愛核者   作:Tyler Durden

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アブ・キルとアブ・シル

 

 

 

「だったら、俺はどうなるってんだよ?」

「死にます」

 

 俺は男の頭部を吹き飛ばした。男は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 ――かわいそうに。

 

 俺は心の中で彼の冥福を祈った。

 

 夜更け、目の前も見えないほど暗い、じめついた路地裏で、俺は男の脳みそを飛散させていた。男とはついさっき出会ったばかり。挨拶も早々に、俺に金品を要求してきた。彼は強盗犯だったわけだ。

 俺を襲おうとする彼を見たときは胸が踊った。しかし、彼は自分の力量では俺に敵わないとわかるや否や、すぐに命乞いを始めた。故に俺は彼を殺した。

 

 ここでひとつ弁明させてほしいのは、俺は彼を憎んではいなかったということだ。

 ひとえに彼がろくでもない腑抜けだったので、同じヴィランとして恥を上塗りする前に名誉ある死を与えたというだけなのだ。

 俺は基本的に人を殺さない。ただ彼はあまりにも非交戦的で、自分の保身しか考えていないケツ穴野郎だったので、仕方なく処理した。

 

 戦わないというだけなら生かしたが、他人のことを考えない奴はダメだ。美酒の土壌にすらなれないなら腐った葉に用はない。

 

 このまま路地裏で野晒しにされるのもかわいそうかと思い、遺体を処理しようと思ったが、やめた。彼はもうそんなこと望んでないだろうし、服が汚れるのも好きじゃない。

 湿度も高い。汗は嫌いだ。

 

 梅雨の湿った空気を肺いっぱいに吸い込む。肺を膨らませたまま、少し待ち、思いっきり吐き出す。横隔膜が縮むの感じるくらい肺をぺったんこにする。

 吐き切った息が闇夜に溶けていくのを感じた。

 

 よし。切り替えていこう。

 パチンと頬を叩くと、俺は颯爽と帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 ワイルド・ワイルド・プシーキャッツの一件から二ヶ月が経った。俺は一層追われる身となっていた。ラグドールの“個性”で居場所は割れてるだろうが、日々各地を渡り歩く俺には効果が薄いのだろう。ヒーローたちは未だに俺の影さえ踏めていない。

 それなりに知名度のあるヒーローが襲われたのは世間の奴らにとって衝撃だったらしく、連日のニュースで俺の悪行が紹介され、お茶の間を賑わせた。

 

 街の皆さんは俺のことをやれ凶悪犯だの精神異常者だのと囃し立てたが、お門違いと言わざるをえない。俺はただ自分の人生を生きているだけだ。その結果他人の権利や可能性を奪っているが、それは自然で普遍的なことで。

 ヒーローだって暴力を使って俺たちの可能性を奪っている。善人ヅラしたヒーローが、金をもらって悪人退治。それで大多数の幸福が守られたとしても、俺たちに不自由を課したことに変わりはない。結果は手段を正当化するってか? イカれてるな。

 

 貨幣交換社会に生きてるお前らもそうだ。金銭なんてものは、昔はただの交換券だった。それがいつしか物の価値に優越している。富める者はますます富み 、貧しい者は互いの血肉を喰らい合う。戦いが起きるは素晴らしいが、眺めるだけの奴らがいるのは気に食わない。だから俺は金持ちが嫌いだ。

 

 そうは言ったが、現在俺はお高いホテルに宿泊している。奪った金とスーツで高級ホテル。自己矛盾しているが気分はいい。サービスもいいし、何より周りが俺のことを全くヴィランだと思ってないところがいい。紳士淑女の皆さんがどれだけ他人に興味がないかよくわかる。よくできた漫才劇場だ。

 

 今寝転んでいるのは、丁寧なメイキングがなされたベッド。マットレスは低反発で、リラックスには最適だ。背伸びをすると、ポキポキと音が鳴った。いつまでもベッドの上で寝ているわけにもいかないので、とりあえずシャワーを浴びることにしよう。ベッドの感触に名残惜しさを感じつつも、誘惑を振り切って浴室へ向かう。

 

 備え付けのシャワーは手入れが行き届いていた。金持ち向けではあるが、朝から湯を浴びる幸せは否定し難い。

 シャワーを浴びてサッパリしたら、全裸の時間をしばし楽しむ。体から汗が引いたら、下着を穿いてクローゼットからスーツを取り出す。ズボンを履き、ベルトを締め、シャツに袖を通す。上着も羽織るが、ネクタイは締めない。首元を圧迫されるのは絞首刑のときだけでいい。

