愛核者   作:Tyler Durden

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棍棒での決闘

 

 

 

 戦いの始まりだ。

 相手は九人のヒーロー。この国の頂点たち。心躍る。

 

 前に七人、後ろにミルコとシンリンカムイ。なかなか距離を詰めてこない。前の七人は俺を囲むように半円状の隊列をつくっている。左からリューキュウ、ヨロイムシャ、クラスト、ウォッシュ、ホークス、エンデヴァー。

 前の七人はジリジリと間合いを潰して来るが、後ろは動く気配がない。わざわざ近距離で戦おうとしてくるのは、流れ弾が聴衆に行かないようにか? 下らない。

 

 冷静にいく。まずは情報の整理と観察。

 俺の“個性”は割れてる。観客は人質に使えるが、せっかくの機会にそんな不粋なことはしたくない。巻き込むことに抵抗はないが。向こうもこっちも様子見。大人数での連携は難しいはず。真正面から戦ったら負けないにしても苦戦する。

 二度とない祭りだ。思う存分楽しんでいこう。泥くさく足掻き、時に優雅に舞う。初手は理合いを以って整然と攻める。

 

 対複数戦の基本は、全員を一度に相手しないこと、一人を速攻で叩き潰すこと。

 

 言葉で仕掛けて<先>を取る。

 

「観客を避難させなくていいのか?」

 

 答える者はいない。警戒されている。

 ヒーローが周囲の被害を考えていない訳がない。もう一度試みる。

 

「俺に勝っても死人が出たら意味がない」

「……その前におぬしを」

 

 掛かった。

 何の構えもしていない状態から“個性”でふっ飛び、ヨロイムシャの喉元に右肘を打ち込む。縮地の要領で予備動作を消すことで奇襲を成功させやすくした。

 気管と頚椎に相当の衝撃を伝えた。これで一人。

 

 観客から悲鳴が上がった。それと同時に左右にいたリューキュウ、クラストが攻めてくる。クラストは“個性”の盾を左腕に展開しているが、リューキュウは変身せずに向かってきた。

 わかるよ。隊列を組んだから変身できなかったんだろ。自分ひとりの力より周りとの協力を選んだ。その配慮が命取りだ。

 

 喉を押さえて崩れ落ちるヨロイムシャを横目に、右のクラストに背を向け、自らリューキュウに近づいて一騎討ちに持ち込む。

 掛けられる時間は長くない。一瞬で決める。

 

 リューキュウの間合いに入る。

 手を出してこない。守りに回るつもりか。そりゃそうだ。少しの時間さえ稼げば有利になるんだからな。

 

 なら遠慮なくいかせてもらう。

 顔面に右フック。もちろん“個性”で強化してある。

 されど向こうもプロ。スウェーで躱される。いい反応だ。だが当たらずとも問題はない。本命はフックと同時に放った右のハイキックだ。

 後ろに下がった頭部に蹴りがブチ当たる。当たった瞬間に足の甲からエネルギーを放出。リューキュウの頭部に1tほどの衝撃を送り、無理矢理脳震盪を起こす。これで二人。

 

 反作用で俺の脚もぶっ飛ぶ。転んで隙をつくりたくない。バレリーナのように左脚を軸にその場で回転し運動を殺す。回転しながらクラストが追って来るのがわかる。

 

 シンリンカムイがウルシ鎖牢を放ってくる。他の奴らも軒並み詰めて来ている。それでも活路はある。

 

 右脚を地面に踏み下ろし回転を止めると、体の背面からエネルギーを放出する。狙いはクラスト。

 クラストは急加速した俺にも反応した。左腕の盾を構え、腰を屈めて受け止める体勢に入った。さあ、“個性”の強さ比べだ。

 

 拳と盾が衝突する。俺の拳は盾を貫き、勢いのまま前に突っ込む。拳は止まらず、驚きで見開かれたクラストの顔面を殴り抜ける。

 

 これで前に道ができた。吹っ飛んだクラストを追いかけるように前進する。跳んできたミルコとウルシ鎖牢も避けられた。

 

 距離が空いたことで暫しの猶予ができた。ヒーローたちの攻撃がやむ。無闇に攻撃はしてこないみたいだ。

 互いが再び<見>に回った。

 

 ふと、場内が騒がしいことに気付く。聴衆たちが混乱状態に陥っていた。怒鳴る者、いち早く逃げ出そうとする紳士、混乱を鎮めようとするヒーロー、呆然としている子供……いろいろいる。これだけ暴れてれば当たり前か。

 

 なるほど、通りで攻撃が緩いはずだ。周囲に意識を割いていたら全力は出しにくい。

 

 彼らに申し訳なく思い、ひとつ提案をしてみる。

 

「人が多いと気が散るだろ」

 

 今度こそ答える者はいない。ちゃんと経験から学ぶ奴らだ。

 

「ちょっとだけなら待ってもいい。その間に避難誘導なり何なりしてこいよ」

 

