本作品は、正気山脈様が連載中の『仮面ライダームラサメ』……そのスピンオフ作品となります。
原作となるムラサメ本編は多種多様の個性的なキャラクターや、怪奇的ながらも神秘的な世界観が魅力的な作品となっておりますが、正直に言って再現出来ているのか不安です。
それでは、仮面ライダーレンゲをお楽しみください。
暗く、それでいて素晴らしい夜だった。
それは彼女にとって最も気分が良くなる時間帯であり、自分が自分らしくいられる素敵な瞬間。
普段は多くの人が集まる公園が自分の領土、そして。
『今晩は。今日の獲物さん』
「あ、あぁ……!」
楽しい狩場だ。
背中に生やした触脚を器用に使い、宙へと作り上げた自身の巣から彼女は怯え震える少年を見下ろす。
恐怖で顔を引きつらせる彼を見て、『それ』は高揚感による笑みを浮かべる。
気分が良い、気持ちが良い、自分を見上げる表情が心地好い。
『怖がらなくても良いのよ?だってもうすぐ……』
そんな思いを一生しないのだから。
その言葉を聞いた少年が最期に見たのは、毒々しい昆虫のような脚と不気味な女性の姿だった。
陽都市……。
太陽光を中心に、風力や水力による自然エネルギーを中心に動くエコロジカルな街だ。
科学技術が発展しつつある今だからこそ、未来ある子どもたちのために自分たちが見落としていた自然と共存すべきだと提言したとある青年の名前が由来だという。
その中でもこの街の顔となっているのが、『陽都中央図書館』。
歴史の書物や事典だけでなく、古い漫画から最新の小説、果ては絶版されていたはずの雑誌類などマニアックな物まで納められた最大規模の図書館だ。
利用客は当然多く、年少からご年配まで幅広い人たちがここに来ている。
そして彼女もまた、そんな利用客の一人。
「懐かしい、これって私が小さい頃に読んでいた絵本だ……!」
ウェーブのかかったピンク色のセミショートを揺らしながら、喜びを露にする。
赤い瞳を輝かせながら、可愛らしい顔を笑顔にした『桃瀬彩夏』は幼少の思い出に惹かれるように、その絵本『ヒゲワニとロボポテト』を手に取り早速読み始める。
コミカルなやり取りをする一匹と一体があまりにも面白く、まるでキャラクターが本当に生きているような錯覚さえしてしまう、そんな不思議な絵本だ。
目当ての本を忘れて、思わず読みふけっていたそんな彼女に声がかかる。
「桃瀬さん……て、お邪魔だったかな?」
「ふぇ?」
慌てて振り向いた彼女の視線にいたのは、緑色のエプロンを身に着けた職員の少年。
華奢な体躯にふわりとしたショートヘアーはシミ一つない艶を持つ黒で男性でありながら可憐な雰囲気を醸し出している。
日焼けすらしていない白い肌とアイスブルーの瞳は異性は愚か同性でさえも思わず目を向けてしまうだろう。
「あっ!ここ、黒道君っ!?ご、ごめんね、忙しいのに探してもらって……!」
「あはは、大丈夫だよ」
「はいこれ」と笑って彼女の探していた本を手渡す彼は『
ここの図書館でアルバイトしている少年で彩夏の同級生。
そして、彼女が「ちょっと良いかも」と思っている人物でもある。
「あ、ありがとう」
「ごゆっくり」
そう優しく微笑んだ彼は受付の奥へと引っ込んでしまう。
彩夏としてはもう少し話をしたかったが、図書館は人と必要以上に話す場所ではなく本を読む場所だ。
それにアルバイト中に声を掛けるのも失礼だろう。
自分に言い聞かせた彩夏は、気を取り直して探してもらった本を開くのだった。
「随分と仲良さそうだったわね?バイト中に」
「だから、ちょっと話していただけだろ。お前だって知り合いがいたら普通に声を掛けるじゃねぇか」
先ほどまで受付にいた同年代の少女と刀夜がそんなやり取りをしていた。
