オールマイトが死んだ。平和の象徴が、俺の憧れが死んでしまった。
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本当に、本当にいつも通りの日だったんだ。いつも通りヒーローをシバいて、逃げ込んだ先の街を練り歩く。そんな平凡な日を過ごしていたんだ。
ビルに内包されている家電量販店をブラついていたときに、ふと気付いた。何かがおかしいって。いつも俺がニュース見に行くときはテレビの前に人なんていなかったのに、今日は囲みができていたのだ。
理由はすぐにわかった。画面の中でオールマイトが戦っていたからだ。工業地帯みたいなマスクを付けたヴィランと。
どうせオールマイトが勝って終わりだろ、と思っていたのだが、そうはいかなかった。ゴツいマスクを付けたヴィランはオールマイトと互角の戦いを繰り広げた。
気が付いたら、オールマイトは骨と皮ばかりの姿になっていた。まともに戦える状態ではないことは瞭然だった。尊敬していたヒーローの衰え弱った姿に、俺の心臓は凍りついた。
それは他の奴らも同じだったと思う。誰もが彼の勝利を望みながらも、失意と絶望を隠せずにいた。
死に体のNo.1ヒーローと、それを圧倒するヴィラン。勝負の行方は明白で、これ以上見たくないと思うのに、体が少しも動かない。
憧れの人物が叩きのめされている光景に、俺は初めて絶望を抱いた。頭がグラグラして、地面に倒れ込みそうだった。
だが、彼は負けなかった!
右腕を囮にして、左でマスク野郎の顔面に一発。続けて、全てを振り絞るかのような右の一撃!
あまりの衝撃にヘリが飛ばされていた。あれほどの攻撃を顔面に喰らったら、どんなにタフなヴィランも立ってはいられない。
それはオールマイトも同じだった。受けた傷は深く、ぼろ切れのようになった彼は今にも倒れそうで、とても勝者には見えなかった。それでも、誰もが知っていた。彼が最強のヒーローであることを。
彼は拳を天高く掲げた。その手には、勝利と信念が握られていた。
俺は感動で打ち震えた。彼の不屈の精神に。そして何より、オールマイトという暴力の形に、心の底から尊敬の念を抱いた。
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神野の戦いから一夜明け、俺は絶賛鬱状態だった。中継を見た後は動く気力もなかったが、なんとか這いずるように外に出た。精神が回復するまで休もうと思い、そこら辺の地べたに座り込んでいたらそのまま夜が明けた。
憧れのヒーローの終焉。かなりキツい。
何をするでもなくテレビの前から動けなかった自分。これもキツい。
俺は一体、何ができるっていうんだ。ステインの時も、オールマイトの時も、ただ画面越しに見ていただけ。治安の乱れに乗じて大きな犯罪を犯すでもなく、一般人に混じってテレビを見るだけ。ヴィラン失格だ。
カス未満だよ、俺は。中途半端な存在ランキング一位で金メダルがもらえるよ。
なんだか、何もかもが嫌になってきてしまった。
もう、人里離れた山奥で自給自足の生活を送ろう。
今はとにかく現実逃避がしたい。
一刻も早く山籠りの準備をするため立ち上がろうとするが――
体がまるで動かない。電池の切れたおもちゃみたいに。俺を構成していた重要な“何か”が消え去ってしまったかのようだ。それが何なのか最早俺にはわからない。
仕方ないので諦めて目を瞑る。何も成し遂げられない無能は、このまま石にでもなってしまえばいい。
しかし、どうにも困ったもので、考えるのをやめるために目を閉じたはずなのになぜかオールマイトのことが脳裏に浮かぶ。苦しいはずなのに、彼のことを考えるのをやめられない……
ああ、オールマイト。
時代を創った超人。ヒーロー社会の番人。決して倒れぬ“平和の象徴”。
そして、俺の憧れ。
小さい頃、貴方の活躍を見たときからずっとファンでした。鍛え抜かれた肉体、繊細でいて豪胆な戦いぶり、折れることのない黄金の精神。どれもこれもが俺を魅了してやみませんでした。
ヒーロー狩りの最終目標は貴方でした。俺が戦い続ければ、いつか貴方と戦えるのではないかと思っていました。貴方との戦いは、これまでのどの戦いよりも素晴らしいものになると……そう期待して疑いませんでした。
なのに、どうして……
一筋の涙が頬を伝う。意図せず溢れた感情の発露に思わず驚いた。涙を流すのは久しぶりだ。
追慕するかのように彼の記憶を辿る。困惑、悲しみ、感謝、諦観、愛情。いろいろな感情が綯交ぜになって、自分でも何を考えているのかわからない。起きながら夢を見ているようだった。
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ハッと目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。俺は多くの人に囲まれていた。その全員が近くの大型ディスプレイを見上げている。隙間から見えた画面にはオールマイトが映っていた。
