愛核者   作:Tyler Durden

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サロメ

 

 

 

 ――なんて素敵な毎日なんだ!

 

 ヒーロー狩りを始めてからというもの、俺の人生は急速に彩りを増していった。

 

 理由は三つ。

 ひとつ、人生の目的を得たこと。ふたつ、単純に戦う機会が増えたこと。みっつ、世界を愛せるようになってきたこと。

 

 三つ目の理由。これが特に重要だ。世界を愛せるようになったっていうのは、つまり世の中が俺の生きやすい環境に変わってきたってことだ。今までの世界は不自由だった。規律と秩序に塗れたつまらない世界だった。

 けれど、最近はそうでもない。俺の活動のおかげか、はたまた単なる偶然か。個性による犯罪件数は増加の一途を辿っていた。街でもよくヴィランを見かけるようになった。要するに、治安が悪くなっているってことだ。

 

 それは俺にしてみれば素晴らしいことだった。

 

 俺がヒーローを倒す。街の守護者がいなくなり、ヴィランが活性化する。治安を守るために新たなヒーローが派遣される。俺がまたそいつを倒す。

 これが延々と繰り返される。俺という存在によって闘争は円環を成し、暴力の需要は拡大していく。

 俺の望んだ世界が、着々と完成に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 俺の顔と個性はとっくに割れていたが、捕まることはなかった。俺は特定の拠点をもたないタイプだからだ。好きな時に好きな場所で喧嘩を吹っ掛ける俺のスタイルが、かえって捜査を難航させているようだった。

 加えて、戦った全てのヒーローに勝利していることも大きな要因だった。彼らとの勝負はほとんど一瞬で終わった。応援を呼んだり、情報を伝える時間は与えずに倒していた。そのため、俺に関する情報は極めて少ないようだった。

 

 

 

 順調な生活を送っていた俺は、すこぶるご機嫌だった。浮かれていたのだ。

 それもそうだろ? 全てが思い通りにいくとしたら、物乞いだって自分を王と勘違いするはずだ。

 

 そんな油断が、思わぬ形で俺を追い詰めることになった。

 生きていれば上手くいかない日というものもある。あの日は、正にそういう日だった。

 

 

 

 

 

 

 それはなんてことのない日だった。いつも通りの時間に起きて、いつも通りの服を着て、いつも通りにヒーローを狩る。俺が浮かれているということを除けば、本当に代わり映えのない日だった。

 

 調子に乗っていた俺は、“大物”を仕留めようと考えていた。ヒーローの中でも名の知れた、民衆に聞き馴染みのあるような獲物を。

 特定の誰かを仕留めたいという思いはなかった。ある程度の知名度……ヒーロービルボードチャートJPでいえば三〇位以内くらいの奴なら誰でもよかった。

 

 移動距離・知名度・戦闘力の三つの観点から、俺はワイルド・ワイルド・プシーキャッツを標的に選んだ。マンダレイの『テレパス』とラグドールの『サーチ』は少々厄介だが、一瞬で掃討してしまえば問題ない。

 

 そうと決まればすぐに行動だ。“個性”で空へ飛び上がり、そのまま空中を駆ける。彼女たちの活動区域に着くと、“個性”を使って宙空に留まる。しばし索敵していると、街を巡回中の四人を見つけた。

 彼女たちから離れた位置に着地すると、人通りの少ない場所に移動するまで尾行する。ちょうどいい場所に来たとき、後ろから声を掛けた。

 

『初めまして、ワイルド・ワイルド・プシーキャッツの皆さん』

 

 向こうは振り向いてこちらの顔を見ると、すぐさま戦闘態勢に入った。やはり俺の人相は割れているようだ。

 

古馬駁(ふるまばく)だな?』

『虎さん、俺のこと知ってるんですか?光栄だなぁ』

『ああ、知っているとも。ヒーロー狩りの古馬』

 

 どうやら、ヒーローたちも俺のことを『ヒーロー狩り』と呼んでいるようだった。実際に言われてみるとかなりダサい。

 

『ステインさんと呼称が被ってますね。変えてほしいな』

『……よく喋るのね。寡黙な男だって聞いてたけど』

『今日は機嫌がいいんです。マンダレイさんもそういう日あるでしょ?』

 

 与太話をしつつも警戒は解いていない。大方、会話に応じたのも『テレパス』で味方を呼ぶための時間稼ぎだろう。ラグドールもしっかりとこちらを観ている。利口な猫たちだ。

 

