準備万端。まさしく今の状況を表す言葉だ。
現在、俺はヒーロービルボードチャートJP下半期の会場に来ている。もちろん正規の手順は踏んでいない。バレないように裏口から警備員を倒して入った。隠れながら移動し、時に目撃者を昏倒させながらここまで来た。
いま俺が立っているのは舞台袖。ここからは多くのメディアとヒーローが見えた。今は見えないがトップ10ヒーローも来ている。
オールマイトが引退したというのに、この国の主戦力たちが雁首揃えてこんなところにいていいのかと思った。ヒーロー本人が登壇するのは今回が初というから、柱を失った今だからこそ、という考えもあるのだろう。それでも愚策だと思うが。
これから起きることは、ヒーロー狩りやインタビューの最終形態といっていいだろう。そして、その構造は単純明快。
演説と闘争。俺の思想をこの場を借りて表明し、直接的手段を以て実現させるのだ。
テレビ、ネット配信、ラジオ。多くの媒体で放送されるビルボードチャートは、不特定多数に影響を与えるのには打ってつけだ。
なぜこんなことをするのか。なぜこの時、この場所でなくてはならないのか。それはすぐにわかる。
どうやらヒーローたちの登場までまだ時間があるようだ。身嗜みでも整えて時間を潰すことにする。
まずは服装のチェック。義爛のツテで仕立ててもらった新品の真っ黒なスーツを纏い、茶色の革靴は宝石みたいにピカピカ。シャツのボタンは一番上だけ外してあり、もちろんネクタイはしていない。ポケットチーフはシルクのものを選んだ。上着に埃も付いていない。
頬や顎の肉を引っ張って小顔マッサージ。あとは髪を手櫛で梳く。いつも通りのサラサラヘアー。
うん、いいね。完璧。
身なりのチェックを終えると、腕組みをして壁に寄りかかる。他にやることもないので会場に集まった人々を見渡す。
誰も彼もクリスマス前の子供みたいな顔をしていた。夢と希望に溢れてる。道は常に開けていると思っている。泡沫の平和を心から享受していた。
彼らは平和がなくなったらどうするのだろうか。俺のように戦いに身を投じるのだろうか。
いや、きっとそうはならない。生物本来の目的は生存だ。闘争はあくまで生存のための手段であって、避けられるなら避けるべきものなのだ。
故に俺と彼らが交わることは決してない。彼らの悲鳴が賞賛や喝采に変わるのは、この世界が荒廃と掠奪で覆われたときだけ。もっといえば、それも時代と俺の価値観がたまたま合ったってだけ。
まあ、別にそれでもいい。常識や価値観なんてのは時代によって変わるものだ。
問題は、俺が“今”そんな時代にいないってこと。それが一番の問題だ。
いつかそんな時代が来るって? 陳腐な慰めは要らない。その“いつか”っていつなんだ? 俺が生きているうちに来るのか? 俺は“今”必要としているのに?
誰にも未来はわからない。だからこそ“今”努力して準備する。
思い描いた“いつか”は永遠に来ないのさ。
取り留めもないことを考えていたら、反対側の舞台袖からヒーローたちが登場し始めた。
よし、最終確認だ。
意気込みは充分。やや緊張。視界良好。頭も冴えてる。
最後に頬を叩き、気合を入れる。
――行こう。
舞台袖から壇上に向かって歩みを進める。暗く冷たい路地裏から、スポットライトに照らされた眩しい表舞台へ。浴びたことのない明るさの光に眩暈がする。
ヒーローたちにゆっくりと近付くと、なるべく不信感を抱かれぬよう優しい声で話しかける。
「いやあ、間に合って良かった」
声を上げるのと同時にホークスの剛翼が俺を拘束した。幾多の羽が俺を床に押さえつけ、強制的にうつ伏せにさせられる。
他のヒーローたちも俺の存在に気付いていたようで、一斉に警戒態勢に入った。俺が無力化されたか確認すると、すぐさま周囲に脅威がないか検めている。
観客がざわつき始めた。そりゃそうだ。
こんなチンケな羽、無理矢理払い除けることもできるが、そんなことはしない。今はまだ戦う時間じゃない。まずは交渉をする。
こういうときはどうしようか。ひとまず、俺は話が通じる奴だという印象を与えよう。
「ひどいなぁ。声かけただけじゃん」
「あんた、ニュークってヴィランだよな? どうやってここまで近付いた? 他に仲間は?」
「ひとりだよ。忍び込んだだけだ。それより拘束を解いてくれ、暴れたりしないから。寝るときも仰向けで寝るんだよ俺?」
「怪しい奴相手に手心は加えられない」
「頼むよ。……平和ボケしてる? 俺がこんなところに顔出した意味わからない?」
ホークスは仏頂面のまま拘束を解いた。速すぎる男は話も早くて助かる。
というか俺のヴィラン名ちゃんと認識されてるのか。ワイルド・ワイルド・プシーキャッツの面々が伝えてくれたのかな?
