愛核者   作:Tyler Durden

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みにくいアヒルの子

 

 

 

 朝起きたら『ヒーロー殺し』ステインが捕まっていた。

 

 俄には信じられず、思わず二度寝を敢行した。

 

 

 

 

 

 

 再び目を覚ますと、ステインの思想が専門家によってわかりやすく解説されていた。

 

 今度はしっかりテレビの電源を切ってからブランケットにくるまった。

 

 

 

 

 

 

 三度目に起床した頃には昼過ぎだった。いい加減眠りに逃げることもできないので、嫌々ながら顔を洗いに行く。

 

 知らない人の家というのは、どうしてこう生活感を感じてしまうのだろう。少し埃の積もった寝室の隅を見て思った。

 俺は昨日の夜更けにこの家に入り込んだ。住人はおじさん一人だったので、縛り上げて使われていなかった一室に放り込んである。出て行くときに解放するつもりだ。

 

 俺は時々こうやって他人の住居に侵入しては、一夜の宿を借りている。大抵は風呂に入りたくなったときやニュースを見たいときだ。そんな下らないことでと思うかもしれないが、こう見えて俺は潔癖なのだ。

 何度もこんなことをしてると手慣れてくるもんで、初めて入った家なのに間取りや家具の位置がなんとなくわかるようになってきた。心の底から要らないと感じる能力だ。

 

 ほら、拙い足取りでも洗面所にすぐ着いた。おじさんのものであろう洗顔料を勝手に使って顔を洗う。おじさん使用済みタオルが掛けられていたが、普通に嫌だったので新しいタオルを出して顔を拭くと、リビングへ向かう。

 

 目指すは真っ先に冷蔵庫。中を見回すとジャムを見つけた。手にとって光に翳すと、宝石みたいで美味しそうだ。この時点で朝食はパンに決まった。

 そのまま食パンを見つけると、トースターに二枚差し込む。ジジジと音を立てるトースターを眺めながら、パンが焼けるのを待つ。

 

 出来上がったトーストを持ってテレビの前に移動する。焼いたトーストにジャムを塗りながら、ソファーに座ってテレビを点ける。

 

 案の定ステインという単語が聞こえてきた。わかっていたことではあるが、どこの番組もステインのことで持ちきりだ。

 

『……によると、ステインこと赤黒血染は、かつて私立高校のヒーロー科に在籍していたとの……』

 

『……まり彼の唱える“英雄回帰”って考えは、ヒーローという概念を職業としてのヒーローが成立する前のものに戻そうと……』

 

『……ていく中で我々は独自に、“ヒーロー殺し”の生い立ちについて調査を進めた。すると、思いもよらぬ……』

 

『……ぅわ〜! 見てください、このでっかいカニ! 身も引き締まっててプリップリ……』

 

 まったく、羨ましい限りだ。嫉妬とともに熱々のトーストに齧り付く。うん、美味しい。

 

 ステインは捕まりこそしたものの、羨ましいことに思想はメディアで幅広く紹介されている。つまり、彼の文化的遺伝子は多くの人間に共有されたということだ。そうしたら、次に何が起きるかは言わずもがな。

 

 彼の意志に共感して、彼の代わりに行動する奴が出てくる。彼の文化的遺伝子に“感染”した者たちは(ヴィラン)連合に与する。唯一ステインとの繋がりがあった組織だからだ。そして俺の活動はより影を薄くし、誰も気に留めなくなる。

 

 今回の件について考えるほど、全くもって自分が嫌になる。

 彼のように思想を広める努力はしているが、それが実を結んではいない。影響力も話題性も敵連合以下。一匹狼なくせに、行動が早いわけでもなく、むしろいつも出遅れている。

 ダメダメすぎて笑えてきた。ヴィランとしての俺は、生まれたての小山羊にも劣る存在だ。

 