 数人の目が揺らぐ。虚勢を張ってはいても、観客を避難させたいという本心は見てとれた。

 

 疑われているときはこっちから誠意を見せてやろう。ゆっくりと背を向けて歩き、ヒーローたちから遠ざかる。十分な距離を取ると、元の方向に向き直す。

 

「これでどうだ?」

 

 六人に動きはない。

 俺としてはどちらでもいい。別に観客ごと戦ってもいいしな。提案を受け入れるかどうかはこいつら次第だ。

 

「……ウォッシュ。現場にいるヒーローと避難誘導を頼む」

 

 エンデヴァーが口火を切った。No.1ヒーローとしての自負が現れていた。責任感のある奴は嫌いじゃない。

 

「ホークスは怪我人を運んでくれ。残った者でコイツの相手だ」

 

 ふたりは何も言わずに任務に着いた。新しいNo.1への信頼はバッチリだな。

 人選もいい。相変わらず視野の広い男だ。

 

「さすがだエンデヴァー。No.1は伊達じゃない」

 

 動き出したふたりを尻目に、残った四人は動く気配がない。けれど、しかと臨戦態勢は保っている。

 剛翼でヨロイムシャたちが運ばれていく。ホークスも仕事のできる男だ。

 

 

 

「お喋りいいか?」

 

 ただ待つのはあまりにも暇なので、エンデヴァーに談笑を持ちかける。他のヒーローも彼の出方を窺っている。

 

 エンデヴァーは少しの間沈黙を続けた。その後、強い意思の宿った瞳で俺を見つめて、

 

「貴様の“個性”はオールマイトと同じものか?」

 

 突拍子のない質問に面食らう。エンデヴァーは至って真面目な顔をしていた。あまりのおかしさに声を出して失笑してしまう。

 まずいと思うが、笑いが止まらない。エッジショットたちは怪訝そうな表情を浮かべている。その間もエンデヴァーの眉はピクリとも動ない。それが一層笑いを誘う。

 

 大方、俺が工業地帯マスクのヴィランに“個性”を与えてもらったとでも思ったのだろう。こんなときに情報収集か。生真面目すぎる。

 

「ふははははっ……違う違う。俺の“個性”は生まれつきだよ。心臓の収縮と同時にエネルギーを生成する“個性”だ。最大瞬間放出量と容量に際限がないだけ」

 

 勘違いとはいえ、オールマイトに姿を重ねられるのは悪い気分じゃない。図らずも上機嫌になってしまう。

 

「なら、その肉体の強さはどこから来る。鍛えただけで身につくものではあるまい」

 

 機嫌のいい俺の舌はペラペラと回る。

 

「“個性”の賜物だろうな。特に鍛えたりはしていないから。たぶん、体内を廻るエネルギーの影響でこうなった。便利なもんだろ?」

 

 筋肉に力を込めて隆起させる。俺の体重は180kgを超えているが、エンデヴァーよりも輪郭は小さい。

 

「メリットだけじゃないけどな。俺は食事も“個性”もクリーン志向だから、必要摂取カロリー・蛋白質量共に馬鹿にならない。毎回の食事が一大事だ」

 

 だから俺の食事にジャンクフードは少ないし、俺の“個性”に熱と放射能はない。

 

「“個性(ソフト)”が肉体(ハード)を進化させた。俺は“個性特異点”の申し子なのさ」

 

 エンデヴァーは目を眇めた。他の奴らも眉をひそめている。

 

「お前らだってそうだろ? 発火能力に変形する体、兎人間に動く樹木。ただのヒトだった頃の名残なんて無に等しい」

 

 場内の人数が減ってきていた。避難が着実に進んでいる証拠だ。お喋りの時間はそろそろおしまいになる。

 

「エッジショット。ミルコ。シンリンカムイ。最後に聞いておきたいことはあるか? なんでも答えるぞ」

 

 黙ってる奴らにも発破を掛けてやる。

 

「俺からもひとつ問おう」

 

 エッジショットが先陣を切った。彼は俺に借りがある。

 

「最早お前の言葉を信じはしない。だが……」

 

 悔しそうな声音で彼は尋ねる。

 

「あの時、どうやって嘘を見抜かせなかった?」

「俺に疾しいことは何もなかった。だから見つめられても臆さなかった。嘘を見破りたいなら会話をしろ。長く続けて、得た情報を擦り合わせればそのうち矛盾が見つかる」

 

 エッジショットは押し黙った。もう聞きたいことはなさそうだ。

 

「ミルコ。お前は?」

「ねえ! お喋りなら牢屋で壁にしてやりな!」

 

 ミルコもなし、と。

 

「お前はありそうだな」

「……」

 

 ミルコの隣に目をやると、複雑な表情をしたシンリンカムイがいた。聞きたいが聞けない、といった感じの態度を匂わせている。

 

