愛核者   作:Tyler Durden

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世界を売った男

 

 

 

 ヒーロービルボードチャートJPの一件から一ヶ月が経った。世間は落ち着きを取り戻していた。ヒーローたちは血眼になって俺のことを探していた。一方その頃、俺は閑静な住宅街にある交番で出頭していた。

 

「お仕事お疲れ様です。古馬駁という者なのですが……お時間よろしいですか」

 

 駐勤の警察官に話しかけた。緩慢な動作で目線を上げた彼は、俺の顔を見るなり速攻で電話を取って応援を呼んだ。勇気ある。でも電話口での声はめちゃくちゃ震えていた。

 

 俺は彼を静観した。今日ここに来たのは捕まえてもらうためなのだから止める理由はない。彼が話している間、手持無沙汰の俺は辺りを見回して面白いものがないか探していた。

 交番には彼しか警官がいなかった。他の人はパトロールにでも行っているのだろうか。寂寞としているが、どこか懐かしさもあるこの空間は居心地が良かった。

 

 応援が来て俺を逮捕するまで時間がある。どうにも暇なので、彼に調書を取ってもらうことにした。いい退屈しのぎになるし、誰かと話すのは好きだ。

 

「じ、事件後は、何をしていましたか?」

「特に何もせずに過ごしてました。あれだけ派手に暴れたから、少しは感化される奴が出てくると思ったんですけどね。ビックリするくらい何も起きなくて」

「余罪とかは……」

「殺人罪、傷害罪……強盗致傷罪もかな? あと決闘罪。そういえば決闘罪を規定してるのって刑法じゃないんですよね」

「一連の犯罪の犯行動機は……?」

「暴力が好きなもので、価値観を共有したいと思いまして」

 

 彼は怯えているようで、尋問する声は上擦っていた。そんなに怖がらなくてもいいのに。

 

 そうだ、カツ丼。

 彼と話している最中、唐突に刑事ドラマのワンシーンを思い出した。こういう取り調べでは大抵カツ丼が出てくる。あれ、実はちょっと憧れてたのだ。絶好の機会を前にして、ささやかな夢を叶えたいという気持ちが芽生える。

 

 必死に調書を書くフリして俺から目を背けている彼に、カツ丼の出前を注文してもらおうとしたそのとき、警察の応援が到着した。世界一タイミングの悪い奴らだ。少しの苛立ちを抱えながら彼らを見遣ると、そこには武装した警察官に加えてご丁寧にヒーローまでいた。というかホークスがいた。

 

 ヒーローは彼一人だった。当然といえば当然。こんな短時間で現場に駆け付けられるヒーローなんてホークスぐらいだ。逆に言えば、ホークスなら間に合ってもおかしくはない。なので彼が素知らぬ顔で警察隊に交じっていることに驚きはなかった。

 

「久しぶり、速すぎる男」

「お前は何がしたい」

「何って、出頭だろ」

「そういうことを聞いてるんじゃない。お前の目的はなんだ。徒にかき乱して、後は放ったらかし。何が――」

「待て待てホークス。そういうのいいから。時間稼ぎついでの質問とか失礼だぞ」

 

 ホークスが歯噛みする。まただ。俺は至って真面目なのだが、俺の思考プロセスは理解されたためしがない。他人からするとふざけているように見えるらしいが、甚だ遺憾だ。

 

「抵抗しないからさっさと逮捕しろ」

「……」

「わかってんだろ? 罠だろうと何だろうと、お前らには千載一遇のチャンスだって」

「……そうだな」

「暴れた方が捕まえやすい?」

 

 ホークスは観念したようだ。周りの警察官に指示を出す。武装警官たちが一斉に動き出した。機敏な動きで俺の背後に立つと、巧みに連携しながら拘束具を着せてくる。着せ終わるや否や、彼らは俺を移送牢(メイデン)に押し込んだ。暗くて狭くて窮屈だ。

 

 暗闇の中では外の音がよく聞こえた。視覚が利かないとその分他の感覚が鋭くなる。物音は鳴り止む気配がない。暫くして、大声の指示や足音に混じって車のエンジン音が聞こえた。どうやらこのままどこかに運ばれるようだ。

 

