた上でのことさ。」

「なに企んどるんじゃ!?」

 

叫ぶようにそう言ったサカズキは椅子の上に立つような格好で、ギラつく瞳をシアンに向けた。

 

「失敬だな。企みなんてないさ。あ、ちゃんと働いてもらうからね。そこら辺は理解して欲しいな。思えば、君を拾ったのは私だし、生かしたのは私だ。イコールで、君は私のものだ。だから、私の言うことを聞いてもらおうか?」

 

サカズキはあまりにも予想外な言葉になんと反論して良いのかわからずに固まる。それでも、反論しようと口を開いた。

けれど、それよりも先に、シアンはどこか苦笑交じりに言葉を発した。

 

「だからさ、サカズキ。そんな顔をしないでよ。そんなさ、悲しくなるような顔を、しないでよ。」

 

どんな顔をしていたのだろうか。

サカズキは思わず、自分の顔を手で覆った。

シアンは、まるで迷子のような、そんな寄る辺のない表情に苦笑した。

 

「ここにいていいからさ。だから、そんな顔をしないでよ。」

 

掠れた声に、サカズキはなんでしゃと、そう問うた。シアンはそれに肩をすくめた。

 

「私が、君を生かしたからさ。」

 

そう言って、微笑んだ少女。それは、サカズキが久方ぶりに見ることの出来た善だった。

 

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