彩夏と話していた時とは違う、穏やかな少年ではなくややぶっきらぼうな喋り方と態度。
窮屈そうにワイシャツのボタンを一番上から外しながら歩くのが彼の『素』だ。
これは猫を被っているわけでも他人に壁を作っているわけでもない。
普段の言動が当人の意志に関係なく喧嘩を売っているようにしか見えないのと、可憐なイメージが崩れると同業者の理不尽なクレームから上書きしているのだ。
そして、棘のある言葉をぶつけながら一緒に歩いている少女は刀夜と古い付き合いがある。
「大体、あんたがシフトの時はただでさえ女性客が多くなるんだから……あんまり外に出ないでよね」
「利用客が増える分には良いことだろ?何怒っているんだよ」
「それは、ほら……」
強気な表情を僅かに赤くし、照れ臭そうに髪先を弄る少女『日乃宮瑠璃』が言葉を濁す。
名前と同じ瑠璃色のロングヘアーに余分な脂肪が存在しないスレンダーな体系をした黄色い瞳の少女だ。
母親と育ての親を亡くした刀夜とは幼少の頃から家族同然で暮らしており、所謂幼馴染のような間柄である二人は互いに気兼ねなく話せる関係。
最も、瑠璃本人は『その先』に行きたいと思っているのだが……。
首を傾げる刀夜を見て、咳払いをすると慌てて『共通の友人』である彩夏の話題へと変える。
「確かに、彩夏はあんたの好みっぽいし?声を掛けたくなる気持ちも分かるけどねー」
「僕の好みは年上だよ。具体的には髪が長くてバインバインなお姉さん系」
「……あんた、絶対に人前で素を見せないでよ」
「前向きに検討しまーす」
可愛らしい顔立ちと可憐な雰囲気からは想像も出来ない言葉にドン引きしながらも、専用エレベーターを使って地下へと降りる。
そして、目的の場所へ辿り着いた二人は最奥部への扉を開けた。
「失礼致します。『支部長』」
「……おう、来たか」
気怠そうに執務室の椅子を回転させて二人に身体を向けるのは壮年の男性。
年相応の皺を顔に刻み、白髪をオールバックにした彼は黒い詰襟の軍服に身を包んでいるが、ワイシャツにある一番上のボタンを外している。
何処となく刀夜と似た雰囲気の彼……瑠璃の祖父であり二人の上司である『日乃宮
「悪いな。仕事中だってのに声を掛けちまって」
「何言っているんすか師匠。そもそも僕たち『LOT』にとっちゃ、こっちが本業でしょ?」
そう、彼らにはもう一つの役割がある。
封魔結社
超古代文明の遺跡や呪いの品。つまり御伽噺や架空の存在とされた物がこの世界には実在している。
そんな
国だけでなく、日本だけでも様々な支部が数多く存在しており、ここ陽都支部もその一つだ。
「言葉遣い」と横目で刀夜を睨む瑠璃に苦笑いしながらも、咳払いと共に景墨は本題へと切り出す。
「お前ら二人が調べてくれた例の『行方不明事件』だが、ビンゴだった」
「やっぱり。じゃあいなくなった人たちはもう……!」
「瑠璃。気持ちは分かるが任務に集中しろ、俺たちの仕事は全員を助けられるわけじゃない。だが、被害者をこれ以上増やさないことは出来る」
悲痛な表情を浮かべて拳を握り締める孫娘に、厳しくも優しい言葉を掛ける。
人の生き死にが深く関わる以上、絶対に助けられる保証はない。
だが、それでも被害を最小限に止めなくてはならない。
それこそが、彼らの使命なのだ。
瑠璃もそれは分かっている。だからこそ、ここで止まるわけにはいかないのだ。
助けられなかった人たちのためにも、今ある日常を護るためにも。
頬を叩き、沈んだ気持ちをリセットした彼女は「ありがとうございます」と顔を上げる。
「これまでのパターンからターゲットは今日の夜に動く。絶対にとは言わねぇ、確実に仕留めろ」
「了解。瑠璃、調整を頼む」
「分かった」
すぐさま仕事モードに思考を切り替えた二人は短いやり取りを共にそれぞれの持ち場へと就く。