 どこに行くかはわかってる。この国で一番堅固な牢獄――タルタロス。一度入れば二度と出られない“個性”社会の闇。やりすぎた奴らの終着点であり、俺の目的地でもある。そう、俺には目的がある。

 

 オール・フォー・ワンを殺すため、俺は自ら奈落に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 あれはエンデヴァーたちをのしてから一週間後の出来事だった。珍しく月が綺麗だったので夜中に散歩していると、変なヤツが俺の行く手を塞いだ。黒い髪に爛れた皮膚の、冷たい目をしたヤツだった。

 

『よう。元気そうだなイカレ野郎』

『? 誰だあんた?』

『お前に計画を台無しにされた者だ』

 

 答える気はないようだった。男の掌から蒼炎が立ち昇った。夜の闇が炎に照らされて、瞬く間に諍いの予感が立ち込めた。

 よくわからんが揉め事は大歓迎だ。早速戦おうとするも、男は急に戦闘態勢を解き、耳にあるインカムで誰かと口論し始めた。

 

『氏子さん、俺は自分の好きにすると言ったよな?』

 

 インカム越しの口論は激しい。何やら仲間との共通認識に齟齬があったようだ。俺はどうでもいいから戦いたいたかった。とにかく早く終わらないかな、と思っていた。

 

『チッ……おい』

 

 男が俺に何か放り投げた。キャッチすると、それは男と同じインカムだった。俺も参加しろという意味らしい。

 俺が話に加わる意味がわからなかったが、面白そうだったので着けてみた。すると腹の立つ老人の声が聞こえてきた。

 

『ホッホッホ。初めましてじゃな。ワシの名は氏子達磨。もちろん偽名じゃ。そっちは荼毘』

『初めまして。俺に用でも?』

『あるとも! 大事な用がな』

 

 暇人の俺に用。想像つかなかった。初対面だったし。

 

『おまえはワシのことを知らんだろうが、ワシはおまえのことをよぉく知っておる。長いこと監視しておったからの』

 

 きもーい。俺は純粋にそう思った。大した得もないのに何故、とも。

 

『悠久の時を生きる支配者、オール・フォー・ワン。古馬駁。おまえなら彼の後継に相応しいかもしれん』

 

 オール・フォー・ワン。聞いたことのない名前だった。それなのにどこかで会った気がした。

 

『もしかして、神野でオールマイトと戦ってた人?』

『鋭いな。その通りじゃ。強大な“個性”を持って生まれた彼は、長きに亘って裏社会の王として君臨してきた。しかし、オールマイトとの戦いに敗れ、今はタルタロスという拘置所に囚われておる。このままでは彼の功績は忘れ去られ、消え去ってしまう。

 彼の掲げた理想の火を絶やしてはならん。彼の意志を継ぎ、野望を叶える後継者が必要なんじゃ』

『ふーん。そこで選ばれたのが俺?』

『君の輝かしい経歴を踏まえてじゃ』

 

 氏子達磨の話はどうも嘘くさかった。思い返してみても最初から最後までこいつの言葉には愛がなかった。俺に対する愛が。あるのはオール・フォー・ワンとかいう奴に対しての愛だけだった。

 

『その野望っていうのは?』

『世界征服。現在(いま)を壊し、新たな世を築くこと』

 

 世界征服。スケールのでかい野望だ。俺には相応しくない。

 

『ありがたいけどお断りするよ。どうせ俺以外にも保険(スペア)がいるんだろ? そっちをあたりな』

『全てが思いのままになるぞ』

 

 地の底から響いてきたかのような声だった。口調には厳格さと横暴さが兼ね備わっていた。会話を打ち切ったつもりだったのに、思わず聞き入ってしまった。

 

『おまえは愛されなかった。誰からも。父母に見捨てられ、社会のゴミとして希望のない日々を送った。力を誇示しようと、所詮は愛に飢えたケダモノじゃ。誰の気にも留められない』

『だがそれも今日で終わりじゃ。彼の後を継げば、皆がおまえを敬愛し、おまえの行き場のない愛を欲するじゃろう。

 もう一度言う。全てが思いのままになるぞ。それ程の力を授けよう』

『おまえは――愛されたいのだろう?』

 