 ひとりで広い空間にいると思考がネガティブになってきた。これはいけない。なんとかポジティブに考えなければ。

 

 彼の思想が報道通りなら、捕まったことはむしろ俺にとってプラスだったのでは。彼の目指すものは、結局のところ正しい社会。ヒーローという称号が、自己犠牲の果てに与えられること。理想の実現のために社会的に間違っている手段を採っただけで、目的までもが非難の対象になるものではない。俺とは違う。

 

 俺が目指すのは真の自由だ。超常黎明期の混沌。人類史に刻まれた黄金時代。彼我の垣根が失われ、全ての傍観者が等しく当事者になること。

 俺の目指す世界では無秩序は日常の一形態となり、人々にとって普遍のものになる。不条理を嘆く人間は淘汰される。そして世界が闘争で満ち溢れたとき――俺はようやくこの世界で息ができる。

 

 俺と彼とでは求めるものが違った。そう考えると心が軽くなった。

 彼に嫉妬する理由はわかっている。彼の思想が理解され、剰え共感されているのに、俺の理想が理解されていないのが悔しいのだ。

 

 俺にだって感情はある。悲しいときは泣くし、楽しいときは笑う。誰かを愛することもできる。

 ただ皆と同じ形じゃなかっただけ。もしかしたら、歪と言われた愛の形を型に閉じ込めてハートにできたかもしれない。握った拳を開いて、掌で頭を撫でられたかもしれない。みんなと手を取って笑い合う、そんな未来もあったかもしれない。

 

 でも、きっと俺は心の底から笑えない。

 

 誰に認められなくても、自分に正直に生きたい。

 俺が戦う理由はそれだけで十分だと思った。

 

 気がつくと、もう一枚のトーストはすっかり冷え切っていた。申し訳なさを感じるとともに、一口で丸めたトーストを頬張る。冷めていても美味しかった。

 遅めの朝ご飯も食べたことだし、ここらでお暇させてもらおう。そろそろ出て行かないと、おじさんが餓死しちゃうしな。

 

 

 

 

 

 

 日が落ちて行き交う人々が家路を急ぐ頃、俺は公園のベンチで空を見上げる活動に精を出していた。最近はリストラされたサラリーマンのような生活を送っている。ヒーロー狩りの頻度も減った。

 なんだか今日は星が綺麗だ。空気が澄んでるのかな?

 

 何をするでもなくぼんやりとするこの時間が好きだ。自分と周りの境界もぼんやりしてきて、この世界と一体になったような感覚が――

 

「あんたが古馬駁かい?」

 

 いきなり声をかけられた。目だけ動かして声の主の方を見ると、前歯が一本ない胡散臭いビジネスマンがいた。首元の腸みたいなマフラーが似合っていた。もうすぐ夏なのに。

 

「俺は義爛。裏社会でブローカーをやってる者だ」

「初めまして。古馬駁です」

「あんたにいい話をもってきた。聞くだけでも損はないぜ」

 

 星を見るので忙しいんだが。

 

「いいんですけど、今ちょっと星を見るので忙しいので、このままの体勢でいいですか?」

「フッ。変わってるな」

 

 そんなマフラー巻いてるセンスの奴に言われたくないんだが。

 

「隣いいか?」

「ご自由にどうぞ」

 

 ギランとかいういかにもな風態の男は俺の隣に腰掛けると、拳銃型のライターで煙草に火を点けた。深く吸い込むと、甘い匂いの紫煙を吐き出す。

 

「単刀直入に言おう。敵連合に入る気はないか?」

「敵連合って、あの?」

「ああ、あの敵連合だ」

 

 丁度劣等感を感じている組織からオファーが来た。嬉しいような、苛立つような、複雑な気分だ。

 