瑠璃が執務室から出て行くのを確認すると、刀夜が鍵を閉めた。
そして影墨に視線を向けると、彼も言わんとしていることを理解したのか懐から茶封筒を取り出す。
「ほらよ。今日の『報酬』だ」
「さっすが師匠。んじゃ、こっちも」
刀夜も白い封筒を取り出し、互いに交換すると懐へと納めたのを確認してから口を開く。
「……んで。例の話、どうなっています?」
「あー、まだ耳には入れていねぇな。何分、向こうも多忙だ……まぁ、可愛い弟子の頼み。どうにかしてやるよ」
悪い笑みを浮かべる彼に、刀夜は「あざっす」と頭を下げる。
しかし、上司であり剣の師匠でもある景墨は鋭い視線を向ける。
「けど、それで気が逸れるようならこの話はなしだ」
「問題ねぇよ師匠。何の罪もない人を襲う外道、それを逃がすつもりなんて毛頭ないさ」
そう得意気に笑う。
人を襲い、世界に害を為す怪物の調伏。彼は、その調査と退治を専門する始末屋。
それこそが、『封魔司書』……刀夜が持つもう一つの顔だった。
時が過ぎ、夜が近づく。
日が沈んだことで暗くなった道を彩夏は歩いていた。
「本を読んでたら、すっかり遅くなっちゃったな」
そんなことを一人口にしながら、電灯を頼りに帰路を進む。
その頃には辺りは満月が見えるほどすっかり暗くなっており、近道になる公園を歩いていた時だった。
「うわっぷ!?」
顔に何かが張り付いた。
何もなかったにも関わらず、纏わりつく何かを両手で慌てて払う。
指に絡みついていく物の正体を確かめようと目を開く。
「何、これ……!?」
それは、白く細い形状をしていた。
粘着性を持ち、まるで糸のような存在に絶句する。
蜘蛛の糸にも見えたが、それでも明らかに太く丈夫なのだ。
『あら、随分と可愛い獲物がかかったわね』
突如として響く声。
この世の物とは思えない、雑音が混じったかのような悍ましい声色が聞こえてくる。
周囲を見渡しても姿は見えない。
恐怖で震える身体を抑えるように、両腕で自分の身体を抱いた彩夏を声が嗤う。
『ここよ、お嬢さん』
彼女を導くように、楽し気な声が聞こえる方へと顔を上げてしまった。
発生源は聞こえてくるはずのない空。
そこには。
「っ!?あ、あぁ……!」
身の毛がよだつほどの恐怖があった。
毒々しく、昆虫のような黄色い身体を持った人型の異形。
胸元部分は僅かに膨れ上がっており、何処となく女性を思わせるような胴体の背中から細く長い鋭利な筋足を左右に二本生やしている。
悍ましい蜘蛛の異形は、自らの作り上げた巣の上で彼女を見下ろしていた。
『改めまして今晩は。私の可愛い獲物さん』
「き、きゃああああああああああっっ!!?」
あまり非現実的な、あまりにも恐ろしい光景。
まるで自分が今まで見ていた常識が塗り潰されていくような恐怖。
異形の名は
世界の各地で散見される伝承や御伽噺に現れる怪物や悪魔……その原型となった怪人たちの総称だ。
そしてこの個体は、日本各地に様々な伝承を持つ蜘蛛の妖怪『絡新婦』の原型となった戯我『ジョロウグモ・ギガ』だ。
悲鳴をあげた彩夏を口から吐いた白い糸ですぐに拘束すると、自分の元まで一気に釣り上げる。
「いや、助け……!」
『あぁ、良いわ。色々な人の色は食べたけど、女子高校生の色は食べたことなかったの。だから、丁度良かったわ』
戯我が人を襲うのは、基本的には食事のためだ。
生物が生命力……即ち色を食らうことによって彼らは力をつける。
力を持たぬ人間など単なる餌に過ぎないのだ。
『それじゃあ、頂きます』
蜘蛛のような口を開けて、恐怖で打ち震えることしか出来ない彩夏から色を吸い尽くそうとした時だった。
静寂を破壊するエンジンの音が響く。