『でもマジな話、もうちょっとマシな呼び方がいいな。ニュークとかどうですか?皆さんから提案しといてくだ――さいっ!』

 

 会話の途切れるタイミングをずらして仕掛ける。“個性”を使って急速にラグドールに接近し、顎に左の掌底を打ち込んだ。反動が腕に伝わり、意識を奪ったことを知る。

 

『ラグド――』

 

 いち早く反応した虎を無視して、マンダレイに攻撃を仕掛ける。

 

 左のハイキック。動き出しは俺の方が速い。確実に当たる。

 しかし相手もプロだ。躱せはしないものの、右腕全体でブロッキングしてくる。

 それでも俺が一枚上手だった。ガードを見越して、“個性”で蹴りの威力を最大限高め、ガードの上からマンダレイの側頭部を蹴り抜く。

 

 マンダレイの体が宙に浮き、地面を擦りながら吹き飛ぶ。それと同時に、俺も虎に殴り飛ばされた。

 

『ラグドール! マンダレイ!』

 

 ぶっとばされながら、ピクシーボブが二人に駆け寄る足音を聞く。だがそんなことに集中している場合ではない。それよりも大きな、虎が俺に追撃を加えようと接近する足音が聞こえているからだ。

 

 転がりながら体勢を整え、半身に構えて立ち上がる。数歩先の虎が肉薄してくる。

 

 虎は間合いを潰すと、俺の腰を目掛けて沈み込んだ。タックルに見えるが、本命は右の打ち下ろし気味のフックだろう。視線を下に誘導して、生まれた死角を突く。“個性”と知恵を活かしたいい作戦だ。見えているがな。

 

 “個性”でスピードを急激に上昇させて、無理矢理カウンターを成立させるだけだ。

 

 

 

 俺の“個性”は『拍動』。心臓が収縮する度に、運動エネルギーを生み出す。

 生成されたエネルギーは体内で循環しながら蓄えられている。蓄えられたエネルギーはいつでも使え、どの部位からも放出できる。さっきみたいに急激に脚から放出して打撃の威力を高めてもいいし、緩やかに放出して滞空することもできる。

 

 

 

 俺は“個性”を使い、右拳を虎の顔面に叩き込む――はずだった。

 俺の拳は当たらず、代わりに虎の拳が俺の顔面に突き刺さった。

 

 脚を止めているのはまずい。“個性”不発の理由は不明だが、とにかく距離を取る。当惑しながら周囲を見渡すと、原因はすぐに分かった。

 

『イレイザーヘッド……! よく来てくれた!』

『助力します』

 

 そこにいたのは、抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』だった。虎と連携を取りながらこちらに近づいてくる。

 

 ――どうしてここに? 雄英で教師として働いているはずでは? 『テレパス』で呼んだのか?

 

 疑問はあるが、今は後回しだ。この状況をどう切り抜けるかが最優先だ。

 

 既に戦うという選択肢は無くなっていた。虎とピクシーボブだけなら余裕だが、イレイザーヘッドが相手じゃあ分が悪い。

 

 仕方ない。悔しいが、今回はここまでだ。

 

 イレイザーヘッドが先に攻撃してくる。左のジャブ。キレのいいパンチだ。

 あえて顔面で食らい、顔を腕に滑らせてイレイザーヘッドに抱きつく。口を耳元に寄せて、咆哮を轟かせる。イレイザーヘッドが爆音に怯むと同時に、左手で彼の顔を押し退け、体を屈めて視界から消える。

 

 一瞬の隙だが、これで充分だ。俺は全身からエネルギーを球状に放ち、二人を吹き飛ばす。

 

 あとはもう逃げるだけ。俺は脇目も振らず逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 あの時は本当に危ないところだった。今思い返してもヒヤヒヤする。

 

 イレイザーヘッドは全ての“個性”の天敵だから、注意していたつもりだった。

 いつもの俺だったら索敵したときに気付いたのだろうが、浮かれていた俺は気付けなかった。その結果、あそこまで危険な状況に追い込まれてしまった。

 応援が他にいなかったからよかったが、もしいたらただでは済まなかっただろう。

 

 俺は深く反省した。

 俺は全能なんかじゃない。所詮俺は原子の歪み。宇宙を構成する無数の細胞のひとつ。いくらでも限界はある。

 これからは、そのことをしかと胸に刻んで活動しなくては。

 

 こうして俺はヒーロー狩りの活動形態を変えることにした。より狡猾で、より効果的な、ヴィランらしいやり方に。

 

 またひとつ、どん底に近づいた。

 

 

 

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