 側にあった椅子に腰掛けると、目を閉じてこれからどうするか沈思する。

 

 ぼんやりとした意識の中で、さまざまな考えが巡る。取り止めもないことや、重要なこと、忘れてはいけないこと……

 

 追跡は厳しくなったが、捕まることはないだろう。世間は雄英高校の体育祭やらステインやらで大忙しだ。そんなことにかまけているようじゃ、俺を捕まえるのは先の話になる……

 

 そう言えば、まだ朝食を食べていない。たしかバイキングだったはず……

 

 今朝のニュース、俺の名前は一文字も出なかった。近頃は犯罪件数が増えているから、少し前の事件もすぐに忘れられる。俺のニュースが報道されたのが遠い昔の事のように感じる。情報の新陳代謝は加速を続けている……

 

 朝食、バイキングか……

 

 今俺はヒーロー狩りを主たる活動としているが、それはどれだけ社会に影響を与えているのだろうか。草の根レベルのしょぼい反対運動? それとも社会基盤を揺るがすに足りる大革命? なんにせよ調査が必要だ……

 

 

 

 ――いやバイキング!

 

 しまった、忘れていた。ここの朝食はバイキングなのだ。俺としたことが。

 他にもやることはたくさんあるが、何はともあれバイキングだ。普段なら一食抜くくらいわけないが、ここで躓くと後に響く。

 

 ――すぐに向かおう。

 

 慌てて立ち上がると、足を革靴に滑り込ませる。バイキングは逃げないとわかっていても、はやる気持ちが俺を急き立てる。部屋の鍵は持った。ハンカチもある。よし、準備万端だ。

 

 勢いよくドアを開けると、俺は足速に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ――とりあえず、今日やることは決まった。

 

 バイキングで腹を満たした俺は、日当たりのいい公園にいた。スーツに身を包み、昼間からベンチに座って日向ぼっこをしている俺は、傍から見ればリストラされた会社員に見えるかもしれない。

 うららかな日差しが照り付けて、俺は心地よい満腹感とあたたかさで満たされる。こんな日は久しぶりだ。

 

 俺の今日の予定は、『突撃! となりのプロヒーロー!』だ。ヒーローを襲って拉致し、実際に俺の活動が世間に影響を与えているかをインタビューする。それだけ。

 

 安易だが、直接的で効果的だ。治安維持のため最前線にいるのが彼らだ。最新の情報に聡く、治安の変化を肌で感じている。

 話を聞くのにこれ以上適した人材はいない。

 

 問題は誰を攫うか、だ。

 下手に実力があると襲いにくいし、あまり遠くにも行きたくない。革靴で歩くのは好きじゃない。

 

 なかなかいい人物が思い当たらない。うんうんと頭を悩ませて、必死に考える。しかし考えれば考えるほど誰も思い浮かばない。

 気づくと体が固くなっていた。これはいけない。目を閉じて大きく息を吸ったら、倍の時間をかけて息を吐く。体をリラックスさせて、自然体に戻す。

 

 すると、緊張がほぐれたのだろうか、朧げながらあるヒーローの顔が浮かんできた。

 ドレッドヘアーで色黒の、口の悪そうな顔が。

 

 

 

 

 

 

「という訳で貴方を攫ってきたんですよ」

「ハッ……そうかよクソヤロー」

 

 錠前ヒーロー『ロックロック』。イカつい見た目をしてるが所帯持ちだ。昨年にはお子さんも生まれたらしい。うーん、いいねぇ。幸福の絶頂って感じだ。

 

「質問にさえ答えて頂ければ、すぐに解放します。夕食は奥さんと息子さんと一緒に食べられますよ。約束します」

「そりゃ本当か? 嬉しいね」

「あ、信じてない。ほんとなのに」

 

 彼の気持ちもわかる。パトロール中に後頭部を殴られて、目が覚めたら知らない場所で知らない男に拘束されてたら、大抵の人間は命の危機を感じるはずだ。でも椅子に座らされて手足を縛られてるなんて、なかなか出来ない体験だと思うんだが。ちょっとワクワクしないか?