それは食事を楽しもうとしたジョロウグモの精神を乱し、ついでに運転手も食ってしまおうと周囲を探す。
幸い、バイクと持ち主はすぐに見つかった。
『なっ!?』
驚愕に染まる蜘蛛の妖。
視線の先は宙にいる自分の正面。
そう。信じられないことだが、自分目掛けてバイクが突っ込んで来たのだ。
『ぎゃああああああああああっっ!!?』
アクセルを全開にし、凄まじい勢いで迫るバイクにどうすることも出来ないジョロウグモは直撃した車体ごと、巣を破壊しながら地上へと落下。
その際に運転手はバイクから飛び降りており、拘束されていた彩夏を抱き抱えて地上へと着地。
けたたましい音と共に叩きつけられた戯我を無視しして、運転手はヘルメットを捨てて彼女の安否を確認する。
「大丈夫か?」
「え、あのっ」
その人物は、奇妙な姿をしていた。
軍服のような黒い衣装と白い手袋に身を包み、顔には烏の顔を思わせる黒い仮面を着けた人物だ。
困惑する彼女を安心させるように口元に人差し指を当てる。
「安心して、ゆっくり。目を瞑って」
聞き覚えの声だと思いながらも、彩夏はその人物の言う通りに目を閉じる。
恐怖と緊張で固まっていた、身体から力を抜くとそのまま気を失ってしまった。
怪我がないことを確認した仮面の人物……封魔司書の装いに身を包んだ刀夜は安全な場所に寝かせると、バイクを押しのけて起き上がったジョロウグモを睨む。
『ううっ。くそっ、何なのよあんたっ!!』
「お前を倒す者さ」
淡々と、化け物と話などする気はないと短く答えた彼に、戯我は噴き出した。
自分を倒す?多くの人間から色を食い尽くしてきた自分をっ?
笑わずにはいられないのだろう、地面に落とされた事実を忘れて耳障りな笑い声を響かせる。
『ぷっ、あっははは!宛ら白馬の王子様のご登場ってところかしら、カッコ良く登場したけどどうするつもり?』
「こうするつもりだよ、おばさま」
ジョロウグモの嘲笑にそう返した刀夜は、焦ることなく腰にあるホルスターに手を掛ける。
【レリックライザー!】
ホルスターから抜いたのは黒い銃身の右側面に何かを二つ装填するようなスロットがある奇妙な形状の銃。
更に左腰から取り出したの弾丸……ではなく、似たような形状のカートリッジ。
その二つには透明な薬莢の内側にインクのような液体が詰まっており、色はスモーキーブラックとシアンとなっている。
【スプラッシュ!】
【ヤタガラス!】
底部にあるスイッチを押して起動したシアンカラーとスモーキーブラックのインクカートリッジを銃『レリックライザー』の側面にあるスロットへ装填。
瞬間、音声が鳴り響く。
【
「急々如律令。祓え、スプラッシュヤタガラス!」
【
寸分の狂いもなく銃口から放たれたのは弾丸ではなく激流を身に纏った巨大な漆黒のカラス。
しかし本来なら二本であるはずの足は三本となっており、鋭い爪で蜘蛛女を執拗に攻撃する。
『カアアアアアッ!』
『ぐううっ!?何よ、これっ!!』
「その反応、どうやら今までの連中と同じか」
困惑する様子を確認しながら刀夜がそう呟く。
激流のカラスが役目を終えて消滅したのを確認した彼は弾丸型のインクカートリッジ『モンストリキッド』をスロットから引き抜く。
そして、今度はレリックライザーをバックルに装填した。
【レリックドライバー!】
「もっと面白いもの、見せてやろうか?」
仮面の下でほくそ笑みながら、先ほどのモンストリキッド……スプラッシュとヤタガラスの二つを起動。
そして、再び銃身のスロットへと装填した。
【
先ほどとな少し異なる音声が鳴り響く。
銃身のエネルギーラインがくすんだ空を灯すように二色の光を放ち、装填されたインクカートリッジも左右交互に発光を繰り返す。
『な、何よ……何なのよ一体っ!?』