 甘美な誘い。悪魔に誑かされたキリストの気持ちだった。

 

 全てが思いのままになる、というのは本当だったのだろう。実際あのヴィランはとんでもない強さだったし、盲信的なシンパもいる。俺とは大違いだ。

 俺にオールマイトのようなカリスマ性はなかった。壮大な演説をしたにもかかわらず、それに続く者はひとりも出てこなかった。社会の結束は却って強固になり、犯罪件数は軒並み下落した。

 

(ほんとに、やることなすこと裏目に出てばっかりだ。どうしてだろう。人の考えがわからないから? なんにせよ、この先も俺が愛を手に入れることはないんだろうな。少なくとも孤独に苛まれ続けることは間違いない)

 

 弱気な考えが駆け巡った。あのときの俺は精神的にまいっていた。

 

(それなら――)

 

 

 

(それなら、何も考えずこいつの手を取る方が楽なんじゃないか?)

 

 心からそう思った。終わりのない一本道に疲れた精神は楽な選択肢を選ばせようとした。

 

『そろそろ答えを聞かせてもらおう』

 

 悪魔が囁く。

 

『世界を手に入れるか。それとも世界から否定されて生きていくか』

 

 悪魔が嘯く。

 

(ああ、嫌だ。考えたくない。それなのに思考が止まらない!

 俺はずっと一人なのか? こいつの言ってることは本当なのか? 愛したい。愛されたい。この機を逃したら後悔する。こんな幸運二度とない。……本当にこれでいいのか?

 クソッ! 何が不満なんだ! 頷くだけで欠けることのない人生だ! 下らないプライドなんか捨てろ! 人並みの未来がようやく目の前にあるんだ! 人生を変えろ!)

 

 だけど、それでも俺は――

 

『嫌だ。それは愛じゃない』

 

 アルマゲドンが到来しようとも、絶対に妥協しない。

 

『あんたは俺を通してオール・フォー・ワンを見ているだけだ。俺のことなんて何も見ていない。そんなやつは信じられない』

『ワシがおまえをどう見るかは関係ないじゃろう。その先にある愛される未来のことを話しておるんじゃ』

『やっぱりわかってないな。世界を支配したとしても俺が愛されることはない。決して』

 

 俺はその結末を知っている。俺は今まで愛を以て戦ってきたが、戦いの中に俺への愛があったことはついぞなかった。これからもそうだ。

 

 それでも諦めはしない。常識と黄金に魂を縛られている人々のためにも。俺のやり方で世界はもっと素敵になる。絶対に。

 

『あんたの差し出すものじゃあ俺は満たされないよ。この話はこれで終わりだ』

『ふむ。思ったよりも強情な男じゃな』

 

 少しの虚脱感とえも言われぬ満足感に包まれる。

 あーあ。もったいないことしたな。ま、それもいいか。自分を貫けた。こんな選択でも、俺の気分は結構……清らかだ。

 

『仕方ない。残念じゃが、与する気がないのなら消えてもらおう。おまえは放っておくには危険すぎる』

 

 何もない空間からヘドロのようなものが噴き出してきた。くさい。黒い液体の中から、巨大な何かが顔を覗かせる。

 

『紹介しよう。フードちゃんじゃ』

 

 巨躯に黒い肌、人間らしくない頭部。噂に聞く怪人ってやつだろう。

 

『死んだら脳無に改造してやるわい。気兼ねなく往生せい』

 

 雑音と共に音声が途切れる。氏子さんとやらは言うだけ言ってトンズラした。

 闇夜に残されたのは根暗そうな男と動く屍。俺にはお似合いの相手だ。

 

『待った?』

『いいさ。丸こげにするのに時間は掛からねぇ』

 

 柔らかい月光の中で互いに見つめ合った。その数秒後、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 結果から言うと、俺は彼らをボコボコにした。荼毘はノックアウトして、脳無の方は一二個の肉片に分けた。

 

 倒れた荼毘は黒い泥で転送された。肉片は回収されなかった。“個性”の発動条件から外れてしまったのかもしれない。荼毘を掴んだら俺も連れてってもらえるかもと思ったが、臭い泥に触りたくなかったので手を出さずに見守った。

 

 大きな音を立てたから人が集まってきて、やいやいうるさくなってきた。うるさいのは好きじゃない。俺もその場を後にした。死体と戦う愉快な体験をして足取りは軽かった。バラバラの肉片から遠ざかりながら俺は思った。

 

 オール・フォー・ワンこそが俺の次の目標だ。

 

 原点(オリジン)はオールマイトだった。けれど彼はもういない。代わりにエンデヴァーたちと戦った。

 じゃあ、次はどうする?

