今回よりアラバスタ編に突入します。
サボテンの形をしていることから名付けられたサボテン岩以外には特に見所もない寂しいこの島は、四年ほど前に、突如新たな街が誕生したことで有名になった。
酒と音楽の町────ウイスキーピーク。
「絶対何かあるよねぇ……単なる町にあの人がこうも寄付をするとも思えないし」
アラバスタに居を構える七武海で、民からは“英雄”と持て囃され、国王コブラからの信頼も厚い男──クロコダイルからの依頼を受けたエアは、グランドラインを逆走……逆飛行? していた。
荷物はジュラルミンケース。届け先はウイスキーピークの町長、イガラッポイ。内容は寄付。ご丁寧にも依頼の場で見せてくれた中身は、大量の札束。側で何故か同情の視線を向けてくる秘書さんいわく、1000万ベリー。街への寄付だと言うが、めちゃくちゃ嘘っぽかった。
「──運び屋さん。こっちよ」
一際高い建物の屋上に居るシスターらしい女性が声を掛けてきてようやく、ウイスキーピークの真上まで来ていたことに気付く。
どうやら荷物のことを知っているようなので、町長の関係者らしい。
「どうも。クロコダイルさんからの荷物で……町長さんの屋敷ってどこだか分かります?」
「ええ。貴女を案内するように言われていてね」
マンデーと名乗る彼女に従って歩いていると、ふとサボテン岩が目に付く。遠目からだと棘のように見えていたが、どうやら幾千もの十字架らしい。
気になるものの、明らかに厄ネタの気配がするので口を噤んでいると、前を歩く彼女が笑い出す。
「あの十字架が気になるかい?」
「……えぇ、まぁ」
「あれはね、偉大なる航路に入ってきた船乗りの墓だよ。双子岬からここに来るまでで難破して、ほぼ全滅してるような船の奴が時折流れ着く。ソイツらの仲間を毎度そこら辺に弔ってやってたら街を埋めちまうからね」
にしては多すぎるような気もするが。これが普通なのだろうか?
海を渡る間はほぼほぼ空を飛んでいたエアには、その辺りのことがとんと分からなかった。
どっちにしろ考えない方がいい、とケースを持ち直したところで、先導していた彼女が止まる。
「ほら、この家だよ。……それじゃ、アタシはここで失礼するね」
「ありがとうございます」
家の前で手をヒラヒラと振り、路地へと消えていく女性を見送って、深呼吸を一つ。
四つ、ノックを繰り返した。
「……クロコダイルさんより届け物です」
「ああ、今戸を開けます」
返ってきた声色は落ち着いた男性といったところで──どこか、聞き覚えのある声。
その聞き覚えが、鮮明な形で思い出されるのと同時にドアが開いた。
「……イ、イガ」
「──よく来ましたね、運び屋さん! ひとまず中へお入りください!」
言葉を遮るように大声を出したイガラムが、ハッとなって戸の外を見渡し、人影が無いのを確認して家の中に入る。緊張が二人を包む中、紙幣を捲る音だけが響いていた。
「──確かに、事前にご連絡頂いた通り1000万ベリーありますね」
「…………はい」
イガラムさんが札束を数え終わる。
ペルに会いに行くため、よくアラバスタを訪れるエアは当然、護衛隊長であるイガラムとも面識があった。なので、こんなところで町長を名乗っていることに驚き、叫びかけてしまったのだが……
(よくよく考えたら、クロコダイルさんがわざわざ寄付する街にイガラムさんが偽名で町長をやってるって絶対裏に何かあるよね)
ということに気付いてからは、ニッコニコの笑顔を浮かべて乗り切る態勢にあったエアだったが、それをイガラムも察したのか、ぎこちない笑顔を向けてくる。
「でばっ……マーマーマ〜♪ ……では、こちらが返書です。クロコダイル様へ、どうぞよろしくお伝えください」
「は、はい……」
お互いに礼をして、終わり。知り合いが居たことは見なかったことに。
返書を受け取り、さっさと帰ろうとしたところで、目の前のドアが開く。
「Mr.8、今いいかし……あっ」
「あっ」
目の前に居たのは、どこからどう見てもビビ王女だった。
髪型や服装の雰囲気こそ変わっているものの、歳が近いということでコブラ王に何度か引き合わされて──友達と名乗れるほどには仲良くなっているため、見間違いではない。
しかも、イガラムさんのことを怪しい呼び方をしていた。
イガラムが溜息を一つ吐き、床板を剥がす。──地下に繋がっているようだった。
「……エア殿、申し訳ないが、ここまで見たからには知って頂きます。そして、口を噤む必要性を理解して貰わなくては」
◇
「──なるほど。そういう理由で」
護衛隊長たるイガラムと、王女ビビ。国の重鎮とも言える二人は、クロコダイルさんが作っているB.Wという組織の潜入調査をしているらしかった。
イガラムさんは分かるとしても、ビビの方は他に居なかったのかと聞くが、悔しげな表情と共にビビが唇を噛み締める。
「……クロコダイルの権威は日に日に増していっております。彼が“英雄”として崇められている以上、真の意味で信を置ける人のなんと少ないことか」
「ペルやチャカは顔も武名も売れすぎているわ。私も国内では有名だけれど……この町に響くほどの名はない」
「えぇと、それは分かったけど……逃走手段の用意はしてある?」
二人の顔が渋くなる。やはり、と思った。
秘密結社への潜入調査である以上、逃走手段を用意したことが知られてはまずい。最悪、裏切りの準備と判断される可能性まである。
普段であれば、こんな危険な話からはさっさと逃げ出していたのだが──友人が関わっているとなれば、話は別である。
「……これ、私の電伝虫の番号ね。仕事の都合上、絶対に行けるとは言い切れないけど……この辺りの仕事を多く受けるようにはするから」
「……かたじけない」
「……その、エア……怒ってる?」
「怒ってはないよ。心配してるだけ」
そもそも、二人が決めた事をとやかく言えるほど、自分はアラバスタに何かしてあげられているわけでもない。最近のアラバスタの情勢は小耳に挟んだ程度だが、随分悪いのも知っている。
むしろ、こんな形でしか援助できない事の方が心苦しいまであった。だって、クロコダイルさんの能力と性格を考えれば、既に気付いた上で泳がせている可能性まであるのだから。
「じゃあ、長居しても怪しまれるだろうから、ここで……」
「ええ。ご助力、感謝します」
「────エア」
階段を登り切る前に、ビビの声が背中を打つ。
「……全部終わったら、ケーキでも奢るわ」
「──でっかいやつ。ホールでね」
◇
「良かったの? 彼女、きっと気付くわよ」
「あァ。その為に向かわせたんだ。
あの女の性格なら、連絡手段を持たせるなりして様子を見るに留まるだろうさ」
「それで? 護衛隊長の方は知らないけれど、ビビ王女が生きていると、アナタの計画としては困るんじゃないかしら?」
「元々、あの鳥が嗅ぎ回ってんだ。今更だろ。それに、あの王女にはまだ使い道がある」
「そう……悪い顔」
「クハハハ……そりゃ、褒め言葉だな。
────全て俺の物になる。この国も、あの能力も、な」
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