ヒステリックに叫ぶ蜘蛛………『ジョロウグモ・ギガ』を見据えたまま、グリップを握り締めた刀夜は、トリガーに人差し指を掛ける。
そして、短く自らを変える言葉を紡いだ。
「変身」
【
トリガーを弾いた瞬間、彼の頭上と足元に現れたのは灰の混じった黒と、明るめの青い二つの五芒星。
まるで重なり合うように動く二つの光は刀夜の姿を全く別の姿へと変える。
スモーキーブラックの五芒星を通り抜けた全身はインクのような同色の液体に包まれると、それに続くようにシアンカラーの星が描き出した図形に新たな色を加えていく。
カラスの頭部を思わせる装飾を左肩に持つ黒い身体にシアンの生体装甲が両腕と両脚、胴体へと装備される。
覆われたマスクの左側は羽根を表現したかのように刺々しく、眼前の獲物を逃さんと菱形の複眼が深紅に輝く。
【魔を清める黒き翼!スプラッシュヤタガラス!】
『────ッ!!』
カラスの嘶く声が空を、蜘蛛の化生を震わせる。
音声と共に、水飛沫を散らしながら大きく羽ばたかせた翼はやがて黒のフロックコートへと変化した。
封魔霊装妙法村正……数多く作られた日本刀でありながら、人々の恐怖と血塗られた噂から後天的に妖刀となった遺物。
魑魅魍魎の如く跋扈する戯我を斬るべく、その身を一振の剣とした退魔師。
剣士は高らかに、変化した自らの名を名乗る。
「『仮面ライダーレンゲ』。お前の悪意を塗り潰す!」
宣言したレンゲにジョロウグモは呆気に取られるも、すぐ我に返る。
変身した姿に驚いたが、相手はただの子ども……恐れることなど何もない。
仮面の下にある顔を恐怖に染め上げてやろうと、自らを大きく見せるように両腕と筋足を広げた瞬間。
筋足の一本が地面に落ちた。
『……はっ?』
呆然と、自分から切り離された身体の一部を見つめる。
そして、ようやく。
『い、いぎゃあああああっ!?』
自分が斬られたのだと気付いた。
毒々しい黄色いインクを撒き散らしながら、激痛に悶えるジョロウグモを無視してレンゲは抜刀していた刀を小さな金属音と共に鞘に納める。
【
左手に握られていたのは鞘に納められた一振の黒い日本刀。
しかし、柄頭には奇妙な穴が覗き、鞘の根元には拳銃の撃鉄と引き金のような銀色の機械が組み込まれている。
本来なら可変型のAウェポンをレンゲこと刀夜の得意とする居合刀へと改造した珍品。
「どうした?油断していると、今度は首が落ちちゃうかも……なっ!」
台詞が終わると同時に鞘に組み込まれた引き金を弾いて再度抜刀。
すると、急激に圧縮されたエネルギーを纏わせた刀身が光る。
『うげぇっ!?』
黒い斬撃はジョロウグモの胴体を斬り裂き、再びインクを体外へと噴き出させる。
二度も居合による直撃を受けた戯我は大きく仰け反るも、体内にある自身のインクを循環させて傷痕を塞ぐ。
そして、その顔を憎悪へと染め上げた。
『このくそガラスッ、よくもやりやがったな!その頭から胸糞悪い色を根こそぎ吸い尽くしてやるっ!!』
「うーわ、分かりやすい小悪党の台詞……自分の状況理解している?今、だっさいこと言っているぜ」
意図的なのか素なのか、ストレートに相手を苛つかせる発言をぶつけられたジョロウグモは怒りのあまり奇声をあげる。
激情に駆られた戯我は眼前にいる憎き仮面の退魔師を引き裂こうと筋足と両腕にある鋭い爪を振るうも、軽快な動きで難なく回避し、Aウェポンの頑強な鞘で攻撃を防ぐ。
「ふっ、よっ」
『このっ、このっ、このっ!!』
余裕な態度にジョロウグモは増々怒り、攻撃の手を激しくするが容易く躱される。
そしてレンゲも、受け手に回るつもりはない。
「そらっ!」
『あぎぃっ!こ、こいつうううううううううっ!!』