「いくつか質問してもいいですか?」

「いくらでも答えるよ。俺の知りうる範囲でな」

「まず、ギランってどんな漢字ですか?」

「義理の“義”に爛々の“爛”だよ」

「なぜ俺にオファーを?」

「組織拡大のためさ。敵連合をより強力な組織にするために、新戦力の確保を依頼された。闇雲に誘ってる訳じゃないぜ? ちゃんと厳選して上玉を選んでる」

 

 言外に「俺はお前を評価しているぞ」とでも言いたげな語り口だ。見た目に恥じぬ口達者だ。

 

「どうやって俺の居場所を特定したんですか?」

「そりゃ言えねえな。企業秘密ってやつさ」

「義爛さんは、いつもこうやって自分で取引に出向くんですか?」

「いつもではないよ。大切な取引のときはこうやって自分の目で確かめてる」

 

 さっきから妙に誉めてくるな。何が狙いだ?

 

 俺の胡乱を察知したのだろうか、「誤解しないでくれ」とでも言いたげに義爛は語り出す。

 

「俺ァ商売ってのは、相手の面見てやるもんだと思ってる。だからあんたの顔見たときビックリしたぜ。こんなイカれた野郎もいるんだなってよ」

「それ褒めてます?」

「もちろん褒めてるさ。あんたの凄いところはその闘争心! ライオンも裸足で逃げ出すってもんだ」

 

 ライオンは靴履かないだろ、という言葉が喉まで出かかったが、話の腰を折りたくないのでやめた。

 義爛は滔々と語り続ける。

 

「戦力としても申し分ないし、何より単純にあんたのことが気に入った。敵連合に入れば、もっと暴れられるぜ。

 どうだ? あんたにはもってこいの話だろ?」

 

 俺のことをしっかり分析している。これはかなり前から尾けられてたな。

 

「まあ無理強いはしないよ。スカウトを受けるかどうかは、あんた次第だ」

 

 散々褒めちぎった後は、試すような口振りで煽り立たせる。なるほど、根っからの商売人だ。

 

 さて、どうしようか。

 正直言って、拒む理由が一つもない。暴れられるし、寝床も得られるし、知名度もアップする。論理的に考えたら受ける以外の選択肢はないが……

 

 向こうが真剣に話してくれたので、こちらも真剣な態度で応えることにする。星を見るのをやめて、真っ直ぐ彼の目を見つめて答える。

 

「お断りします」

「……理由を聞いても?」

 

 自信ありげな顔に初めて動揺が見えた。ちょっぴり快感。

 

「俺は暴れん坊に見えますけど、誓って憎しみを糧に戦ったことはありません。敵連合の人たちは、ほとんど全員憎しみが原動力になってるように見えます。だからお断りします」

「何か不都合が? 利害は一致してるし、目的も大体同じだろ」

「そうなんですけど、憎しみで世界を変えることはできても、繋ぎ止めることはできないと思うんですよね」

「憎悪が原動力じゃあいけねえってか?」

「俺はそう思います」

「なら、あんたは何が原動力なんだ?」

「愛です」

 

 義爛はポカンとしていた。俺からそんな言葉が飛び出すなんてありえないといった感じだ。

 

「そんなに変なこと言いました?」

「い、いや、少々思ってたセリフと違ったもんだから……」

 

 は? 失礼な野郎だ。

 

「世界を繋ぎ止めるのはいつだって愛です。義爛さんもその内わかりますよ」

「そういうもんか?」

「そういうもんです」

 

 やや不服そうな義爛を見つめると、彼はバツの悪そうな顔をした。

 まるで「ご期待に添えず申し訳ない」とでも言いたげだった。

 

「あんた、思いの外まともなのかもな」

 

 俺はまともだよ。

 心の中でそう返す。口には出さない。

 

「ますます気に入ったよ。何かあったら連絡してくれ」

 

 義爛は名刺を差し出してきた。ありがたく受け取ると、丁寧にポケットにしまう。暇なときにイタズラ電話でも掛けてやろう。

 

「煙草吸うか?」

「吸いません」

 

 

 

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