 

「あんまり楽しくなさそうですし、手早く済ませましょう。俺がロックロックさんに質問をするので、正直に答えてください」

「……」

「いきますよー。

 俺のヒーロー狩り活動を知っていますか?」

「……ああ。知ってる」

「光栄です。それはヒーロー界隈でどの程度有名ですか?」

「最近の事件ではかなり有名な方だ。ヴィラン連合やステインに次いで頭痛のタネだぜ」

「嬉しいな。後頭部を殴打されたロックロックさんにとっては文字通り頭痛のタネですね」

「うるせえ」

「ははっ。具体的に対応策が練られたり、対応組織が組まれたりしていますか?」

「対策本部を設けるかもしれないって噂は聞いた。それだけだ」

「対応がしょぼいですね。知り合いで俺の活動を警戒してる人とかいないんですか?」

「いねえよ。いても言わねえ」

「おー、ヒーローっぽい発言。なら、治安の悪化や類似犯の増加を感じますか?」

「確かに治安は悪化してきてる。けどそれはお前が原因じゃねえぜ。今はそもそも犯罪が増える時期だし、ヒーローに恨みもってる奴なんてごまんといる」

「そうですか。うーん……」

 

 自分の活動がここまで小規模にしか影響していないなんて。実際に聞くと結構悲しい。

 それに質問したいことがもうなくなってしまった。あとの時間をどうやって潰せばいいんだ。

 

「もう訊くことなくなっちゃったんですけど、逆に質問とかあります?」

「はあ? なんだよそれ。……まあ、なくはねえ」

「なんですかなんですか。言ってください」

「お前はなんでこんなことしてんだ?」

 

 こんなこと? 何のことだろう。質問するときは意味が明確に伝わるようにしてほしいもんだ。

 

「こんなこと、とは」

「ヒーローに喧嘩売って、罪のねえ一般人ボコって、何が目的だって訊いてんだ」

 

 なんだ、わかりやすく言えるじゃないか。最初からそうしてくれ。

 

「自己実現を通した社会貢献です。暴力を以って社会をあるべき形に戻す手伝いをしています」

「あるべき形?」

「人々を自然状態に戻すんですよ。万人の万人に対する闘争ってやつを取り戻すんです。老若男女が殺し合いです」

「ふざけんじゃねえ! 誰がそんなん望んだよ!?」

「少なくとも俺は望んでますよ」

 

 ロックロックが急激に怒りを露にした。俺の理想が叶って、家族が傷付くことでも想像したのだろうか。目は血走り、呼吸も荒い。

 

「話が通じるからって、期待した俺が馬鹿だった。お前はろくでなしの犯罪者だ。他人の痛みもわからねえお前は、永遠に孤独だ。薄暗い牢獄で一生を終えるといいさ」

 

 堰を切ったように罵倒が流れ出てくる。もう助からないと思って、できるだけ俺に心理的負荷をかけるつもりのようだ。

 

「頭に血が上ってるみたいですし、インタビューはこれでお仕舞いにします」

 

 ロックロックは項垂れて反応しない。もう俺と話すことはないと言わんばかりに地面を見つめている。

 俺はゆっくりと彼の後ろに移動すると、右手を彼の後頭部に添えた。彼の体が強張るのを感じる。

 

 俺は彼を不安にさせないように、なるべく穏やかな口調で語りかけた。

 

「それではロックロックさん、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 救急車のサイレンが聞こえる。勇気ある誰かが、道の真ん中で倒れていたヒーローのために119番通報をかけたのだろう。

 夕日とランプが重なっていた。赤とオレンジは似た色のはずなのに、溶け合うことはなかった。誰もそんなこと気にしていないようだった。

 遠巻きにできた人混みの中からロックロックが救急車に運び込まれるのを確認する。強めに昏倒させたから夕飯は食べられないかもな、なんてことを考える。

 

 彼が他人のことを考えられる奴で良かった。口だけ達者な身勝手さんだったら殺さなきゃいけなかった。

 

 問答の最後、彼は死ぬのが怖いのにもかかわらず俺に反論してきた。自分の身も顧みずに、命を賭して。

 すごいことだ。本心では家族や友人との別れを惜しんでいただろうに。

 自分以外の誰かや信念のために行動できる人間は好きだ。もっとそんな奴が増えたらいい。

 

 ――その為にも、頑張らないと。

 

 踵を返し、犇く摩天楼に向かって歩みを進める。人々の喧騒は遠ざかり、代わりに車と広告の喧騒が近づいてくる。

 やがて、俺の姿は行き交う人々の中に溶け込んでゆく。誰も俺に気付きはしない。

 

 光に照らされた瞳が煌めく。陽はまだ沈まない。

 

 

 

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