 

 この時まで俺はその答えを出せずにいた。目的や自由度が増えてきて、物事が複雑になっていたからだ。そんなときに思うままに暴れられた。おかげでどうすればいいのかようやく思い出した。

 

 シンプルに考えるのだ。突き詰めれば答えはいつだってシンプルだ。

 ヒーローの頂点ではダメだった。それなら今度はヴィランの頂点だ。それだけのこと。

 

 新しい目標が決まって俺はワクワクした。やりたいことがあると、人生に希望がもてる。人間は人生に理由を求める生き物。俺だってそうだ。

 

 なんだか楽しくなってきた。俺の未来は明るかった。それが血と孤独に塗れていても。

 

 

 

 

 

 

 そして今に至る。

 思い返せばいろいろあった。たくさんの人と戦って、俺なりに愛を育んできた。受け入れられることはなかったけれど、それでも悔いはない。自分らしく生きたんだから。

 情報の少ない暗闇の中では頭がよく回った。過去を顧みた後は、これからの動向について思考を巡らせた。

 

 タルタロス。やっぱり内から壊すのがいい。外と内、どちらの警備機能も一級品だけど、内部からの異分子にはやや弱い。狙うならそこだ。それに外からの強襲じゃあ、オール・フォー・ワンに逃げられる可能性がある。向こうは俺に会いたい理由もないし。

 

 オール・フォー・ワン。どれだけ強いんだ? 殺さず勝つなんて無理だろうな。もったいない。でも一生の記憶に残る、とびきり楽しい戦いになるはずだ。待ち遠しい。

 

 死柄木弔。たぶんオール・フォー・ワンの本命。神野にいたし。後を継ぐってことは、どんな方法かは知らないが相当強くなるのだろう。面白そうな奴が一人増えた。期待しちゃうね。

 

 オールマイト。憧れの人。貴方に認められたいって想いが俺の原点だった。今はもうわからない。

 だいぶ昔に気付いてた。俺は誰かに愛されたかったのだと。その誰かは貴方でなくてもよかったのかもしれない。それでも、最初に憧れたのが貴方でよかったと胸を張って言える。

 

 

 

 それにしても長い。いつになっても到着する気配がない。移動時間があまりにも長いので、俺は不安になってきた。ちゃんとタルタロスに移送されてるかな? そうじゃなかったら、わざわざ捕まった意味がなくなってしまう。

 

 狭い檻の中で悶々としていると、急に辺りが明るくなった。唐突な光度の変化に目がチカチカする。乱暴に外に引っ張り出されると、車椅子に座らされた。見れば看守が一人。人手足りてないのか?

 目的の場所にはちゃんと着けたようだ。看守は車椅子を押して俺をどこかに連れて行く。拘束具を着せられたままなので、背中が痒くなってきた。

 

 

 

 拘置所(タルタロス)は無機質なところだった。センサー付きの短機関銃のようなものが天井からいくつも吊り下げられており、銃口は俺に向けられていた。全ての独房は金属製の扉で固く閉ざされていた。一人もここから出さないという強い意志を感じた。

 俺は少し興奮してきた。こんな時代に、こんなにも人権無視甚だしい施設があるとは。法務省が直接関わっているかはわからないが、日本の司法も捨てたもんじゃない。監獄は想像よりも刺激的な場所だった。

 

 辺りをキョロキョロ見学していると、これまた不格好な昇降機に乗せられた。このまま地下に行くみたいだ。

 

 慣性と後ろの看守の息遣いを感じる。この機械的な空間では、無愛想な彼にすら人間らしさを見出せた。

 最初は大人しくしとこうと思っていたのだが、あまりに退屈だ。待ち時間に耐えかねて目の据わった看守に話しかける。

 

「これ地下何mくらいまで行きます?」

 