しかし、レンゲは単調な攻撃を難なく回避すると擦れ違いざまに横腹を斬ると傷痕に向かって鋭い蹴りを叩き込んだ。
地面を転がったことで身体を汚されたジョロウグモがヒステリックに地団太を踏む。
突如として現れた脅威を、神に近い存在だと自惚れていた自分が追い詰められている事実を受け入れることが出来ない。
しかし、何度も攻撃を浴びせられたことで勝てないと分かったのだろう。
今度は口から白い糸を大量に吐き出した。
「おっと」
レンゲにとっては苦にもならない、その自由自在に動く蜘蛛の糸を難なく両断する。
しかし、戯我本人もこれで仕留めようとは思っていない。
糸に気を取られている隙を狙い、身軽な体躯を活かして接近。
そして、新たに生やした筋足が納刀したばかりのレンゲを捕らえた。
『キシッ、キシャシャシャシャッ!どうかしら坊や!あんたの居合は、もう使えないよっ!!』
得意気に嗤うジョロウグモが顔を近づける。
いくら速い居合だろうと、武器を持つ以上は間合いが存在する。
そして剣や刀などの片手武器は、柄が短くない限りは距離を詰めてしまえば、抜刀することは不可能。
そして自分には筋足による刺突と糸による拘束がある。
このまま、骨が折れるまで締め上げようと力を込め始めた時だ。
「……はっ」
短く笑ったレンゲが右手に持ち変えたAウェポンの柄頭をジョロウグモに向ける。
「苦し紛れの抵抗か」と嘲笑う彼女が力を込めたまま武器に視線を落とす。
しばらく見つめ、奇妙な穴になっている柄頭に顔を近付ける。
その慢心が、命取りとなった。
【スプラッシュ!】
「急々如律令」
【
左手で器用にレリックライザーのトリガーを弾く。
素早くAウェポンの鞘に組み込まれた撃鉄を起こして
鞘の引き金を右手の指で押し込んだ瞬間、柄頭にある『銃口』から圧縮された水のライフル弾がジョロウグモの顔面に発射された。
『ぐぎゃあああああああああっ!!?顔っ、私の顔があああああっ!』
宛ら急な突風で吹き飛んだ空き缶のように、大きく宙へと打ち上げられた蜘蛛は地面に叩きつけられるも、起きることが出来ない。
散弾銃で顔面を撃ち込まれたら、もしかしたらこうなるのかもしれない。
煙を上げる頭部を抑え、地面に転がされた虫のように這いつくばるジョロウグモが上体をようやく起こした。
『でめえええええっ!よぐもっ、よぐもあだじのがおをおおおおおっ!!』
辛うじて女性の要素を保っていた顔は見るも無残な様子となっており、中途半端に溶けたことで素人が描いた人物画のような有り様だ。これでは糸を吐くことなど出来ないだろう。
しかし、人食い蜘蛛の憎悪など何処吹く風と言わんばかりに、レンゲの蹴りがジョロウグモの顔面に命中する。
『ぶげっ!』
「あらら、そんなに顔が気に入った?なら、大サービスだ!たっぷりくれてやるよっ!!」
レンゲの連続攻撃が始まった。
左足を軸に、強烈な右のハイキックを何度も浴びせると流れるような動作でボレーキックが炸裂。
そして半壊した頭部を掴むと、今度は膝蹴りを二度叩き込む。
『ぐがっ!うぎっ、がぁっ!やめっ、ぐべっ!も、もうやめ……!』
「まだまだぁっ!」
今度はスモーキーブラックのモンスリキッドを押し込み、トリガーを弾く。
【ヤタガラス!】
「急々如律令っ!」
【
黒いエネルギーを両脚に纏ったレンゲがその場で跳ぶと空中で停止。
魔のインクで構築された巨大なカラスの片足を生やすと、まずは右足で強烈な蹴りを顔に叩き込む。
ジョロウグモはよろめくが、これで終わりではない。
「オラララララッ!」
『あぎぎぎぎぎっ!?』
そのまま地に脚を着けることなく、左足の蹴撃と続けてカラスの爪が胴体を裂き、再び右の蹴りが炸裂する。
滞空しながら凄まじい速度でこれを繰り返し、何度も顔面と身体に浴びせると止めの一撃を鳩尾に叩き込んだ。