「聞くも聞かぬもお前の自由だ。好きにしろ」

「……」

 

 シンリンカムイは躊躇いながら質問を口にする。

 

「……異形の“個性”は、社会に受け入れられると思うか?」

「ああ。時間は掛かると思うが」

「なぜそう思う?」

「見た目は違えど中身は一緒だから」

 

 外見の差異は大したことじゃない。人間に情がある限り、異形に人権が認められないなんてことはありえない。

 もちろん多少の差別は残る。異形を人間と認めない奴も。しかし、それはそういうものだ。全ての人間とわかり合うことはできない。

 

「心配しなくても、お前らはちゃんと血の通った人間だよ」

 

 俺とは違ってな。

 

「そうか……」

 

 シンリンカムイは自分を宥めるように呟いた。

 

 あれほどうるさかった会場は今や静まり返っていた。しんとした静寂の中で、俺たちだけが光を浴びていた。

 

 守るべき人々はいなくなった。ヒーローたちはこれで心おきなく戦える。交わす言葉はもうない。

 

 

 

 リラックスした状態からゆるりと動き出す。右足で一歩踏み出すよりも前にエンデヴァーの炎が飛んでくる。

 

 避けずに真正面から炎を浴びる。まあまあ熱い。そんなことはおくびにも出さず直進する。

 

 二撃目が来る。これも体で受け止める。一度目より火力を上げたようでかなり熱い。スーツは既にボロボロだ。

 

 三回目の豪炎。皮膚が爛れて、溶けて落ちる。痛みを感じる。息もできず苦しいというのに、なぜか楽しいと思う。どうしても俺は暴力が好きなのだ。

 

 ――これが俺の愛だ。

 

 炎を喰らいながら“個性”を発動する。俺を中心に爆発が起こる。炎を掻き消し、ヒーローたちを巻き込み、衝撃が広がってゆく。会場は力の奔流に耐えきれず――辺り一面が崩壊に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 見渡す限りは瓦礫の山。その爆心地に俺は立っていた。

 

 ヒーローたちは見えない。爆発で御陀仏したのだろうか。案外あっさりとした幕引きに幾許かの物足りなさを感じる。

 

 突如、後ろの瓦礫から誰かが飛び出してきた。繰り出された踵落としを振り向きつつ左腕で受け止める。

 強襲者と目線が合う。そこにいたのはミルコだった。

 

 防御した腕でそのまま足首を掴み、地面に何度も叩きつける。少しづつ抵抗する力がなくなってきた。トドメに思い切り打ちつけてやる。

 

 大人しくなったミルコを見遣る。ミルコは虫の息だった。あちこちに擦り傷や切り傷がある。既に指一本動かないようで、力無く空を見上げている。

 

「一人だけか? 兎は寂しいと死んじゃうのに」

「はッ……うる、せえ……」

 

 頭に手を翳し衝撃を与えて再起不能にする。他の奴らは出てこない。本当にこれで終わりのようだ。

 

 

 

 大きく息を吐いた。清涼感が胸を満たす。同時に、終わってしまったという寂寥感も去来する。

 

 これで終了。後片付けは任せて、一足先に帰らせてもらうとしよう。

 

 ひとっ飛びでこの場を去ろうとしたその瞬間、遠くの瓦礫が動いた。瓦礫が盛り上がり、その下から現れたのは――エンデヴァーだった。

 

 俺は感動した。涙が出てきて視界がボヤけるほど感動した。

 ああ、エンデヴァー! どうしてお前はこうも期待を裏切らないんだ!

 

 居ても立っても居られず、埃まみれのエンデヴァーに駆け寄る。

 

「おーい! エンデヴァー!」

「がっ……ふっ……ふっ……」

「あんたやっぱ凄いよ! タフって言葉じゃ言い表せない! そこら中骨折してるだろうし、内臓もボドボドなはずなのに……気力だけで立ってる! あんたこそ真のヒーローだ!」

 

 エンデヴァーの息は荒く、目の焦点も合わない。精神が肉体を突き動かしていた。

 

 ミルコもなかなかのものだが、あれは“個性”あっての耐久力。この人は鍛えた肉体と精神だけで立ち上がったのだ。

 本当に、本当にすごい人だ。彼の不屈の精神に心からの尊敬の念を覚えた。

 

 俺は敬意を込めてアッパーをかました。拳は顎を捉えて、195cmの巨体が宙に浮く。冬の青空に骨と骨のぶつかる音が響いた。

 

 

 

 No.1ヒーローは倒れ、他に立ち上がる者もいない。今度こそ全ての決着が着いた。

 

 おそらく俺は勝利を手にした。ヒーロー飽和社会の幻想に終止符を打った。これで人々も少しは変わるだろう。スポットライトは消えて、残ったのは瓦礫と粉塵だけれど。今にも落ちてきそうな空の下で俺は独りだった。

 

 

 

 最初から最後まで、俺の隣には誰もいなかった。

 

 

 

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