 看守は応えない。絶対聞こえているのに。

 

「人手足りてないんですか? ずっと一人で俺の対応してますよね」

 

 看守は応えない。目線はピクリとも動かず、呼吸には一縷の乱れもない。待機中のロボットのようだった。

 

「ここの食事っておいしいですか?」

「黙っていろ」

 

 ようやく応えてくれた。まあ反応してくれるまで話しかけるつもりだったけど。

 

「お喋りしましょうよ。どうせ房に入ったらまともに話せる機会なんてないんですから。少しくらい、いいでしょう」

「今のお前には口を開く権利すらない。覚えておけ」

「いいですね。前時代的な基本的人権の軽視。そういうの好きですよ」

「戯言は壁にでもするんだな」

 

 看守は再び沈黙した。本当にもう俺と話す気はないようだが、そんなことは気にしない。耳を塞ぐこともできないだろうし、勝手に話すだけだ。

 

「どうして俺が話したがるのかわかります?」

 

 看守は無視を続けている。糸の切れたマリオネット人形野郎め。

 

「俺を知ってもらいたいからですよ。俺という人間を相手に伝えたいんです。同時に相手のことを知りたいとも思ってます。話すことは自分を曝け出すこと、他人を理解しようとすること。俺は貴方たちを理解したいのです」

 

 返答はない。俺の言葉は存在していないかのように扱われている。非実在性ってやつか? そんなもの俺は気にしない。

 

「知るということは、何かを始める最初の一歩。それは愛に繋がる行為。有史以来、誰もが普遍的に行ってきた。一番小さな愛と言ってもいいかもな。できることなら、俺はこの世の全ての人間を愛したいんだよ。そのために俺はあんたと話すのさ」

 

 いつの間にか荒々しい口調になってしまっていた。意図せぬ変調に自分でも驚く。

 嫌になるな。普段から意識して取り繕っているのに、少しのきっかけで綻んでしまう。

 

「ってのが俺の意見なんですけど、どう思います?」

 

 動揺を隠すように茶化す。悟られていないといいが。

 

「それが貴様の本性だ」

 

 意外にも、返事はすぐに返ってきた。もう二度と話すことはないかもと思っていたのに。彼としては気まぐれに過ぎないのだろうが、少し嬉しい。

 

「貴様は歪んでいる。どれだけ取り繕おうともその歪みは隠せん。貴様はかろうじて人の形をしているだけの、悍ましいナニカだ」

 

 とんでもない発言だが、彼の歯に衣着せぬ言い振りは爽快だった。上っ面だけの偽善者より、よっぽど俺のことを理解している。

 

「やっぱり話せてよかった」

「……なぜそう思う」

「お互いのこと、ちょっとは理解できたでしょ」

 

 俺たちが同じ形の生き物じゃなかったのは残念だけど。それでも俺は、この会話が意義のあるものだと信じたい。

 

「話せてよかったよ」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。看守は何も言わない。

 

 昇降機が目的の階に着いた。おそらくここが最深部。暫くはここで過ごすことになる。

 

 車椅子で運ばれながら周囲を観察する。争いの準備において、情報は多ければ多いほどいい。銃口の数、間取り、出口までの距離。短い時間で頭に叩き込む。

 房の前についた。看守が重い扉を開けて、俺を中に移動させる。看守は俺をベッドに座らせると、そのまま出て行こうとした。

 

「待ってくれ。拘束も解かずに出て行くつもり?」

 

 看守は聞く耳をもたずに出て行った。マジかよ。背中がすごく痒いのに。

 

 起きたことは仕方ない。壁にもたれかかって背中を掻こうとすると、四機の監視カメラ兼銃が一斉にこちらを向いた。

 

「背中が痒いだけでーす」

 

 痒いところも自由に搔けないのか。窮屈な環境だ。先が思いやられる。自分で望んだ状況とはいえ、気持ちが落ち込んだ。早いとこ目的を達成して出ていこう。

 

 

 

 数時間後だろうか。看守が戻ってきた。質素な食事をプレートに載せて。

 

「食事だ」

 

 看守はプレートを床に置いた。これは……這いつくばって食えということか? 屈辱感を与えるための措置なのだろうか。

 