「ぜりゃあ!!」
『がああああああああああっ!』
ダメージが蓄積した身体は抵抗もなく吹き飛び、情けない悲鳴と共に地面を勢いよく転がる。
身体のあちこちは黒ずんでおり、特に顔に至っては集中的に狙われたことで原型すら留めていない。
そして、満身創痍となった身体を起こす時には、彼女の心は完全に折れていた。
『ひっ、ひいいいいいっ!』
カラスの足を消し、無言のままゆっくりと距離を詰めてくるレンゲ。
封魔司書……その中でも霊装使いは戯我を調伏する存在。
怪物退治の武器となった彼らを恐れることは当然であり、世界の色を奪わんとする者ならば忌み嫌う始末屋を警戒するだろう。
しかし、知らされていなかったジョロウグモが取れる選択は一つしかない。
自らの命を繋げることだ。
『待って!分かった、私が悪かったわよっ!も、もうこんな真似はしないし知っていることなら全部話すわ!だから……ぎゃっ!?』
「却下だくそババア」
面白いほど回る口を、Aウェポンのライフル弾で黙らせ、側頭部を狙って蹴り飛ばすとドライバーに固定したレリックライザーを操作する。
【
その音声が耳に入った瞬間、身体の芯から冷たくなるような悪寒が走る。
遅かった、何かも遅かったのだ。
この街は自分の遊び場でもなければ餌場でもない。
自分の天敵が縄張とする狩場であり、この獰猛な烏に食われる獲物に過ぎなかった。
『やだっ、嫌だっ!やだやだやだやだ絶対にやだああああああああああああああっ!!』
恐怖に塗り潰されたジョロウグモがレンゲに背中を向けて逃走を図る。
しかし、彼は焦ることなくレリックライザーのトリガーを弾いた。
【
「敗北の色に、塗り潰されろ!」
複眼が赤く煌めき、両肩や脚部の装甲も展開すると放熱ダクトのような生体器官が露出される。
カラスの嘶く声を響かせながら、黒と青の光を放ちながら空高く跳躍。
フロックコートを翼へと変化させると、激流を纏わせたレンゲが右脚を突き出した。
【スプラッシュヤタガラス・クロマティックストライク!】
『ひっ!?』
処刑宣告にも等しい音声に思わず振り向いてしまったジョロウグモが最期に見た景色は……。
「ぜぇりゃああああああっ!!」
黒の翼をはためかせながら、凄まじい勢いで蹴りを叩き込もうと急降下するレンゲの姿だった。
躱すことも防ぐことも出来ず、凄まじいエネルギーを込めた蹴りが炸裂し、更に左足で強く押し込んでジョロウグモを吹き飛ばすと自身は華麗な宙返りと共に着地。
それとほぼ同時に。
『ひぎゃあああああああああっ!!』
絶叫したジョロウグモ・ギガの身体は爆発四散。
黒ずんだインクは凄まじい勢いで溶けると、戯我を現世に留めていた素材が露になる。
「あ、がっ」
先ほどまで蜘蛛女がいた場所に、タクシー運転手の女性が呻きながら倒れた。
連続攻撃によって膨れ上がった凹凸の顔面は白目を向いており、完全に気を失っている彼女の近くには、色の抜けたインクカートリッジが落ちている。
「また、『これ』か」
拾い上げたレンゲが溜め息を吐く。
陽都市は他の支部が受け持つ管轄と比べると戯我の発生率が少ない。
土地や自然などの環境が彼らに合わないか定かではないが、出現するのは他の管轄から上手く逃げてきた下級から中級の個体ぐらいだ。
しかし、ここ最近では戯我の発生率が増えてきている。
その理由が、このモンストリキッドだ。
誰かがこの街にばら撒き、人間を古き怪物へと塗り替えている。
その正体も、目的も未だ不明だ。
しかし、それを許すつもりは毛頭ない。
「この街の色は、決して消させない」
自らの覚悟を確かめるように、レンゲは拳を握り締める。
まずは目の前の命を助けられたことを嚙み締めつつ、事後処理に赴いた職員と共に気を失っている彩夏の保護へと向かうのだった。