なんにせよありがたいね。いつまでも本名じゃ格好がつかない。
「ホークス! なぜ拘束を解いた!?」
「シンリンカムイ。既にこいつは何か仕掛けてある。尋問で口を割るタイプにも見えない。交渉ができるならそっちの方がいい」
立ち上がって九人のヒーローたちをひとりずつ見つめる。
リューキュウ。ヨロイムシャ。ウォッシュ。シンリンカムイ。クラスト。ミルコ。エッジショット。ホークス。そしてエンデヴァー。
みんないい眼をしているが、オールマイトほどの輝きを放ってはいない。残念だ。
「八大都市圏に三ヶ所ずつ爆弾を仕掛けた。何もしなければ1時間後に爆発する」
ヒーローたちの目が見開かれる。
傑作! エンデヴァーの顔は特に面白い。どことなく味がある。
「もちろんジョークじゃない」
ポケットに手を突っ込んで、中のスイッチを押す。バン、と遠くで小さな爆発音が響いた。
何人かの観客が不安がり、次々と動揺が伝播してゆく。
「今爆破したのは空き家だけど、残りの二四ヶ所は全部人のいるところだ。爆破すれば結構な人死にが出る」
九人の顔が一気に真剣みを帯びる。
「要求は何だ?」
「ホークス……ほんと話が早くて助かるよ」
「御託はいい。さっさと言え」
「俺に演説をさせてくれ。中継はそのままで、だ。そしたら爆弾の設置場所は全て教える」
「フン。典型的なテロリズムだな。貴様が真実を語る保証がどこにある」
面白い顔したエンデヴァーが横やりを入れてきた。彼の言い分も尤もだ。
「単なる破壊が目的なら黙って爆破すればいい。なのに、わざわざこんなところに挨拶しに来たんだぜ? しかも来るまでに誰も殺してない。多少は理性があるってことだ。交渉の余地もあると思わないか?」
「……」
「それに、どちらにせよ要求を飲んだ方があんたらも楽だろ。救える手段があったのにそれを放棄したとなりゃあ、世間は黙ってない」
「ある程度の情報統制は敷く」
「メディアに要求の内容を送ってある。明日には届くな。だからそれも無駄」
「貴様……」
「後手に回った時点であんたらの負けだ」
エンデヴァーが悔しそうに歯噛みする。なぜこの男はこんなにいい表情をするのか。
「わかった。あんたの要求を呑もう。ただし条件がある」
「なに?」
「第一に、1分に一回、一都市の設置場所を全て話すこと。1秒でも越えたら拘束する。第二に、観客に被害を与えないこと。第三に、その演説とやらが終わったら抵抗せず即座に投降すること」
「いいよ。約束する」
ホークスが条件を提示してきた。守るつもりもないので快諾する。
ホークス……いつもはヘラヘラしているが、やるときはやる男だ。俺の中でホークス株は右肩上がりだ。
「些か従順すぎるな。とても信用できん」
「エッジショット、空気読みなよ。約束は守る。オールマイトに誓って」
エッジショットの目を射抜くかのように見つめる。そのまま視線を逸らさずにいると、彼は不服そうに目を瞑った。
俺は嘘に後ろめたさを感じない。故に、目の奥の疚しさで真偽を判断する奴に俺の嘘は見抜けない。
「他に異議のある奴は?」
全員が胡乱げな顔をしているが、ひとりも反対する者はいなかった。あのミルコですらだ。血気盛んなだけかと思っていたが、正しく状況を読む冷静さも兼ね備えていたようだ。さすがにプロだ。
「それじゃあ……交渉成立ってコトで」
「条件を忘れるな」
「わかってるって」
「心配すんなホークス。そんときは私がぶっとばす!」
「はいはい」
うるさい奴らを無視して怯えきったインタビュアーからマイクを受け取る。一応お礼は言ったが、あの様子じゃ聞こえてないな。
深呼吸。大きく息を吸って、倍以上の時間をかけて吐き出す。それを3セット繰り返す。
長い演説になる。準備は過剰なくらいがちょうどいい。