 俺はこういうのに敗北感や反抗心を抱かないタイプなので、早速膝を着いて食事を取ろうとする。うまいこと立ち上がりやすい体勢で倒れようとしていたら、看守が俺の後ろに回り込んだ。「グズグズするな! さっさと這いつくばれ!」と言われて蹴飛ばされるのかと思いきや、看守は俺の拘束具を解き始めた。

 

 予想とは真逆のことが起きて、俺は呆気にとられた。ポカンと口を開けていたら、拘束を解き終わった看守が話しかけてきた。

 

「上から拘束具を外せとの命令が出た。それだけだ」

 

 看守は淡々とそう言ったが、俺は信じられなかった。こんなに短時間でそんな指令が来るとは思えない。あんたが掛け合ってくれたんじゃないか?

 

 いろいろと思うところはあるが口には出さない。彼はそういうの嫌いそうだし、恩を嫌味で返すほど悪趣味でもない。

 

 だから代わりに一言、素直な気持ちを。

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 収監から一〇日が経った。食事の回数で数えてるから大雑把な数字だけど、大体それくらい経った。

 

 俺はまだ監獄の破壊計画を実行には移していない。理由は三つ。

 第一に、圧倒的に情報が足りていない。さすがこの国で一番の牢獄。一筋縄ではいかない。そこかしこにセンサーがあるし、房からはほとんど何の情報も手に入らない。

 第二に、こんなにすぐ暴れ回ったりしたら、あの看守が責任に問われるかもしれない。それは避けたい。これでも義理堅い男なのだ。たとえそれがただの気まぐれだったとしても、受けた恩を無碍にはしない。

 第三に、待ち人がいる。タルタロスに会いにきてくれと手紙を出したから、向こうにその気があれば会えるはずだ。期待はしない。手続きとか面倒くさいだろうし。

 

 そんな訳で、俺は今日も無為な時間を過ごしている。外にいたときとあまり変わらない。自由に暴力を振るえないのは残念だが、代わりに常に銃口が向けられている。

 これが素晴らしい! 予想だが、バイタルサインや脳波で“個性”の使用を感知しているのではないだろうか。数日前に“個性”を使おうとしたところ、使う前に銃口が俺を捉えていた。科学の進歩をこの身で感じた一件だった。暴力も機械化する時代か……案外悪くない。

 

 今日も今日とて考え事で時間を潰すだけの日になりそうだ。そんな風に考えていたのだが、

 

「壁に手をつけ」

 

 突然銃を持って押し入ってきた看守たちによって平穏な日は崩された。

 

 言われるがままに壁を向いて手をつく。何か悪いことしたかな。強いていうなら“個性”が使えるか試そうとしたことか。あれ、もしかして結構マズかったのかな。

 

 そんなことを考えていると、あっという間に拘束具を着せられ、これまた拘束具の付いたごつい車椅子に乗せられる。どうもデジャブだな。

 そのまま昇降機に乗せられて上に連れて行かれる。釈放か? ありえないけど。

 

 単純に疑問をもった俺は看守に問いかける。

 

「何しに行くんですか、これ」

「面会だ」

 

 その言葉を聞いた途端、期待が胸を撫でる。いけない。それはもう捨てたはずなのに。

 動悸が鳴り止まない。エネルギーがつくられていくのがわかる。瞳孔が開いていくのがわかる。

 

 面会のための階に移送された。面会室に入ると、車椅子はアクリル板に向けて停められた。俺の心臓は早鐘を打っていた。仕切りの向こう側には小さな椅子が置いてあった。

 

 期待してはいけない。それは命取りになる。だというのに、俺は僅かな希望を捨てられずにいる。

 

 ――奥の扉が開いた。心の準備ができていなかった俺は、モロに入ってきた人物を見てしまった。何の構えもなしに見てしまったことに対する後悔は、すぐに溢れんばかりの感動と感謝で塗り替えられた。

 

 希望や期待はとっくに捨てたと思っていたのに。しがらみは全部灰にしたと思っていたのに。どうして――どうして貴方は俺を裏切らない。

 

 そこには、俺の憧れたヒーローがいた。

 

 

 

「やっと会えたね。オールマイト」

 

 

 

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