それから数日後。
検査入院した彩夏を無事に日常へと戻し、全ての事後処理と報告書を終えた刀夜は逸る気持ちを抑えながらも、執務室へと向かっていた。
地下へ降りるエレベーターの中で必死に顔がにやけないように己を律している。
そして、一応ノックして執務室の扉を開けた。
「師匠っ!例の話、どうなって……いますか」
勢いよく開けて入ったものの、途中で声が細くなっていく。
そこにいたのは景墨ではなく瑠璃。
その顔は満面の笑みを浮かべており、何も言わず刀夜に笑顔を向けている。
「あ、あれー。師匠は、何処に……いるんだ、ですかね?」
笑ってこそいるが、背後から立ち上る殺気に思わず敬語になってしまう。
それとほぼ同時に情報携帯端末の
「……もしもし、師匠っ?」
『に、に……』
か細い声、普段の彼からは考えられない。
聞こえるまで音量を大きくし、一字一句聞き逃さないように耳を傾ける。
「えっ?」
『逃げろっ。る、瑠璃にっ、カミさんにばれた。お前だけでも、早く逃げ…』
『誰と話しているんですか、あなた?』
『ひっ』
壮年の女性であろう冷たい声が聞こえた瞬間、景墨の恐怖に染まった悲鳴が響いた。
電話が切れる。
無機質な音が、彼の心に絶望という黒い色が上塗りされていく。
「……磐戸支部にいる支部長との一日デート。残念だったわね」
「げっ!?」
何の感情もない瑠璃の声と共に床に叩きつけられたのは数ある支部の一つ……磐戸支部の長である女性の写真だ。
キャバクラを趣味とする景墨にお小遣いを渡し、その見返りとして刀夜の好みドストライクである磐戸支部長の写真(当人には許可を頂いている)をもらっていたのだが、是非お近づきになりたいという愛弟子のリクエストに景墨は快く受け入れた。
まぁ、結果は現時点でお察しの通りなのだが。
「本当に良かった。他の支部へ迷惑をかける前にあんたの節操なさが分かって」
冷たい笑顔が刀夜を刺す。
そこで確信した。
自分に対して瑠璃は怒っている。
理由は分からないが本気のお怒りである。
ならば、逃げるしかない。
「っ!」
脱兎の如く駆け出して扉に手を掛ける。
だが開かない。
扉が軋むだけで開く様子が全くない。
「無駄よ。外から職員が抑えているから」
「お前何してんのっ!?」
「年上の女性にデレデレするような変態が正論を吐くな」
冷たい視線を向けたまま、彼女が取り出したのはフリルがふんだんにあしらわれた桜色のワンピースと、赤いカチューシャ。
それを一目見た瞬間、刀夜の顔が青ざめる。
瑠璃が近づく度に下がろうとするも、唯一の脱出手段が閉ざされているため逃げられない。
「やましい視線を向けられる女子の気持ち、少しは分かってもらわないとねうふふふふふふっ」
「い、嫌あああああああああああっっ!!!」
封魔司書の霊装使いの、悲鳴が執務室に響き渡るのだった。
付録ノ壱[封魔霊装 蓮華]
黒道刀夜が使用する封魔霊装。基本形態はシアンカラーとスモーキーブラックのスプラッシュヤタガラス。
明治時代の軍服を思わせるような黒い剣士の出で立ちをしており、居合と蹴り技を中心とした連続攻撃を得意とする。
クロマティックストライクを発動することで激流を身に纏った強烈な蹴りを標的に叩き込む。
本来の名称は『封魔霊装 妙法村正』
数多く製造された日本刀でありながら、妖刀として徳川家に忌諱された話がある。当初は普通の刀だったのだが、人々の恐怖と噂から本物の妖刀となった経緯を持つ。
本来ならムラマサという名前になるはずだったのだが「似たような名前の霊装使いがいるっぽいから別の名前にしない?」という刀夜の発案により、『村正 妙法蓮華経』という表銘からレンゲとなった。