見た瞬間にわかった。これは引退表明。オールマイトの、ヒーローとして最後の活動。
状況を理解すると、一瞬で頭が冴えわたった。すぐさま立ち上がり、人だかりから抜け出す。ディスプレイの全面が見える位置に移動すると、彼の言葉を一言一句聞き逃さないように、全神経を集中させる。
『今日までみなさんを騙すような形になってしまい、誠に申し訳ありません』
謝らないでくれ。誰も貴方を責めちゃいない。貴方は、貴方は……
自分でも訳がわからないが、溢れ出る涙を止められない。感情の奔流が留まることなく押し寄せる。
引退表明は恙なく進行した。全ての人間が固唾を飲んで見守った。永遠とも思えるような一瞬とも思えるような時間が過ぎた。
最後に彼は粛々と、それでいて毅然とした態度で言った。
『“平和の象徴”は死にました』
その言葉を聞いた瞬間、オールマイトというヒーローの終わりを納得した自分がいた。それまで心のどこかで望んでいた、現役続行という微かな祈りは無と化した。
彼は俺にとっての希望だった。彼なら俺を、一人の人間として扱ってくれるのではないかと思っていた。彼は俺より強かったから。そんな淡い希望を抱いていた。けれど、彼がヒーローでなくなった今、そんな希望は泡と消えた。
しかし、俺はいつになく爽快な気分だった。絶望しすぎて頭がおかしくなったのだろうか。今なら何でもできる気がした。
そこで俺はようやく気付いた。
――失うものなんて何もないじゃないか!
そう。全ての希望を失った果てに、俺は自由を得た。
希望は期待とも言える。そして希望や期待ってのは大抵現実的じゃないし、際限が無い。
たった一枚の宝くじで一等が当たりますように、なんて期待は現実的じゃない。それと同じで、俺に理解者が現れるのも現実的じゃない。期待は現実を見えなくする。
もし現れたとしても、それで終わるはずがない。理解者を得たら今度は共感者を求める。どんどんと欲望は膨れ上がる。初めの目標はどこへやら。更新され続ける目標は永久に遠ざかり、到達することは決してない。
俺は今までずっと怖かった。俺は誰にも認められることなく、愛されることなく死ぬのではないかと。
今も怖い。でも、それでいいんだ。他人を満たすことより、自分を優先すること、自分らしく生きることが大事なんだ。
主観は客観に優越する。他人の価値観も大事だが、自分の価値観はもっと大事だ。どれだけ優れた人間だろうと、そいつは俺にはなれないし、俺もそいつにはなれない。
俺の幸福を叶えられるのは俺だけなんだ。
オールマイトは最後まで信念を貫き通した。
俺もそうありたい。誰に認められずとも、彼のように信念を曲げずにこの世界に立ち向かいたい。
愛を得て、野性を失って。失望を得て、退屈を失って。力を得て、愛を失って。
多くのものを得て、多くのものを失ってきた。
失い続けて、最後に得たものは自由だった。
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「もしもし。古馬です」
『おお、あんたか。何か用かい?』
「手伝ってほしいことがある。金は出すよ」
『ハハッ。いいぜ。お気に召すまま、ってな』
「爆弾を二四個と自由に動ける人員を二四人用意してほしい。爆弾の方は、最低でもビルを解体できるくらいの威力がいる」
『用意はできるが……少し時間が掛かる。にしても物騒だな。何をする気だ?』
「第三次世界大戦だ」
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必要なことは全て伝えた。
公衆電話を切り、電話ボックスを後にする。
後戻りのできない一歩を踏み出した。だというのに非常に気分がいい。こんなに機嫌がいいのは生まれて初めてだ。同時に、こんな気持ちは二度と味わえないだろうな、とも思う。
最初で最後の絶好調。命ある限り進み続けなくては。やり残すことがないように。悔いることのないように。たとえ茨の道に身を裂かれようとも、歩みの先に石と棍棒で戦う未来が待っていたとしても。俺は、絶対に妥協しない。
心臓が8ビートを刻む。まだ足りない。狂ったように加速を続ける。莫大なエネルギーが生まれ、血潮に乗って体内を駆け巡る。
東の地平線が赤らむ。藍と橙の混じった空には、目映い太陽が昇ろうとしている。
光に向かって手を伸ばす。拳を握って昇りくる太陽を捕まえる。しかし、指を開くとそこには何もない。太陽は変わらず天に浮かんでいる。やはり、どれだけ望んでも無理なものは無理という訳だ。
俺は原子炉。生きているだけで放射線を撒き散らす。そういう風に生まれてきた。生まれもったサガは変えられない。できるのは生き様を選ぶことだけ。
だったらやることは簡単だ。
愛と暴力で世界に臨む。それこそがこの世界で生きる唯一の方法。どれほど険しい旅路だろうと、過熱する心は限界を知らない。
そして、熱は極限に達した。
もうすぐ炉心溶融が起きる。誰にも止めることはできない。