「んんっ。あー、あー」
喉の調子を確認する。マイクから音が出た瞬間、先程まで会場を満たしていたざわめきが一瞬で凪いだ。大勢の人間の意識が注がれているのを感じる。
壇上から観客を見下ろす。全員が俺の言葉を待っていた。少し緊張する。大したことをするわけじゃないが。
ただ、俺の考えを全てを伝えるだけ。
「みなさん初めまして。古馬駁です。ヴィラン名はニュークと申します。みなさんにはヒーロー狩りと言った方がわかりやすいかもしれないな」
「今から10分程お時間を頂く。ヒーローたちの式辞を期待してた人たちには申し訳ない。でも、座りっぱなしでつまんない話聞いてエンデヴァーの顔見てるより全然いいだろ? エンデヴァーも、立ち仕事は腰痛めるよ」
「さて……まずは言わせてくれ。
この――豚どもが!!!」
「物質主義に毒された豚どもが……。高級品とブヨブヨの脂肪に包まれて満足したつもりか? 呆れるほどおめでたい奴らだ。
だが心配するな。俺が愛すべき闘争を取り戻してやる。人々の拳に力と権威を甦らせてやる!
全ての人間が闘争を至上の解決手段とする。俺たちは超常黎明期の混沌を、人類史に刻まれた黄金時代を取り戻す!
傍観者は当事者となり、彼我の垣根は失われる。無秩序は日常の一形態となり、人々にとって普遍のものになる!
そして世界が不条理で満ち溢れたとき――俺たちはようやく自由になる」
「火事と喧嘩は江戸の華。東京都台東区浅草○―○○―○、○―○―○、○―○―○」
「改めてよく考えろ。お前らは現状に満足しているか?
毎日同じことの繰り返し。代替品にもなれず。欠けた心をモノで補う。
いいか。お前たちの人生はお前たちだけのものだ。どれだけ人間が増えようともな」
「だが、今では誰かのコピー&ペーストそのもの。不満すらもてず、いつしか考えることもしなくなる。それがお前たちの本当の望みか?」
「違う。そんな人生は決して望んでいない。俺たちは全員がそれぞれの人生の主人公。山あり谷ありでも、最後はハッピーエンドを望んでる」
「正直になれ。そして、自分だけの人生を生きろ。何を犠牲にしてもいい。お前たちは自由だ」
「『試される大地』は北海道庁が作ったキャッチコピー。北海道札幌市中央区円山西町○―○○―○、○―○―○、○―○○―○」
「思うに、狭い世界にモノが増えすぎたのだ。小さな密室にぎゅうぎゅうに押し込まれ窒息寸前。
俺たちの生きる世界は大量生産・大量消費社会の成れの果てだ。ずうっと昔に造られて、そもそもの構造にガタが来てる。価値を産み続けなければ死んでしまうから、無駄な生成を繰り返す。不必要な売買を続けるため、実態のない記号に価値を与える。
下らない経済活動を支えるための歯車。それが既得権益どもの謳う人生の正体だ」
「そんな奴らの言うことを信じるな。本当に辛いときに奴らは助けてくれない。自分の力を信じろ」
「神に縋っても無駄だ。神は祈りに応えない。だから代わりに拳に祈れ。神はいつでも黙するが、拳が語らぬことはない」
「エビフライは名古屋発祥じゃない。愛知県名古屋市熱田区青池町○―○○―○、○―○○―○、○―○○―○」
「はぁ……お前たちはヒーローに頼りすぎている。でもヒーローを相互監視させる機能やまともな調査機関は存在しない。だったら、誰が見張りを見張るんだ?」
「ヒーローだからって全てが正しいわけじゃない。正義と悪の基準は常に曖昧だ」
「だのに、お前らは善と悪の二項対立でしか物事を捉えていない。捉えようともしない。
それは盲信から生まれた疫病だ。自分を取り巻く世界に何の疑問も抱かず育ったお前らは、箱の中の猫を失ったことにすら気付いていない」
「そもそもヒーローの定義は何だ? 腕っぷしが強ければヒーローか? 正義の心を持っていればヒーローか?
