人生に何を望む?
大抵の奴はこう言う。
平和を望む。ヒーローを望む。秩序、安寧を望む。友情、愛、恵まれた家庭を望む。栄誉、名声を望む。法律、道徳を望む。名前も知らない隣人が清くあることを望む。他者からの評価、助け合い、自己実現を望む。未来を望む。人生を望む。世界が平和であることを望む。
下らねえことばかり言いやがって。そんな社会に媚び諂うだけの美辞麗句が、俺たちの本音なわけないだろ? そんなこと、生まれたばかりの赤ん坊でもわかるはずだ。
それなのに、最近はどいつもこいつも誰かが動くのを待つだけの腰抜け。さもなくば法治国家の小間使い。
一体どうしてこんな世の中になっちまったんだ? 俺たちはもっと、野蛮で、自分本位で、暴力的で、傲慢で、自由なはずだろ。誰に理解されなくても、信念をもった気高い生き方ができるはずだろ。
いつからかはわからないが、世界は間違った方向に進んでいる。あるべき形に戻さなくちゃいけねえ。
俺が何を言いたいのか、あんたならわかるだろ?
なあ。オールマイト。
○
俺は暴力を愛していた。
生まれたときからずっとそうだ。
好きなんだ。殴ったり殴られたりするのが。この世で一番。
物心ついた頃から、俺は暴力の素晴らしさを伝えようとしてきた。誰もがそうするように、自分の好きなものを広めようとした。
俺は精力的に活動した。目に映るもの全てを対象に、俺は愛を捧げた。
俺の活動は素敵で根源的なものだったが、社会に受け入れられることはなかった。俺は少年院に入ったり、少年院から出たり、また入ったりした。
両親は俺を恐怖していた。彼らは自分たちの体に傷がつくことを恐れ、俺から離れていった。
別れの際に、どうして恩を仇で返すのか、と言われた。俺は返答に窮した。俺は彼らが与えてくれた愛に、俺なりに報いていると思っていた。彼らが俺に無償の愛を与えたように、俺は彼らに無償の暴力を与えていたからだ。
俺は少しづつ大人になっていった。
両親と離れたあと、俺はヴィランとしての生活を送り始めた。仰々しい響きだが、大それたことをしているわけじゃない。街ゆく人に喧嘩を吹っかけて回るだけの日々だ。
基本的には、人気のない場所と時間に喧嘩をする。本当はいつでもどこでも誰とでもが理想だが、ヒーローに邪魔されるのは鬱陶しい。
相手を殴ったり、相手に殴られたりして、最終的に俺が勝つ。戦いが終わった後は、相手に敬意を表し、安全な場所に移動させ、楽な体勢にする。その際、たまに財布から金を貰ったりもする。
負けたことは一度もなかった。俺は暴力を愛し、暴力も俺を愛した。俺には戦いの才能があった。
生きるために戦うのではなく、戦いのために生きる。俺の最大の目的は生存よりも闘争だった。
単調な毎日だが、俺は大変満足していた。世間では労働や勤勉が持て囃されるが、これこそが充実した日々というものだ。これこそが生物本来の暮らしだ。
●
満たされている。
つい最近までそう思っていたのだが、俺の心の中では不満が募っていた。
ここ数年、確かに素晴らしい生活を楽しんではいるが、完璧な生活とは言えなかった。自由ではないからだ。
自分の意思で戦えるとは言っても、ヒーローの監視のせいで、戦える場所や時間には限りがある。そこには制限があり、拘束がある。
それではつまらない。俺は暴力をもっとありふれたものにしたい。どうにかしてこの問題を解決できないものか。
俺は頭を抱えた。そして考えに考えた末に、ある可能性に辿り着いた。
――ヒーローを倒せばいいのではないか?
現在の社会はヒーローへの信頼、個性は人前では使ってはいけないという意識の刷り込み、そのルールを破っていないか相互監視させることで成り立っている。
もしヒーローの威信が失墜すれば、制約は失われ、誰もが自由に個性を使う。治安も維持できず、全ての人間が互いに闘争状態に陥る。この国はかつてない恐慌に直面し、貨幣すらも価値を失う。
資本主義も、法治国家も、性善説も意味を為さなくなる。
子供でも考えつくような陳腐な案だが、俺は俄然やる気に満ち溢れていた。
こんなにわかりやすくてやり甲斐のある目標はない。いつでも結論はシンプルなものだ。
善は急げ。すぐに行動を起こしたいと考えた俺は、一番近くにいるヒーローをぶっ飛ばすことにした。
こうして俺の日課であるヒーロー狩りが始まった。
●
「お忙しいところすみません、マニュアルさんですか?」
「ええ。そうですが」
ある日の昼下がり。いつもと同じように市中のパトロールをしていると、見知らぬ男性から声を掛けられた。振り向くと、背の高い整った顔立ちをした男が立っていた。
思わずぎょっとした。理由はわからないが、その風貌に気圧されるのを感じた。
だが、それよりも気になったのは男の瞳だった。燃えるような意志と気迫、それと同時にオールマイトに似たなにかを感じた。
「急にこんなこと言うのは失礼なんですが、実は頼み事があって」
「そんなことありませんよ。困ってる人を助けるのがヒーローですから」
何かと思えば、力を貸してほしいようだ。マニュアルは理由もなく身構えてしまった自分を恥じた。
「それで、どうされました?」
「いいえ、何も。これから起きるので」
男の拳がマニュアルの顎に突き刺さる。脳震盪を起こしたマニュアルは、意識を失い膝から崩れ落ちた。
突然倒れたヒーローに周囲の人々がざわつき始める。人々の視線は、当然崩折れたヒーローに最も近い男に集まる。
男は注目を意に介さず、足元のマニュアルを避けて歩き始めた。
次の瞬間、男の姿は消え、男のいたコンクリートの地面の上に二つの足跡だけが残されていた。
地面にめり込んだ足跡は、消えることなく男の存在を証明していた。
○
俺が望むのは、暴力が全てを支配する世界。その世界では、誰もが自分の力で運命を切り拓ける。
生まれたときからそうだった。俺は世界を愛していなかったんだ。俺の周りは退屈なものばかりで、飽き飽きしていたから。みんなの望むものは、俺の望むものじゃなかったから。
平和を望む。ヒーローを望む。秩序、安寧を望む。友情、愛、恵まれた家庭を望む。栄誉、名声を望む。法律、道徳を望む。名前も知らない隣人が清くあることを望む。他者からの評価、助け合い、自己実現を望む。未来を望む。人生を望む。世界が平和であることを望む。
どれもこれも必要ない。少しの余暇と、拳いっぱいの暴力。楽しく生きるのに、他に何が必要だ?