エアは絶望していた。困惑していた。激怒していた。
良い父親であろうとする海兵の依頼を請け負っただけのはずが、何故こうも面倒事ばかり起きるのか。
きっとこのレベルの相手なら戦いにすらならないし、いっそ全員殴り飛ばしてしまいたい──と思いつつも、後ろを向く。銃口を向けられ、明らかに怯えているコビーと、縛られた男──コビーいわく、ロロノア・ゾロ。
この名には聞き覚えがあった。数ヶ月前、プリンプリン准将が言っていた優秀な賞金稼ぎだ。正義感が強いだけでなく、東の海では最高峰の強さと思慮深さを持つ男が、人の見極めでやらかすとも思えない。
「なーんか、色々ウラがありそうだよね……はぁ、こういうの、私の役目じゃないのになぁ」
溜息を一つ吐き、前に出ようとして──ルフィに、肩を掴まれる。
「……どうしたの?」
「戦うんだろ?」
「うん。逃げてプリンプリン准将──知り合いの海軍を頼ってもいいけど、コビー君とそこのゾロって人まで助けて逃げるには無茶があるから。見捨てるのも、寝覚めが悪いし」
「でもお前、戦いたくないって顔してるぞ?」
「……!」
身体が強張る。表情に出さないようにしたつもりなのに、見抜かれていた。
そんな自分に安心する、屈託のない笑みを浮かべるルフィが、銃口から庇うように前へ出た。
「構え────撃て!」
「効かないねぇ……ゴムだからっ!」
後ろにいる私達ごと撃ち殺すという意思が感じられる銃弾を、その身で受け止め──否、弾き飛ばす、その後ろ姿は。
「…………そういえば、
少女がずっと昔から憧れ続けたモノに、そっくりで。ちょっとだけ、見惚れてしまった。
「あの、エアさん!」
「……なんだ、コビーか。どうしたの?」
「お願いが、あるんです!」
◇
「撃て、撃つんだ!」
「うおっ! おい掠ったぞ!」
「おれは撃たれても大丈夫だからなぁ」
「お前はな!」
エアがコビーと二、三言交わして飛び立った後の処刑場では、棒に縛られたままのゾロと、棒ごとそのゾロを抱えるルフィという珍妙な状況になっていた。
というのも、あの後ルフィは前にいた海兵を何人か蹴散らしていたのだが、思わぬ事態が起きたのだ。モーガンの指示により、海兵がルフィではなく、ゾロを狙い出したのである。
『おい、あの麦わら帽子だけじゃなくてロロノアも狙え。この際纏めて殺した方が楽だ』
『……! おい、テメェの息子とおれの約束はどうしたんだ。三十日耐えたら生かすって話があっただろ』
『あ? 息子だぁ? ……バカなこと言ってんじゃねえ。この町は俺の町で、お前を裁く権利は俺にある。あのバカ息子の約束なんざ関係ねえよ』
『──そうか』
『おい。あのガキから聞いたが、お前仲間を探してるんだってな』
『おれァこんな所で死ぬわけにはいかねェ。
──だから、条件だ。この戦いが終わったらお前の仲間になってやる。未来の大剣豪だ、腕の方は問題ねェだろ。代わりに、あのメガネと羽女が戻るまでおれを守れ。アイツらが刀を取って戻ってくりゃあ、アイツらなんざおれ一人で倒せる。……どうだ?』
『……なぁ、お前、なんで捕まってたんだ?』
『あ? ……あの海軍大佐の息子が飼ってる狼を斬っちまったんだよ』
『なんで?』
『……ガキを襲おうとしてたからな』
『そっか。
──さっきのやつ、約束だぞ』
『ああ。おれは約束は守る』
例えルフィは殺せなくとも、ルフィのように銃弾を無効化することもできないゾロは蜂の巣にできる。そういう観点で、二度目の一斉射撃を命じたモーガンだったが──
『んぎぎ……っ、よし、抜けたァ!』
ゾロを拘束していた柱ごと引き抜くという荒業を持ってルフィがゾロを救ったのだ。
しかし、実力的な意味でいえばモーガン以上であるルフィでも、流石にゾロ(と柱)を庇いながら戦うというのは無理がある。
「ゴムゴムのォ……ロケット!!」
「大佐! 奴ら支部の方向へ逃げていきます!」
「役立たずどもが……! 俺が追う! 後からついてこい!」
ひとまず処刑場の外まで飛び出したルフィだったが、ふと立ち止まる。
「どうすっかなー……この後のこと何も考えてなかった!」
「マジかよ」
いかにも困ったという顔をするルフィに対し、ゾロが呆れた表情のまま、唯一動く指先で海軍支部の建物を指差す。
「ひとまず海軍支部の方まで走れ。そうすりゃ──」
「ロロノア・ゾロさーん!! どの刀ですか──!!」
「──ほらな」
◇
モーガンが部下を引き連れて追いついた時には、既にゾロの拘束は解けていた。
固まった体をバキバキと鳴らして、ニィ、と笑う姿に、モーガン以外の海軍が後ずさる。
「おい、船長。アレ、どっちがやるんだ?」
「にしし、おれに任せとけ!」
モーガンを指差す二人の話し声に、本人が額に青筋を立てた。
「テメェら、どこまでも俺をコケにしやがって……死ねェ!」
血管が浮き出るほど力を込めた右腕を溜め、振り抜く。
並みの使い手ではないことが分かる鋭い風切り音と共に、斧がルフィに迫り──事もなげに躱される。
そのまま急接近してくるルフィに対し、モーガンは振り切った体勢のまま。
「ゴムゴムのォ────バズーカッ!」
砲弾の如き両の掌底がモーガンの腹部を捉え、そのまま吹き飛ばす。
とうに意識の途絶えたモーガンは何の因果か、支部の屋上──自身を模した巨大な像にぶつかってその勢いを失う。
ぶつかられた像は、既に原型を留めておらず──彼の末路を示すように、粉々に砕け散っていた。
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