違うだろ。ヒーローっていうのは、自らの意思で世界を良くしようと戦う者たちのことを言うんだ」
「月にも届く山がある。静岡県静岡市葵区北安東○―○○―○、○―○―○、○―○○―○」
「キリストもヒトラーも。ブッダもスターリンも。ムハンマドもポルポトも。理想のために戦う者は須くヒーローだ。年齢も、性別も、人種も、国境も関係ない。
もちろん、俺もお前も」
「時には間違えることもあるだろう。それでいい。悩める自分を愛せ。そうすることで他人を愛せるようになる。他人に愛されるようになる」
「誰かを憎むこともあるだろう。そんな自分を許せ。憎むことをやめなくてもいい。その感情はお前だけのものだ」
「わかったか? 欺瞞と妥協に塗れた世界との戦い方が」
「ここからは応用編。自身の存在意義を賭けた抵抗……その実体的手段が――暴力だ」
「防人たちの遠の朝廷。福岡県福岡市博多区博多駅南○―○―○、○―○―○、○―○―○」
「暴力は人を平等にする。奴隷と皇帝が、盗人と教皇が、物乞いと富豪が。社会的な権力は唾棄され、純粋な力による優劣だけが残る。不純物のない、完全で完璧な勝敗が生み出される。それは黄金よりも高貴で、ダイヤモンドよりも硬く、どんな法よりも公平だ」
「暴力はいけないって? 聞き飽きたよ。もっといいフレーズを考えてくれ」
「形を変えただけで、全てに暴力は宿っている。原始の海でアノマロカリスが泳いでた頃から何も変わらない」
「限られた席を奪い合う就職。学校という閉鎖空間で行われるいじめ。食うために産ませる畜産。暴力と何が違う?」
「暴力が間接的になったことで、人々は流される血に鈍感になった。他人の痛みがわからなくなった。他人の気持ちを察せなくなった」
「平穏を望む殺人鬼が住んでいる。宮城県仙台市青葉区花京院○―○○―○、○―○○―○、○―○―○」
「それは暴力が無くなったからだ。暴力は決して野蛮なだけのものではない。物言わぬコミュニケーションだ。愛を育むための土壌ですらある」
「断言できる。暴力なき世界に愛は無い」
「愛を知れ。その愛を暴力で守れ。世界は愛と暴力で一つになる」
「核の痛みを知る場所。広島県広島市中区大手町○―○○、○―○○、○○―○」
「以上だ。最後に一言」
「自分の人生を生きろ」
会場に静寂が訪れる。俺の演説は終わった。
謎の達成感に包まれる。言いたいことを言ってスッキリした。
気付けば手に持ったマイクには罅が入っていた。意図せず握りしめていたようだ。
「大した演説だったな」
エンデヴァーが皮肉を言いながら近づいて来た。案外本気かも。なんて。
「俺の演説に感動したか?」
「演説は終わった。投降しろ」
シンリンカムイとミルコが俺の後ろに回り込む。有無を言わさず取り押さえる、ってわけではないようだが、これ以上の勝手は許さないって感じだ。
だけど……こいつらには悪いが、まだまだ満足しちゃいない。
「そう言わずに。これで終わりじゃお前らも退屈だろ?」
「大人しく捕まれ。多少は減刑の余地が……」
エンデヴァー。聞き飽きたよ。もううんざりなんだ。
“個性”によって生み出されたエネルギーが体中を迸る。
ヒーローたちはそれを臨戦態勢と受け取ったようだ。先程までの甘さはなくなり、全員が少しづつ、慎重に距離を詰めてくる。
そうそう。これを待ってたんだよ。
いっぱい話してわかり合おう。おてて繋いでめでたしめでたし。そんなんで白黒つくわけないよな。
ここからが本番。だが負ける気はない。相手が誰であろうと。
ようやく面白くなってきたんだ。こんなところじゃ終われない。